SUSTAINABLE 私たちを取り巻くSDGs

シェア

選挙権を手にしてからでは遅い?「こども選挙」に学ぶ、
シティズンシップの考え方

TAG

『こどもの、こどもによる、こどものための選挙』を掲げる「こども選挙」。選挙権のない子どもたちに、本物の選挙と同時開催の模擬選挙を通じて、リアルな学びと地域社会への参加機会を提供する活動として、2022年10月に神奈川県茅ヶ崎市からスタートした、市民発の取り組みです。現在では、全国12か所で開催されるまで広がり、2023年にはキッズデザイン賞の最優秀賞・内閣総理大臣賞ほか、国内全4つのアワードを受賞するほどに飛躍。

先進国のなかでも圧倒的に投票率が低いことで知られる日本で、この挑戦的な取り組みがもたらしたこととは? 先日の都知事選挙や、10月に解散総選挙が決定した衆議院選挙など“選挙”に関心が高まる今、「こども選挙」の発起人である池田一彦さんに話を伺いました。

「こども選挙」って?

『こどもの、こどもによる、こどものための選挙』とはいうものの、大人と同じ選挙を子どもが行えるのでしょうか? まずは「こども選挙」とは何か、について伺いました。

「一つだけルールにしているのは『本当の選挙と同時開催で、模擬選挙をする』ことだけ。2022年10月に行われた茅ヶ崎市長選挙の際には『おとなは本当の選挙へ、こどもはこども選挙へ』をキャッチコピーに、市民発のプロジェクトとして開催しました。
現在、いくつかの地域でもこども選挙が行われていますが、それぞれの地域に代表者がいて、私は彼らに茅ヶ崎でのノウハウをお伝えしているだけ。ロゴなどもオープンソースとして使ってもらっているので、地域ごとにオリジナルなこども選挙が展開されています」(「こども選挙」の発起人・池田一彦さん、以下同)

「ちがさきこども選挙」は、2022年10月30日の茅ヶ崎市長選挙と同時に実施され、小学生から17歳まで参加した。

なぜ「こども選挙」を開催しようと思ったのでしょう?

「市内の友人夫婦と『子どもたちが投票したらどんな政治家が選ばれるのかな?』なんて話したことがきっかけです。子どもたちに“主体性のある学び”を提供するにはどうしたらいいか、本当に何気ない会話でした。私自身、選挙には必ず行きますがその程度で、もともと政治に強い関心があったわけではありません。ただ、ちょうど半年後に地元の市長選挙があることを知り、こども選挙の実現に向けて動き出すことにしたんです」

「まずやったことは、noteに企画書をアップして仲間を集めることでした」と池田さん。

池田さんは、今回取材先として伺ったコワーキングスペース「Cの辺り」を運営していたこともあり、もともと地域との繋がりはあったと話します。わずか半年で「こども選挙」を実現するのはそう簡単なことではなかったはずですが……。

「noteにこども選挙の企画書を公開してからほどなくして、10人の方が集まってくれて、実行委員会をつくりました。それが選挙の5ヶ月前。正直、ギリギリのスケジュールですよね」

2022年6月に公開されたnoteの「プロジェクトスコープ」。

「当初は、学校の授業の一環で模擬選挙をやりたいと考えていたのですが、『教育の現場に政治を持ち込むことはタブー』だったという現実を知りました。教育現場で選挙の仕組みは教えられても、実際の候補者に投票するとなると、政治的中立性をどのように担保するかが課題になるからです。
それなら地域発のプロジェクトとして子どもたちと関わっていこうと、ワークショップを開催。地元の子どもたちが15名ほど集まってくれて、民主主義や茅ヶ崎の歴史や課題を学んだうえで、市長候補者への質問を考えて、候補者にぶつけて答えていただき、10月30日の投票日にこども選挙を実施することができました」

「子どもの力を信じない大人」が多かった

池田さんが「こども選挙」実現に向けて動いていくうちに、2022年6月に国会で「こども基本法」が成立。何気なくスタートした活動でしたが「こども選挙がこども基本法での受け皿になるのでは?」と考えるようになったのだとか。とはいえ一筋縄ではいかないことも多く、“選挙”というだけで偏見の目を向けられることもあったそうです。

「Cの辺り」で行われたワークショップの様子。ワークショップでは、地域のことを学びながら、3名の候補者への質問が議論された。

「選挙って思っていたよりタブーなことが多くて。企画に賛同してくれる方がほとんどでしたが、なかにはこども選挙のポスターを貼りたいとお願いしても『前例がないから……』と断られることがありました。決定的だったのは、子どもたちが考えた質問を『大人が考えた質問なのでは?』『子どもの声を使った反対運動なのでは?』なんて考える人がいたこと……。私たちは、本気で子どもたちが考えた質問だということを知っているので、むしろ燃えましたよね(笑)。絶対成功させよう! と、士気があがりました」

50個集まった質問の中から、最終的にまとまったのは3つの質問。「市長になったら何をがんばりたいですか? その目的はなんですか?」「子どもと大人の意見をどのようにして取り入れますか? また、どのようにして実行しますか?」「茅ケ崎の中で、マンションを増やすことについてどう思いますか? また、マンションを建てるメリットがあると思いますか?」どれも具体的で、大人顔負けの内容だ。

公職選挙法にある「未成年の選挙運動の禁止」の壁

実際の選挙とリンクしているため「公職選挙法」を守りながら、実行しなければなりません。「こども選挙」を進めるにあたり、子どもたちにルールとして伝えたことはどんなことだったのでしょうか?

