昭和以降、最速で大関昇進を果たした大の里(おおのさと)の活躍により、チケットの完売が続いている大相撲。2023年には、大相撲を舞台にしたNetflixドラマ『サンクチュアリ-聖域』がヒットし、これまで相撲に関心のなかった若い世代の間でも人気が高まっています。さらに、2025年は日本相撲協会の設立100周年にもあたり、大相撲界隈のますますの盛り上がりが予想されます。
そこで今回は、テレビ番組「NHK午後LIVEニュースーン」の「SOON相撲部」をはじめ、雑誌や民放のテレビ番組にて活動中のフリーアナウンサー・赤井麻衣子さんに、相撲初心者が知っておきたい歴史やルールといった基本から取組を楽しむコツまで、たっぷりと教えていただきました。
相撲の歴史は1500年以上!
『古事記』『日本書紀』まで遡る
まず、相撲の歴史を簡単に振り返ってみましょう。
「相撲の起源は『古事記』(712年)にある力くらべの神話や、『日本書紀』(720年)にある天覧(てんらん)勝負の伝説だと言われています。奈良・平安時代にかけて、相撲はその年の豊作を占う儀式として毎年開催され、宮廷行事として定着していきました」(フリーアナウンサー・赤井麻衣子さん、以下同)
「鎌倉時代から戦国時代にかけては、武士の戦闘訓練として盛んに行われました。相撲好きで知られる織田信長は、将軍たちお抱えの力士たちに試合をさせ、その闘いぶりを楽しんでいたようです。
江戸時代に入ると、神社仏閣の建築修復資金調達などのため『勧進相撲(かんじんずもう)』が全国で行われるように。その後、定期的に相撲が興行されるようになり、これが今日の大相撲の原型となりました。大相撲は歌舞伎と並び、一般庶民の娯楽として広く親しまれるようになったのです」
ずばり、相撲の魅力は?
伝統と技が生み出す大相撲の奥深さ
大相撲のどのようなところが、人々を夢中にさせるのでしょうか。
「魅力の1つは、2ヵ月ごとに発表される力士の強さのランキング『番付(ばんづけ)』を通して、力士の成長を見守ることができる点です。相撲界では、推しの力士のことを“ご贔屓(ひいき)力士”と呼びますが、ご贔屓力士が番付を上げたり下げたりする様子に一喜一憂しながら応援するのが醍醐味です」
「2つ目は、江戸時代と変わらない力士の髪型や装い、大相撲のしきたりなどが、現代の風景に突如として現れる新鮮さです。
時代劇でお馴染みの丁髷(ちょんまげ)や大銀杏(おおいちょう)と呼ばれる髪型に結い上げた力士が目の前に現れるのは、非日常的で刺激があります。また、両国国技館(*1)を訪れると、まるで江戸時代の情景をそのまま切り取ったかのような、現代では味わえない独特の雰囲気を楽しむことができます」
*1:東京にある日本相撲協会所有の相撲興行施設。
「3つ目は、力士同士の試合、すなわち『取組(とりくみ)』です。巨体からくり出される豪快でありながらも繊細な技の数々に、魅了されること間違いなし! 取組こそ相撲の本質なので、少しずつ技なども覚えていってください」
「本場所」と「巡業」の違いは?
大相撲の年間スケジュール
大相撲には「本場所」と「巡業」の主に2種類の興行があります。
・本場所
「本場所は年6回、奇数月の第2日曜日から第4日曜日までの15日間にわたって開催される興行のこと。本場所での成績が番付に影響するため、力士は本気モードです!」
・巡業
「巡業は年4回、本場所が開催されていない4月、8月、10月、12月に地方を巡る興行のこと。相撲の普及や、地方のファンに大相撲の魅力を伝えるのが目的です。巡業スケジュールは、日本相撲協会の公式サイトに随時更新されるのでチェックしてみてください」
「巡業当日は、朝稽古から始まり、観客は普段なかなか見ることができない稽古の様子を楽しむことができます。稽古の合間には、タイミングを見計らって力士たちに話しかけたり、握手やサイン、写真撮影をお願いすることもできます。力士との距離の近さこそ、巡業の魅力といえるでしょう。
稽古が終わると、取組を見ることができます。また、相撲の禁じ手を面白おかしく紹介する『初切(しょっきり)』は、巡業のなかでも観客を大いに笑わせる人気イベントです。その他、力士の歌声が聞ける『相撲甚句』や、『髪結(かみゆい)』の実演なども開催されます」
力士のランキング「番付」
昇進・降格の基準は?
