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大人も子どもも、先の見えない未来を生き抜くために。工藤勇一先生が目指す
“自律型の教育”のこと

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「宿題や定期テストがない学校」と聞いてどんな学校を思い浮かべるでしょうか? そんなことできるはずがない、規律が乱れて教育上良くない、などなど……否定的に思う人もいるかもしれません。ところがこの学校の“当たり前”をなくしたことで、子どもたちの学ぶ意欲が向上し偏差値もアップしたのが、東京都の千代田区立麹町中学校。この前代未聞の学校改革は多くのメディアに取り上げられ、当時の校長だった工藤勇一さんにも注目が集まりました。

現在は、横浜創英中学・高等学校校長を務める工藤先生。ブックセラピストの元木忍さんが横浜創英中学・高等学校に足を運び、工藤先生の著書『きみを強くする50のことば』を通して、これからの教育に大切なことを聞きました。

きみを強くする50のことば 』(かんき出版)
「どうしたら、すてきな大人になれるだろう?」___やさしい絵と、心に響く50の言葉が並ぶ本書は、絵本のようでいて、大人でもハッとするような人生のヒントが満載。「自分をきたえるヒント」「人とつながるヒント」「学ぶときのヒント」「挑戦するためのヒント」「楽しく生きるヒント」の5つの切り口から紹介されている。

これまでの当たり前をくつがえす、
学びの大転換

元木忍さん(以下、元木):私が初めて『きみを強くする50のことば』を読んだ時、子ども向けだけじゃもったいない! と感じたんです。大人にも響く言葉がたくさんありました。まず、どのような経緯で出版されたのか教えてください。

工藤勇一さん(以下、工藤):出版社さんから「一緒に絵本をつくりませんか?」という依頼がありました。せっかく取り組むなら子どもだけじゃなく、大人にも伝わるような、本質をつく絵本にしたいと制作したのが始まりです。50ある言葉をどのような順番で掲載するかは、とくに意識しました。コロナ禍の緊急事態宣言中に、編集担当者とオンラインだけで制作進行した思い出深い一冊でもあります。

著者で、横浜創英中学・高等学校校長の工藤勇一さん。教育現場に身を置きつつ、各界のオピニオンリーダーをも巻き込みながら日本の教育に大きな変革を果たそうと奮闘している。

元木:そうだったんですね! 実は『きみを強くする50のことば』で工藤先生のことを知って、ほかの著書もたくさん読ませてもらいました。そもそも、工藤先生はどうして学校の先生を目指されたのでしょうか?

工藤:子どもの頃は、人に指示されるとやる気を失う子だったんです(笑)。教員なら誰かの影響を受けずに仕事ができるだろうと、山形県で教員生活をスタートさせました。でも教育現場に関わっていくうちに、今の教育は「失敗させない」ことに気をつかいすぎて、人生で重要な機会を失っていると考えるようになりました。東京都での教員経験や教育委員会の経験を経て、「現場からじゃないと教育は変えられない」と、2014年から6年間千代田区立麹町中学校の校長を務めました。2020年からは横浜創英中学・高等学校の校長に就任し、学びそのものを大転換し、自律型の学校に改革しているところです。

元木:学びの大転換、ですか? 工藤先生は「宿題なし」「定期テストなし」など、麹町中学校でこれまでの学校教育の“当たり前”を大きく変えてきました。麹町中学校でのノウハウをさらにバージョンアップさせるようなイメージなのでしょうか?

インタビュアーは、ブックセラピストとして、大人が読みたい絵本の情報発信にも意欲的な元木忍さん。

工藤:僕が目指していることを100とすると、麹町中学校で実現してきたことは実は10程度。まだまだこれからです。神奈川県は公立を目指す子どもが多いので、私立の学校というのは生徒の半数以上が第二志望で入ってきている。そのなかで横浜創英高等学校はもともと部活動が盛んで、吹奏楽部は200名を超える名門校、サッカー部もインターハイに出場するなど全国クラスで、私立ならではのきめ細やかで丁寧に生徒をサポートするような学校だったんです。私が就任してからは、自分で考えて行動する「自律型」、さらに「多様性」を尊重する風土に180度入れ替えているところです。修学旅行を自分たちで企業に掛け合って計画したり、社会とつながる「リアルな教育」を実施したり、子どもたちが自律して学んでいける仕組みをどんどん取り入れています。いずれかは、学年・学級の概念も取っ払えるような仕組みも作りたいですね。また生徒が職員会議に参加してくれたらいいな、なんて思っています。

元木:それは斬新ですね! 今の日本にはなぜ教育の大転換、大きな改革が必要なのでしょうか?

