昨今、進化がめざましいVR。VRというと「ゲームを楽しむためのもの」とイメージする人も多いでしょう。ただそれだけではなく、近い将来、私たちの生活を大きく変えるものになるかもしれません。
そこで今回は、そもそもVRとはどのような技術なのか、現在どれほどの進化を遂げているのかといったVRの最新事情について、ネットワークや先端技術に詳しいフリージャーナリストの西田宗千佳さんに教えていただきました。さらに、最新のVRが体験できるゲーム「PlayStation VR2」についても紹介します。
VRの技術は、
この50年で大きく進化した
そもそも「VR(virtual reality)」とは、コンピューターによってつくりだした仮想空間を、まるで現実空間にいるかのように感じられる技術のこと。日本語では「仮想現実」とも呼ばれています。ゲームのイメージが強いVRですが、西田さんによると、VRは本来とても幅広いことに活用できる技術だそう。
「VRを使えば、目の前の現実世界をまったく別の映像や音に置き換えることが可能です。現実世界で狭い部屋にいたとしても、VRによってそこに仮想空間をつくりだすことで、私たちの世界はもっと自由なものになり得ます。そう考えるとVRは、とても幅広いことに活用できる技術です。ゲームはもちろん、コミュニケーションツールになったり、仕事をするときに役立ったり……。私たちの生活のさまざまな場面で活用できる可能性を秘めていると思います」(フリージャーナリスト・西田宗千佳さん、以下同)
未来を感じさせるデバイスで、近年生まれた技術のように感じられますが……。
「VRは今でこそ広く知られるようになりましたが、アイデア自体は50年以上前からすでにありました。しかし当時はまだ、実現させるための技術が足りていませんでした。VRの実現には、コンピューターの性能をつかさどる半導体、映像を表示するためのレンズやディスプレイ、ネットワークのスピード、これらすべてがそろわなければなりません。50年の間に3つの技術が徐々に進化していきましたが、とくにここ最近でVRを取り巻く環境が大きく変わる転換点になったのは、2012年です。アメリカのITベンチャー企業「Oculus(オキュラス)」のパルマー・ラッキー氏が、現在のVR用ヘッドマウントディスプレイ(以下、HMD)のベースとなる技術をつくりだしました。それが、HMDの内部に魚眼レンズを設置して、そこにあらかじめ歪ませた映像を通すという技術です。これにより、広い画角で映像が見られるHMDを低コストでつくれるようになりました。その後、世界のIT大手もVR業界へと参入。今では一般消費者でも数万円で、高性能なVRが体験できるようになってきています。まったくゴールが見えなかった50年前と比べると、現在は順調に“頂上”へと近づいてきていると言えるでしょう。
とはいえ現在のVRは、コンピューター全体の歴史からいえば、家庭用PCとして広く普及した『Windows95』も発売されていない、1990年以前くらいのレベルとも言われています。携帯で言えば、まだガラケーもないくらいの時代で、まさに今が『黎明期』と言えると思います。VRで何か新しいことができるとわかってはいるけれど、現段階で便利かと言えば、不便なところはまだまだあるというのが現状です。それでも、VRを使って楽しくてびっくりするような体験ができる商品が、すでに世の中で売られていることを考えると、かなりの進歩。今触れておくことで、この先の新しい世界の可能性を感じることができると思います」
最新のVRを自宅で体験できる「PlayStation VR2」
現在、一般の人でも体験しやすくなってきているVR。なかでも2023年2月に発売された「PlayStation VR2(以下、PS VR2)」は、最新のVR体験ができるデバイスの一つです。PS VR2を使うとどのような体験ができるのか、西田さんに詳しく教えていただきました。
「PS VR2は、PlayStation 5(以下、PS5)と接続して使用するVRデバイスです。VR界の中で今もっともクオリティの高いゲームを低価格で楽しめるのがPS VR2だと思います。しかし低価格といっても、PS VR2とPS5を購入すると13万円ほどになるので、けっして手頃な価格ではありません。それでも海外旅行1回分くらいの価格で、まったく新しい世界を体験できると考えると試してみる価値はあると思います。
ソニー・インタラクティブエンタテインメント「PlayStation VR2」
7万4980円(税込)
©2023 Sony Interactive Entertainment Inc. All rights reserved.
Design and specifications are subject to change without notice.
