生涯未婚率の上昇や晩婚化が問題になっていますが、結婚願望は依然として強く、最近では企業や自治体が、縁結びアプリと連携し、社員の婚活をサポートする新しい動きも出てきました。しかし、結婚はゴールではなく、円満な夫婦関係を長く続けていくには考えるべきこと、心がけるべきことがあるはずです。
いまの時代にどのようなパートナーシップで暮らしていけば幸せになれるか―――。夫妻で幸福学の研究者として活躍するふたりが書いた書『ニコイチ幸福学』に着目し、パートナーとふたりで幸せになる秘訣を、著者である前野隆司さんと前野マドカさんに聞きました。インタビュアーは、ブックセラピストの元木忍さんです。
パートナーと一緒に幸せになる秘訣とは?
元木 忍さん(以下、元木):最近耳にするようになってきた「幸福学」ですが、どういうものか、簡単に教えていただけますか?
前野隆司さん(以下、前野):幸福学とは心理学を基礎として、自分が幸福か幸福でないかを一人一人に考えてもらい、統計的にどういう人が幸せなのかを明らかにしていく学問です。ちなみに、幸福が一体どんなものかを定義するのは、哲学の範疇です。
元木:前野先生は、大学では機械工学を専攻されていましたね。
前野:もともと人間にとても興味がありまして。本当なら哲学や心理学へ進んでいればよかったのでしょうけれど、物理と数学が得意科目でしたので(笑)、大学は工学系に進みました。
元木:いつから幸福学を研究するようになったのですか?
前野:本格的に取り組みはじめたのは2008年です。それまでは企業や理科系の学部に籍を置き、人々が幸せになるための心のメカニズムを、“パートナーシップ”、“ロボット”といった、サービスやもの作りに活かす研究をしていまして、取り組みの中で、幸福学をもとに“楽しいロボット”、“笑うロボット”などを開発していました。振り返ると、ロボットの研究をしながらも実際は人間の心を研究していましたから、この期間を含めると約20年になりますね。
元木:おもしろいですね。なぜロボットが笑った方がいいと思ったのですか?
前野:そもそもロボットは人間を真似て作ったものですから、ロボットが楽しんでいたり、笑うことによって、当の人間がどう反応するかを知りたかったんです。
『ニコイチ幸福学』(CCCメディアハウス)
「幸福学」研究の第一人者である夫妻が、長く幸せに続く、夫婦、恋人などのパートナーシップを解説。慶應義塾大学大学院で開催された大人気講座「幸福学・夫婦編」の事例も紹介する。
元木:前野先生は幸福学の研究をもとに、さまざまな著作を出版され、マドカさんとの共著もお出しになっていますが、夫婦や恋人同士など、パートナーとの幸せを解いた共著は初めてですよね。『ニコイチ幸福学』をおふたりで書こうと思われたきっかけを教えていただけますか?
前野マドカさん(以下、マドカ):ふたりそろって出席した出版パーティで、知り合いの編集者の方に『どうしておふたりはそんなに仲がいいんですか?』と驚かれてしまいまして(笑)。雑談をしているうちに、夫婦円満の話しがどんどん盛り上がっていき、パートナーシップをテーマにした幸福学の本を出しましょうということになりました。
前野:私は職場を幸せにするとか、人が幸せになる製品をつくるといった本を出してきましたが、妻も私も幸福学やポジティブ心理学の研究者でありながら、“夫婦の幸せ”をテーマにした本はそれまで一度も書いていなかったんです。家庭や夫婦の幸せは妻が専門ですから、自然と一緒に書こうかという流れになりました。
元木:“ニコイチ”はふたりで1組を指す言葉で、特に若い人が恋人と自分をセットにしてこう呼んだりしますよね。本書には、ニコイチを人間関係やパートナーの最小単位とお書きになっていて、法律上のご夫婦に限らず、さまざまなカタチのカップルが最善のパートナーシップを得られるヒントが散りばめられています。この本を通じてどんなことを伝えたかったのでしょうか?
マドカ:この本を書くにあたって、そもそも私たちはなぜ仲がいいのだろうかと、冷静に分析してみました。そうしたらふたりが意識せずこれまで自然にやってきたことが、実はウエルビーイング(幸福で満たされた状態)そのものだったんですね。私たちは研究者として、「昨日と違う自分でいたい」、あるいは「成長したい」という学びの気持ちが強いので、ふたりで相談をしながら過ごしていた日々が幸福だったことがあらためてわかり、本にすることで、その幸せを言語として体系化することができました。大事なポイントはいくつかありますが、多くの方の聞きたいこと以上の幸せのエッセンスが1冊にまとまっていると思っています。そして何より「幸せはふたりでつくっていくもの。今が幸せだからいいんだというのではなく、これからどんどん育んでいくもの」ということが伝わればとてもうれしいですね。
元木:ふたりで幸せを育くむのはパートナーシップの理想形ですよね。ただ、疲れている時に疲れた顔を見せないとか、いつもパートナーとともに喜びを分かち合うのってけっこうハードルが高いですよね。周囲の目がある外ではできたとしても、家の中では難しくありませんでしたか?
