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アジア人初の女性ノーベル文学賞を受賞ハン・ガン以外も名作揃い!
韓国文学の魅力とおすすめ作品

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2024年10月、韓国の作家・ハン・ガンさんがアジア人女性として初めてノーベル文学賞を受賞し、日本でも大きな話題となりました。韓国文学(「K-文学」や「K-BOOK」と呼ばれることも)はここ数年、日本で刊行点数がぐんと伸びているジャンル。最近では、書店に専用の棚ができたり、韓国文学だけを扱うブックフェスなどのイベントが増えたりしています。

このように目にする機会が増えた韓国文学。「気になってはいるけれど、何から読んだらいいかわからない」と感じている人も多いのではないでしょうか。

そこで今回は、韓国文学の翻訳書を多数刊行している出版社「クオン」の代表であり、韓国文学専門書店「チェッコリ」の店主でもある金承福(キム・スンボク)さんと、同じく「チェッコリ」にて宣伝広報を担当する佐々木静代さんに、韓国文学の魅力やおすすめの作品をお聞きしました。

「冬ソナ」、K-POP、ノーベル文学賞…
日本でも増える韓国文学ファン

クオンが韓国文学の出版社として創業したのは2007年。そして2015年に、東京・神保町に韓国書籍専門書店「チェッコリ」をオープンしました。現在、韓国文学ファンの間では、クオンもチェッコリも「韓国文学情報の発信地」として知られています。

チェッコリでは、日本語に翻訳された韓国書籍だけでなく、韓国語で書かれた原書も多く取り扱われており、全国からファンが足を運びます。

「クオンではもともと、読者の方に興味を持っていただくために、韓国と日本の作家の対談イベントや、読書会などを開いていました。そのときに大変だったのが、場所の確保です。それなら自分たちが自由に使える空間を作ろうと、チェッコリをオープンしました」(「クオン」代表・金さん)

「クオン」の代表であり、「チェッコリ」の店主でもある金さん。

「当時はいまのように韓国の本を扱う書店がほとんどなかったので、それであれば自分たちでやってしまおうと考え、書店という形にしたんです」(金さん)

オープン当初、訪れる人は、『冬のソナタ』で韓国ドラマファンになり、そこから文学へと興味を広げていった40代以上の女性がほとんど。そしてコロナ禍前後になると、K-POPなどの韓国カルチャー人気の影響により、若い女性が増えていったそうです。

「今回のハン・ガンさんのノーベル文学賞受賞をきっかけに、文学好きの男性のお客さんも増えてきていますね。割合としてはまだまだ女性のほうが多いのですが、今回の受賞により、お客さんの流れが少しずつ変わってきている印象です」(「チェッコリ」宣伝広報・佐々木さん)

「チェッコリ」で宣伝広報を担当しながら、K-BOOK振興会事務局長としても活躍する佐々木さん。

日本で話題になった
韓国文学の系譜

日本で支持される韓国文学の特徴を聞くと、「実は韓国と日本でトレンドの差はあまりなく、韓国で売れている本がそのまま日本でも刊行され、実際にヒットしているんです」と金さん。さらに「最近では、比較的短期間で日本語版が発売されるにようになった」と続けます。

「この流れは、映画化もされたチョ・ナムジュさんの『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)あたりから始まった気がします。韓国で2016年に刊行された作品で、2018年にはもう日本語版が出版されていましたから。そしていま、このタイムラグはどんどん短くなっている印象です」(佐々木さん)

『82年生まれ、キム・ジヨン』は、韓国国内での累計発行部数が136万部を越えるベストセラー。韓国の人口が約5200万人ほどであることを考えると驚異的なヒットです。現在、世界中で翻訳版が発売されています。

『82年生まれ、キム・ジヨン』のキム・ジヨンとは、韓国の82年生まれに最も多い名前。本作は、女性が人生で向き合う困難や差別を描いた、いわば「フェミニズム小説」です。

同じく2019年には、文芸誌『文藝2019年秋号 韓国・フェミニズム・日本』(河出書房新社)が発売5日で重版し、大きな話題となりました。

『文芸2019年秋号 韓国・フェミニズム・日本』は、なんと創刊以来86年ぶりに3刷まで作られました。2019年12月には完全版として、『完全版 韓国・フェミニズム・日本』(河出書房新社)という単行本が刊行されています。