PS VR2の大きな特徴は、『ゲームを楽しむこと』に特化してつくられているところです。先ほども述べたように、VRはあらゆることに活用できる技術。しかし、一般の人たちにとってはまだ馴染み深いものとは言えず、何ができるのかよくわからなかったり、買った後に使い方を試行錯誤したりする人も多いのが現状だと思います。しかしPS VR2は、ゲームができることをシンプルに押し出した商品。そのためセッティングが簡単で、PS5とPS VR2を用意し、ケーブル一本挿せばすぐにゲームを始めることができます。このシンプルさやわかりやすさは大きなポイントです。
さらにPS VR2の魅力と言えるのが、美しい映像でゲームを楽しめるところです。そもそもVRは、右目と左目で投影される映像が異なるため、単純に考えると、通常のゲームの倍の性能があって初めて通常のゲームと同じくらいの画質になります。左右の映像がずれていると、脳が違和感を覚えて酔いやすくなってしまいます。それが今回のPS VR2では、技術的な進歩によって性能がアップしたことで、酔いもかなり軽減され、よりリアルで美しい映像が楽しめるようになりました」
VRの醍醐味を味わえる!
西田さんおすすめのPS VR2のソフト
続いては、西田さんが体験したPS VR2のゲームの中でも、とくにおすすめのソフトを教えていただきました。
1.グランツーリスモ 7
『グランツーリスモ 7』スタンダードエディション(パッケージ版)
発売元=ソニー・インタラクティブエンタテインメント
プラットフォーム=PlayStation 5、PlayStation 4
価格=PS5版 8690円 / PS4版 7590円(税込)
「グランツーリスモ」は、バーチャルな世界でドライビングを体験できるリアルドライビングシミュレーター。ゲームファンのみならず、世界中のモーターファンからも高い支持を得ています。『グランツーリスモ 7』では、60以上の自動車ブランド、400車種以上の車を収録。普段はなかなか乗ることができないスポーツカーなどでドライビングを体験できます。
©2023 Sony Interactive Entertainment Inc. Developed by Polyphony Digital Inc. “Gran Turismo” logos are registered trademarks or trademarks of Sony Interactive Entertainment Inc. Manufacturers, cars, names, brands and associated imagery featured in this game in some cases include trademarks and/or copyrighted materials of their respective owners. Any depiction or recreation of real-world locations, entities, businesses, or organizations is not intended to be or imply any sponsorship or endorsement of this game by such party or parties. All rights reserved.
「PS VR2 で『グランツーリスモ 7』をプレーしていると、本当に運転をしているような感覚になります。レースをするゲームでは、本来なら勝たないとイライラするはずですが、ドライブ気分でついリラックスしながら楽しんでしまうくらいです(笑)。また、現実の世界で夏の夕方に車を走らせていると、日差しが車内に入り込んで顔が熱くなったりすることがありますよね。ゲームの中でも、実際にそういう風景の中を走っていると顔に日が当たって本当に温かくなるような感覚があって驚きました。このように、感覚情報が影響を及ぼし合う現象は『クロスモーダル現象』と呼ばれています。クロスモーダル現象が起こるくらい、あまりにリアルな体験ができるのがPS VR2 。それを存分に味わえるゲームの一つが『グランツーリスモ 7』だと思います」
2.Kayak VR: Mirage
Kayak VR: Mirage(ダウンロード版)
発売元=Better Than Life B.V.
プラットフォーム=PlayStation 5
価格=3080円(税込)
「Kayak VR: Mirage」は、世界のさまざまな場所で自然に囲まれながらカヤックの体験が楽しめるゲームです。ゲームはVR専用に開発されていて、VRならではの没入感を堪能できます。
「北極の氷河の間をカヤックで漕ぐなど、現実世界ではなかなかできない体験ができるところが大きな魅力です。このゲームでも、氷河の間を漕いでいると、自分のいる空間がなんとなく寒く感じられるくらいのリアリティがあります。カヤックを漕いだ時の水しぶきや周囲に見える自然の風景もすごくリアル。映像もとてもきれいです」
3.Rez Infinite
Rez Infinite(ダウンロード版)
発売元=エンハンス
プラットフォーム=PlayStation 5(PS VR2対応)、PlayStation 4(PS VR対応)
価格=PS5 3462円 / PS4 3462円(税込)
※PS4版を購入済みの場合は、1100円(税込)でPS5版を購入可能。
「Rez Infinite」は、新しい共感覚体験ができるシューティングゲームです。美しいビジュアルやサウンドを楽しめるところも大きな魅力。世界各国でゲームアワードを受賞・ノミネートされる人気のタイトルです。
「真っ暗な空間に浮かび上がってくる敵を攻撃するときの効果音が音楽のようになっていて、音楽しかない空間に包まれるような、不思議な感覚をおぼえます。また、PS VR2の『視線トラッキング技術』により、コントローラーではなく視線を動かすだけで敵を狙うこともできるなど、VRならではの面白い体験ができます」(視線トラッキングを体験するには、PS5版「Rez Infinite」と、PS VR2が必要)
PS VR2のこれからは?
2023年2月に発売されたばかりのPS VR2は、今後どのような広がりを見せていくのでしょうか?
