2021年、自動車メーカーのホンダは、「特定の条件下でドライバーがハンドルから手を放して運転できる自動運転車」を世界に先駆けて発売しました。これ以降、各国で同様の自動運転車が登場しています。また2024年10月には、愛知県名古屋市で自動運転車の定期運行の実証実験が開始。公道で制限速度や周囲の車の速度に合わせて走行する取り組みは国内初です。このように、自動運転車の公道での実用化はもう目前。
自動運転車の最前線とは? オンラインモーターマガジン『DRIVETHRU』ディレクターの神保匠吾さんに解説いただきます。
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「自動運転」の定義と、技術進化の背景にあるもの
まず、「自動運転」とは何かについておさらいしましょう。
「自動運転とは、簡単に言えば、乗り物が自律的に目的地まで運転してくれる技術のことです。『自律走行』とも呼ばれ、また、運転者がいないため『無人走行』という表現も使われます」(『DRIVETHRU』ディレクター・神保匠吾さん、以下同)
ここ数年、自動運転の技術開発が加速していますが、その背景には、ガソリン車から電気自動車(EV)への移行、いわゆる「EVシフト」が密接に関係しているといいます。
「車を作動させる仕組みがシンプルであればあるほど、自動運転技術を導入しやすくなります。従来のガソリン車は、エンジンを使ってピストンを動かし、燃焼による爆発でタイヤを回す仕組み。エンジンを安定して稼働させるだけでも高度な技術が求められ、システムが複雑化しています。
一方、EVに使われるモーターは、構造が非常にシンプルです。バッテリーから供給される電力を使ってモーターを回転させ、その動力でタイヤを直接動かします。複雑な工程がないため機械的なトラブルも少ないことが、EVにおける自動運転技術の導入を容易にしているというわけです」
「自動運転車」によって実現する未来の形とは?
なぜ今、世界中で自動運転技術の開発が進められているのでしょうか? 主に2つの目的が後押ししていると神保さんは言います。
1.社会的な課題の解決
「過疎地での移動手段の確保や、運転できない高齢者や免許を持たない人々の移動支援、さらには交通事故の減少などが期待されています」
2.SDGsへの対応
「北米やヨーロッパでは、サステナブルではない化石燃料からの脱却を急ぎ、EVへの移行が進められています。現在、EVの充電に使われる電力の多くは化石燃料を利用して発電されており、その段階でCO2が排出されていますが、再生可能エネルギー(太陽光や風力など)に切り替えることで、環境への負荷を大幅に減らすことができます。SDGsに対応してEVシフトが進むほど、自動運転技術の開発も加速するのです」
実現しているのはレベル3まで。
自動運転技術の5段階
自動運転は、国際規格の分類に基づき、5つのレベルで区分されています。
自動運転レベル1
……アクセル・ブレーキ操作またはハンドル操作のどちらかが、部分的に自動化された状態。
運転操作の主体:運転者
車両の名称:「運転支援車」
自動運転レベル2
……アクセル・ブレーキ操作およびハンドル操作の両方が、部分的に自動化された状態。
運転操作の主体:運転者
車両の名称:「運転支援車」
自動運転レベル3
……特定の走行環境条件を満たす限定された領域において、自動運行装置が運転操作の全部を代替する状態。ただし、自動運行装置の作動中、自動運行装置が正常に作動しないおそれがある場合において、運転者に運転操作を促す警報が発せられるので、適切に応答しなければならない。
運転操作の主体:自動運行装置(自動運行装置の作動が困難な場合は運転者)
車両の名称:「条件付自動運転車」(限定領域)
自動運転レベル4
……特定の走行環境条件を満たす限定された領域において、自動運行装置が運転操作の全部を代替する状態。
運転操作の主体:自動運行装置
車両の名称:「自動運転車」(限定領域)
自動運転レベル5
……全領域において、自動運行装置が運転操作の全部を代替する状態。
運転操作の主体:自動運行装置
車両の名称:「完全自動運転車」
「本当の意味で自動運転と呼べるのは、レベル4と5のみです。レベル1~3とレベル4~5の大きな違いは、“責任の所在”にあります。レベル1~3の車では、運転操作に対してドライバーが責任を持ち、事故が起きた際もその責任はドライバーにあります。レベル4~5では、車のシステムが運転を担うため、システムに責任が生じることになります」
現行の市販車はどのレベルにある?
