毎年正月に家庭で飾られている「鏡餅(かがみもち)」。近年はコンビニエンスストアでも手軽に入手できますが、なぜ「鏡」なのか、それをどうして家の中に飾るのか、本当の意味を知っているでしょうか?
「鏡餅」の由来や飾り方、その餅をいただく「鏡開き(かがみびらき)」の風習について、和文化研究家の三浦康子さんに詳しく解説していただきました。
「鏡餅」とは?
新年にお迎えする「年神様」の依代となる場所
「鏡餅」とは、丸餅を2段重ねにした正月飾りのひとつ。その由来は、日本の伝統的な正月行事の意味と密接に結びついています。
「日本の正月行事は、『年神様(としがみさま。歳神様、歳徳神ともいう)』という新年の神様をお迎えする行事です。新年を司る年神様は、農耕の神様でありご先祖様でもあると考えられていて、元旦に子孫の家々にやってきます。『鏡餅』はお迎えした年神様の居場所であり、その魂が宿る依代(よりしろ)なのです」(和文化研究家・三浦康子さん、以下同)
新年の「恵方(えほう)」からやってくるといわれる年神様。その年神様の魂が宿る鏡餅は、言い換えると新年の魂であり、人が生きる力そのものであると三浦さんはいいます。
「日本には古来、『人の魂は元日に更新されて、新たな1年を生きるための力が与えられる』といった考え方があります。つまり日本のお正月は、家族みんなで新たな魂=生きる力をいただくための行事なのです。そう考えると『鏡開き』の理屈もおのずとわかってきます。年神様が宿った『鏡餅』を『開いて食べる』ことによって、その力を身体に取り込み、ご加護を受けるという意味があるのです」
ところで、神様の依代をなぜ「鏡餅」と呼ぶのでしょうか? その由来は「鏡」という言葉にヒントがありました。
「伊勢神宮をはじめ、神社に鏡が祀られていることは広く知られていますが、それは鏡が『三種の神器』のひとつだからです。鏡は日の光を反射して輝くことから、太陽神・天照大神(あまてらすおおみかみ)の魂が宿る依代と考えられています。昔の鏡は銅鏡で、丸い形をしていました。同時に日本人は、古代からの主食であるお米を、霊力が宿る神聖な食べ物とみなしてきました。餅はその米を一生懸命について霊力を凝縮した食べ物ですから、丸い鏡を餅で表現した『鏡餅』は、年神様の依代としてふさわしいというわけです」
ちなみに、結婚式や企業のパーティなどお祝いの席でも、酒樽の蓋を叩き割る行為を「鏡開き」と呼びますが、これも関係があるのでしょうか?
「考え方は同じですね。清酒の原料もまたお米ですから、酒樽の丸い蓋を鏡に見立て、神様の力が宿ったお酒を皆で飲み交わして新たな門出を祝うのです」
鏡餅は、平安時代の時点ですでにその概念が存在していたそう。
「古くは『源氏物語』に鏡餅の記述があります。ちなみに2段重ねの形には、陰と陽、月と太陽を表しているという説があります。万物は相反する性質をもった陰と陽の相互作用によって成り立つという、古代中国伝来で日本文化に深く関わってきた陰陽思想に基づいていると解釈できます」
割ることで運を開く
「鏡開き」の意外なルーツ
では、なぜ鏡を「開く」と言うのでしょうか?
「『鏡開き』のルーツは武家(武士の家系)にあるとされています。武家では毎年お正月になると、武士の魂である鎧や兜にお餅を供え、1年の無事を祈る『具足祝い(ぐそくいわい)』をしていたそうです。正月が明けたら餅をおろし、皆で分け合っていただく『刃柄祝い(はつかいわい)』という風習がありました。これが『鏡開き』の起源です。
このとき、餅を切る行為は武士にとって『切腹』をイメージさせて縁起が悪いため、木槌で叩き割ることにしました。さらに縁起の良い『開く』という言葉が当てられ、『鏡開き』になったといわれています。当初は『はつか』にちなんで、毎年1月20日に行われていました」
現代では1月7日に松の内が明け、11日を鏡開きの日とする地域が多くを占めています。実はこの日にちを早めたのは、江戸幕府だったそう。
「徳川家の第三代将軍・家光が4月20日に死去したため、その月命日に被らないよう配慮したといわれています。ただし、京都など伝統を継承している地域では、現在でも1月15日までをお正月とし、20日に鏡開きを行うところもあります」
鏡餅は12月28日までにお供えするのがベター
由来がわかったところで、次に鏡餅の飾り方をおさらいします。毎年12月になると、しめ縄などのお正月飾りと一緒に店先に並ぶ鏡餅。いつごろ飾るのが“正解”なのかは気になるところです。
「12月13日を『正月事始め』といい、すす払いなど正月を迎える準備を始める日とされています。年神様という尊いお客さまをお迎えするわけですから、まずは家中をきれいに掃除し、場を清めておく必要があります。家が清浄な空間になったら、玄関に結界としての『しめ飾り』を施し、さらに年神様の案内役となる門松を立てて、床の間や神棚などに鏡餅をお供えするという流れです。
鏡餅をお供えする日に明確な決まりはないのですが、12月28日までを目安にするといいでしょう。28は末広がりで縁起のいい数字です」
とはいえ、現代人の師走は年の瀬ギリギリまで多忙なケースも珍しくはありません。
「そうですね。どんなに遅くとも、できれば12月30日には準備を終えたいところです。31日は一夜飾りで年神様に失礼なので避ける慣わしがありますし、余裕をもって準備をしたほうが、気持ちよく年が越せるのではないでしょうか。
ちなみに12月29日は、29が『二重苦』『苦持ち=苦餅』に通じるので縁起が悪いとする考えがあります。しかし、一方で29は『ふく=福』とも解釈できることから、12月29日についたお餅を『福餅』と呼び、福を呼ぶので縁起が良いととらえる家もあります。何が正解かはその家によってケース・バイ・ケースだと思います」
一般的には12月28日ごろを目安にお供えする鏡餅。供える場所や置き方などの作法についても、正解を知っておきましょう。
「昔はお客さまをお迎えする床の間や神棚にお供えするのが一般的でしたが、それらがない現代の家では、皆が集まるリビングにお供えするのがいいでしょう。ただしテレビや冷蔵庫の上のような騒がしい場所や、人が見下ろすような低い位置は避けてください。飾り棚など目線が高くて落ち着いた場所にお供えするようにしましょう」
餅の上の「橙」にはどんな意味がある?