「現在PS VR2を楽しんでいるのは、元々VRゲームをやっていた方やPlayStation好きが多い印象があります。もちろん、そもそもゲームに興味がない人もいますし、ゲーム機はスマホと違って一人一台持つものでもないので、市場の限界もあると思います。しかし、VRのすごさは実際に体験してみないとなかなかわからないもの。PS VR2に限らずですが、今後国内でVRのゲームを広めていくためには、店頭やイベントでの体験会を積極的に実施したり、日本で人気のタイトルをVR版で発売したりするなど、より多くの人に興味を持ってもらえるようアピールしていく必要があると考えています」
さらに、「ゲーム以外のVRも体験したい」「もっと低コストで気軽にVRを体験してみたい」という人におすすめのデバイスについても教えていただきました。
「もっとも手軽なのは、5~7万円ほどで購入できる『Meta Quest 2』や『PICO 4』です。これらはゲーム機などにケーブルをつながず、HMDをつけるだけで手軽に楽しむことができます。また『Meta Quest 2』や『PICO 4』で体験できるのは、ゲームはもちろん、フィットネス、メタバースでの交流、ビジネスワークなどさまざま。ゲームに特化したPS VR2とはまた違った、VRの面白さや魅力を体験できると思います」
ちなみに、西田さん自身が愛用しているのは「Meta Quest Pro」だそう。
「『Meta Quest Pro』は価格は15万円ほどしますが、VR機能だけではなく、現実世界と仮想世界をシームレスにつなぐことができる、MR(複合現実)対応のデバイスであることが大きな特徴です。例えば、手元に置いたキーボードが見えている状態で、空中にディスプレイを出したりすることができます。現在、一般向けにさまざまなデバイスが販売されているので、目的や予算によって自分に合ったものを選んでみてください」
社会のなかにも広がり始めている!
VRの活用例
すでに驚くほどリアルな仮想空間を楽しむことができるVR。今後、VRの技術が進歩するとどのようなことができるようになるのでしょうか? また現在、社会の中でVRが活用されている事例についても西田さんに教えていただきました。
「VRの技術は今、富士山でいうと8合目くらいまで来ています。では、これが頂上に到達するとどうなるのか。例えば、街中で歩いているときにスマホの中のマップではなくて道の上に矢印が表示されるとか、イベントをやっている場所に立体のキャラクターが浮かんで見えるとか、飲食店に星や点数が表示されて評価がわかるとか……。生活の中で役立つようなさまざまなことができるのではないかと考えています。
とはいえ、屋外でVR用のゴーグルを付けることは安全面から考えてもハードルは少し高めです。そのため、屋内での活用、例えばアーティストのライブパフォーマンスなどは、もっと早くに楽しめる日が来ると思います。業界でも『ゲームの次はライブパフォーマンスが来る』と言われているので、今後の展開に期待しています」
一方、現在すでに社会の中でVRが活用されている事例もあります。
「その一つが、VRを使って行われる労働災害を防ぐために取り組みです。例えば工場などでは、機械に服の袖や腕が巻き込まれるような事故が起こることがあります。そこで安全教育としてVRを活用し、実際に事故が起こったときのシミュレーションを行います。これにより、事故防止への意識向上などが期待できますよね。さらに工場の設計などで機械の配置を考えるときに活用しているところもあります。VRでつくりだした仮想空間に機械や人を置くことで、どう配置すると効率的な作業ができるかなどをシミュレーションすることが可能です」
「そのほか、活用され始めているのが教育現場です。例えばVRを使うと、自宅から授業を受けていてもほかの生徒がそばにいるように感じられたり、歴史の授業で土器や刀といった歴史的な遺物を目の前で観察できたりと、いろんなことが体験できます。このように教育現場でのVR活用はとても有効だと言われていますが、世界的に見ても導入しているところはまだまだ多くありません。活用法の可能性や最適な使い方について、今まさに模索しているところだと思います」
最後に、西田さんが考えるVRの魅力と可能性についてうかがいました。
「現在、オンライン上で画面越しに人と会うことは当たり前の時代になりました。しかし近い将来、VRを活用することで遠く離れた人とのコミュニケーションはさらに進化して、まるで目の前に等身大の相手がいるかのように感じながら、話をすることができるようになります。このように、新しいコミュニケーションツールになり得るところはVRの大きな価値だと考えています。
今のVRでいえば、先にご紹介した『クロスモーダル現象』のような、視覚体験があまりにリアルなゆえに脳が騙されるような体験ができることは、やはり大きな魅力です。VRはまだ『明日、あなたの生活の役に立ちます』と言えるものではありません。それでも今触れておくことに価値があって、この面白さは実際に体験してみないとなかなかわからないので、ぜひ一度試してみてもらいたいなと思います」
Profile
フリージャーナリスト / 西田宗千佳
1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、書籍も多数執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「メタバース×ビジネス革命 物質と時間から解放された世界での生存戦略」(SBクリエイティブ)、「ネットフリックスの時代」(講談社)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)などがある。
取材・文=土居りさ子(Playce)