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スパイスカレーに続くのは?キーワードで読み解く「カレー」の世界

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いまに至るカレーブームのきっかけは、2000~2006年頃に流行ったスープカレーだったとか。以降、カフェ風のキーマカレーやバターチキンカレー、スパイスカレーなど、カレーの近代日本史は盛り上がっています。

2024年は一周回って“普通のカレー”がトレンドになる……とも言われていますが、実際どうなのでしょうか? 今までの変遷を踏まえながら、最新トレンドとその背景、注目すべきお店やオススメのレトルトカレーについて、カレーのトレンドに詳しく、『ニッポンカレーカルチャーガイド』(Pヴァイン)も出版する“カレーキュレーター”、松 宏彰さんの証言によって明らかにします。

日本のカレー近代史をおさらい

日本人がカレーと出合ったのは幕末のこと。その後1871年(明治4年)に、のちに東京大学の総長などを務めた物理学者の山川健次郎氏が米国留学に向かう船上で、ライスカレーを喫食。この記録が、最初にカレーを食べた日本人についての文献といわれています。

明治時代には、イギリスで生まれたカレー粉も日本へ伝わりました。やがて国内のメーカーも独自のカレー粉を開発。並行して洋食もブームとなり、大正時代にかけては、そばなど和食の店でもカレー味のメニューが提供されるようになりました。

その後1927年(昭和2年)には、東京・下町の「名花堂」(現「カトレア」)が、いまのカレーパンの原型となる商品を発明。また、同年には日本初の本格インドカレーといわれる「中村屋」の「純印度式カリー」も誕生しました。

戦後になると、1948年(昭和23年)にカレーが全国の学校給食に導入1950(昭和25)年に各メーカーによる固形カレールウが発売され、より大衆化が進みました。そして1968(昭和43)年には世界初の市販用レトルトカレー「ボンカレー」が発売

昭和後期にはエスニック料理や激辛味が流行しましたが、飲食店のカレーが全国的なブームになったのはインターネットが一般化した1995(平成7)年以降といえます。そうしてITによる情報化が進むなかで起こった最初の大きなムーブメントが、2002~2006年頃に流行った北海道発祥の「スープカレー」です。

2008(平成20)年以降は、カフェ風のキーマカレーやバターチキンカレーなどが飲食店のメニューに登場。認知が広まるなかでレシピや家庭向け商品も登場し、一般化していきました。

やがて、「ご当地カレー」「南インドカレー」が注目されたり、レトルトカレーの市場規模がルウカレーを追い抜いたりとさまざまなトピックスが世をにぎわせます。なかでも大きなカレートレンドといえば大阪発祥の「スパイスカレー」でしょう。

↑スープカレー、バターチキンカレー、カレーパン。(写真はイメージ)

ただ、スパイスカレーが全国的に広まり始めたのは2017(平成29)年頃。以来数年間で最前線はどのように進化を遂げたのでしょうか? ここからは、松さんにお話を伺いながら、カレー界をにぎわすキーワードをもとに掘り下げていきます。

スパイスカレーの熱狂を経て
王道を再評価する新局面に

松さんははじめに「大前提として、去年は○○カレー、今年は○○カレーみたいに毎年当てはめられるトレンドはなく、数年かけてゆっくり浸透していくのがカレーのトレンドといえます」と前置き。そのうえで、最新トレンドを教えてくれました。

「ミクロ視点では、2023~2024年での変化はほぼありません。でも、マクロでみれば大きな動きはあると思います。わかりやすいのが、オーセンティックな日本式カレーのアップデートと再評価『ネオ・カツカレー』『新しい欧風カレー』が近年、新局面を迎えています」(カレーキュレーター・松 宏彰さん、以下同)

↑松さんがブログ「カレー細胞 -The Curry Cell-」をスタートしたのは2008年のこと。

その背景には、前述のスパイスカレーが関係していると松さんは指摘します。

「若い人にはもはや、スパイスカレーは当たり前の存在といえるでしょう。それに、各社の商品化によって家でも簡単に作れるようになりました。だからこそ一周回って、揚げる工程が必要なカツカレーや、調理に時間がかかる欧風カレーといった、家で作りづらいカレーに光が当たり始めたんだと思います。
また、より重要なのがカウンターカルチャーの視点。もともとスパイスカレーには、カツを乗せたり小麦粉(ルウ)を使ったりする日本の王道カレーに抗う姿勢があったといえます。しかしいつしか、スパイスカレー自体がメジャーになってしまった。
一方でスパイスカレーには『何でもあり』という自由な側面もありますから、『カツや小麦粉を使ってもよくない?』という発想が生まれもします。そこで、スパイスの知見を得てアップデートされた『ネオ・カツカレー』や『新しい欧風カレー』が、いま新たな注目を集めているんです」

