毎年10月1日は、日本酒の日。それにちなんで、今回は日本酒の「酒器」にフォーカスを当てます。すぐに思い浮かぶのは「お猪口(おちょこ)」でしょう。素材や形状だけでもさまざまな種類があります。しかも日本酒をおいしく飲ませてくれる酒器は、実はお猪口だけではありません。
そこで、きき酒師によるお笑いコンビ「にほんしゅ」の、あさやんさんと北井一彰さんに日本酒の基本から、酒器の選び方を詳しく教えていただきました。
日本酒の魅力は
味が多彩で造り手の顔が見えること
昨今の日本酒を取り巻くトピックスの代表例としては、若い造り手の台頭や、海外における人気が挙げられます。若手による挑戦的な醸造法によって斬新な味わいが生み出さるほか、和食のユネスコ無形文化遺産登録や酒造の海外展開、インバウンドの人気などによって日本酒はいまや“世界酒”に。
こうした背景からも注目を集める日本酒ですが、「にほんしゅ」の二人はその魅力をどう考えているのでしょうか? あさやんさんは「顔が見えること」だといいます。
「お酒には国内外いろんな種類があり、僕ら自身、日本酒以外もよく飲みます。ただ日本酒は全国に1000蔵以上の造り手がいながら、ほとんどが少数精鋭。ですので、蔵人が身近で顔が浮かびやすいことが日本酒ならではの魅力だと思います」(あさやんさん)
日本酒は米と米麹と水を主原料とする、一見シンプルなお酒ですがその味わいは千差万別。北井さんは、この多彩さも日本酒の魅力であり、それは飲み比べるとよくわかるそう。
「飲む順番でも、感じ方がガラッと変わるんです。これはお笑いの舞台とも共通していると思いますね。例えばトップバッターがキャラ濃いめの芸風、次が正統派の芸人という順番だと、後者の面白さが伝わりづらいんですよ。日本酒も同じで、まずは定番や正統派の銘柄を楽しみ、後から個性派やインパクトのある酒質を味わったほうが、それぞれの魅力を感じやすいと思います」(北井さん)
知っておきたい
基本的な日本酒の種類
・純米酒
日本酒の種類は、まずは「醸造アルコールの有無」と「精米歩合」の2点を抑えましょう。そして米、米麹、水のみで造られ、醸造アルコールを含まない日本酒が純米酒。米本来のうまみや深いコクが豊かなことが特徴です。
・本醸造酒
醸造アルコールを添加している日本酒が本醸造酒。産業としての酒造りが盛んになった江戸時代に、品質を安定させ腐敗を防ぐために生み出されたといわれています。醸造アルコールの役割には、味わい的にすっきりと軽快になる、香り的に華やかでフルーティーな吟醸香をより引き立出せるというものがあります。
・吟醸酒
よりよく磨いた米を、低温かつ長時間発酵させる吟醸造りで醸造した日本酒のカテゴリー。磨く割合「精米歩合」60%以下が吟醸酒で、50%以下まで磨くと大吟醸酒に。また、同条件で醸造アルコールを添加しないタイプは純米吟醸酒、純米大吟醸酒に分類されます。
まずは形と材質と厚さで選ぼう
酒器を選ぶ意味と、酒器の種類・選び方
味わいが多彩な日本酒。その魅力を、様々な形や材質でより高めてくれるのが酒器だと「にほんしゅ」の二人はいいます。ポイントとなるのが、組み合わせ。
「例えば、香りが豊かなタイプはワイングラスのように口が広くて湾曲した形の酒器が香りの特徴が分かりやすくておすすめ。それこそ、ワイングラスでもOKです。一方で、香り以上にうまみや味わいのボリュームに特徴がある日本酒でしたら、どっしりとしたお猪口がいいでしょう」(あさやんさん)
また、酒器を素材で選ぶ際には、味がシャープな日本酒にはガラス、まろやかなタイプは陶磁器といったふうに、酒質の口当たりとの相性を目安にするといいとのこと。
「あとは酒器自体の厚みですね。繊細だったり、軽快だったりする日本酒の場合は薄いほうがわかりやすく、濃厚な日本酒の場合は厚いほうが受け止めやすいでしょう。このように、基本は形と材質と厚さ。まずはこの3つで酒器を選んでみてください。そのうえでもう一つ挙げるなら、見た目です。泡や濁り酒、熟成酒のように見た目に特徴がある日本酒の場合はクリアな酒器がいいでしょうし、正月のおせち料理には平盃(ひらはい)や枡(ます)が合いますよね。もちろん、ルックスの好みで選んでいただいてもいいですよ」(北井さん)
なお、お猪口とぐい呑みに形状的な違いはありませんが、一般的には大きさの違いで分類されます。厳密なサイズに決まりはありませんが、小ぶりな酒器がお猪口。それよりひと回り大きいのがぐい呑みです。合わせて覚えておくといいでしょう。
にほんしゅのお気に入り!
