北欧の一国、フィンランドといえば、作家トーベ・ヤンソンの代表作『ムーミン』や、「マリメッコ」でおなじみ。あるいは、“幸福度No.1の国”とのイメージが強いのではないでしょうか?
なぜフィンランドが私たちの目に魅力的に映るのか、なぜ幸福度が高いのか———沖縄での英語教師生活から一転、20代後半でフィンランドに渡り、現在は当地でテキスタイルデザイナーとして活躍している島塚絵里さんは、この答えとなる著書『フィンランドで気づいた小さな幸せ365日』『自分らしく生きる フィンランドが教えてくれた100の大切なこと』を出版。フィンランドの魅力と幸せに生きるヒントをうかがいました。聞き手は、ブックセラピストの元木忍さんです。
『フィンランドで気づいた小さな幸せ365日』(パイ インターナショナル)
どうしてフィンランドは、幸福度No.1なのか? 仕事・子育て・家族との関係、そして休みや自然の楽しみ方など、無理せず自分らしく生きるフィンランド人の暮らしの中に、そのヒントがあります。フィンランドで結婚し、子育てをしながらデザイナーとして活動する著者が、日々の暮らしの中で見つけた幸せのかたちを綴った、365日のエッセイ。
『自分らしく生きる フィンランドが教えてくれた100の大切なこと』(パイ インターナショナル)
暗くて寒い冬が長く、楽園とはほど遠いフィンランドが、どうして幸福度ランキングで1位に輝くのか? フィンランドに移住して16年の著者が、家族や仕事を通して気がついた、ポジティブな思考や暮らしの楽しみ方、そして自然・人・仕事との付き合い方など。
13歳の少女が感じた
フィンランドのおおらかさ
元木忍さん(以下、元木):フィンランド在住でテキスタイルデザイナーをされているという島塚さんですが、移り住んでからもう16年も経つんですね。移住のきっかけは何だったのですか?
島塚絵里さん(以下、島塚):移住したのは27歳のときですが、きっかけは13歳のときに、母から「ホームステイに行ってみない?」ともちかけられたことです。それも、国際交流にかかわりの深い母の友人からの誘いで、当時たまたま日本人参加者に欠員が出ていたという偶然が重なっての出来事でした。
元木:やっぱり、13歳の体験で感じたインパクトみたいなものは大きかった?
島塚:そうですね。当時は英語もフィンランド語もしゃべれなかったので、感じることしか出来なかったんですが、視野がぐっと広くなった気がしました。何か言われたりされたりしたわけではないですが、男女間もフラットで分け隔てない感じがしたし、のびのびした雰囲気が印象的で。それでいて、個々が自立している様子にぐっと惹きつけられた記憶があります。
“he”と“she”が存在しない
性別に関係なく生きていく国民性
元木:その“男女がフラット”という傾向については、この本を読んで印象的に感じたことのひとつです。日本とは大きく違うように感じて。実際、島塚さんが実感したエピソードはありますか?
島塚:今はフリーランスのテキスタイルデザイナーをしている私ですが、30代前半はマリメッコでテクニカルデザイナーとして働いていました。マリメッコは現社長も創立者も女性、そして社員の9割を占めるのも女性です。マリメッコに限ったことではないのですが、女性が活躍できる風土があるように思います。
元木:それなら安心して産休も取れそうですし、働きやすそうな環境ですね。日本も女性が仕事と家庭を両立する時代になってきたものの、なかなか精神的に追いついてきていないように感じることもあります。
島塚:フィンランドでは、「結婚するから女性が仕事を辞める」とか「職場では女性より男性が活躍する」といった価値観はないように思います。サンナ・マリン前首相は就任当時は34歳で、小さな子どもを育てながら執務に当たっていました。そんなマリン首相が子どもの頃、大統領を務めたのは“ムーミンママ”の愛称で国民から親しまれたタルヤ・ハロネンでした。12年にもわたる長期就任だったため、「男の人でも大統領になれるの?」と子どもたちから疑問の声すら挙がるほどだったそうです。
元木:フィンランドは女性政治家も多いと聞きます。国全体として、男女を分け隔てなく扱う意識が根付いているのですね。
島塚:そういったフィンランドらしさを表す象徴的な言葉に「hän(ハン)」というのがあります。これは中性語と呼ばれるもので、英語でいうhe(彼)とshe(彼女)の意味を含む“人”を表す言葉です。
元木:性別に関係なく生きましょうという国民性なわけですか。現代社会で問題になっていることはフィンランドには関係ないようですね。このエピソードだけでフィンランドのファンになってしまいます。
つらいときでも自分を信じて頑張れば、きっと上手くいく!
