日々の息抜きであり、活力にもなる香り高いコーヒー。その原料となるコーヒー豆の栽培地が、近い将来に激減する懸念があることをご存知でしょうか? 今回は、近年話題になっているコーヒー2050年問題を通して、身近な飲料であるコーヒーのサステナビリティについて考えます。
おいしいコーヒーを飲める生活を持続していくために、私たちがいま知るべきこと、できることはなんなのか? スペシャルティコーヒー(高品質であることを前提に、トレーサビリティが明確でサステナビリティにも配慮したコーヒー)のカルチャーを伝えるインディペンデントマガジン『Standart』の日本語版編集長であり、国内外のコーヒー事情に精通する室本寿和さんにうかがいました。
私たちは、史上類を見ない
コーヒー大消費時代に生きている
コーヒー2050年問題。この気になるキーワードを紐解く前に、あなたはいま世界でどのくらいの量のコーヒーが日々消費されているか、イメージできるでしょうか?
「世界全体のコーヒー消費量は戦前からずっと右肩上がり。特にここ10数年くらいは、毎年約2%ずつ消費量が増え続けています。わかりやすく言うと、この世界ではいま、毎日22億杯くらいのコーヒーが飲まれていることになるんです」(『Standart』日本語版編集長・室本寿和さん、以下同)
毎日、22億杯! ちょっとイメージしにくい規模感です。
「人口増加にともなって、コーヒーが消費される場所が世界中に増え続けていることが大きいと思います。近年、中国やインドなど、これまでコーヒーがあまり飲まれてこなかった地域での消費が増えてきているのはもちろんのこと、中東を中心としたイスラム圏でも盛り上がっています。宗教的にお酒が飲めないぶん、とくに若者層での消費が増えていて、かつ、経済的にも豊かなので大きなコーヒーチェーンが続々と進出したり、中東ならではの荘厳な店構えのカフェができたりしているそうです。
あとこれは僕個人の考えですが、SNSなどを通して、それまでコーヒーの文化を知らなかった人々が情報を得られる社会になったことも、その後押しになっていると思います」
ちなみに国際コーヒー機関(ICO)が発表している国別の消費量を見ると、日本は世界第4位のコーヒー消費国(2020年時点)。私たちは世界的に見てもコーヒー好きな国民と言えそうです。
「仕事柄、海外の人と話をするなかでも、日本のコーヒーカルチャーは特殊だと言われます。第一に、豆を買って自宅でコーヒーを淹れる文化が根付いている。これは他国のコーヒー関係者からはうらやましがられるポイントです。海外の場合、カフェなどお店で飲むだけの人が多いんですね。
第二に、コーヒーの選択肢がとても多い。コンビニコーヒーや缶コーヒー、『スターバックスコーヒー』のようなスペシャルティコーヒーショップもあれば、独自の喫茶店カルチャーもある。コーヒーに対する成熟度はかなり高い国だと思います」
すぐそこまで来ている、
畑も生産者も激減する未来
そんな私たちだからこそ気になる、コーヒー2050年問題。具体的にどのような問題なのでしょうか?
「ごく簡単に言ってしまうと、地球温暖化による気候変動の影響で、2050年にはアラビカ種のコーヒー栽培地が50%くらいまで減ると懸念されている問題です」
アラビカ種とは、世界全体のコーヒー生産量の約7割を占める品種。私たちがカフェなどで飲んでいるおいしいコーヒーの豆は、大半がこのアラビカ種です。
「赤道を挟んで南北25度くらいの間にある、コーヒーの栽培に適したエリアのことを“コーヒーベルト”と言います。このエリアがいま南北へ広がっているんです。
『広がるならいいじゃないか……?』と考えたくもなるけれど、アラビカ種は比較的標高が高いところで栽培される品種。この標高が、いま温暖化によってどんどん上に上がっているんです。高地になればなるほど面積は狭くなりますから、このままだと豆が栽培できる場所が減っていき、世界の増える需要に供給が追いつかなくなり、2050年ごろにはおいしいコーヒーを気軽に飲めなくなってしまうかもしれない、というわけです。
また、アラビカ種だけではなく、インスタントコーヒーや缶コーヒーなどの原料に多く使用されているロブスタ(カネフォラ)種も同様に、生産可能地域の多くが失われてしまうという報告もあります」
たったの25年で半減とは、おそろしいスピードです。
「栽培地の減少は、生産者の問題にも直結します。そもそもコーヒー豆は価格が安い作物のひとつ。小規模農家のおよそ6割がすでに貧困状態にあると言われています。
標高の低い畑でも育つ新しい品種の開発などもしていますが、それを試そうにも植えてから収穫までには3〜5年を要します。また、栽培地の標高が上がれば畑の面積が狭くなるので収穫量が減り、さらに斜面が多くなることで機械が入れられなくなるので人件費もかさみます。
従来からある市場の変動による販売価格の不安定さに加えて、こういった状況に多くの小規模農家は耐えきれず、2050年ごろまでに生産者が激減するとも言われているんです」
コーヒーの未来を守るために
いま行われていること
この問題に対して、業界ではどんな取り組みが行われているのでしょうか?