「『82年生まれ、キム・ジヨン』は、韓国文学のヨン様(ドラマ『冬のソナタ』の主人公を演じ、第1次韓流ブームを起こした俳優ぺ・ヨンジュンさんの愛称)。韓国文学の知名度を一気に上げ、『韓国文学=フェミニズム文学』と印象づけました
そして、時を同じくして起きたのが、エッセイブームです。キム・スヒョンさんの『私は私のままで生きることにした』(ワニブックス)やペク・セヒさんの『死にたいけどトッポッキは食べたい』(光文社)などがヒット。
これらのエッセイに共通しているのは、『ありのままの自分でいい』『無理はしなくていい』という考え方です。それが閉塞感のある世の中の空気とマッチし、多くの日本の読者にも受け入れられました」(金さん)

エッセイブームの代表作。左から『死にたいけどトッポッキは食べたい』、『私は私のままで生きることにした』、ハ・ワンさんの『あやうく一生懸命生きるところだった』(ダイヤモンド社)。

『私は私のままで生きることにした』は、BTSのメンバーが動画配信をした際に、足元に映っていたことで話題になった作品。日本だけでも発行部数が60万部を超えています。

「コロナ禍にエッセイ人気が浸透した一方で、小説も次から次へと日本に上陸しました。最近だとSF小説がとてもヒットしています。2020年に、キム・チョヨプさんの『わたしたちが光の速さで進めないなら』(早川書房)が出たのは大きかったですね」(佐々木さん)

韓国ではここ数年、「新世代」と呼ばれる作家たちによるSF小説が一大ブームとなっており、それを牽引する作家のひとりがキム・チョヨプさんです。

『わたしたちが光の速さで進めないなら』は、2019年に彼女が韓国で発表したデビュー作。「第2回 韓国科学文学賞」の中短編部門で大賞を受賞した作品含め、7つの短編を収録しています。

どちらもキム・チョヨプさんの作品。右が前述の『わたしたちが光の速さで進めないなら』。左は彼女の日本語版書籍の最新刊『派遣者たち』(早川書房)です。

「同時に詩も注目されていて、日本の現代詩人の方から、『韓国の若手詩人の作品を読んで、すごく影響を受けました』と手紙をいただいたこともあります。
時間差はありますが、韓国の作家と日本の作家がお互いに共鳴し合う、とてもいい雰囲気になっていると感じますね。“韓国文学”、“日本文学”と分類できない作品が生まれる未来もあるかもしれない。そう考えるととても面白いと思います」(金さん)

韓国の作家チョン・セランさんが提案し、『コンビニ人間』(文藝春秋)で芥川賞を受賞した村田沙耶香さんをはじめ、アジアの作家9人が競作したアンソロジー『絶縁』(小学館)。こちらも刊行時、とても話題になりました。

韓国文学が、小説・エッセイ・詩…と、ジャンルを超え、ここまで日本に浸透したのはなぜなのでしょうか。

「韓国文学の力だけで受け入れられたというよりは、韓国ドラマや韓国映画、K-POPなどのファンの方が文学にたどり着いたという印象ですね。ただ、仮にK-POPのファンが5000万人いたとしたら、おそらく文学好きは5000人ほど(笑)。なので、もっともっと知ってほしいです。
韓国文学の魅力は、個人の思いやできごとを語るだけでなく、その奥に歴史や事件、事故といった、多くの人が共に体験したできごとがあり、そのうえに物語が紡がれているところ。それにより時間と空間がつながり、読者は“私は一人でこの社会に生きているのではない”と感じることができます」(金さん)

そして金さんは、「この特徴はハン・ガンさんの作品にも共通している」と続けます。

「彼女の『少年が来る』(クオン)や『別れを告げない』(白水社)は、それぞれ5.18光州民主化運動(以下、光州事件)、済州4.3事件という実際にあった事件をテーマとした作品。
ただ彼女の作品は、事件を糾弾するのではなく、亡くなった方たちへのレクイエム、慰めの文学だと思います。そういった点が評価され、今回の受賞に繋がったのではないでしょうか」(金さん)

ノーベル文学賞受賞に対する
韓国の反応は?