「Sisus(シス)」の精神
元木:「hän」という言葉に男女のフラットさが垣間見えました。島塚さんが感じたフィンランドの印象として“個々の自立”というキーワードを挙げられていましたが、これにまつわるエピソードも教えてください。
島塚:自立を語るには「Sisus(シス)」という言葉が欠かせません。これは、フィンランドの精神を表す言葉でもあります。意味としては、日本語でいうところの“忍耐”と訳されることが多いのですが、私としては、個々が持っている“芯の強さ”とか“内に秘めた力”みたいなものに近いと思っています。いまでこそ、幸福度が高い国として知られるようになりましたが、100年ほど前まで長きにわたり、スウェーデンとロシアに支配されてきた歴史があります。シスは、そんなフィンランドだからこその生き方、考え方のように感じます。
元木:自分を信じて進めば、どんなに辛いことが起きても乗り越えていける! という考え方ですね。
島塚:そうなんです。自己犠牲ではなく、自分のために頑張ろう! そんな意味合いだと思います。
元木:自分のために、っていいですね! フィンランドで暮らしてみて、シスっぽい体験はありましたか?
島塚:仕事が見つからなかったときにアルバイトでやった皿洗いでしょうか。あのときは「27歳で皿洗いとは、人生振りだしかぁ。このままやっていけるのだろうか?」と自分を疑ったものです。でも、必ずうまくいくと信じて、出来ることを一つずつ増やして今があります。
元木:島塚さんも体験したシスの精神こそが、フィンランド人一人ひとりの自立した生き方を支えているのですね。男性も女性も、そして大人も子どもにとっても、自立は本当に大切なことだと思います。
カテゴライズや上下関係から
自分を解放しのびのび生きる
元木:これまでフィンランドの魅力として、男女間のフラットさ、個人の自立と順を追って聞いてきました。最後に、のびのびとした雰囲気について、ぜひ教えてください。
島塚:そういえば日本では「イクメン」や「ワーママ」などキャッチーな言葉で人をカテゴライズすることがよくあるなと感じます。一方、フィンランドでは、男女の隔たりもなければ、枠組みにはめる習慣もありません。これがのびのびとした雰囲気を作り上げる材料の一つなのだと思っています。
元木:なるほど。私は最近、ソロキャンプを楽しんでいるのですが、島塚さんがいうのびのびした雰囲気って、現地で出会うソロキャンパーさんたちとの関係性と似ているなと思いました。なかには大企業の社長や世間的に顔が知られている有名人もいますが、キャンプ場では名刺交換もしないし(笑)、立場関係なくフラットに話せるのが楽しいんです。
島塚:それは似ているかも知れませんね! カテゴリーから自分を解放することは、高い幸福度に繋がるように思います。
ワクワクを大切に、
自分のやりたいと思ったことに正直に
元木:話は尽きませんが、2022年には絵本のイラストにもチャレンジされたそうですね。
島塚:うれしいことに、2021年にフィンランドで開いた個展がきっかけで、現地の絵本作家さんと知り合い、イラストを担当するチャンスに恵まれました。いつか絵本を作りたいと願っていたなかでの出来事です。新しいチャレンジなので、まだまだ学ぶことがいっぱいあるなと思いつつ、細々とでも長く続けていけたらいいですね。今後は、文章と絵の両方を担当してみたいとも考えています。
元木:いくつになっても自分のやりたいと思ったことに正直に、気持ちの向くままチャレンジする生き方ができるのは幸せですね。今日は、そんな生き方を支えるフィンランドの精神や考え方を学ぶことができました。ありがとうございました。
Profile
テキスタイルデザイナー・イラストレーター / 島塚絵里
フィンランド在住のテキスタイルデザイナー・イラストレーター。1児の母。津田塾大学を卒業後、沖縄で英語教員として働く。2007年フィンランドに移住し、アアルト大学でテキスタイルデザインを学び、マリメッコ社でテクニカルデザイナーとして勤務。2014年より独立し、国内外の企業にデザインを提供するほか、CMの衣装、宮古島のHotel Locusのテキスタイルデザインを担当。森のテキスタイルシリーズなど、暮らしを楽しくするオリジナルプロダクトをプロデュース。
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ブックセラピスト / 元木 忍
学研ホールディングス、楽天ブックス、カルチュア・コンビニエンス・クラブに在籍し、常に本と向き合ってきたが、2011年3月11日の東日本大震災を契機に「ココロとカラダを整えることが今の自分がやりたいことだ」と一念発起。退社してLIBRERIA(リブレリア)代表となり、企業コンサルティングやブックセラピストとしてのほか、食やマインドに関するアドバイスなども届けている。本の選書は主に、ココロに訊く本や知の基盤になる本がモットー。
文=染谷遥 撮影=鈴木謙介