今や世界中で愛されるキャラクターとなった、“猫型ロボット”の「ドラえもん」は、小学館の学年誌で1970年1月号から連載がスタートして、2020年でちょうど50年。さらに現在、新作映画『ドラえもん のび太の新恐竜』が公開中です。
そこで今回は、40作にのぼる「大長編」シリーズに着目。選んでくれるのは、読書量が年間1000冊を超え、毎日Twitterで読んだ本の短評を投稿し続ける読書家であり、新進の歴史小説家である谷津矢車さんです。谷津さんが偏愛してやまない5作品とは?
『ドラえもん』大長編シリーズ 珠玉の5作
諸君、わたしはドラえもんが好きだ。
ドラえもんが好きだ。
のび太君が好きだ。
しずかちゃんのお風呂シーンが好きだ。
スネ夫が好きだ。
ジャイアンが好きだ。
出木杉君が好きだ。
この地上で紡がれたすべてのドラえもん作品が大好きだ。
よろしい、ならばドラえもんだ。
そしてドラえもんは、今年誕生五十周年である。
かくいうわたしは何を隠そうドラえもんファンであり、居ても立ってもいられず「大長編ドラえもん」で選書させてくれないかと編集部に頼み込み、こうして選書が成った次第である。
というわけで、今回はコロコロコミックに掲載され、後に「大長編ドラえもん」作品として単行本化されている映画原作作品を五作紹介しよう。
1. 出来杉くんの活躍がうれしいシリーズ第3弾!
まずご紹介するのは、『ドラえもん のび太の大魔境』である。
本作は、春休みにペコという犬を拾ったのび太たちが、ひょんなことからアフリカ奥地を探検する(余談だが、大長編ドラえもんの良さは、日常の風景から一気に大スペクタクルへと飛び出すその跳躍力にもあると考えている)お話なのだが、本作は大長編ドラえもんとしては少し特殊な特徴を有している。「ドラえもん映画から締め出されている」とネタにされる出木杉君が登場するのである!
出木杉君はのび太たちが冒険することになる魔境をのび太たちや読者に紹介する役割を有しているのだが、そこでの説明が実におどろおどろしく、読者をわくわくさせてくること請け合いである。「ヘビー・スモーカーズ・フォレスト」といういかにもなネーミングセンスも併せ、ここでの出木杉君の熱弁は一ドラえもんファンとして、なかなか忘れることのできない、渋い名シーンとなっているのである。
藤子・F・不二雄先生のクリエイターとしての外連味(けれんみ)を味わえる一冊といえるだろう。
2. 東西冷戦をベースにしたシリーズ第4弾!
お次にご紹介したいのは、『ドラえもん のび太の海底鬼岩城』である。
夏休み、のび太たちがキャンプの行き先で紛糾する中、海も山もあるというドラえもんの提案で海底にキャンプすることに決まる(繰り返しだが、この跳躍力が大長編ドラえもんの良さなのである)のだが、やがて、のび太たちが海底に住む人々の事情に巻き込まれることになり……という作品である。
当時話題であった人気オカルトネタ「バミューダトライアングル」(バミューダ海域で海難事故が多発しているというフェイクニュースを前提としたオカルトネタで、バミューダ海一帯に霊的な力が働いているとか、海底に何かがあって船を沈没させているのではないかなどという“議論”がなされていた)と海底への興味を織り交ぜることで独特の雰囲気が漂っている。
そして何より、本書は東西冷戦の雰囲気を色濃く描き出している点において、おすすめしておきたい。
ややネタバレだが、作中で出会う海底人たちの抱える事情は、互いの国土に核ミサイルを向けていた東西冷戦下の世界情勢をモチーフにしている。
だが、世界の存亡を人質に取った超大国の対立はもはや過去のものとなってしまった。1986年生まれのわたしとて、東西冷戦の空気感をほとんど知らずに育った世代であるから、わたしより下の世代にとっては、もはや歴史の教科書に記された出来事であろう。
だからこそ、本書はわたしたち人類のバカげた歴史を後世に伝える一冊になりえるのではなかろうか。
3. 作者に「失敗作」と言わせた異色のシリーズ第14弾!
お次にご紹介するのは『ドラえもん のび太の夢幻三剣士』である。
あっ、ドラえもんファンの皆さん、石を投げないで!