工藤:世の中は大きく変化しているのに、日本の教育が変わらないからです。ご存知の通り、日本の生産性は年々減少傾向にあります。人口減少が進む中で稼いでいくためには、付加価値をつけて高く売るか、海外など市場を変えるか、労働生産性を高めるしかありません。それなのに、日本の教育は経済成長していた時と同じことを進めている……。それでは子どもたちが大人になった頃、従来のビジネスモデルは通用しないことがたくさん出てくるでしょう。世の中のせいにしたり、誰かのせいにしたりするのではなく、「自分で考えて行動できる大人」になるために、教育現場から変えていく必要があると考えています。

この人口グラフは世界でも稀。日本は1900年代からたった100年で人口が急激に増大。2010年をピークにこの先100年で明治時代の頃に戻ると言われています。戦後日本を支えた経済成長の裏には、急激な人口増加がありました。「モノは作れば作るだけ売れる、なぜなら買う人がたくさんいたから」という大量生産・対象消費の時代だったのです。

上位の目的に立ち返れば、多くの問題は解決できる

元木:これまで教育の「当たり前」を変えてきた工藤先生ですが、改革のなかで各関係者からの抵抗はなかったのでしょうか?

工藤:それはもちろんありましたよ。「変化させたい教員」 vs 「今のままでいい教員」のような対立構造もよく起こるんですが、対立を嫌う日本では、根回しのように人間関係で折り合いをつけようとしてしまうんです。でも、そもそもの目的って何だろう? とフラットに考えれば、おのずとやるべきことは見えてきます。つい対立構造で考えたくなりますが、どの教員も「いい教育をしたい」という上位目的は一緒です。教員が対立するのではなく対話ができるようになると、職員会議は10分で終わるんです。校長としても、上位の目的に対してOKなものに許可を出すだけ。先ほどお話にも出た、麹町中学校での「宿題・テストなし」も、実は教員からの発案だったんですよ。

元木:そうだったのですね。

工藤:僕は「宿題多いよな〜」「テストもいらないよな〜」とブツブツ言っていただけです(笑)。一緒に働く教員たちが対話していく中で、やめるという結論を出しました。ちなみにこの結論に、全校生徒と中3の保護者は大喜び! 塾や習い事をしている生徒もいましたし、いろいろな時間の使い方をしている子が多かったので、自分で時間を選べるのはうれしかったのでしょう。でも中1の保護者の一部からは反発もあり、「学校で宿題を出してくれないから、まったく勉強しなくなりました」と予想どおりのクレームも出てきました。

元木:あら……。どのように説得されたのでしょうか?

工藤:「宿題を出しても子どもはもともとわかるところしかやりませんから、そんなに成績に影響はありません。宿題がないから勉強しないなんて、人のせいにする子にしちゃいけません」って伝えたんです。そんな保護者の方々も1年も経たずに落ち着いてきました。宿題・テストなしでも成績を上がることがわかったからだと思います。子どもたちには“学び方”を伝えるため、さまざまな思考ツールを共有したことで、子どもたち同士でも学び方をシェアするようになりました。

元木:お子さんに自律が身につくことで、親御さんも変わっていくでしょうね。大人が学ぶこともたくさんあっただろうなと想像します。昨年出版された『子どもたちに民主主義を教えよう』も拝読しましたが、学校はもちろん企業でも「自律」と「対話」は必要なんだと感じました。

工藤:公益資本主義なんて言葉もありますが、企業は「誰のため」にやっている事業なのかを理解しないと潰れてしまいます。目的に向かって対話を深め上位で合意できる組織を作り、正しい民主主義を理解できれば、20年で世の中は変わるでしょう。多くのメディアが報道されるのは賛成・反対の結果だけで、より良くするための主張やアイデアは出てきません。日本では意見を言えば批判と捉えられ、腰を据えて対話できる体制が整っていないからです。この根本の原因は、学校教育にあると僕は思っています。だからこそ、子どもの頃から自分で答えを導く「自律」の考え方と、「対話して上位で合意する」ことを理解しておく必要があるんです。

2022年に発売され、各界の著名人からも共感の声が続々と挙がっている『子どもたちに民主主義を教えよう』(あさま社)。対立を乗り越え、合意形成に至るプロセスを経験することの重要性を説く。教育哲学者・苫野一徳さんとの共著。

日本では「心の教育」を重視しすぎ?

元木:ここからは『きみを強くする50のことば』についてお話を聞かせてください。私が気に入っているのが『心なんて、そもそもわからない。』なんです。「わかりましょう」じゃなく、「わからない」って言い切るのが素敵というか、その通りだなと思いました。どうしてこの言葉を入れられたのでしょうか?

工藤:学校で「心が大切だ」って教育をしすぎなんですよね。海外では、行動の積み重ねがその人であって、他人に心の中なんて見えないよね、って考え方が浸透しています。しかし見えない心を慮ろうとするのが日本の教育。みんなで心を合わせようとしすぎることで「心が通じていない」「俺たちと違う」「いい子ぶっている」と、残酷に他人をいじめてしまうんです。これだけ多様性が求められている時代でもいじめがなくならないのは、心を大事にしすぎているとも言えるかもしれませんね。

元木:なるほど、心を大事にしすぎているからなんですね。時代とともにいじめの背景も変わっていると思いますが、どうしたらいじめは少なくできるのでしょうか?