マドカ:私たちは外も家もないというか、いつでも自然体という感じですね(笑)。
元木:そうなんですね! 意見の食い違いとかは、ないのですか?
前野:それはあります。でも意見が違うことは悪いことではなく、多様性があっていいと考えますから、もめることはないですね。
マドカ:恋愛結婚でもお互いのことをすべて知って結婚したわけではないので、新婚時代は相手の見えない部分が多かったですね。一例をあげると、結婚当初、部屋をつくろうという段階で私は自分の好きな花柄のカーテンを選びたかったんです。ただ夫から「クッションなどを使ってアクセントは入れられるから、カーテンは無地の方が合わせやすいよ」と言われ、それもそうだなって納得して。私は素直なんです(笑)。
元木:はじめから否定されると反発しますけど、前野先生のように、それ以外の提案があるとすんなり受け入れやすいですね。
マドカ:そうなんです。お互いの意見を取り入れて、リビングは無地で、キッチンは花柄で、という方法もアリだと思いますけど、住まいはどこにいてもお互い居心地がいいのが一番ですよね。こういうふうに言ってくれることで納得ができたというのは私にとってプラスで、そこからクッションはどうしようとか、ふたりで意見を出しあうことで、新しいアイデアが生まれてくると思うんです。
前野:うちのカーテンのこと、いま思い出しました。緑の無地にしたつもりでしたが、よく見たら、薄く花柄が入ってますね(笑)。
マドカ:まあ、そういうこともありますよね(笑)。
幸せをシェアすることでふたりの幸福度は上がる
元木:食事はどうですか? 私は和食、私はイタリアン、みたいに食い違いはないですか?
マドカ:どうしても食べたいものがあれば言いますね。お互い「そこまで言うならまあいいか」ってなるんです。行きたくないのに無理に連れていかれたという経験は一度もないですね。
前野:ふたりとも食の嗜好の許容範囲がすごく広くて、仮に100種類食べものがあったとして99種類は合います。どちらの意見を選んでも決して嫌な選択にはならないんです。
マドカ:私たちにとって、一番幸せを感じるクオリティ・タイムは、心地よい時間を一緒に楽しむことなんですね。たとえば私だけでおいしいものを食べたり、素敵な景色を見たりした時に、まず思うのが、“この瞬間を夫とシェアしたいなあ”ということ。食事でも、何を食べるか以上に、一緒に楽しい食の時間を過ごせることが何よりも大事なんです。
元木:相手が喜んでくれることがお互いの喜びなんですね。素敵ですね。
前野:相手を怒らせるより、喜んでくれた方が楽しいじゃないですか。とはいえガマンをしたという記憶はないですね。私が仕事や研究をさておいて妻のために尽くしたり、気を遣ったことはまったくなくて、マイペースでやっているんですよ。
元木:けんかしたことはないのですか?
前野:若い頃は分かりあえていないから、ぶつかることもありました。けれども、小さな衝突のすべての原因は誤解でした。その都度、話しあって誤解を解くことで、問題はひとつ残らず解決しました。誤解を解かず、あえてその件に触れないように過ごすご夫婦もいますが、20年ぐらいためてしまうと、ストレスが増大しています。私たちは常にわだかまりがないから、28年間、円満に夫婦を続けられていると思いますね。
元木:どんな誤解が多いのでしょうか?
マドカ:言い方ですね。傷つく言い方ってありますよね。そのまま聞き流すとストレスになるので、あまり時間をおかずに、どういう意図で言ったのかをやさしく聞くようにしています。大抵は夫が疲れていたことから出た言葉だったりして、悪気はなかったということに落ち着くんですけどね。
元木:やさしく聞く?
マドカ:キツく言うと、売り言葉に買い言葉になりますから。壁のように跳ね返すのではなく、スポンジみたいに、いわれたことを一旦自分の中に吸収して、それからやさしく聞くようにしています。
元木:翌日には持ち越さないわけですね。
マドカ:そうしはじめたのは、子供が生まれ、育児のことなど相談する機会が増えてきてからですね。早く言わないと人は忘れてしまうし、その場で話し合った方が解決も早いんですよ。
『ニコイチ幸福学』では、幸せになるための4つの因子を明らかにしています。「幸福学」が導き出した“幸せになるためのコツ”ともいえるキーワードを、続いておふたりに教えていただきましょう。