近年、社会で多様性が叫ばれるようになりましたが、SNSなどでは「ルッキズム」と呼ばれる外見至上主義の価値観がいまだ根強く存在しています。このルッキズムの意味や傾向、どのように付き合っていくべきか、社会での取り組みなどについて、社会学者の高橋幸さんに社会学の観点からうかがいました。
CONTENTS
「ルッキズム」とは何? なぜ陥ってしまう?
容姿を重視し、外見によって差別することを指す「ルッキズム(lookism)」。社会学者の高橋幸さんは、とくに自分の外見が人からどう見えるかが不安で仕方がないときに、この問題は深刻になりやすいのだと言います。
「例えば、人と会った後に『もっとこうすれば良かった』と外見や振る舞いを振り返ってしまうと、それはルッキズムに悩んでいる状態です。とくに、相手が自分を思うように受け入れてくれないかもしれないという“関係不安”を感じているときに、ルッキズムに陥りやすくなるのです」(社会学者・高橋幸さん、以下同)
関係不安を感じやすい場面としては、例えば、相手から評価される場や、自分がどう思われているか分からないとき、うまくコミュニケーションがとれないときなどが挙げられます。
「『相手と上手くいかないのは、外見が原因なのではないか』。そんな思考パターンを持つ人ほど、ルッキズムに陥りやすい傾向があります。例えば、自分の外見がもっと美しかったら、あの人はもっと私に良くしてくれたのではないだろうか……などと考えてしまうんですね」
そんな思いにとらわれたら、自分がどんな場面で「関係不安」を感じやすいのかを振り返ってみることが大切だと、高橋さんは提案します。例えば、以下のような状況下で不安になりやすいそう。
・自分の良さを上手く発揮できていない
「例えば、学校のクラスで自分の良さが評価されていないと感じると、『もっと外見が良ければ、みんなにもっと好かれたかもしれない……』と思ってしまうことがあります」
・自分の発言に耳を傾けようとしてくれない
「例えば、職場で意見を言おうとしても『若い人が何を言ってるの?もっと理解してから発言して』といった反応をされるのでは、と考えてしまう場面です。良い提案があっても言い出せなくなりがちで、“心理的安全性が確保されていない”とも言われます」
・外見について話題にされることが多い
「例えば、職場で『〇〇さんのその髪型、素敵ですね』といった話があると、自分の外見もチェックされているのでは……と感じてしまい、外見に対する不安が増してしまいます」
自分がどう見られるか、気になって仕方がない……。それは自分にとって不快であるというサインなので、できる限り離れた方が良いと高橋さんは言います。
「若い人は採用試験など評価される機会が多いため、年齢を重ねた人よりルッキズムにさらされやすい傾向にあります。弱い立場に置かれるとルッキズムが高まるのは、ルッキズムが社会的な権力構造の中で発生しているからだと思います」
どのような関係でルッキズムが生じやすい?
ルッキズムがとくに強く現れやすい関係を知ることが、自分の外見に対する感情を振り返るヒントになります。たとえば、以下のような状況に心当たりはありませんか?
・親子関係
「親が子の外見評価をする場合は、評価する親が上、評価される子が下という位置づけになります。たとえば『最近ちょっと太ったんじゃない?』と親から言われると、子どもの自己愛が傷つけられますが、親から逃れることはできないため、状況は深刻です」
・学校
「スクールカースト(学内の階層構造)が存在するのは世界共通だと言われます。オランダの研究によれば、スクールカーストは学力、コミュニケーション力、そして外見の総合的な評価で決まるとのことです。それ以外の能力はほとんど評価されず、活躍の場も限られた環境では閉鎖感や苦しさを感じやすくなります。この構造に敏感な人ほど、ルッキズムに陥りやすい傾向があります」
・職場
「職場では外見の良し悪しと仕事の能力は基本的に関係ありません。美しく見せようとすること自体は自己実現の一部であり良いことですが、周囲の期待に応えなければならないと“やらされている”状態になるのは、望ましくありません」
とくに職場などで見られる外見に関する評価には、「あなたと親しくなりたい」という意図が含まれることが多く、外見に触れられた人は反論しにくい状況に置かれることがあります。
・SNS
「SNSを楽しんだり、美しい姿に共感したりするのは問題ありませんが、劣等感を刺激される場合は“関係不安”が生じていると言えます。また、アイドルの外見に対するコメントもよく見られますが、身体はその人にとっての生存と自己愛の基盤です。それを否定することは、その人を少しずつ追い詰める行為と同じです。ファンが外見を評価してアイドルを窮地に追い込むことは、けっして許されるべきではありません」
外見に対する先入観や思い込み
人の外見に対しては、先入観やステレオタイプが存在します。ルッキズムを理解するために、これらの考え方を押さえておきましょう。
「ハロー効果」
「ハロー(halo)は英語で“後光”を意味します。ハロー効果とは、目立つ特徴があると、その人全体が優れていると感じてしまう現象を指します。たとえば、外見が良い人を成績が良い、性格が良い、信頼できるなどと無意識に判断してしまうことがあり、こうした先入観は意識して切り離す必要があります」
「美人ステレオタイプ」
