いま誰もが、忙しい日々に追われ周囲の視線を気にして、自分を見失っているのではないでしょうか? 毎日がもっと楽しくて、幸せに感じられるものならいいのに——。落ち込む時代の空気に反比例するように“ウェルビーイング”が重視されるなか、幸せを科学的に研究・実証する「幸福学」が注目されています。
幸福学とは、心理学を基礎として、統計的にどういう人が幸せなのかを明らかにしていく学問のこと。この連載では、幸福学を研究する前野マドカさんに、さまざまな視点から幸せを感じる習慣や思考法など、「幸せになる方法」を教えていただきます。第3回は、周りの人も幸せにする方法を考えます。
「あ~幸せ」と言うだけでもいい。
伝播する幸せ
———これまで「幸せの定義」と「ストレスとの向き合い方」について教えていただきました。今回は少し視野を広げて、「他者を幸せにしたいと思ったら何をしたらいいか」をうかがえますか?
「とても壮大なテーマですね! 最近は“ウェルビーイング”という言葉も一般的になって、自分自身の幸せはもちろんのこと、“組織”の幸せ、“社会”や“世界”の幸せについて考える機会も増えてきたのではないでしょうか? ウェルビーイングとは、自身の体と心、地域社会や自分の所属しているところが“いい状態”であることを言いますが、大前提として自分自身がウェルビーイングな状態であることが大切なんです」
———ひとりひとりが幸せにならないと、社会全体も幸せになれないということでしょうか?
「今の社会には、自分自身がいい状態ではないのに、他人のために頑張ってしまう人が多いんです。とくに医療や介護、教育などのエッセンシャルワーカーにその傾向が強いのですが、他人のことばかりを優先してしまい、自分がバーンアウト(燃え尽き症候群。突然やる気を失ってしまうこと)してしまう。
『誰かを幸せにしたい!』と思う前に、自分が幸せになるために必要な『幸せの4つの因子』を思い出していただきたいですね。まずは自分が幸せになる、これが自分の周りや社会を幸せにするための第一歩になりますから」
幸せの4つの因子
■「やってみよう!」因子
・主体的にやりたいことに取り組んでいる人
・得意なことがあり、それを伸ばそうと努力をして強みをさらに高める人
・好きなことがあり、それを突き詰めようと打ち込んでいる人
■「ありがとう!」因子
・人の喜ぶ顔を見たいと思う人
・困っている人を支援したいと思う人
・他者とのあたたかい付き合いに感謝している人
■「なんとかなる!」因子
・考えすぎず物事を決断できる人
・失敗しても気持ちを切り替え立ち直るのが早い人
・自己受容できている人
■「ありのままに!」因子
・地位財形型の競争を好まない人
・自己像が明確な人
・他者への許容度が広い人
———幸せな人が、新たな幸せを生み出していくんですね。具体的にどんなことをすればいいのでしょうか?
「“2-6-2の法則”をご存知でしょうか? あらゆる集団において、パフォーマンスが高い人が2割、平均的な人が6割、パフォーマンスが低い人が2割に分類されるというものです。
例えば、会社の中に楽しそうに仕事をしている人が2割、無難に仕事をしている人が6割、ネガティブな人が2割いたとしましょう。ある実験で、楽しそうに仕事をしている2割の人がより楽しそうに過ごすと、楽しそうに仕事をする割合が増えた、つまり幸せが移ったという研究結果が出たんです。これは、どのような環境でも同じ。『類は友を呼ぶ』ということわざがあるように、人間は環境に影響されやすい生き物ですから、自分が良いと思う方、楽しそうな方へ、共感していくんです」
———それは、逆に不幸も伝播してしまうってことですよね。できることなら幸せを広げたいですね。
「心からワクワクすることは、誰かに言われなくても進んでやってしまうもの。ポジティブな面を見せていくと、自然と主体的に幸せになれます。恩着せがましい感じではなく、自分が素直に感じたうれしいことを相手に伝えるだけでいいんです。
例えば同僚と一緒にランチを食べて感想を共有したり、仕事でうれしかったことを共有したり、うれしい気持ちを表現するのに『あぁ~幸せ』と言うだけでもいいんです。ちょっとしたことを積み重ねていくことが大事ですよ」
———自分が幸せになれば、周りの人も幸せになるなんて素敵ですね。まずは自分が幸せになろう、と思えます。
「幸せだと“利他的”になるので、相手との関係性もどんどんよくなります。何かあれば応援してくれる、助けてくれると幸せのスパイラルがどんどん巻き起こっていくんです。幸せな人の家族、友達、同僚は、みんな幸せ。周りの人を幸せにしたいなら、まずは自分から幸せになりましょう」
幸せになる思考習慣……「社会の幸せを願うなら、自分から幸せになろう」
・幸せは伝播する
・自分自身が幸せにならないと、ウェルビーイングな社会は作れない
・幸せな状態だと利他的になるので、幸せのスパイラルが起こりやすい
誰かを幸せにしたいと思う気持ちは素晴らしい心です。しかし自分が幸せでなければ、どんどん辛くなるばかり。自分自身が「幸せだ」と感じることが何より大切なんですね。次回は「子どもと一緒に幸せを感じるために、今日からできること」を紹介します。
Profile
慶應義塾大学大学院研究員 / 前野マドカ
EVOL株式会社代表取締役CEO、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科附属システムデザイン・マネジメント研究所研究員、一般社団法人ウェルビーイングデザイン理事、国際ポジティブ心理学協会会員。サンフランシスコ大学、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)などを経て現職。著書に『月曜日が楽しくなる幸せスイッチ』(ヴォイス)、『家族の幸福度を上げる7つのピース』(青春出版社)などがある。
取材・文=つるたちかこ 撮影=鈴木謙介