鏡餅といえばお餅の上に乗せる「橙(だいだい)」もポイントですが、実はこの橙にもちゃんと意味があります。
「橙の実は木から落ちずに成長し、1本の木に代々の実がなります。そこから代々家が続く、子孫繁栄といった意味で用いられていますが、実が大きくお餅のサイズに合わないことも多いため、現代ではみかんも代用されています。そもそも柑橘類の『きつ』が『吉』に通じるので、おめでたいモチーフとして古くから着物や書画に描かれてきました」
鏡餅に乗せる橙は、先ほど出てきた「三種の神器」でいう「勾玉」にも見立てられているそうです。
「餅が『鏡』、餅の上に乗せる橙が『勾玉』。そして残る『剣』を表しているのが、西日本でよく用いられる串柿です。串柿は橙と同様、お餅の上に乗せて飾ります。また鏡餅は、『三方(さんぽう)』という供物を乗せる台に飾るとより丁寧です。そこに白い和紙か四辺を赤く染めた『四方紅(しほうべに)』という紙を敷き、さらに『裏に黒い心がない』といった意味を示す『裏白(うらじろ)』という常緑のシダ、神様の降臨を表す『紙垂』を敷いてから鏡餅を置き、『喜ぶ』という意味の『昆布』、橙を乗せれば、本格的なお飾りになります」
ただし、必ずしもすべてを揃える必要はないそう。
「大切なのは、お供えする場所を清浄に保つこと。気持ちさえこもっていれば、白い和紙などを敷いて鏡餅を置き、柑橘類を乗せるだけでもじゅうぶんです」
木槌で割り、神様の力をいただこう
松の内が明ける頃、お供えしてある鏡餅にはだんだんとヒビが入ってきます。11日になったらお供えを下げて、いよいよ「鏡開き」です。
「餅は刃物で切るのではなく、家族みんなで分け合って食べられる大きさになるまで木槌や手で割ります。木槌がなければ金槌でもいいでしょう。結構な力が必要なので、丈夫なテーブルや畳の上などに敷物を敷いて行ってください。どうしても割れない場合は、半日ほど水につけてふやかしてから、レンジで温めて手で千切ってもかまいません」
開いた餅は、ひとかけらも残さずいただくことが大切だそう。
「年神様が宿ったお餅ですから、残してはいけません。食べ方は、お雑煮はもちろん、お汁粉にしてもおいしくいただけ、細かいかけらも入れて煮ることができます。ちょっと気分を変えたいなら、さっと揚げて『かきもち』にするのもおすすめです。実は『かきもち』の名前の由来は、鏡餅を小さく欠いた『欠き餅』からきているんですよ」
日本人の多くは、幼いころから漠然と正月の風習と触れ合いながら育ちます。しかし、家に年神様をお迎えする、鏡餅に神様が宿るといった正月行事の意味合いは、あまり知らない人も多いのではないでしょうか。
「まずは、意味をきちんと知ることが大切だと思っています。たとえば年末の大掃除というと、現代ではその手法にばかり注目が集まりますよね。しかし、そもそも正月を迎えるためになぜ大掃除をするのかに目を向けてみると、年神様をお迎えして1年の健康や幸せを祈るという、古くから大切に受け継がれてきた日本人の精神性に触れることができます。コロナ禍によって家の中での過ごし方に関心が集まっているいま、こういった風習をあらためて学ぶことは、人生の豊かさにもつながるのではないでしょうか」
今時はコンビニや100円ショップでも手に入れられる鏡餅。この正月は、鏡餅から新年のパワーをいただいてはいかがでしょうか。
Profile
和文化研究家 / 三浦康子
古を紐解きながら今の暮らしを楽しむ方法をテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、Web、講演などで提案しており、「行事育」提唱者としても注目されている。連載、レギュラー多数。All About「暮らしの歳時記」、私の根っこプロジェクト「暮らし歳時記」などを立ち上げ、大学で教鞭もとる。著書『子どもに伝えたい 春夏秋冬 和の行事を楽しむ絵本』(永岡書店)、監修書『季節を愉しむ366日』(朝日新聞出版)ほか多数。
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取材・文=小堀真子