「アメリカの裁判では、複数の陪審員が評議する陪審制度が採用されていますが、一般的な外見の女性よりも、美しい女性が犯罪を犯した場合、同じ犯罪でも罪が重く感じられるというデータがあります。美人は冷酷だ、性格が歪んでいるなどのステレオタイプが影響しているのです」
美の多様化が進む現代
“美しさ”は、絶対的なものではないことを理解することが大切です。
「美しいと感じるものは瞬時に判断されがちで、自分が美しいと思ったものは他人もそう思うと考えてしまいますが、実際には人それぞれです。異なる美を認め合う姿勢が重要です」
かつては画一的な美が賞賛されていましたが、今では美しさの定義が多様化しており、日本でもファッション業界などでその傾向が見られます。
「例えば、下着ブランドのピーチ・ジョンは、2020年頃から多様性と伝統的な美の2つの方向性を持つミューズを起用しています。多様性を象徴するミューズには、ボディポジティブの考えを体現するお笑いタレントのバービーさんやゆりやんレトリィバァさんが選ばれています。ありのままの体型や外見を愛するメッセージが含まれているのです。
一方で、画一的な美の象徴としては、女優の田中みな実さんが挙げられます。彼女は、大学時代にミスコンテストで準優勝し、その後アナウンサーから女優へとキャリアを築いた方です。
田中みな実さんのような伝統的な美も素晴らしいですが、バービーさんのようにボディポジティブを表現する美しさも素敵だと認められる社会は、良い方向に進んでいると言えます。画一的な美も、今では多様性の中の一つに過ぎないのです。現在のルッキズムの中でも、美の多様化が進んでいます」
海外で進む規制の動き
海外では、極端なルッキズムや美の基準に対して、規制が進んでいます。
「2000年代後半から2010年代にかけて、欧米では痩せすぎのモデルを広告やファッションショーに起用することを禁止する法律が相次いで成立しました。この背景には、摂食障害によるモデルの死亡が相次ぎ、社会問題となったことがあります。2006年にはイタリアで、BMIが18.5未満のモデルの出演を禁止する業界の合意があり、それ以降、欧米各国で同様の対策が進んでいます。2015年にはフランスで、痩せすぎのモデルに対する規制法が可決されました。この法律では、モデルのBMIが一定値以下の場合、健康証明書の提出が義務付けられ、違反した所属事務所には罰則が科されるという強制力の強いものとなっています」
SNSに投稿される写真にも、規制が生まれています。
「2021年にはノルウェーで、SNSに投稿される写真が加工された場合、インフルエンサーや企業が商業目的で使用する際には加工済みであることを明記する義務が生じました」
ルッキズムを感じたときの対処法
もし相手との関係においてルッキズムが生じた場合、その場を離れることが最善だと高橋さんは言います。しかし、さまざまな事情で簡単に離れられないこともあるでしょう。では、過度なルッキズムに陥らないためには、どのように対処すれば良いのでしょうか?
コミュニケーションを基盤に考える
「まず、相手との関係に不安を感じ、居心地が悪いことを自覚しましょう。『外見さえ良くすれば、この関係もうまくいく』と考えるのは、偏った捉え方です。たとえ相手が外見ばかりを評価し、マウントを取ろうとしてくる場合でも、自分の外見に原因を求めるのではなく、どのようにコミュニケーションを取るべきかを冷静に考えることが必要です」
外見に対する評価への違和感を穏やかに伝える
「外見を評価してくる相手に対して、ただ無視するのではなく、『その態度はあまり良くないと思います』とやんわりと伝えることが大切です。外見を評価しながら距離を縮めようとする人は、セクハラの指摘にも反発することが多く、相手を変えるのは難しいかもしれませんが、自分自身がその態度を認識し、伝えることには意味があります」
自分にとって大切な関係を育む
「“関係不安”は誰にでも多少あるものです。自分の周りの人間関係を振り返り、『職場では不安を感じるけれど、あの友達との関係は少し安心できる』といったように、自分にとって良好な関係を見つけ、それを少しずつ深めていくことが大切です。そうすることで安心できる場をつくり、メンタルヘルスを良好に保ちましょう」
長く付き合うと外見は気にならなくなる
「信頼できる友人や恋人の関係になると、お互いの外見はあまり気にならなくなるものです。“関係不安”がなくなると、外見への過度なこだわりも薄れていくでしょう」
「誰しもが少なからず“関係不安”を抱えており、外見や印象に傷ついて生きているのです。相手と接するときには、相手が経験してきた傷を想像することが大切です」と高橋さんは語ります。外見にとらわれず、相手の内面に目を向け、「この人はどんな人だろう」「どんなことを伝えたいのだろう」といった視点を持つことが重要。自分が良好と感じる人間関係を大切にし、不安を感じる場からできる限り距離を置くことが、「ルッキズム」に陥るリスクを減らしてくれるはずです。
Profile
社会学者 / 高橋 幸(たかはし・ゆき)
石巻専修大学人間学部准教授。専攻は社会学、専門は社会学理論、ジェンダー理論。女らしさや男らしさのあり方を検討する必要があると考え、恋愛やルッキズム、ミスコンテストについての社会調査および研究も進めている。著書に『フェミニズムはもういらない、と彼女は言うけれど——ポストフェミニズムと『女らしさ』のゆくえ』(晃洋書房)がある。
取材・文=星野祐子(Playce)