今回、ハン・ガンさんの受賞が決まった際、「韓国国内では驚きのほうが大きかった」と金さんは言います。

「みんな、韓国の作家がノーベル文学賞を取るとしたらハン・ガンか、詩人のキム・ヘスンだろうという認識は持っていたと思います。ですが、ノーベル賞は功労賞というイメージがあったので、53歳(受賞時)のハン・ガンさんの名前が発表され、『まさかこんなに早く!』と驚いていました」(金さん)

現在、彼女の作品は、「韓国で1タイトルあたり100万部ずつ売れている」とのこと。『ノーベル賞作家の作品を母国語で読む時代がくるなんて』という感慨も広がっているそうです。

そもそもハン・ガンさんは、本好きのあいだではどのような作家として位置づけられていたのでしょうか。

「彼女は作家のハン・スンウォンさんの娘で、文学性、作品性に優れた作家として知られています。ベストセラー作家やエンタメ作家というよりは純文学作家のイメージですね。
私は、彼女の作品はとても静かで、深い悲しみがあると感じています。そして何より文体が美しいんです」

「私は日本語でしか読んでいないのですが、その美しさは、翻訳からも伝わってきます。また、読んでいると雪のような“白”が浮かぶんですよね。冷たくて孤独な感覚。彼女の作品には、そうした世界観が貫かれている気がします」(佐々木さん)

「ちなみに、クオンで2011年に刊行をスタートした文学シリーズ『新しい韓国の文学』の1冊目は、ハン・ガンさんの『菜食主義者』にしました。また光州事件をテーマにした彼女の作品、『少年が来る』もこのシリーズから刊行しています」(金さん)

2011年に日本語版が刊行されたハン・ガンさんの『菜食主義者』。突然、肉食を拒否し痩せ細っていく女性を中心に物語が展開し、欲望、死、存在論などが描かれた連作小説です。原書は、アジア初のマン・ブッカー賞国際賞も受賞しました。

「光州事件を扱った作品は、本だけでなく映画や演劇などたくさんあるのですが、それらに共通するのは“告発”です。でもハンガンさんの『少年が来る』には、加害者も被害者であるというニュアンスがあります」(金さん)

ハン・ガン作品を初めて読むなら?
おすすめ2冊

今回の受賞を機にハン・ガンさんを知り、彼女の作品を読んでみたいと感じた人も多いのではないでしょうか。そこで“ハン・ガン”デビューにおすすめの2冊を教えていただきました。

1冊目…『少年が来る』(クオン)

[内容紹介]
1980年5月、光州事件で命を落とした人には何が起きたのか。生き残った人はどうやって生きてきたのか。声にならない声を丁寧にすくい取ったハン・ガン渾身の一冊。

[おすすめコメント]
「韓国の歴史的な側面を知り、人間の本質に迫ることができる作品。飛行機の中で読んだのですが、機内にもかかわらず涙がこらえきれませんでした」(金さん)

「映画作品『タクシー運転手 約束は海を越えて』など、光州事件を扱った作品が動画配信サービスなどで観られるので、あわせて視聴するとより深く理解できておすすめです」(佐々木さん)

2冊目…『そっと 静かに』(クオン)

[内容紹介]
著者本人が、「小説を書きたいのに、書けなかった」と振り返る時期に執筆されたエッセイ集。音楽との出会い、さまざまな思い出にまつわる歌、著者自身がつくった歌など、「音楽」をテーマに綴られている。

[おすすめコメント]
「ハン・ガンそのものを知るにはやはりエッセイです。幼少期に貧しくてピアノを買うことができず、紙で鍵盤を作って弾いていたエピソードなど、彼女の人となりを知ることができます」(金さん)

「彼女にとって、初めて日本語訳されたエッセイ集です。まずは小説を一冊読んでみて、どんな人なのか興味を持ったらぜひ、こちらに進んでみてください」(佐々木さん)