横綱や大関が強いというのは知っていても、他の番付について知らないという人は多いかもしれません。ここでは、大相撲に欠かせない番付について解説します。
・横綱(よこづな)
「まず、番付の上位から見ていきましょう。最強の称号は横綱です。ひとたび横綱になると、引退するまでその地位から降りることはできません。相撲界を引っ張っていく象徴として、品格と力量が求められます。現在、約600人の力士がいますが、全員が横綱をめざして日々精進しています」
・大関(おおぜき)、関脇(せきわけ)、小結(こむすび)
「横綱に次ぐ3つの階級を『三役(さんやく)』と呼びます。横綱と異なり、成績不振が続けば降格もあります。横綱に昇進するには、大関となり、二場所連続優勝またはそれに準ずる成績を収める必要があります」
・前頭(まえがしら)
「横綱、三役、前頭を合わせて『幕内(まくのうち)』と呼びます。前頭のなかで最も強い力士は『前頭筆頭』と呼ばれ、その後、東の2枚目、西の2枚目、東の3枚目……という具合に番付がつきます。東の力士のほうが、西の力士よりわずかに強いという意味です」
・十両(じゅうりょう)
「力士は十両に昇進することで初めて一人前と認められ、この階級から「関取(せきとり)」と呼ばれるようになります。十両になると、本場所では15日連続で取組が行われるようになり、毎月の給料も大幅にアップ。髷(まげ)で大銀杏を結うことが許され、まわしや着物、身につけるものも別格。待遇が大きく異なります。
このような理由から、力士たちはまず十両をめざしますが、昇進できるのは全体のわずか約10%と狭き門になっています」
・幕下(まくした)、三段目、序二段(じょにだん)、序ノ口
「幕下以下、4階級に属する力士たちは『力士養成員』や『若い衆』などと呼ばれます。幕下以下の力士は、本場所の15日間のうち7日間で取組を行い、稽古だけでなく関取の『付け人』として身の回りの世話をします。そのなかで、関取の振る舞いなどを学ぶのです」
番付の昇進・降格はどのように決まるのでしょうか。
「1つの目安となるのが『勝ち越し』と『負け越し』です。関取の場合、本場所では15日間の取組があるので、8勝以上で勝ち越し、7勝以下で負け越しとなります。勝ち越せば昇進し、負け越せば降格の可能性が高まるため、ここを基準に応援するといいでしょう」
戦術の基本スタイルは大別して2つ
「押し相撲」vs「四つ相撲」
ここでは、実際の取組を楽しむための基本的なルールや戦術について解説します。
・勝敗を決するのは?
「取組のルールは非常にシンプルで、『足の裏以外が土俵に付いたら負け』『土俵の外に出たら負け』となります」
・相撲の戦術は?
「力士の戦術は、まわし(*2)を取る『四つ相撲』か、まわしを取らない『押し相撲』の2種類に大きく分けられます。
四つ相撲は、相手のまわしを取り、組み合った状態から攻撃するスタイルです。一方、押し相撲は、相手から離れて相撲を取り、激しく体当たりしたり、突き押しで攻撃します。
四つ相撲の力士がまわしを取れば一気に勝ちに近づくため、押し相撲の力士はまわしを取らせないように技を出してきます」
*2:まわしは、力士が着用しているふんどし。
「どちらのスタイルが得意な力士か、知っておくだけでも、相撲観戦はグッと面白くなります! 日本相撲協会の公式サイトでは、力士データとして各関取の得意技を紹介しているので、ぜひ参考にしてください」
個性あふれる力士たちの
戦術とストーリーに注目!