工藤:まず「みんな仲良くできるもんじゃない」って教えることでしょうか。『全員ちがってオーケー』ってことを伝えてあげると、「先生〜! 〇〇くんが変なことしてまーす」と茶化すようなこともなくなります。大人でも他人と仲良くするまでには時間がかかるし、全人類と仲良くなるのは難しいですから。性格の合う人・合わない人がいる、仲良くなるためには経験も訓練も必要なんだとわかれば、子どもたちも誰かを排除したり、嫌ったりすることもなくなると思いますよ。

従順な子どもじゃなく、自分で考えて自分の足で歩める子どもを

元木: 50のことばには、大人にも響くことばがたくさんありますよね。私もこんな先生のもとで勉強したかったって思いました。工藤先生から見て、今の子どもたちにはどんな特徴があると思いますか?

工藤:今の子どもたちって、従順な子たちが多いんですよ。大人もそうかもしれませんね。自分で答えを導けなくて、人に決めてもらおうとしちゃうんです。与えられることに慣れているとも言えるかもしれませんね。だから「もう先生の言うことを聞くな」、と(笑)。反抗するのではなく、これからの世の中はどうなるかわからないから、人のせいにするのではなく、君たちで決めなさいって。

元木:これは企業も一緒ですね。自分で考えて、決められない人が本当にたくさんいます。言われないと行動ができないとか、新しいチャレンジを拒んでしまう人も多くいますが、子どもの頃の教育が大切なのかもしれませんね。もっとたくさんお話を伺いたいんですが、最後に先生がこれからやっていきたいことを教えていただけますか?

工藤:10年以内に、日本中の学校を自律型の学校に変えていくことですね。そのために、日本中の教員に『子どもたちに民主主義を教えよう』の考え方を広めて、この学校で実践を重ねていく。そして、本当の学びを子どもたちに取り戻していきたいです。教育ってなんのためか? と考えたら、自分の足で歩んでいける人間を育むこと、より良く平和な社会をつくるためだと思うんです。日本では学校で問題が起こると「大人が悪い」と言われますよね? でも、問題を解決するのは当事者である「子ども」であって、大人たちはどうやったら解決できるか考えさせなければいけません。大人から正解を与えるのではなく、子どもたちが自力で考えて行動することが本当の学びにつながります。

元木:まさに「自律」ですよね。ついつい大人が「こうしなさい」と手助けしたくなりますが、ある程度放っておくことも教育にとって大切なのかもしれませんね。

工藤:2人の生徒が対立していた場合、教員は「2人の上位目的は〇〇なんだよね? 感情をいったん置いておいて、一番大事なことは何かを考えてごらん」と問いかけます。それだけで、子どもたちは自分で考え、行動し解決していきます。現代は、問題が起きないように防ぎすぎることで、子どもが考える機会を奪ってしまっているのです。わかりやすい例だと、公園で遊んでいる子どもがいても常にお母さんが横にいて「あら〜〇〇くんが■■を貸してくれたね、ありがとうは?」と、話したりします。これって、子どもが考えて行動する機会をすべて奪い取っているんですよ。

元木:日常でよく見ますね!

工藤:子どもだけなら「■■貸してよ!」「やだよっ!」って取り合いになるでしょう。大きなトラブルにならない限り、大人は見守っていればいいんです。次の日になれば「貸してもいいけど、返してくれるの?」「約束する!」と子ども同士でルールができるようになります。子ども同士で考え、解決できることを、先生や親が介入して機会を奪い取っていると自覚しなければいけません。まだまだ課題はありますが、確実に自律した子どもも増えていますから。そう遠くない未来で、教育はガラリと変わると思いますよ。

元木:「自分で考えることができる子どもたち」が大人になったら、社会全体も変わりそうですね。これからの新しい教育のあり方に期待しています! 今日は本当にありがとうございました。

Profile

横浜創英中学・高等学校校長 / 工藤 勇一

1960年山形県生まれ。山形県と東京都の公立中学校の教員を務め、東京都や目黒区、新宿区の教育委員会へ。2014年から千代田区立麹町中学校の校長になり、宿題なし・テストなしなど「学校の当たり前」を見直し、子どもたちの「自律」を育んでいくことに注力。これらの取り組みはさまざまなメディアでも紹介されている。2020年4月より横浜創英中学・高等学校校長に就任し、さらなる教育改革に取り組んでいる。

ブックセラピスト / 元木 忍

学研ホールディングス、楽天ブックス、カルチュア・コンビニエンス・クラブに在籍し、常に本と向き合ってきたが、2011年3月11日の東日本大震災を契機に「ココロとカラダを整えることが今の自分がやりたいことだ」と一念発起。退社してLIBRERIA(リブレリア)代表となり、企業コンサルティングやブックセラピストとしてのほか、食やマインドに関するアドバイスなども届けている。本の選書は主に、ココロに訊く本や知の基盤になる本がモットー。

文=つるたちかこ 撮影=泉山美代子 グラフ作成=小柳英隆