2025年3月8日から15日までの8日間、イタリア・トリノにて「スペシャルオリンピックス冬季世界大会」が開催されいています。これは、知的障害のある人たちに、日常的なスポーツトレーニングと競技の場を提供しているスペシャルオリンピックスが、4年に一度開催する世界大会。世界各国のアスリートたちが集い、日々のトレーニングの成果を披露します。
今回は、スペシャルオリンピックスの国内活動を推進する、スペシャルオリンピックス日本(SON:Special Olympics Nippon)を取材。常務理事を務める渡邊浩美さんに、活動の意義やめざす未来像についてうかがいます。
CONTENTS
知的障害のある人にも平等にスポーツの機会を
スペシャルオリンピックスの歩み

スペシャルオリンピックスは、知的障害のある人たちに、様々なスポーツトレーニングとその成果の発表の場である競技会を、年間を通じ提供している国際的なスポーツ組織です。スペシャルオリンピックスでは、活動に参加する知的障害のある人をアスリートと呼んでいます。
スペシャルオリンピックスの名称が複数形で表されているのは、この名称が大会名のみではなく地域・日本・世界と年間を通してプログラムが行われていることを意味しており、スポーツを通じてアスリートの健康を増進するだけでなく、家族や他のアスリート、地域の人々と才能や技能、友情を分かち合う機会を継続的に提供しています。
スペシャルオリンピックスの活動が始まったのは、1960年代のこと。アメリカのジョン・F・ケネディ元大統領の妹であるユニス・ケネディ・シュライバーが、知的障害のある人たちのスポーツを通じた社会参加を支援するために設立しました。
「当時は障害のある人々に対する差別や偏見や固定観念が根強く、知的障害のある人たちがスポーツを楽しむ機会が少ない現状がありました。
ユニスには、知的障害のある姉・ローズマリー・ケネディがいて、彼女と育ったことで、知的障害のある人たちがもつ可能性を社会に知ってもらいたいと考えるようになったそうです。彼女はその強い信念のもと、この取り組みを始めました」(スペシャルオリンピックス日本 常務理事・渡邊浩美さん、以下同)
ユニスは1962年に、アメリカ・メリーランド州にあるケネディ家の敷地で、知的障害のある人たちを集めたデイキャンプを実施。この活動が前身となり、1968年7月にはシカゴで第1回夏季国際大会を開催し、同年12月に非営利組織「スペシャルオリンピックス」の国際本部がワシントンD.C.に誕生しました。
現在、スペシャルオリンピックスの活動は全世界207の国と地域にまで広がっています(2025年3月1日時点)。

スペシャルオリンピックス国際本部から認証を受け、日本国内で活動しているのが、「スペシャルオリンピックス日本(SON)」です。SONはスペシャルオリンピックスの普及・促進を図るとともに、ナショナルゲーム(全国大会)の開催、世界大会への日本選手団の派遣、コーチ育成などを通じて、アスリートのさまざまなチャレンジを支援しています。
また、全国47都道府県でスペシャルオリンピックス活動を実施、推進する組織として、都道府県ごとに地区組織を認証しています。地区組織では日常的なスポーツトレーニングプログラムの提供や地区競技会・大会の開催、ナショナルゲームへの地区選手団の派遣など、多様な取り組みを行っています。
「スペシャルオリンピックスでは、大会の開催だけではなく、継続的なスポーツプログラムも重視しています。そのためには、アスリートが日々の練習やトレーニングを通じて成長できる環境を提供する必要があるので、コーチや地域コミュニティと深く関わり、ともにスポーツ活動を行う仕組みを大切にしています」
すべてのアスリートが輝く!
スペシャルオリンピックス(SO)のオリジナリティ
スペシャルオリンピックスの特徴は、「性別、年齢、スポーツのレベルを問わず、ともに成長し、ともに楽しみ、その経験を分かち合う」ということ。そのため、競技会にも独自のルールを導入しています。
・能力を充分に発揮できるようクラスを分ける「ディビジョニング」を実施
スペシャルオリンピックスの競技会では、一般的なトーナメント方式とは異なり、年齢・性別・競技能力などを考慮したクラス分け(ディビジョン)を行い、そのなかで競い合う形式を採用しています。
「能力差があまりに大きいと、モチベーションを維持しにくくなる場合があります。その一方、ディビジョニングによって、競技能力が同等のアスリート同士で競うようにすると、『次は勝てるかもしれない』『もう少し頑張れば表彰台に届くかもしれない』といった、挑戦する意欲が生まれます。
ディビジョニングによって競技の枠組みを柔軟にすることで、幅広いアスリートが能力を十分に発揮できる環境を実現しています」
・すべてのアスリートを称える「全員表彰」
競技会に出場したアスリート全員を表彰するのも、スペシャルオリンピックスの大きな特徴です。