大相撲では、力士たちの闘いぶりだけでなく、彼らのストーリーにも注目が集まります。ここでは、2025年の初場所で注目したい横綱と大関3人をそれぞれのストーリーと共にご紹介します。
史上最高の復活劇! 第73代横綱・照ノ富士(てるのふじ)
「横綱らしい力強さが魅力の照ノ富士。四つ相撲を得意としており、相手を抱えて土俵の外へ出してしまう圧倒的なパワーは、相撲を初めて観る人にも感じてもらえると思います。
照ノ富士の横綱への道のりは壮絶で、順調に大関の番付まで上り詰めたものの、両膝の大怪我や糖尿病で2017年に大関から陥落。2018年には、なんと下から二番目に低い階級である序二段まで陥落してしまいます。一時は引退を決意するほどでしたが、それでも諦めず、2019年には幕内に復帰、2020年には大関に再び昇進。そして2021年、史上初の序二段陥落からの横綱昇進を果たすのです」
相撲界のサラブレッド! 大関・琴櫻(ことざくら)
「琴櫻は、四つ相撲も押し相撲もこなす器用な大関。第53代横綱・琴櫻(ことざくら)を祖父に、元関脇・琴ノ若である現・佐渡ヶ嶽(さどがだけ)親方を父に持つ、相撲界のサラブレッドとして知られています。祖父が『大関になったら琴櫻の名前をあげよう』と約束していたため、大関昇進後にその名を継承しました。
2024年の十一月場所では優勝しており、2025年の初場所で優勝すれば横綱に昇進する可能性があります。憧れの祖父に並べるかが見どころです!」
ダイナミックな技で観客を魅了! 大関・豊昇龍(ほうしょうりゅう)
「豊昇龍は足腰が強く、自分の足を相手の足に掛けて倒したり、相手をぶん投げたりする大技を得意としています。また、第68代横綱・朝青龍の甥としても知られており、にらみを利かせた表情など、朝青龍にそっくりです。
2024年十一月場所では、優勝争いで琴櫻に敗れていますが、2025年初場所で優勝すれば、横綱に昇進する可能性は十分あります。初場所の活躍に注目です」
記録ずくめのスター! 大関・大の里(おおのさと)
「史上最速で大関に昇進した大の里は、“相撲界の大谷翔平”とも称されるゴールデンルーキー。学生横綱と2年連続のアマチュア横綱に輝いた実力は群を抜いており、その経歴から『幕下10枚目格付け出し』という資格を得て、序ノ口、序二段、三段目をすっ飛ばし2023年夏場所に幕下で大相撲デビューを果たしました。
2023年秋場所には十両に昇進し、2024年初場所で新入幕(幕内に昇進すること)を果たします。そして2024年夏場所では、初土俵からわずか7場所で初優勝を飾る快挙を達成しました。こうした成績が高く評価され、同年十一月場所を前に、大関への昇進が決定。
出世があまりにも早く、髪の長さが追い付かないため、“大銀杏を結えない大関”という歴史的にも貴重な存在となっています」
焼き鳥、ちゃんこ、ガチャガチャまで!?