実は本作、藤子・F・不二雄先生自身が「一種の失敗作」と述懐しておられる珍しい作品である。確かに、大長編ドラえもん作品としてはお約束のいくつかが崩壊している上、ややプロット(ストーリーの構造)にも乱れが見受けられる。
あえて言おう。そこがいい。
カセットを差すことで任意に夢を見、その夢の登場人物として活躍できる「気ままに夢見る機」をドラえもんに出してもらったのび太の前に奇妙な老人が現れ、「夢幻三剣士」のカセットを示唆し去っていき、結局その老人の勧めるがままに「夢幻三剣士」で遊ぶことから始まる本作なのだが───。
とにかく不気味なのである。そもそも本作は「夢」がメインモチーフになっており、「夢」が現実に滲出してくる怖さや、フィクション側の物事が現実にまで影響を及ぼす不条理が提示されている。さらに、藤子・F先生の言う「一種の失敗作」───いつもの藤子・F先生らしからぬストーリー運びが、読者を「ドラえもん」という予定調和の世界から引き剥がす。本作はいつもの藤子・F作品と比べると、随所に破調が見られる。だがそれゆえに、妙にリアルな「夢幻」の世界が広がっているのである。
4. 作者絶筆! シリーズ最大の危機を乗り越えた第17弾!!
お次に紹介するのは『ドラえもん のび太のねじ巻き都市冒険記』である。
本書はひみつ道具「生命のねじ」で馬のぬいぐるみ「パカポコ」に命を与えたのび太たちが、色々あって他の地球型惑星にぬいぐるみたちの国を作り、発展させていく……というストーリーなのだが、本作もまた、これまでの大長編ドラえもんにはない特徴を有している。大長編ドラえもんにおける敵役は他種族であったり、宇宙人であったりと「のび太たちから遠い存在」に設定されることがしばしばである。しかし本作における敵役は、のび太たちの世界における悪党、熊虎鬼五郎なのである。また、のび太たちと熊虎鬼五郎の対立に割って入るように「種まく者」なる第三勢力が現れる点なども、本書に独特の光彩を投げかけている。
なぜ異色作なのか───。本作は、藤子・F・不二雄先生の絶筆作品である。正確には本作の執筆途中でお亡くなりとなり、それ以降は藤子プロが藤子・F先生の覚書や構想ノートなどを参考に最後まで書き継いだ経緯がある。
やや大げさな話になるかもしれないが、恐らく本作は大長編ドラえもん、そして映画ドラえもん最大の危機であったことだろう。それまで藤子・F先生が体調不良で連載を全うできなかったことはあったが、『ねじ巻き都市冒険記』の危機はまるでレベルの違う出来事である。だが、藤子プロの皆さんがこの作品を完成させてくれたおかげで、本作は完結し、映画も無事公開されたのである。本作はドラえもん最大の危機を救った作品であったといっても過言ではないのではなかろうか。
原作者の絶筆という目で眺めると、本作はかなり意味深な描写も存在する。藤子・F先生の遺書であると同時に、藤子・F先生の思いを継ぐ、新たなるドラえもんの到来を告げた記念碑的一作であると言える。
5.「ひみつ道具」使いまくり! 新たな地平へと進むシリーズ第19弾!!
最後にご紹介するのは『ドラえもん のび太の宇宙漂流記』である。
藤子・F・不二雄先生の死後に制作された大長編ドラえもんの一作であるが、ある意味で、ドラえもんのメディアミックスの在り方を示す、ひとつの好例といえるだろう。
広大な宇宙での対立をモチーフとした本作のありようは『宇宙開拓史』(1980-81)、『小宇宙戦争』(1984-85)、『アニマル惑星』(1989-90)、『銀河超特急』(1995-96)などで描かれてきた光景の延長であり、オカルト要素を作品のモチーフとして利用する態度は先にご紹介した『海底鬼岩城』を思わせる。
しかしながら、本書は旧来の大長編ドラえもんにはあまり見られなかった要素も存在する。あえて一つ挙げるなら、「ひみつ道具」のふんだんな使用である。
これまでの大長編ドラえもんは、四次元ポケットをなくしたり、ドラえもんが行方不明になったり、あるいは故障したりしてひみつ道具が使えない状況に追いやられることが多かった。だが本作においては敵方を強大なものとすることで、作劇上、ひみつ道具を湯水のごとく使う状況を作り上げたのである。かくして本作では、複数のひみつ道具を組み合わせて使用して切り抜けるシーンが出てきたのである。
藤子・F先生の遺産を大事にしながら、挑戦も欠かさない。ドラえもんが愛される裏には藤子・F作品へのリスペクトと、その時々で作品に係わったクリエイターの創意工夫が隠されているのである。
Profile
谷津矢車(やつ・やぐるま)
1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。
谷津矢車『絵ことば又兵衛』(文藝春秋)
最近の学説では「浮世絵の祖」といわれ、また「奇想の絵師」のひとりとして江戸絵画で注目の絵師、岩佐又兵衛を正面から描く、力作長編。
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