「各クラスは最大8名までと少人数のため、競技に参加したアスリートは、基本的に全員が決勝に進みます。
1位から3位に金・銀・銅のメダルが授与されるのは一般的な競技会と同様ですが、スペシャルオリンピックスでは、すべてのアスリートが、努力の成果を認められる機会を持つことを大切にしているので、4位以降のアスリートにもリボンがかけられます」
2025年冬季世界大会の舞台はトリノ!
今大会の見どころは?
スペシャルオリンピックスでは4年に一度、夏季と冬季に「スペシャルオリンピックス世界大会」が開催されています。そしてちょうど今年は、3月8日からイタリア・トリノで冬季世界大会が開催され、世界各国から約1500名のアスリートとパートナーが集まり、8競技で熱戦を繰り広げています。

日本では、4年に一度行われるナショナルゲームが世界大会の選考会を兼ねており、今回の世界大会には2024年に長野と北海道で行われたナショナルゲームを経て選ばれた32名のアスリートとパートナー(知的障害のない競技者)が派遣されます。
今大会は冬季大会なので、雪上や氷上での競技が中心。日本選手団が参加する競技は以下の7競技です。
・アルペンスキー
・クロスカントリースキー
・フィギュアスケート
・ショートトラックスピードスケート
・スノーボード
・スノーシューイング
・フロアボール
今大会でとくに注目したいのが「フロアボール」という競技です。北欧発祥の室内ホッケー競技で、プラスチック製のスティックを使ってボールを操作し、相手のゴールに入れて得点を競い合います。フロアボールは冬季大会で唯一のチーム競技で、冬季大会では初めてユニファイド形式(ユニファイドスポーツ®)のチームとして派遣します。
「ユニファイドスポーツ®は、スペシャルオリンピックスが独自に推進する、知的障害のあるアスリートと、知的障害のないパートナーが一緒にスポーツをする取り組みです。
大きな特徴は、パートナーがアスリートをサポートするために参加するのではなく、同じチームメイトとなって対等にプレーすることにあります。障害のあるなしに関わらず、スポーツを通じて相手の個性を理解し、支え合う関係を築いていくことをめざしています」

スポーツと密接に関わる「健康」
アスリートのヘルスケアを支える取り組み
現地では競技会に加え、付帯イベントとして「ヘルシー・アスリート・プログラム(HAP/ハップ)」という健康チェックも実施されます。
これは、医療従事者による視力や聴力、栄養・生活習慣などの健康チェックを行うプログラムで、ナショナルゲームや世界大会においても開催されます。病院に対して苦手意識を持つアスリートも少なくないため、このイベントは楽しい雰囲気のなかでリラックスしながら行われるそうです。
「スペシャルオリンピックスは、スポーツの場を提供するだけでなく、健康維持を通じて日常生活の質を向上させるためのサポートにも力を入れています。
知的障害のある人は、自身の体調不良を周囲に伝えられないことも多いため、健康問題が見逃されやすいという課題があります。スポーツをより安全に楽しめる健康な体をめざし、健康チェックに加えて、栄養指導や歯磨き指導など、日常生活に役立つヘルスケアの知識を学ぶ機会も提供しています」
アスリートたちを支援するために
私たちができること
スペシャルオリンピックスの活動はすべて非営利で運営されており、運営はボランティアと善意の寄付によって行われています。では、私たちにできる支援にはどのような方法があるのでしょうか。
・ボランティアとして参加する
スペシャルオリンピックスのボランティアには、大きく分けて2つの役割があります。1つは、スポーツの現場でコーチとしてアスリートの指導やサポートをするボランティア、もう1つは、組織運営を支えるボランティアです。
「とくに、全国47都道府県にある地区組織は、事務局の運営から大会やイベントの企画・運営まで、多くのボランティアの協力によって支えられています。各地域でさまざまな活動が行われていますので、興味をお持ちの方はぜひ、SON公式サイトに掲載されている各地区組織の連絡先へお問い合わせください」
また、ナショナルゲーム開催時のボランティア募集は、SONの公式ホームページで告知されるほか、スポーツボランティア団体を通じて周知されることもあります。公式サイトなどで最新情報を確認することをおすすめします。