日本酒×酒器の良好な組み合わせ一例を紹介
では、「にほんしゅ」の二人ならどんな日本酒と酒器を組み合わせるのでしょうか? この日用意した銘柄に合う酒器を教えてもらいました。
長野県上諏訪の酒ぬのや本金酒造が、地元の新しい酒米「山恵錦」で醸した生酒。華やかな香りや米の甘みをもちつつ、スッキリ爽快な後口のこちらは冷でも燗でもおいしく、酒器は、幅広い温度帯に対応できる万能タイプの錫(すず)製をチョイス。
長野県木曽の名門・湯川酒造店による低アルコール原酒の無ろ過生酒。ライトな飲みごたえと心地よい酸をもち合わせたこちらには、ルックスの涼やかな天満切子のお猪口をセレクト。
神戸・灘のビッグネーム「菊正宗酒造」は樽酒の名手としても有名。吉野杉の優美な香り漂うこの「純米樽酒」を、より存分に楽しむならやはり吉野杉でできた枡でしょう。
佐賀県唐津にある小松酒造の銘柄「万齢(まんれい)」の、伝統製法である生酛造りで醸したタイプが「万齢 八百万(やおよろず)」。優しい酸とキレが調和し、深みと厚みもあるこの味には、堂々とした厚口のお猪口をレコメンド。
それではここからは、にほんしゅのふたりが解説する選び方をもとに、今買える酒器を紹介していきます。
■ まずはこれを用意しておこう! オールマイティ型
開いた形状で香りが豊かに味わえ、適度な高さと厚口のバランスがいい万能型。ガラス製なら、泡のビジュアルや色もじっくり楽しめます。まずなにはなくとも、これを1個用意しておけばOK。
東洋佐々木ガラス「天開60」
280円(税別)
■ 基本の使い分けを楽しめる酒器3種
酒器で変わる味の違いを楽しむなら、手始めにそろえるべきはどんなタイプでしょうか。「にほんしゅ」のふたりによると、この特徴の異なる3種類をそろえるといいそう。
1.すぼまった形が香りを閉じ込める「ワイングラス型」
口が広くて湾曲した形のワイングラスは、香りを楽しむのに最適。なかには、陶器製のものもあります。
中川政七商店「エッグシェル」
12,600円(税別)
ワイングラスの形状をお手本に、光を通すほど薄い有田焼のエッグシェルで制作。丸いボウル部分が香りを閉じ込め、広い口径と薄い縁は舌全体にうまみを広げます。
リーデル「<エクストリーム シリーズ>純米」
3,500円(税別)
のべ170人の蔵元や専門家の意見を集約。25種ものプロトタイプから開発をスタートし、約8年をかけて完成。大ぶりで横長、飲み口の口径が大きい形状が、純米酒の特徴である米のうまみを引き出し、やわらかくクリーミーな質感を口中に長く留めます。
2.やわらかなタッチがまろやかさを演出「陶磁器」
土や石を原材料とする陶磁器は、やわらかいタッチが特徴。厚く作られた酒器は口当たりもしっかりしており、濃厚な日本酒の魅力を受け止めます。なお「にほんしゅ」の二人は「各地の工芸品の酒器をその地酒に合わせると、より土地の個性がマッチする気がします」と話します。
「信楽焼 丸十製陶 スモールカップ ターコイズ」(大人の焼き物)
1,400円(税別)
滋賀県信楽焼の窯元「丸十製陶」が製作。ぽってりした風合いに色鮮やかなターコイズブルーの組み合わせが現代的。ぐい吞みはもちろん、コーヒー、紅茶、小鉢など使い勝手がよい一品。
3.風味やテクスチャーをダイレクトに伝えてくれる「薄吹きグラス」
