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「世界トイレの日」に学ぶ途上国のトイレ事情と
災害時の「携帯トイレ」の重要性

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毎年11月19日は「世界トイレの日」。世界ではいまだ多くの人が安全に管理されたトイレを利用できない環境にあり、そのことを世界の国々で考え、改善していくために国連が定めました。トイレの問題は、日本に暮らす私たちには遠い国の話のように思えますが、いざ断水や停電などが起きれば、日本でもトイレを使えなくなる可能性は十分にあります。

そこで今回は、NPO法人日本トイレ研究所の代表理事・加藤篤さんに、開発途上国におけるトイレ事情と、日本でトイレが使えなくなるケースや携帯トイレの選び方について解説していただきました。

トイレがないことで生まれる負の連鎖

ユニセフの調査によると、世界人口の約4割にものぼる約34億人が、安全に管理されたトイレを利用できていません。野外排泄さえ強いられる環境では、どのような問題が生じるのでしょうか?

「まず、健康面と衛生面へのリスクがあげられます。排泄物が適切に処理されないと、排泄物に含まれるコレラ菌・赤痢菌等の病原菌やウイルスなどで周辺環境を汚染するのです。

わかりやすい例が、飲み水です。井戸や水源が排泄物を媒介にし病原菌に汚染されれば、水を飲んだ人たちの間で感染症が発生するわけです。特に深刻な健康被害を受けるのは子どもや高齢者で、毎日1,000人を超える5歳未満児が安全でない飲み水や不衛生な環境に起因する疾患で命を落としています」(NPO法人日本トイレ研究所代表理事・加藤篤さん、以下同)

小川の上に作られた野外トイレ、ベトナム。

さらに、安全やプライバシーが確保されていないトイレの問題について、加藤さんは次のように語ります。

「世界には、鍵のついたドアがないどころか、壁で覆われてさえいないトイレも多く、そこでは、排泄時に誰かに見られる可能性があるわけですから、そのストレス・恥ずかしさは計り知れません。また、性的暴行を受けたり、地域によってはヘビやサソリなどの野生動物から襲われたりする危険もあります。
あとは、教育への影響も見逃せませんね。トイレが不足している学校では特に、月経中の女性が出席を避ける傾向にあり、学業に支障をきたしています。安全で衛生的なトイレの整備は、すべての人が人間らしい生活を送るうえで欠かせない、基本的人権に関わるグローバルな課題なのです」

なぜ普及が進まない? SDGs達成に向けた2つの課題

安全に管理されたトイレの重要性は認識されつつあり、改善も少しずつ進んでいます。ただ、SDGsを2030年までに達成するには、現状の改善スピードでは不十分のようです。普及を妨げている要因は何なのでしょうか?

「経済的に困窮した地域で、トイレだけを立派にしても、どこかチグハグですよね? 普及のためには、各地域のインフラや経済状況に合った“段階的な改善”が必要になります。
支援者は、地域の人たちに段階的にどう改善していくかを見える化し、それにより得られるメリットが何か、わかりやすく説明する必要があります。そして、改善が一段階進んだら次の段階の取り組みを行うというような、ステップアップ式の支援が求められます。ただ、これにかける時間が不足しているのが現状です」

ユニセフにより寄付されたトイレ、ケニヤ。

もう1つ、普及を妨げている要因に「声の上げづらさ」があると、加藤さんは指摘します。

「トイレの問題は、往々にして話題にしづらく、タブー視される傾向にあります。加えて、この問題は、女性や子ども、障がい者、マイノリティの方々など、社会的に声を上げづらい立場にある人々に、より重くのしかかっています。声が上がらないということは“問題なし”ということになり、改善もされません。これが改善・普及が進まない根本原因の1つでしょう」

開発途上国をサポートする日本企業 LIXILと管清工業の取り組み

世界のトイレ問題を改善しようと、国連やユニセフはもちろん、NGO・NPOも現地に入り、地域をサポートしています。ここでは、積極的な活動をみせる日本企業の取り組みをご紹介します。

■ 株式会社LIXIL
開発途上国向け簡易式 トイレシステム「SATO」
「現地の状況にフィットした解決策として高く評価されているのが、LIXILの『SATOトイレ』。これは下水道の整備が進んでいない地域の人々に、安価で壊れにくく、設置が容易で、少量の水があれば洗浄も可能なトイレ環境を提供するシステムです。改善の第一歩目の成果を、非常にわかりやすく提示していると例だと思います」

© JDP/GOOD DESIGN AWARD
排泄物を流すときに開く開閉弁が、ハエなどの虫による病原菌の媒介や悪臭を抑えてくれる。

© JDP/GOOD DESIGN AWARD
2024年3月末時点で、45カ国へ約860万台を出荷している。

■ 管清工業株式会社
東ティモールでの自立的な水環境整備に向けた多面的サポート
「トイレというのは、設置後の維持管理が重要です。トイレ自体を支援として届けても、現地の人たちが運用できなければサステナブルではないんです。また、自分たちで運用するということは、トイレの維持管理を事業として成立させるということ。

つまり、その仕事で現地の人が収入を得られ、市場が広がるということでもあります。この産業化のプロセスをサポートしているのが、日本で下水道の維持・管理を行う管清工業です。管清工業は、東南アジアに位置する東ティモールにおける水環境の改善と人材育成を行なっています」

トイレ大国の日本は災害大国

ここからは日本のトイレ事情にもスポットを当てたいと思います。水洗トイレの普及率が90%を超える日本では、「トイレが使えなくなる」ことを意識して生活している人はあまりいないかもしれません。それは水洗トイレの仕組みを理解している人が少ないからではないかと、加藤さんは言います。