「いちばん大きなところでいうと、『WORLD COFFEE RESEARCH』という非営利団体の活動ですね。彼らは、各地のコーヒー農家がきちんと生計を立てられるように、低地で育つとか、熱に強いといった新しい品種づくりに取り組んでいます。
いわばコーヒー農業の研究開発で、その費用は『スターバックス』や『キーコーヒー』のような大会社によってスポンサードされています。日本にもつい最近支部が設立されたばかりです」
生産国から世界各地に輸出されるコーヒー豆ですが、その流通方法などにも新たな動きが生まれているとか。
「フランスのコーヒー豆輸入会社である『Belco(ベルコ)』では、2030年までにコーヒー豆の輸入に使用する船をすべて帆船(ヨット)に変える取り組みをしています。動力は風。つまり海を汚さないクリーンエネルギーで、すでに90%は達成しているそうです」
そして室本さんは、コーヒー好きな日本にも国内外から注目を集めているスタートアップ企業があると言います。
「2019年に創業した『TYPICA(ティピカ)』は、世界中のコーヒー生産者とロースターをオンラインでダイレクトにつなぐプラットフォーム。従来の不透明かつ複雑な流通過程を省いて、コーヒー産地と各地のショップ、ロースターが直接取引できる仕組みをつくった会社です。
彼らの革新的だったところは、DXを進めてこの仕組みをシンプルに構築したことです。農家の人は自分たちで適正な価格を提示でき、それをロースターは麻袋一袋からでも購入できます。現場のフィードバックをすぐにプラットフォームへ反映していくスピード感が素晴らしいですね」
TYPICAのプラットフォームを使えば、街の小さなコーヒーショップでも、お気に入りの農家さんから少量ずつ豆を直接購入することができるそう。
「適正価格で豆を販売することで、農家のふところや栽培地の村に正しくお金が落ちる。このお金で新たな設備投資ができたり、子供たちに教育を与えたりすることができます。いわゆるSDGsの話にもつながってくるんです」
その一杯の“役割”を意識する。
サステナブルなコーヒー選び
では、コーヒーのサステナビリティをふまえて、私たちがいち消費者としてできることは何なのでしょうか? 大量消費をやめること、あるいは、低価格なコーヒーを買わないこと……?
「大前提として、そういった罪悪感は抜きにして、とにかくいろんなコーヒーをたくさん飲む、楽しむことが大事なのかなと思っています。たとえば僕は、100円で買えるコンビニのコーヒーにも“役割”があると考えています。手軽に飲めるからこそ、コーヒー好きの裾野を広げてくれていると思いますしね。
スーパーで販売している、大手メーカーの安価なインスタントコーヒーだってそうです。その売り上げが、先ほども話したような新品種の研究開発に活かされたりするわけですから。もちろん、企業が何にお金を使っているのかを意識するのは重要ですが」
その“役割”を意識して商品を選ぶという行動なら、私たちにもできるのかもしれません。
「コーヒーを取り巻く問題は、根本的には農家の人に利益を還元していくことでしか解決できないと思っています。そのためにいち消費者ができる第一歩としては、適正価格で豆を取引していたり、同じ生産者との付き合いを長期的に継続しているようなお店を見つけて、そこから豆を買ったり、その豆を使ったコーヒーを飲みに行ったりする、というのがよいのではないでしょうか」
サプライチェーンが透明化されていて、農家に利益を還元できるコーヒー豆には、ほかにどんなものがあるでしょうか?