繊細な技術で作られた薄吹きグラスは、極限までガラスを薄くすることで風味やテクスチャーをダイレクトに伝えます。デリケートかつ高価ですが、繊細な日本酒を味わうためにはぜひ持っておきたい酒器といえるでしょう。
Wired Beans「生涯を添い遂げるグラス SAKEタンブラー うす吹き トランスペアレント(透明)杉箱入り」
4,180円(税抜)
日本酒の香り・味わいを楽しめる小さなタンブラー。軽さと口当たりの心地よさが魅力です。職人の技で美しく均一な厚さに吹いた「うす吹き」タイプのグラスは、極限までガラスを薄くすることで口当たりの良さを実現。
■ 日本酒にハマったら手に入れたいネクストステップ
基本を押さえ、さらに繊細な違いを楽しみたくなったら? ネクストステップは次の3種。
・熱伝導率に優れた万能な酒器「錫」
錫の特徴といえば、高い熱伝導率。「にほんしゅ」の二人も、「あらゆる温度帯に万能。味がまろやかになるのもイイ!」と絶賛します。
能作「ちょい呑 – ぐい呑」
3,300円(税別)
職人がハンドメイドで仕上げたもの。やわらかくて手になじみ、温もりをも感じさせてくれます。同ブランドこだわりの錫100パーセントが特徴。
・うまみを引き立たせ香りも楽しめる「平盃」
神事や祝祭事などでも使われるケースが多い平盃。皿部分の下に小さな円筒(高台)がついており、味わい的にはうまみを引き立たせ、香りも楽しめるのが特徴です。
本間器物製作所「えんもたけなわ 平盃(かがみ)」
6,000円(税別)
錆びにくく、輝きも美しい18-8ステンレスを採用。二重構造のため保温と保冷力があり、燗酒も冷酒も温度をキープしてくれます。
・アレンジなどカジュアルに楽しむシーンで活躍する「タンブラー」
日本酒を氷と炭酸で割ってハイボールとして飲んだり、ライムとレモンで作る日本酒カクテル「サムライ」を楽しんだり。カジュアルに楽しみたいときにオススメなのがタンブラー。ステンレス製や真空2重構造のものは、アウトドアシーンでも重宝します。
KEYUCA「Abysse ステンレスタンブラー 380ml」
各1,490円(税別)
グラデーションが美しいステンレス製。真空2重構造により保温保冷効果が高く、結露が起きないので、テーブルなどに水気がつかないことも魅力です。
■ アミューズ性のある酒器
材質やデザインに特徴がある酒器は、特別な日本酒を飲む際やパーティーなどに重宝するでしょう。また、贈答用にもオススメで、特に外国の知人にプレゼントすれば喜ばれることうけあいです。
・木の香りが芳しい伝統容器「枡」
体積を量るために古くから用いられてきた枡。酒の計量器としても長年使われ、祝祭事でもおなじみですが、木の香りをまとわせてくれることも魅力。日本酒用の材質は、ひのきや杉が一般的です。使用後はカビなどがはえないよう、しっかり洗い乾燥させましょう。
吉辰商店「吉野杉の枡」
1,000円(税別)
吉野杉を使った一合枡。呑み心地は、ほのかな杉の甘い香りを感じられ、芳醇な香りも楽しめます。
・きき酒用に生み出された日本酒のシンボル「蛇の目」
お猪口やぐい吞みでも用いられる青と白の二重丸は、日本に古くから伝わる「蛇の目」という模様。この意匠を用いた酒器はきき酒用に作られたといわれ、いまも実際の品評時に重宝されています。白い部分で日本酒の色合いや濃淡を、青い部分で透明度や輝きをみるのだとか。蔵元がロゴ入りで販売しているケースも多いので、酒蔵見学の際はぜひチェックを。