会場観戦の楽しみ方
「相撲を楽しむなら、ぜひ一度は会場に足を運んでみてください」と赤井さん。会場観戦の楽しみ方も教えていただきました。
「まず座席の選び方ですが、初心者の方にはぜひ『枡席(ますせき)』という伝統的な観客席での観戦を体験してほしいと思います。会場は、力士を応援する歓声、行司(ぎょうじ)(*3)の“はっきよい”の掛け声、拍子木(ひょうしぎ)(*4)の甲高い響き、そして肉体がぶつかり合う音が混ざり合い、非常に活気に満ちています。
さらに、力士の整髪料である“びんづけ油”の甘い香りも漂います。観客席では飲食ができるので、食べて飲んで、音も香りも、五感のすべてで楽しむことができるのが会場観戦の魅力といえるでしょう」
*3:行司は、取組の進行と勝負の判定を決する人。「はっきよい」は「発気揚々」が詰まったもので、気分を高めて全力で勝負しようという意味がある。
*4:拍子木は、2つを打ち合わせて音を鳴らす木。
「“相撲の聖地”として親しまれる両国国技館は、特に見どころの多い会場。
たとえば、グッズエリアが充実しており、最近ではカプセル玩具の販売機『大相撲ガチャ』が人気で、『お相撲さんのフェイスヘアピン』などの限定アイテムも多数。さらに、親方自らグッズを販売する『親方売店』が出店されており、会計時に話しかけてみると親切に応対してもらえます」
「食べ物の選択肢も豊富で、国技館の地下で製造されている名物の焼鳥はおみやげにもぴったり。地下大広間ではちゃんこ鍋も食べられるなど、1日中いても飽きることはありません!」
“ご贔屓力士”を探すならYouTubeが熱い!
相撲がもっと好きになるメディア
会場に行けなくても、テレビやウェブメディアを通じて相撲の世界を楽しむことができます。
「本場所が始まると、NHK BSでは午後1時から、総合テレビでは午後3時から毎日放送されます。テレビ放送では、解説者が力士の得意技やエピソード、対戦相手同士の因縁などを詳しく解説してくれるため、力士について知りたい人や技を学びたい人にとって、わかりやすい内容となっています」
また、ご贔屓力士を探したいなら、YouTubeを活用するのもおすすめです。
「最近は、日本相撲協会がYouTubeに力を入れており、巡業の記録、相撲グルメ、<大相撲ファン感謝祭>での『のど自慢大会』なども視聴でき、土俵の外でリラックスした力士たちの新鮮な姿を発見できます。
各相撲部屋も続々とYouTubeチャンネルを開設しており、なかでも二子山部屋のチャンネルは、登録者数約40万人を誇る人気コンテンツとなっています」
20年ぶりの海外巡業が決定
2025年も大相撲から目が離せない!
最後に、2025年の注目ポイントを教えてください。
「大関3人の活躍に注目が集まる初場所。横綱昇進をめざす琴櫻と豊昇龍の優勝争いに、史上最速で大関昇進を果たした大の里が割り込むのか。そんな彼らの前に横綱・照ノ富士が立ちはだかるのか。デッドヒートな展開になることが期待されます。
さらに、2025年10月には20年ぶりとなる海外巡業がロンドンで開催されます。由緒あるロイヤル・アルバート・ホールでの公演は、日本の伝統文化を世界に発信する絶好の機会となりそうです。詳細の発表が待ち遠しいですね。
力士たちの真剣勝負を目の当たりにすると、自分も頑張ろうという気持ちが湧いてきます。この冬、大相撲の世界に足を踏み入れ、日本文化の奥深さと力士たちの熱い闘志をぜひ体感してみてください!」
2025年の初場所は1月12日から。会場チケットは完売しているが、テレビでもリアルタイムの観戦が可能です。ぜひ本記事を参考に、今年、大相撲デビューをしてみてはいかがでしょうか。
Profile
フリーアナウンサー・ディレクター / 赤井麻衣子
大阪市出身。NHKキャスターとして大津放送局、静岡放送局に勤務。大相撲ファン。2023年までNHKニュース番組の人気コーナー「シブ5時相撲部」「ゆう5時相撲部」のディレクター、フリーアナウンサーとして担当。現在は「NHK午後LIVEニュースーン」の「SOON相撲部」副部長として出演の他、民放のニュース番組や雑誌、イベント、相撲部屋の司会など主に大相撲取材・監修・出演者として活動中。
X:@maikoakai
取材・文=中牟田洋子(Playce)