「公職選挙法には、未成年の選挙運動が禁止と書かれてあります。選挙運動とは特定の候補者の当選を目的として働きかける行為なのですが、実際には何がそれに当たるのか明確には定められていません。たとえば『誰々に投票した』と誰かに伝えることでさえもNGになってしまうことも。そのため、以下のようなルールを決めて、守ってもらえるようなオペレーションにしました」

ワークショップのたびに繰り返し伝え、当日も開票結果が出るまでは話さないようにすることを子どもたちは守ってくれたそう。

池田さんたち、そして子どもたちの頑張りもあって違反行為はなく、当日は60名近いボランティアスタッフが参加。投票所も市内11ヶ所に設置し、子どもたちの手で開票作業も行いました。

「茅ヶ崎のことを『宝物』のように感じた」子どもたち

当日は、11ヶ所の投票所から399票の投票とネット投票を合わせて566票が集まったとのこと。大人と同じく現職の市長が再選という結果になりました。参加した子どもたちからはどのような声が上がったのでしょうか?

「意外と『楽しかった!』と言ってくれた子が多くて『こども選挙を通じて茅ヶ崎のことが宝物みたいに感じた』という感想をくれた子もいました。なかには『大人だけ選挙ができてずるい』なんて声も(笑)。子どもたちって案外大人の行動をみているんだな〜と気づかされました。
また驚いたのは『私は、候補者のことを理解できていないから投票できない』と言った子がいたことです。“一票の重み”を感じてくれたのがうれしかったですし、子どもには考える力がしっかり備わっていることを痛感しました」

茅ヶ崎から全国へ

茅ヶ崎での結果を受け、全国さまざまな地域へと展開されていった「こども選挙」。当初から「そうなればいいな」と考えていたという池田さんですが、実際「我がまちでもやりたい!」と思い立ったらどうしたら良いのでしょうか?

「まずは僕と1on1で、こども選挙のことをお伝えさせてもらい、Facebookグループに入っていただきます。そこにシステムやノウハウ、デザインデータなどを無料公開しているので、そちらを活用して、地域ごとオリジナルで展開していただくことになります。
茅ヶ崎は初の開催だったので、制作費含めて数百万円規模の資金が必要でした。ですが有志によってボランティアで仕組みやデザインを作っていったので、実費は印刷費の10万円だけでした。全国の実行委員のみなさんにも、投票の仕組みなどをオープンソースとして提供しています」

悲願だった行政との連携も進んでいます。

「2024年4月に実施された長崎県壱岐市のこども選挙では、行政と連携して投票券を全校に配布することができました。最終的には学校のプログラムの中に『こども選挙』が加わることができれば、日本における政治や選挙との関わり方も変わってくるはず。あと何年かかるかは正直分かりませんが、教育が変われば、得票率も高くなる、そう信じています」

現状、投票率は右肩下がりに低下を続けており、とくに若者で顕著だ。(ちがさきこども選挙企画書より。出典=総務省資料)

「自分の手でまちを変えられる」という意識

「こども選挙」を経て変わったのは、子どもだけじゃなかった、と池田さん。なんと、こども選挙の実行委員として手伝っていた人のなかから、市議会議員に立候補し当選した人も出てきたそう。大人も「もっとまちを良くしたい」と考えるきっかけにつながったのかもしれません。

「日本では『税金払っているんだから仕事しろ!』と、ある意味消費者的な立場で、行政サービスを受けている人たちが多いような気がするんです。でも本来の政治ってそうじゃないですよね。『私たち市民がまちを変えていく一員であって、その代表を選挙で選んでいる』って『シティズンシップ』の考えが大事だと思うんです。政党とか派閥とか、そういう問題じゃない。子どもたちには、自分の手でまちは変えていけるんだ、自分もまちを作っていく一員なんだという意識で大人になっても選挙に参加してもらえたらうれしいですね」

池田さんが運営するコミュニティスペース「Cの辺り」。物事を動かす“人とのつながり”を象徴する場所だ。

池田さんは、ちがさきこども選挙が終わった後も、全国での実施のフォローだけでなく、茅ヶ崎の市議会議員さんとフランクに話せる『市議がマスターになるまちのBAR』を企画するなど、地域での活動を広げています。「こども選挙」は子どものためでありながら、関わる大人の視野も広げてくれる、そんな活動だと感じさせられます。今後の取り組みも注目していきたいですね。

Profile

「こども選挙」発起人 / 池田一彦

2000年よりアサツーDK、2009年より電通と複数の広告代理店を経て、2011年より株式会社 be代表。「すべての仕事は実験と学びである」をモットーに、事業開発からコミュニケーションデザイン、UX設計まで幅広いレイヤーのディレクションを手掛ける。新規事業開発やサービス開発において5つの特許を発明。国内外アワード受賞多数。現在は地元茅ヶ崎にて、コミュニティスペースを拠点に地域発の社会システムをつくるべく、さまざまな活動を行っている。
「こども選挙」
「Cの辺り」

取材・文=つるたちかこ 撮影=鈴木謙介