韓国文学の醍醐味を味わえる
ビギナーにおすすめの3冊

ハン・ガン作品はもちろん、韓国文学自体に興味を持っている人も多いでしょう。韓国文学を初めて読む人におすすめの本も3冊教えていただきました。

1冊目…ソン・ウォンピョン『アーモンド』(祥伝社)

[内容紹介]
怒りや恐怖を感じることのできない少年が、不良少年と友情を育んでいく感動の物語。2020年本屋大賞翻訳小説部門第1位。

[おすすめコメント]
「文学作品のよさを決める要素のひとつに、“主人公を応援しながらページをめくることができる”という点が挙げられると思うのですが、まさにそれを実感できる一冊です」(金さん)

2冊目…チョン・セラン『フィフティ・ピープル』(亜紀書房)

[内容紹介]
純文学、SF、ホラーなど多彩な作品を発表し、韓国文学界をリードする若手作家の連作短編集。とある大学病院を舞台に、医師、患者、近所の住民など、50人の人生がつながっていく。

[おすすめコメント]
「物語の面白さを堪能したい人におすすめの作品。登場人物50人分の物語が、見事に重なり合っていくさまは圧巻です!」(金さん)

3冊目…ファン・ボルム『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(集英社)

[内容紹介]
韓国で30万部を突破したベストセラー小説。書店の新米店主ヨンジュと店に集う人々のささやかな毎日を描いた心温まる作品。

[おすすめコメント]
「2024年の本屋大賞翻訳部門で1位に選ばれた作品。そういう意味でも初心者にとって読みやすいですし、書店がテーマなので、本や書店が好きという方はより楽しめると思いますよ」(金さん)

韓国文学を深く知るうえで外せない。
必読作家3人

最後に、韓国文学を知るうえで、この人は欠かせないという作家を3名教えていただきました。

左からシン・ギョンスク『母をお願い』(集英社)、キム・ヨンス『ニューヨーク製菓店』(クオン)、コン・ジヨン『トガニ 幼き瞳の告発』(新潮社)。

1人目…シン・ギョンスク

「『母をお願い』という作品が世界29カ国以上で翻訳され、ハン・ガンさんよりも先に世界的なベストセラー作家になった方です。彼女が描く世界は非常に情緒的で、韓国らしさを味わうのにピッタリ」(金さん)

2人目…キム・ヨンス

「1970年生まれのハン・ガンさんと同世代の作家さん。村上春樹さんの作品を通じ、新しい小説の書き方を知り、小説家を目指したという方です。歴史小説も、現代の日常小説も書くので、ジャンルがものすごく広いのですが、どれも非常に読みやすいですよ」(金さん)

3人目…コン・ジヨン

「『愛のあとにくるもの』は昨年Amazon Prime Videoでドラマ化。『トガニ 幼き瞳の告発』もコン・ユ主演で映画化されているので、映像作品とセットで楽しむのもおすすめ。ハン・ガンさんのちょっと上の世代の韓国文学を代表する作家さんです」(佐々木さん)

今回の受賞により、日本でもますます身近な存在になりつつある韓国文学。金さんは、「これからもK-POPやドラマで韓国に興味を持った方々を、韓国文学に誘っていきたい」と意気込みます。

「文学は自分の頭の中で想像しながら読み進めるものなので、受動的なメディアに比べ、作品をより深く感じられると思います。音楽やドラマで知って興味を持った韓国の文化が、さらに自分のものになっていく。気になっているテーマを見つけ深めることができる。それが本の魅力だと思います」(金さん)

Profile

韓国書籍専門書店 / チェッコリ

出版社「クオン」が運営する韓国書籍専門の書店。韓国語の小説や詩、エッセイ、絵本、コミック、料理本、人文書、美術関連書など約3500冊に加え、韓国語学習書、日本語の韓国関連本約500冊を取り揃えている。韓国の作家やアーティスト、ドラマ・映画、歴史、言語、食の専門家らを招いたトークイベントを開催するほか、韓国書籍の取り寄せ代行、翻訳者育成のためのスクールも展開している。
「チェッコリ」オフィシャルサイト
「クオン」オフィシャルサイト

文=卯月 鮎 撮影=鈴木謙介、鈴木翔子