現在、公道を走る車の多くには、レベル1~2の自動運転技術が搭載されているのだとか。
「トヨタ、ホンダ、日産、メルセデス・ベンツ、BMWなど、主要な自動車メーカーでは、レベル1~2の技術を搭載した車を販売しています。たとえば、自動運転レベル1~2の機能には、先行車との車間距離を維持しながら指定した速度で走行する『アダプティブ・クルーズ・コントロール』、車線を外れそうなときにハンドル操作を補助する『レーンキーピング・アシスト』、急ブレーキを踏んだ際に減速をサポートする『ブレーキアシストシステム』などがあります。これらは自動運転というよりも、“運転支援”という位置付けですね」
一方で、レベル3の機能が市販車に搭載されているケースは非常にまれです。
「レベル3の技術を先駆けて搭載した市販車は、日本でも海外においてもホンダの『レジェンド』です。この車には、高速道路での渋滞時にドライバーに代わって運転操作を行う『トラフィックジャムパイロット』が搭載されており、2021年に100台限定でリース販売されました。しかし、現在ではレジェンド自体が生産終了しています。海外ではメルセデス・ベンツやBMWなどがレベル3の自動運転車を発表していますが、国ごとの法規制や基準の違いが影響し、まだ広く普及していない状況です」
レベル4~5の自動運転車が公道を走るためには、さまざまな課題をクリアしなければなりません。とくに大きなハードルとして挙げられるのが、法整備とインフラ整備です。
「まず必要なのは法整備でしょう。事故時の責任の所在、運転免許証のあり方、保険の仕組みなど、多くの法的問題を解決する必要があります。自動運転車が普及した未来では、自動運転以外で走行したら保険がおりない、なんてことも起きるでしょうね。
自動運転車がスムーズに走行できるよう、交通標識のデジタル化、信号機との通信、道路状況のリアルタイムマップの更新など、インフラの整備も不可欠です」
自動車メーカーだけではつくれない!?
自動運転の鍵となる技術
自動運転は、カメラ、LiDAR(光学レーザー)、ミリ波レーダー、GPS、慣性計測装置(IMU)など、さまざまな技術に支えられています。なかでも重要なのが、カメラとLiDARです。
「自動運転車の“目”として、車線、標識、歩行者、信号など、周囲の状況を視覚的に認識するカメラ。光学レーザーを使って環境を3次元でスキャンし、物体までの距離や形状を正確に把握するLiDAR。この2つの技術が、自動運転技術の中核をなします。
そして、カメラやLiDARなどのセンサーから収集された情報は、専用のチップ(プロセッサ)やOSでリアルタイムに処理され、AIがその情報をもとに周囲の状況を判断して車の動きをコントロールするのです」
注目すべきは、自動運転専用のチップやOSはテクノロジー企業にしか開発できないことだと、神保さんは話します。
「自動車メーカーには、それぞれ独自の運転特性やブランドの“乗り味”があります。たとえば、スムーズな加速や減速のタイミングなどですね。自動車メーカーは、自社の自動運転車でもこの乗り味を再現したいと考えています。そのため、NVIDIA社などのAI半導体チップを用いて、乗り味のチューニングを行っているわけです。
つまり、自動運転車は、もはや自動車メーカーだけでは開発できないということ。ここに自動車業界のパラダイムシフトが生まれています。従来、自動車メーカーはエンジンや車体などハードウェアの開発・製造に強みを持っていました。ところが自動運転の時代に求められるのは、センサーやAI、ソフトウェアなどテクノロジーの領域なんです。世界の自動車産業は、その構造を大きく変えようとしているんですね」
世界中で進む開発レース!
日米中の動向は?