「オーガニック認証や、レインフォレスト・アライアンス認証などがついている商品なら、環境保全にも貢献ができます。たとえば広島瀬戸田に焙煎所を持ち、いま東京の日本橋や千葉の一宮に店舗がある『OVERVIEW COFFEE』は、地球温暖化の抑制に効果的といわれるリジェネラティブ・オーガニック農法(環境再生型有機農法)、または同農法に切り替えを検討しているオーガニック認証を取得した生産された、コーヒー豆だけを扱っているコーヒーロースター。
売上の1%を環境保護団体に寄付する活動もおこなっています。ただ単に“⚫︎⚫︎認証”の肩書きだけで選ぶのではなくて、こんなふうに具体的な活動をしているお店に投資するというのも、問題を意識するきっかけになると思います」
最近では、このコーヒー2050年問題から名前をとったお店まで誕生しているとか。
「京都でスペシャルティコーヒー事業をしている『Kurasu』が2024年2月にオープンした、『2050 COFFEE』というコーヒーショップは、ぜひ行ってみていただきたいですね。
適正価格で買い付けた豆を使用しているのはもちろんですが、店内にはドリップコーヒーが10秒で注げるタップマシーンが設置されているんです。さらに、スペシャルティコーヒーをメインに提供するお店ではとても珍しいのですが、エスプレッソマシンを設置するのではなく、全自動のマシンでエスプレッソドリンクを提供しています。
これらは、コーヒー業界が直面しうる課題に対するいわば実験のような試み。2050年問題を声高にアピールするのではなく、新しいテクノロジーを駆使したユニークな試みと高いデザイン性、コンセプト力でお客さんにコーヒーの未来を意識してもらうという取り組みが、海外からも注目を集めています」
2050年問題を知ることで
コーヒー文化を守る
「ヨーロッパでコーヒーが広がった17〜18世紀ごろ、コーヒーショップにはアーティストや政治家や芸術家などさまざまな人が集まったそうです。たった1ペンス払えば、そんな面白い人たちと平等に会話をしたり、つながったりできる。僕はコーヒーを取り巻くそういったカルチャーの部分に、昔からすごく惹かれていました」
2015年にスロバキア人のマイケル・モルカン氏が創刊し、2017年に室本氏がその日本版を手がけることになった『Standart』。スペシャルティコーヒーやコーヒーショップを取り巻く、その空気感を伝える紙面作りが高い評価を得ています。
「コーヒーショップで、人はコーヒーの話ばかりしているわけではありません。僕たちが『Standart』で扱っているトピックも同じで、コーヒーを飲みながら人々が繰り広げている会話の内容とか、そこから生まれる行動とか、そういうものを含めた全部をコーヒーのカルチャーだととらえています」
その大切な場所が、これからもよりよい形で持続していくために、コーヒー2050年問題を知ることには意味があります。
「2050年というのは、コーヒーに限らず地球上の様々な環境問題を紐づけるひとつのアンカーポイント(基準点)にすぎません。そして、問題自体は現在進行形ですでに起こっていることでもあります。
より多くの人が、一杯のコーヒーからいま現在の消費行動を見直したり、自分が働いている業界や会社から何か貢献できることはないかと考えてみることができるなら、未来は少しずつ変わっていくのではないでしょうか」
Profile
Standart Japan 編集長 / 室本寿和
福岡県北九州市出身。高校卒業後にオーストラリアへ留学。帰国後は翻訳・印刷会社に就職し、2012年にオランダ・アムステルダムへ転勤。スペシャルティコーヒーの文化を伝えるインディペンデントマガジン『Standart』に出会い、2017年3月、日本語版編集長に就任。現在は、Standartのグローバル・パートナーシップディレクターも務める。 2021年4月には福岡でコーヒーショップ『BASKING COFFEE kasugabaru』をオープンした。
Standart Japan HP
BASKING COFFEE kasugabaru Instagram
取材・文=小堀真子