「水洗トイレというのは、給水・排水・処理という機能で成り立つ“システム”です。どれか1つでも失われれば、水洗トイレというシステムは使用できなくなります。まずは、この点をしっかり理解してほしいと思います」

トイレが使用不能になった過去の事例を振り返ってみましょう。

■ 排水機能が失われた事例:新潟県中越大震災により下水道が損傷
2004年10月に発生した新潟県中越地震により、一部の地域で下水道管が損傷。トイレの使用が制限され、仮設トイレの設置が急務に。

■ 処理機能が失われた事例:西日本豪雨により処理施設が停止
2018年7月、西日本で記録的な豪雨が発生し、停電・断水に加え、し尿処理施設が浸水したことで機能が停止。河川の氾濫や土砂崩れにより周囲から孤立した地域では、トイレの備えと衛生対策が課題に。

■ 給水が失われた事例:能登半島地震による長期断水
2024年1月に発生した能登半島地震では、長期間にわたる断水のためトイレが使用できない事態に。多くの集落が孤立したことで、非常用トイレの支給も困難となった。

これらの事例から、大震災に限らず、毎年発生する台風や雷雨でもトイレが利用できなくなる可能性があることがわかります。

震災時のトイレパニック約30年でどのくらい改善した?

大地震が発生すると、水洗トイレの機能は破綻し、被災地に深刻な被害をもたらします。

「2016年に発生した熊本地震で、『地震発生後どれくらいでトイレに行きたくなったか』という調査を行いました。その結果、3時間以内に約4割、6時間以内に約7割の人がトイレに行きたくなることがわかりました。つまり、外部からの支援では間に合わないのです。
被災地では水洗トイレとしての機能を失ったトイレを多くの人が使用してしまうため、便器は排泄物で満杯になって溢れ出し、不衛生な状態になります。最悪の場合、集団感染などを引き起こすこともあります。
加えて、不衛生なトイレで用を足したくないために水分摂取を控えたり、トイレを我慢したりするようにもなります。これがエコノミークラス症候群を引き起こし、災害関連死につながることもあります。
また、ストレスがたまることで集団生活における秩序が乱れ、治安が悪化することも。このように、トイレが利用できないことで生じる一連の問題を『トイレパニック』と呼ぶこともあります」

1995年の阪神・淡路大震災から2024年の能登半島地震まで、その間、約30年。被災地でのトイレパニックはどれくらい改善されたのでしょうか?

「残念ながらほとんど改善はみられていません。大きな地震が起きれば必ずといっていいほどトイレパニックとなり、トイレが安心して使えないといった状態をくり返しています。
能登半島地震で21カ所の避難所を調査したところ、うち19カ所に携帯トイレが備えてあり、実際に使われたことがわかりました。しかし、初動対応としてまかなえるだけの数を備えていなかったり、そもそも使い方がわからなかったりと、課題は山積しています」

災害発生時の初動対応のポイントと携帯トイレの選び方

災害が発生したら、トイレパニックが起きる可能性が大きい。この事実を理解したうえで、もしトイレが使えなくなったら、初動対応として何をすべきでしょうか?

■まず、“安心して排泄できる空間”を整える

「有効活用すべきなのは、自宅のトイレのように普段から使い慣れているトイレです。排泄は強く習慣化されており、かつ自律神経が担う生理現象ですから、いつもと違う方法で行おうとすると、うまく行えないこともあります。そのため、たとえ給水や排水が機能していないとしても、使い慣れた空間、座り慣れた便座で、鍵もかかり、家族もしくは自分しかいない家の中で用を足せるというだけで排泄しやすくなります。このときに必要になるのが携帯トイレ(後述)です。」

■携帯トイレを使い、排泄物を生活空間から排除する

「水洗トイレが機能しないとき、排泄物を生活空間から排除するための応急対応として使えるのが携帯トイレです。携帯トイレとは、便器に取り付けて使う袋式のトイレで、中に吸収シートか凝固剤のいずれかが入っているタイプが多いです。この袋をトイレの便器に取り付けて、いつものように排泄したら袋を縛り、ゴミ置き場や庭などで保管しておきます。ストック量の目安としては、『1日でトイレに行く回数×最低3日分(推奨7日分)』を常備しておくと良いでしょう」

携帯トイレを選ぶときのポイントは3つあります。

家族全員が使いやすい製品を選ぶ
「例えば、手先が器用ではない高齢の方などがいる場合は、袋が破りやすい、縛りやすい、取り扱いが特殊ではないなどの製品がいいですね」

排泄物をしっかり吸収する製品である
「あまりに安価なものだと、十分に吸収してくれない可能性があります。ご自身の1回の排尿量を目安に、吸収量がしっかりしているものを選んでください」

消臭・防臭対策が備わった製品である
「災害時は、使用した後すぐに処分できない場合が多々あるので、消臭・防臭機能が付いているかをチェックしてください。最近は臭いを抑えるような成分が入っていたり、臭い漏れを防ぐ高機能素材の袋を採用していたりと種類も豊富です」

「日本では、11月10日は『いいトイレの日』。日本トイレ研究所では、11月10日~11月19日の期間をトイレweekとして、みなさんにトイレや排泄について意識しようと呼びかけています。この機会に、災害時のトイレの備え方について見直してみましょう。そして、生きるためには食べることと同様に欠かせない、トイレ・排泄について一緒に考えてみましょう」

Profile

NPO法人日本トイレ研究所 代表理事 / 加藤篤

まちづくりのシンクタンクを経て、2009年NPO法人日本トイレ研究所代表理事就任。災害時のトイレ調査や防災トイレワークショップの実施、小学校のトイレ空間改善、トイレ美術館など様々な取り組みを展開。『トイレからはじめる防災ハンドブック』ほか著書多数。
https://www.toilet.or.jp/

取材・文=中牟田洋子(Playce)