グローバル市場では、自動車メーカーやテクノロジー企業が、各社の強みと戦略を活かし、技術開発を進めています。ここではとくに、日本、アメリカ、中国における特徴的な動きを紹介します。
【日本】
・日産<日本>が目指すのは“安心して任せられる”自動運転
「日産は、軽自動車やミニバン、EVなど幅広い車種に自動運転レベル2の技術を搭載。『スカイライン』や『アリア』などの高級モデルには、高速道路でのハンズオフ走行(手放し運転)を可能にする『プロパイロット2.0』を搭載しています。
日産が目指す自動運転技術は、“馬と人間の関係”。馬が人をサポートしながら安全に道を進むように、車もドライバーをサポートし、安心して任せられる存在になることを目標にしているそうです」
【米国】
・宇宙技術にも支えられたテスラは独自路線で開発を進める
「テスラはEVのパイオニアとして、多くの人に自動運転の可能性を示してきました。最近では、自動運転技術の開発において独自路線を歩んでいます。通常であればカメラとLiDARの併用が必須ですが、カメラのみのシンプルな技術開発を模索しているようです。ちなみに、テスラのCEOであるイーロン・マスク氏が設立した航空宇宙メーカーのSpaceXは、商用ロケットの再使用に世界で初めて成功。その底知れぬ技術力に大きな期待が寄せられています」
・自動運転タクシー競争
「アメリカでは、自動車メーカー GM(ゼネラルモーターズ)が手がける「Cruise(クルーズ)」と、テクノロジー大手 Google の子会社「Waymo(ウェイモ)」が自動運転タクシーの市場で競り合っています。現在は、限定されたエリアや条件でのみ運行中(自動運転レベル4)。
クルーズは2023年に人身事故を起こし認可停止中ですが、それでも海外市場への進出を模索中で、日本もその候補国のようです。GMはホンダからの出資を受けていて、技術提携も進めています。自動車メーカーとしてのアプローチで自動運転を広げようとしているわけです。
一方、ウェイモはテクノロジー企業として自動運転の開発に早くから着手し、世界中から優秀なエンジニアを集めているのが強みです。現在は既存の車両にセンサーを装着して走行していますが、将来的にはオリジナルの車両の開発も目指しているようです」
【中国】
・国家戦略による支援と巨大なEV市場に支えられる
「中国はEVの生産・販売が世界トップクラス。その背景には、Huawei(ファーウェイ)やBaidu(バイドゥ)などテクノロジー企業の多さと、政府の国家戦略による強力な後押しがあります。さらに、IT技術を活用した便利で持続可能な都市づくりを目指すスマートシティ構想のもと、インフラ整備や自動運転技術の導入も推進されています。
規模が大きく、ビジネスチャンスも多い中国市場には、世界中のデザイナーやビジネス関係者が熱い視線を送っています。その結果、車のデザインは洗練されてきていますし、自動運転技術を搭載した中国製EVは今、ヨーロッパにどんどん輸出されているんですよ」
運転から解放される時代、
ライフスタイルはどう変わる?
自動運転車が普及した未来、「それは“移動”そのものが新たなライフステージへと変わる瞬間かもしれない」と、神保さんは語ります。
「移動中にかかるストレスや不確定要素が減り、移動時間の予測がより正確になるでしょうね。渋滞の発生なども自動運転車同士の連携で緩和され、移動の効率が高まるでしょう。そのため、例えば仕事中の移動、子どもの送り迎え、買い物といった日常の場面での活用が広がり、ライフスタイルは一変しますよね。
シェアリングエコノミーとの融合も進むでしょう。街中の車のほとんどがシェアカーとなり、必要なときに乗って自動運転で目的地に行けるような仕組みが整うかもしれません。タクシーが常に街中を走るのではなくて、必要なときにだけ自動運転車を呼び出して使う、といった新たなパーソナルモビリティの形が生まれるはずです」
さらに、自動運転車は「時間」や「行動範囲」の捉え方そのものを変える可能性を秘めています。
「これまでは、自分が車を運転しさえすれば、行きたいところに行けました。レベル5の自動運転車が社会実装されたら、自分が寝ていても行きたいところに行ける。車を運転できなかった人でも、好きなところに行けるわけです。それってすごく自由だと思いませんか?
電車や徒歩の移動では、『持ち物はこれだけにしよう』『日帰りできるのはこの距離までだ』と、私たちは無意識にさまざまな制限をかけているでしょう。自動運転車なら、荷物を好きなだけ積み込んで、移動中に家族との団らんを楽しんだり、仕事をしたりできる。自動運転の技術は、時間の使い方や行動範囲の可能性を広げ、私たちの意識そのものに変革をもたらすのではないでしょうか」
Profile
『DRIVETHRU』ディレクター / 神保匠吾
カエルム株式会社より2014年にオンラインモーターマガジン『DRIVETHRU』を創刊。先進的な領域とカーカルチャーを織り交ぜたエディトリアルを得意とし、インディペンデントなカーブランドのクリエイティブディレクション多数。2021年にコンバートEVにてグッドデザイン金賞を受賞。京都芸術大学「モビリティ学」非常勤講師(2023年)など。
HP
取材・文=中牟田洋子(Playce)