盗撮行為を直接取り締まることができる「撮影罪」が新たに施行されました。この背景には、近年、盗撮・盗聴の手口が巧妙になり、被害が拡大していることがあります。盗撮・盗聴は今や、誰もが被害に遭う可能性のある身近な犯罪になっているのです。
防犯アドバイザーの京師美佳さんに、盗撮・盗聴の実態や自分の身を守る方法について教えていただきました。
盗撮を取り締まる法律は存在しなかった!
「撮影罪」でどう変わる?
まずは、罪に問われる盗撮・盗聴行為や、現在どのように取り締まりが行われているのでしょうか? また、新設された「撮影罪」とは?
「実は『撮影罪』が新設されるまで、盗撮を直接取り締まる法律はありませんでした。これまで、裸の隠し撮りやスカートの中を撮るといったわいせつ目的の盗撮は、各都道府県が定める『迷惑防止条例』によって処罰されてきました。しかし迷惑防止条例は刑罰がとても軽く、例えば東京都では、非常習の盗撮で『1年以下の懲役又は100万円以下の罰金』とされています。都道府県ごとに懲役期間や罰金額が若干異なっており、過去には、飛行機内でCAが盗撮されたにも関わらず、どの自治体の条例を当てはめればいいのか判断できずに取り締まれなかった事例もあったのです」(防犯アドバイザー・京師美佳さん、以下同)
「こうした課題を解決すべく新設されたのが『撮影罪』です。これにより、性的な目的をもって、胸などの性的な体の部位や下着姿を撮影したり、写真を提供したりした場合、全国統一で処罰できるようになりました。被害が多かった飛行機内での盗撮も、取り締まることが可能になります。『条例』から『法律』になったことは大きな変化で、『撮影罪』では、『3年以下の禁固刑または300万円以下の罰金』と、処罰もこれまでと比べてかなり重くなります。しかし、着衣姿の盗撮は処罰の対象にならないことから、近年問題になっているアスリートへの盗撮は取り締まれないなど、まだ課題もあるのが現状です。
盗聴に関しても、現時点では直接取り締まる法律はありません。しかし、盗聴器を仕掛ける際に住居へ侵入すると不法侵入罪に問われたり、壁に穴をあけたり壊したりすると器物損壊罪に問われるケースはあります。また、固定電話の回線に盗聴器を仕掛けることは『有線電気通信法』違反にあたります」
昨今の盗撮・盗聴の多くは“商業目的”によるもの
「撮影罪」が新設されたものの、手口はより巧妙になり、被害も拡大しつづけている盗撮・盗聴。昨今の被害の傾向や、どのような手口で行われているのかを具体的に教えていただきました。
「スマホがなかった時代と今を比べると、盗撮・盗聴の被害件数は想像もできないほど増えています。その背景には、小型カメラや盗聴器がネットで簡単に手に入るようになったことがあります。対面販売よりも手に入れるためのハードルが下がったことが、被害状況を悪化させている一つの要因だと言えます」
「昨今の盗撮・盗聴の目的には大きく2種類あります。一つは、個人が趣味として行うもの。例えば『女性のスカートの中を覗きたい』と、靴の先やカバンにカメラを仕掛けたりスマホを差し込んだりして、電車やエスカレーターで盗撮するようなケースが多いです。
そしてもう一つが、商業目的によるもの。実は今、被害件数が圧倒的に多いのはこちらで、プロの犯罪グループなどが組織立って盗撮・盗聴を行うケースが増えています。手口としては、公共トイレや温泉といった人が集まるところにカメラが仕掛けられることが多く、データはネット上の会員サイトなどで販売されています。また、こうした商業目的の盗撮・盗聴は、今社会問題になっている『闇バイト』で雇われた女性たちが、女性しか入れない場所にカメラを仕掛けることも。男性だけではなく、女性も加害者になっているのです」
盗撮・盗聴の被害に遭いやすい場所と対策方法は?
プロの犯罪グループによる盗撮・盗聴が増えている今、「どこにでもカメラが仕掛けられている可能性がある」と京師さんは言います。では、日々の生活の中で盗撮・盗聴の被害から身を守るには、どうすれば良いのでしょうか?
「盗撮・盗聴のためのカメラが仕掛けられやすいのは、商業施設のトイレ、銭湯・温泉、フィットネスジムの更衣室など。着替えたり裸になったりするところはすべて注意が必要です。そのほか、多くの人が利用する遊園地のトイレなどにも仕掛けられている可能性があります。
とはいえ、こうした場所を避けることはなかなか難しいと思います。そこで、まずできる対策として挙げられるのが、着替えたり裸になったりする場所に行くときには、時間や心に余裕をもつこと。とくにトイレは急いで入ることも多いと思いますが、入った後に不審なものがないかをしっかりと確認することが大切です。例えばトイレなら、ゴミ箱や芳香剤の中、便座の裏、換気扇の穴、置かれたままの荷物や飲みかけのコーヒーカップなどにカメラが仕掛けられていないかを目視で確認しましょう。また、100円ショップで売られているLEDライトを携帯しておくのもおすすめ。レンズがあれば照らした時に光るため、目視よりも探しやすくなります。
さらにトイレ内の盗撮で注意すべきなのは、カメラが複数仕掛けられている可能性が高いということ。加害者側は、より高額で販売するためにさまざまな角度で撮影したがります。特に多いのが、ドアを開けて入ったときの顔、下着をおろすところ、用を足している最中の3点です。最低限、顔を撮られないようにするためにも、深めにマスクをつけて個室に入るのもいいかもしれません」
「お風呂場や更衣室では、置きっぱなしになっている荷物やお風呂セットに注意。過去にはお風呂セットのシャンプーやリンスのボトルの口に小型カメラが仕掛けられている事例もありました。カゴなどを持ったままウロウロしている人を見かけたときには、気を付けるようにしてください。また、小型カメラは設置しっぱなしにしていると見つかるリスクが高いため、一日または数時間で回収していくことがほとんどです。人の多い時間帯が特に狙われやすいので、例えば温泉に行くときは、朝一や閉店間際に行くなど、混み合う時間帯を避けることも対策の一つだと思います」
カメラが仕掛けられていないか日頃から注意することは大切ですが、もし自分が盗撮・盗聴されていると気が付いたときには、どうすれば良いのでしょうか?