キーワード1「ネオ・カツカレー」
W主演の一皿やグリーンカレーとの共演に注目

では、それらを提供する注目店は? 「ネオ・カツカレー」から教えてもらうと、「実は元祖のレジェンドが、ネオ・カツカレーのお手本といえるんです。そう、『銀座スイス』!」と松さん。

「カツカレー発祥店として知られる『銀座スイス』ですが、実はこちら、ソースに小麦粉を使っていません。あのとろみの秘密は、煮込みの最終段階でわずかに入れるカツレツのパン衣なんです。そうしてカツとカレーとの親和性を高めているわけですね」

↑「銀座スイス」の「千葉さんのカツレツカレー」(出典=公式サイト) 

もちろんニューフェイスにも注目店はあり、西の代表が「シャンカラ堂」。2022年の末、大阪の中心街から近い場所に実店舗を構えました。

「店主の小峯充靖シェフは、京都の有名ホテルでのバーテンダーやソムリエ、さらに日本料理やとんかつ店、カレー店での経験も経た腕利き。カツとスパイス、両方の知見があるからこそ、そのW主演が成立するカツカレーを体験させてくれます」

↑「シャンカラ堂」の「ラムカツカレー」。

カレー専門店のカツカレーは、どうしてもソース(ルウ)が主役になりがち。一方、とんかつ専門店はその逆。「シャンカラ堂」は見事に調和をはかることで、双方の個性を一皿に落とし込んでいるというわけです。では、東を代表する注目店は?

「2020年の末に東京へ進出してきた、大阪の名店『Japanese Spice Curry WACCA』です。常に進化し続けるのも同店のスゴいところで、カツカレーは僕主催のイベントがきっかけ。あるとき、店主の三浦智輝さん親子が信州の名店『松本メーヤウ』の隣区画になった際、同店のグリーンカレーを食べて『うまみがスゴい!』って感動したんですよね。
そこから全国数軒の人気店を巻き込んで、『松本メーヤウ』をインスパイアしたグリーンカレーのLINEグループができて。やがて完成したのが『Japanese Spice Curry WACCA』の『グリーンカツカレー』。こういう交流が自然発生するのも、イベントの醍醐味だなって思います」

↑「Japanese Spice Curry WACCA」の「グリーンカツカレー」。

ちなみにカツカレーは数年前から、アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアなどでもブームに。この場合の“カツカレー”はカツの有無を問わず日本式の欧風カレーを指し、カツがのっていなくても「Katsu Curry」と呼ばれ、大人気。寿司、天ぷら、ラーメンに次ぐグローバルな日本食として注目されています。

キーワード2「「新しい欧風カレー」
型破りの老舗から炊き立て土鍋ご飯で供する新星まで

「新しい欧風カレー」の最新注目店は、今夏オープンした「ガヴィアル・プラス 麻布十番店」。神保町に本店があるカレーのレジェンド「欧風カレー ガヴィアル」が、初のFC(フランチャイズ)で新たな挑戦を始めました。

「ガヴィアル級の名門になってしまうと、みんなあの味を求めるので新しいことはしづらいはず。その点新店はFCであり、『プラス』というブランドにすることで差別化。加えて大きなポイントは、FCでありながらも総料理長の金島 保シェフを参画させていることです。基本は継ぎ足されてきたカヴィアルの味を守りつつ、現代的なエッセンスを取り入れて提案。例えばワインに合うような一品料理を出したり、ライス抜きの低糖質カレーを提案したり。きわめて面白い試みだと思います」

そしてもう一軒は2020年に築地で開業し、1年強の移転休業期間を経て今夏東銀座に復活した「一体感」。同店の魅力は、3種から銘柄を選べる炊き立ての土鍋ご飯にあります。

