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精進料理がもっと身近になるまるごといただくことの大切さを教える本

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精進料理と思って、いただくことで
それは精進料理となる

元木:精進料理は“心からいく”ということですが、どんな気持ちで調理なさっているんですか? 「おいしくなーれ、おいしくなーれ」と念じたり?

飯沼:おいしく召し上がっていただきたい、喜んでいただきたいのはもちろんですが、それよりなにより、食材を余すところなく使い切るようにしています。精進料理の会の際、農家の方がお野菜を持ってきてくださいますが、それをできる限り活かしたいなと。

元木:飯沼さんのレシピは、皮も捨てることなく使いますものね。

飯沼:本で紹介している「ナスのマリネ」では、一般に皮を焦がして剥くんですが、私はピーラーで剥いて皮もいただきます。そのお料理では使わなくても、別のお料理でいただきますし。もうひとつ、大切にしていることは“バランス”です。仏教では、“偏らない”という教えがありまして。「中道(ちゅうどう)」といいますが、これは料理にも当てはまることなんです。酢の物のような酸っぱいものがあって、塩で焼いたものがあってなど、辛過ぎず甘過ぎず……というバランスが肝要ですよね?

元木:調味料の加減など、バランスよくつくるためのコツがおありなんですか? いろいろなお料理が組み合わさっての一食ですから、完全なるデータがあるとか?

飯沼:頭の中に、円グラフのような“強さメーター”があるんですよ(笑)。こっちを酸っぱくしたら、こっちを甘くなんて、考えながら作っていますね。

 

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元木:それにしても、飯沼さんのレシピは、眺めているだけでもワクワクしてきますね! たとえば「スパゲッティ精進ミートソース」。にんにくが入っていないパスタなんてパスタじゃない、って思っていましたけれど、これ、作ってみたんですけど本当においしい! 精進料理って、お坊さんが食べる、提案するもので地味というか、清貧なものと誤解していたと、今は深く反省しています(笑)。

飯沼:そう思い込まれている方が大半だと思います。けれども精進料理は、歴史的にみても日本の料理に大きな影響を与えているんですよ。現代のミシュラン掲載店じゃないですが、貴族というか著名な人たちにとっても最先端の料理でもあったんです。また、禅宗のひとつである黄檗宗(おうばくしゅう)の精進料理、普茶料理(ふちゃりょうり)は、文字どおり“普ねく大衆と茶を共にする”という意味ですから、和気あいあいといただくもの。東大寺や高野山の行事の際の精進料理は、とても華やかですよ。

元木:ふむふむ勉強になります。そう聞いておきながらも……やはり一般的には地味なイメージですよね……。

飯沼:本来の修行でいただくお料理は、実に質素ですからね(笑)。

元木:色合いに乏しいといいますか……。

飯沼:私もそれほど色には気を遣っていませんけどね(笑)。

元木:いえいえ、そんなことありませんよ。そうか! 飯沼さんは調理師さんでもあるから、盛り付けがプロなんですよ。目でも楽しませてくれるんです。

飯沼:そう感じていただいてありがたいです。でも、この本に関してはスタイリストさんとカメラマンさんがとても素晴らしかった! そうは言っても、普段の私と異なるほどの作り込みはしたくありませんので、その絶妙なバランスに助けられました。

 

精進料理の代表ともいえる「お粥」のレシピも充実。「精進料理のイメージを変えるのではなく、固執せず、許容範囲を広げ、仏教へのきっかけになってもらえれば」と飯沼さん
精進料理の代表ともいえる「お粥」のレシピも充実。「精進料理のイメージを変えるのではなく、固執せず、許容範囲を広げ、仏教へのきっかけになってもらえれば」と飯沼さん

 

元木:こうお話をしていて、ふと……あらためて「精進料理らしさ」ってなんだろう? と悩ましくなりました。飯沼さんのレシピ、さきほどの「スパゲッティ精進ミートソース」を私がつくっても、誰も「精進料理」だとは思わないでしょ? たぶん、出された人は「ミートソースね」ってふつうに食べちゃう気がします。

飯沼:いい疑問ですね。では“ザ・精進料理”的なお粥がここにあります。このお粥を、スマートフォンをいじりながら食べると、それは精進料理ではありません。

元木:スマートフォンという俗っぽいものを触っているから?

飯沼:「精進料理は心から」なんです。精進料理と思ってつくり、精進料理と思って食べる。これが大切なんですね。

元木:精進料理と思って食べてくれないと意味がない。やっぱり難しいかも……。

飯沼:難しくないですよ(笑)。仏教に「山川草木みな仏」という言葉があります。すべてに命が宿っています。植物性だけを食べていれば精進料理というわけではありません。たとえば、ファストフードでもいいんですよ。手を合わせて感謝していただくこと、これが精進料理の心なんですから。

元木:そういえば、私、アーユルヴェーダを受けにインドに10日間ほど滞在したんですが、そのとき先生が教えてくれたことを思い出しました。ある実験のお話なんですが、ファストフードのハンバーガーを毎日30日間、毎食、ふたりの人に食べさせたそうです。ひとりはそのまま食べて、もうひとりにはお祈りをさせて食べさせたという。その結果がね、お祈りした方は体重も変わらず健康で、そうでないほうはバランスを崩したそうです。

飯沼:なんと!! 面白いです!! 合掌という“手を合わせる”ことはとても素敵なことなんです。丁寧に食べる、食べることに専念すること、これが大切。

元木:インド以来、私も変わりましたもの(笑)。深酒をした夜中に豚骨ラーメンを食べるときに、手を合わせて「おいしくいただきます!」としているので、カラダへの負担が少なくなったような(笑)。「精進料理だと思って食べれば、精進料理」という言葉はとても励みになります。

飯沼:私自身、料理をつくるにあたって常に考えていることがあります。苦い野菜があって、その苦味をなくしてしまうのは好きではありません。苦い野菜にとって苦味は個性ですから。だから個性を消さず、活かすことのできる組み合わせを考えればいいんです。苦さを上手に食べると“心が調う”というか。それは社会も同じこと。長所を生かしてあげて、短所はほかが補う。そんなふうに気持ちがやさしくなるようにしたいですね。

元木:精進料理から発展して、とても素敵なお話をうかがえました。ありがとうございました。

Profile

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天台宗福昌寺 副住職 / 飯沼廉祐(左)

1982年、神奈川県生まれ。19歳の夏に比叡山延暦寺で出家得度。大正大学在学中に“食を通じた布教”を志す。卒業後、都内飲食店に勤務しながら調理師免許を取得。現在、お寺を中心に各地で精進料理会を開催し、幅広い世代に仏教を伝える活動を行っている。

まちのお寺の学校
http://www.machitera.net/kanagawa-fukushoji/

ブックセラピスト / 元木 忍 (右)

ココロとカラダを整えることをコンセプトにした「brisa libreria」代表取締役。大学卒業後、学研ホールディングス、楽天ブックス、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)とつねに出版に関わり、現在はブックセラピストとして活躍。「brisa libreria」は書店、エステサロン、ヘアサロンをも複合した“癒しの”場所として注目度が高い。

brisa libreria
http://brisa-plus.com/libreriaaoyama

 

取材・文=山﨑 真由子 撮影=泉山 美代子