・寄付で支援する
ボランティアとして現場での活動が難しい場合は、寄付という形で支援することも可能です。個人での寄付も受け付けており、その支援が活動の継続に大きく貢献します。寄付金は、競技会の運営や世界大会への日本選手団の派遣、コーチの育成、啓発活動など、スペシャルオリンピックス事業全般の資金として活用されます。
・SNSで応援
「まずはスペシャルオリンピックスの活動を知りたい」という方は、公式SNSをフォローして情報をチェックすることから始めてみるのもよいでしょう。
SONでは、各種SNSで積極的に情報発信をしています。冬季世界大会期間中も、XやInstagramなどの公式SNSでアスリートの活躍や現地の様子を発信。
また、Podcastのオリジナル配信番組「スペシャルオリンピックスって何?」では、スペシャルオリンピックスの魅力や取り組みについて、全8回にわたって配信されていて、大会だけでなく、活動の背景や意義についても知ることができる貴重なコンテンツとなっています。
直接の参加が難しくても、情報を知り、広めることも大きな支援になります。自分に合った方法で、スペシャルオリンピックスを応援してみてはいかがでしょうか。

「Be with all」に込めた想い
スペシャルオリンピックスがめざす未来

近年SONでは、共生意識の醸成を目的に、学校教育の場での認知向上とユニファイドスポーツ®の体験機会の拡大に力を入れています。
「スペシャルオリンピックスでは、ディビジョニングをはじめ、誰もが輝ける仕組みが多く取り入れられています。これらは、体育が苦手な子どもたちを含め、障害のない人にとっても大きな気づきがあります。
こうした仕組みを子どものころから知り、スポーツを通じて共生社会のあり方を意識的に学んでもらうことで、将来的にスペシャルオリンピックスの参加者やボランティアの増加につながっていくと嬉しいですね」

最後に、スペシャルオリンピックスがめざす未来について、渡邊さんはこう語ります。
「SONでは、2020年から『Be with all』というスローガンを掲げ、さまざまな事業に取り組んできました。このスローガンには、知的障害のある人々を支援するという一方的な関係ではなく、彼らと“ともに”、多様な人々が活きる社会を築いていきたいという願いが込められています。
スポーツを通じて知的障害への理解を深めることで、多様な価値観を尊重し合い、真の共生社会を実現することを目指しています。
スポーツは、競技の場にとどまらず、仲間とともに楽しみながら成長できる場でもあります。知的障害のある人々がスポーツを通じて喜びを感じ、多様な人たちとのつながりを築き、社会の一員として自信を持って参画できる環境を作ることが、私たちの使命です。これからも、その実現に向けて尽力していきます」
Profile
公益財団法人スペシャルオリンビックス日本
国際的なスポーツ組織「スペシャルオリンピックス」の国内本部組織として、知的障害のある人々にスポーツの機会を提供し、社会参加を促進することを目的に活動。年間を通じたトレーニングや競技会の運営を通じて、アスリート一人ひとりの可能性を引き出し、共生社会の実現を目指した多様な取り組みを推進している。
HP
X
Instagram
取材・文=粟屋芽衣(Playce) 写真提供=スペシャルオリンピックス日本