「盗撮用のカメラで撮影されている映像は、リアルタイムでネット配信されている可能性もあります。そのためカメラが入っている穴などを見つけたら、まずはふさぐことが大切です。その後、すぐに通報して警察が来るまでその場で待機してください。その間に万が一カメラを回収しに来た人がいた場合は、無理に証拠を残そうと思わず、渡してしまうのが安全だと思います。もし余裕があれば、その場の写真を残しておくといいでしょう」
自宅で注意すべき、盗聴・盗撮の被害は?
盗撮・盗聴は外出先だけでなく、自宅でも被害に遭う可能性があります。自宅ではどのようなところに気を付ければいいのでしょうか?
「自宅での盗撮・盗聴は、トラブルになっている元家族や元恋人など、関係者によるものがほとんどです。そのため、わいせつ目的というより、行動の監視が目的になっていることが多く、小型カメラや盗聴器はトイレやお風呂だけでなく、どこにでも仕掛けられている可能性があります。
とくに小型カメラは植木の中や置物、クーラーの吹き出しやカーテンレールに仕掛けられやすいので注意が必要です。盗聴器はコンセントタップに仕掛けられていることが多いので、中を開けて黒い箱のようなものが入っていないかをチェックしてみてください。とはいえ、家中のコンセントタップを全て調べるのは大変なので、特に誰かとトラブルになっていない方は、引っ越しをして新居に荷物が入る前に、前の住人に仕掛けられたものがそのままになっていないかチェックするのがいいと思います」
今後、盗撮・盗聴の手口はますます巧妙になる?
今も拡大している、盗撮・盗聴の被害。これほど深刻な問題にも関わらずなかなか状況が変わらないのはなぜなのでしょうか? また、これからどのような対策が行われていくべきなのか、京師さんに伺いました。
「実は現時点で、盗撮・盗聴の対策として行われていることはほとんどありません。もちろん『撮影罪』は対策の一つですが、撮られてしまったものがどうなるのかというところまでは責任をもってもらえません。一度ネット上にアップロードされてしまうと、それを100%回収するのは残念ながら不可能です。もし自分が撮られたことが分かっても、警察に動いてもらったり弁護士に相談したりすることは時間もお金もかかり、被害者は精神的にも経済的にも大きな負担になります。そう考えると、まずは被害に遭わないように、自分の身を自分で守ることしかないのが現状だと思います」
では今後、期待される対策とは?
「今後の盗撮・盗聴対策として挙げられるのは、取り締まりをさらに厳しくすることです。特に、商業目的で盗撮・盗聴をする犯罪グループにとって、数年の実刑や数百万の罰金程度ではあまり影響がないのが正直なところです。今の刑罰ではまだまだ軽すぎるので、犯罪数自体を減らしてしていくには、法律的にもっと厳しくする必要があると考えています。
また、盗撮・盗聴の被害状況をかんがみて、『こういうケースは刑罰の対象になる』ということをもっと細かく考え、取り締まっていく必要もあると思います。そのほか、小型カメラを購入する際に身分証の提示を求めることなども、対策の一つになるかもしれません。
時代とともに技術が進化すれば犯罪も進化していくので、今後も盗撮・盗聴の手口はますます巧妙になり、被害も増えていくと考えられます。取り締まりはいたちごっこになってしまうと思いますが、その都度対応していくしかありません。盗撮・盗聴は、誰でも被害者になり得る犯罪です。他人事ではなく『自分も被害に遭うかもしれない』という意識を常に持っておくことが、何よりも大切だと思います」
Profile
防犯アドバイザー・犯罪予知アナリスト / 京師美佳
百貨店のエレベーターガール、商社の営業職を経て、トータル防犯アドバイザーを目指し、セキュリティ企業へ就職。法人営業部の責任者を務める中、2002年10月に防犯設備士取得。その後は、防犯ガラスメーカーに勤め、セキュリティ事業部長、そして防犯アドバイザーとして、防犯診断や電話での相談受付、セミナーなど、幅広く活動を行う。2005年5月独立。京師美佳セキュア・アーキテクトを設立し、2009年11月には一般社団法人全国住宅等防犯設備技術適正評価監視機構理事に就任。現在も講演、テレビ、新聞、雑誌など多方面で防犯の啓蒙活動を行っている。
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取材・文=土居りさ子(Playce)