「『一体感』の具材は黒毛和牛が主役。フルーティーな甘みの後から辛さがやってくる、この贅沢な欧風カレーのみです。そしてライスは、米のマイスターとともに厳選。20~25分待つことにはなりますが、炊き立てご飯のカレーライスはまさに見事な“一体感”であり、待ち時間なんて気にならないおいしさです。
あらためて、日本のカレーライスの奥深さに、また、ご飯でカレーはもっとおいしくなれるということに気付かされますよ。一般的なカレーとはある種逆の発想ですが、米を選び、炊き上がる香りを楽しみ、待ってからカレーをかけて食べるという新体験。『一体感』は、ありそうでなかった欧風カレーの新星です」

↑「一体感」の「和牛ビーフカレー」。

キーワード3「ビリヤニ」
ビッグネームの東京進出でいっそう盛り上がる

「とくに、国内ビリヤニカルチャーにおける最重要店のひとつである『ジョニーのビリヤニ』が神田に今夏開業したことは、最新ニュースといえるでしょう」

↑「ジョニーのビリヤニ」の「本日のビリヤニ」。

「ジョニーのビリヤニ」は、谷晃一店主が2018年に石川県で始めたビリヤニ専門店。そのルーツは、谷店主が日本ビリヤニ協会の幹部陣とともに2012年から東京・経堂で営業していた「ビリヤニマサラ」にあります。

そして、この「ビリヤニマサラ」は本稿の取材先である「ガラムマサラ」が間借り先であり、当時協会の会長を務めていた人物が、日本屈指のビリヤニ専門店である「ビリヤニ大澤」の大澤孝将店主。同店は2021年に神田で開業しており、つまり二大名店が今年神田で邂逅したことで、より業界がアツくなっているのです。

「ビリヤニ自体は10年以上前からマニアを中心に親しまれていましたが、一般層に広まってきたのはここ数年。そのきっかけのひとつが、コロナ禍で広まった冷凍お取り寄せであり、先駆的一軒が『ジョニーのビリヤニ』です。
ビリヤニ流布の功労店には『エリックサウス』もありますが、こちらはさらにコンビニで展開するという功績を成し遂げました。しかも2022年の初登場から一般消費者の理解度に合わせて年々本格化しており、ビリヤニは今後ますます注目されていくでしょう」

なお、ビリヤニを一言で簡潔に表現すれば、いわゆるカレーの炊き込みご飯。また、ビリヤニのなかでも最新トレンドがあり、代表的なのが京都の「インディアゲート」に顕著な和ダシビリヤニ。この、和ダシをかけるスタイルはスパイスカレーの特徴でもあり、ここにも大きな影響を与えていると松さんは言います。

キーワード4「スパイス飲み」
“辛かった夜の街”から完全復活

そして4つめのトレンドワードが「スパイス飲み」。もともとは5年ほど前に盛り上がる兆しはあったものの、コロナ禍によって停滞気味に。それが2024年、新型コロナの位置付けが「5類感染症」になって1年が経ち、ようやくスパイス飲みもコロナ禍前を超えるにぎわいになってきたと松さん。

「新しめの店だと、新御茶ノ水駅が最寄りの『Indian Street Food & Bar GOND』が注目株。こちらは2023年の4月に閉店して伝説となった南インドレストランの超名店「ダバ インディア」の後継であり、2023年5月にオープンしました。店名どおり、インドのストリートフードで飲むという、攻めたスタンスが特徴です」

↑「Indian Street Food & Bar GOND」の「スージープーリー(2PC)とミニひよこ豆カレー」。

また、ユニークなお店では三軒茶屋に2022年開業した「ビールとスパイス キクヤ」も松さんのオススメ。こちらはオリジナルのクラフトビールと、スパイシーなお好み焼きやおでんが名物で、具材が日替わりのビリヤニも見逃せません。

「あとは川越の『スパイスとお酒 食楽たべ』も、スパイス飲みの奇才です。もともと川越屈指の間借りカレー店だった『タベカレー』が今年から夜メインの実店舗になり、本領発揮。店主さん地元の会津産日本酒をそろえたり、川越の食材や香辛料を用いたスパイス料理に、オーダーを受けてから炊くビリヤニなど、『とりあえずこれ置いときゃええやろ』的な妥協がまったくないんです」

↑「スパイスとお酒 食楽たべ」の「上州牛のピックル」。

そしてスパイス飲みのパイオニアとしても素晴らしいのが「ガラムマサラ」。

「店主のハサンさんはインドのベンガル地方出身ですが、日本好きが高じて帰化した方。在住歴も日本のほうが長く、日本人の好みを知ったうえで独創的なスパイスつまみを提供してくれます。ここに来るならランチ以上に、ディナーがオススメですよ!」