AKOMEYA TOKYO「蛇の目ぐいのみ 3勺」
500円(税別)
岐阜県多治見市産。磁器の中でも白さの高い土を使用しているため、日本酒を入れたときの透明度が高く、さらに口元が薄めであることも特徴です。
・日本独自の美しい意匠を愛でられる「切子」
日本が誇るガラスの装飾加工(加工品)が切子。庶民の文化から生まれた江戸切子と、島津藩御用達として作られた薩摩切子が有名ですが、近年になり大阪で生み出された天満切子も高い注目を集めています。
天満切子「ぐい吞み杵型24% あさがお」
26,000円(税別)
天満切子ならではの特徴は、グラスをV字ではなくU字に削る事で生まれる独自のデザイン。天開型の形状にすることで、まるで朝顔が咲いているかのよう。繊細なカッティング面がレンズの役割を果たし、日本酒を注ぐと底面の模様を万華鏡のように映し出します。
斬新で面白い! 昨今の日本酒トレンドキーワード 3
最後は「にほんしゅ」のふたりに、日本酒のトレンドについて聞きました。これまでにない味わいに驚かされることもよくあるとのことで、もしお店でこれらの日本酒を見つけたら、ぜひ試してみてください。
1.酸の効いた味わい
「スパークリング日本酒だったり、酸の効いた酒質だったり。昔の日本酒業界では酸味ってネガティブなイメージだったそうですが、いまは造り手の技術や感性とともに飲み手の嗜好も変わりました。優雅な風味や心地よい爽快感をもったものが多く、しかもこうした日本酒がスーパーでも買えるようになっています」(あさやんさん)
2.ワイン並みの低アルコール
「日本酒は一般的に、17~18度程度のアルコール度数を加水処理して15度程度に抑えるのですが、加水をせずに12~13度程度に飲みやすく仕上げる銘柄が近年増えています。これも造り手の技術向上のたまものですね。お酒としては決して低アルコールなわけではないですが、5度下がると味もかなり違いますよ」(北井さん)
3.高精米歩合
「近年のトレンドのひとつは、『獺祭』に代表されるよくお米を磨いた精米歩合の数値の低い大吟醸酒でしたが、最近はあえて米を磨かずに醸すタイプの日本酒も増えています。精米歩合はそれこそ90%とか。これも近年の飲み手のニーズの多様化も含めた既成概念にとらわれない酒造りの一例だといえるでしょう」(あさやんさん)
「味わいは、酸がしっかりありながら甘酸っぱい方向性ではなく、キュッと閉まるような。例えるなら、ヨーグルトの上澄みのような酸味、そこに昆布茶のようなうまみが加わったようなおいしさですね。ペアリングとしては、スパイスの効いたおつまみがよく合うと思いますよ」(北井さん)
酒器を知れば日本酒がもっとおいしく、面白くなります。ぜひ10月1日はお好みの日本酒を、とっておきの酒器でじっくり味わいましょう。
Profile
日本酒芸人・唎酒師 / きき酒師の漫才師「にほんしゅ」
2007年10月1日に、あさやんと北井一彰で結成。世界で唯一の日本酒きき酒師によるお笑いコンビであり、イベントでの漫才や司会、セミナー講師、各種メディア出演など多方面で活動している。
HP
取材・文=中山秀明 撮影=泉山美代子