↑「ガラムマサラ」の有名なつまみが「サバカン」と「ほねつきラム」。「パクチー春巻き」など創作メニューは多数。カレーも個性派の絶品ぞろいで写真は「ウメ・ベジタブル」。

また、同店はオリジナルのスパイス酒も提供していますが、その開発は2011年のこと。「スパイスという共通点でフードペアリングを実践したのもきわめて早かったですね」と、松さんは「ガラムマサラ」の先見性に感心します。

↑スパイス漬けのオリジナルリキュールを使った「シナモンラム」のソーダ割り。

↑「ガラムマサラ」には取材場所としても協力いただきました。

ネクストトレンドの本命は
カレーとラーメンの接近!

最後に松さんオススメのレトルトカレーや、次の気になるトレンドについても伺いました。

「レトルトは、金沢の『チャンピオンカレー』と富山の『タージ・マハール』がコラボした、北陸の二大巨頭による『チャンカレのブラックカシミールカレー』がイチオシ。北陸メイドの欧風カレーとインドカレーのブレンドなんですけど、意外に全然ケンカせずに調和していて奇跡的なおいしさなんです」

そしてネクストトレンドに関しては「スパイスカレーおにぎり」「冷やしカレー」「クラフトカレー店の海外進出」「カレーとラーメンの接近」を挙げます。

「『スパイスカレーおにぎり』は『一体感』でも話しましたが、カレーライスにおけるお米の可能性は伸びしろが多いんです。注目株は仙台の『3 FLAVOR CURRY』で、ここは皿の中央に鎮座したおにぎりが印象的。店主は実家が米農家で、宮城県産のササニシキと古代米をインドのバスマティライスとブレンドするなど、構成もいいですね」

↑「3 FLAVOR CURRY」の「2種盛りカレー」(出典=「JAPANESE CURRY FESTIVAL 2024」

「冷やしカレー」は、年々夏の暑さが厳しさを増す日本において、提供するお店も増えていると松さんは指摘。また、「クラフトカレー店の海外進出」については、日本のカレーが世界的に称賛を集める一方で国内の人口減少や実質賃金低下などが叫ばれるなか、ビジネスチャンスを海外に求めるプレイヤーが増えており、「準備を進めている店主もいますよ」と教えてくれました。

「でもネクストトレンドの本命は『カレーとラーメンの接近』かもしれません。有名店でいえば、『Kalpasi』が今年開業した『麺楽 軽波氏(かるぱし)』や、昨年末に名古屋から東京進出して『ネパル麺』が話題の『ミゾグチヤ』ですね」

↑「ミゾグチヤ」の「ネパル麺」。

これまでも、カレーとラーメンの二刀流業態やスパイスをウリにしたラーメン店はたくさんありました。ただ、人気カレー店がラーメン業態に乗り出したり、「ネパル麺」のようにシコクビエ(ネパールで「コド」と呼ばれる作物)を麺にブレンドしたり、アチャール(南アジアの漬物)を盛り付けたりする個性派スパイスラーメンを提供する新たな動きが、より加速していくはずだと、松さんは予想。

以上に挙げただけでも、多彩なカレートレンドが同時進行で生まれていることがわかります。旬のキーワードを味わいに、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

Profile

カレーキュレーター / 松 宏彰

大手CM制作会社での活躍を経て2021年に独立。カンヌ広告祭、NY.OneShowなどで受賞歴があるほか、TVアニメ『やさいのようせい N.Y.SALAD」総合演出、渋谷スクランブル交差点4面ビジョン連動アニメ「トキノ交差」などを手掛けた。その傍らで、国内外4000軒以上のカレー店を食べ歩き、「カレー細胞」の名でカレーカルチャーの振興活動を行う。雑誌やウェブメディアにおける連載やTBS『マツコの知らない世界」など寄稿や出演も多数。また「SHIBUYA CURRY TUNE」「東京カレーカルチャー」など多数のイベントを企画し、今夏は「JAPANESE CURRY FESTIVAL 2024」を開催。著書に『ニッポンカレーカルチャーガイド』(Pヴァイン)がある。
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ガラムマサラ
住所=東京都世田谷区経堂1-22-18 タイムポート経堂 2F
TEL=03-3427-1985
営業時間:11:30~14:30(L.O.14:00)、17:30~22:00(L.O.21:30)
定休日=木曜
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取材・文=中山秀明 撮影=鈴木謙介[ガラムマサラ] 写真提供=松 宏彰