誰もがイメージする「ワイン消費大国」のフランス。ところが2014年のデータ(※1)によると、その1人あたりの消費量は世界第5位にとどまり、平均年間消費量は約43Lだったとか。同データによる世界第1位は、ピレネー山脈麓の小国・アンドラ公国で約57L。ところが1975年当時のフランスの消費量は、約100Lにものぼったそうで、たしかにかつては世界が認める消費大国だったものの、近年の減少傾向は明らかです。
特に若い世代のワイン離れは著しく、35歳以下の消費量は全国平均の1/3、50〜64歳の層の1/2に過ぎません(※2)。その原因としては、近年の飲酒運転の取り締まりや広告規制の強化などが挙げられますが、ライフスタイルの変化も大きな要因となっているようです。
それでも、全体的に減少傾向とはいえ、O.I.V(国際ワイン・ブドウ機構)の統計による2015年の日本人1人あたりの年間ワイン消費量3.2Lに比べれば、依然として10倍以上。750mlボトルに換算すると、日本は約4本分なのに対しフランスは約57本。1日に約120ml、グラス1杯程度のワインは毎日消費している計算になります。
また、好んで飲まれるワインも変化してきています。ミシュランシェフ・松嶋啓介さんに聞いた「ロゼワインが愛される理由とその楽しみ方」でもお伝えしたように、赤ワインと白ワインの消費は減少する一方、ロゼワインの消費量は1990年以降年々増加傾向にあり、2013年には全ワイン消費の30%を占めるまでに(※3)。さらに消費が増えているのは、シャンパーニュを含むスパークリングワイン全般で、前年比約4%の増加傾向だとか(※4)。
いまだ日本のワイン市場が目指すのは、「ワインを日常に」。フランスでは、すでにそのステージは成熟し、次なるステージへ向かっているようです。現在のフランスのワイン消費事情を、現地で取材しました。
ワインは会話とともに楽しむもの
「フランス人は友人たちと美味しく飲み、食べ、長々とディスカッションをすることが大好き。銘柄の有名無名に関係なく、美味しいワインを飲むとみんな幸せな気持ちになり、会話が弾みます。ワインだけが存在するのではなく、一緒に過ごす友人と一緒にいただくお料理、その空間と時間すべてをとても大事にするんです。ですから『一人でいる時にワインは飲まない』というフランス人の友人を何人も知っています。日本ではまだまだ、ワインの存在自体が“特別で大きすぎる”ような気がします」
そう語ってくれたのは、フランス在住歴20年の高瀬 順さん。移住当時、日本人としてはまだ大変珍しかった現地在住のワインエージェントで、フランス国内の良質なワインを日本のインポーターへ紹介し、輸出のサポートをしています。今では誰もが知るあの銘柄は、実は高瀬さんが最初に日本へ輸出する道筋をつけた、というワインが数多くあります。私たち一般消費者にその存在を知られる機会はほとんどありませんが、実はワイン市場を影で支える、重要な役割を担っているのです。
そんな、フランスと日本双方のワイン消費事情に詳しい高瀬さんの言葉を裏付けるデータがあります。「ワインをいつ飲みますか?」そのフランス国内の男女それぞれのアンケート、1980年と2010年の比較です(※5)。 2010年は少し前のデータではありますが、1人あたり100L近い消費量だった時代とその30年後、消費量が半分以下となった時代の比較として見てみましょう。
<1980年 男性>
日常的に飲む 69% 時々飲む 22% 全く飲まない 9%
<2010年 男性>
日常的に飲む 26% 時々飲む 46% 全く飲まない 28%
<1980年 女性>
日常的に飲む 37% 時々飲む 37% 全く飲まない 27%
<2010年 女性>
日常的に飲む 11% 時々飲む 42% 全く飲まない 47%
注目すべきは、「日常的に飲む」の著しい減少と「時々飲む」の増加。“時々”とはいつかといえば、「誰かを自宅に招いたとき」が大半のようです。
ワインが日常になったその先は、誰かと。世界に誇る銘醸ワイン生産国のフランスといえども、ワイン自体が主役の時代から、人との繋がりのツールへとシフトしている現状があるようです。
「アペロ」という素敵なワイン習慣
「夕方17時を過ぎれば、フランスではカフェでコーヒーを頼む人はほとんどいないと思いますよ(笑)。季節にもよりますが、暑い夏であれば冷えたビールや白ワイン、ロゼワインを頼みます。ナッツやオリーブなど軽いおつまみと一緒に。ただフランス人も平日は忙しいですからね、週末やバカンスの“アペロタイム”はとても大切にします」(高瀬さん)
この「アペロApéro」とは、フランス語でアペリティフ(=食前酒)の略。本格的なディナーの前に、簡単なおつまみとワインなど気軽なお酒を楽しむ習慣のことを示します。フランス人のお宅に招かれたら、ホストに負担をかけないように遅刻していくのがマナー、なんて言われることもありますが、友人たちと食事をするときは、アペロの時間をディナー前に1時間以上取る場合が多く、このアペロの時間帯に一人、また一人と集まってくるのがフランス流。
「何時に集合」と決めた時間に、「電車の都合で10分遅れます。先にスタートしていてください!」なんてことは日本ではよくあるやりとりですが、フランスでは「1時間くらいのうちに集まればいい」という、このアペロによる猶予の時間が、なんとも気楽で心地よい習慣です。
フランス人家庭は共働きも多く、結婚したあと親と同居をするという習慣が基本的にはないので、子育て世代の平日の余裕のなさは日本と同様。大人は夫婦二人だけという日常の食卓でワインを開ける機会は減っても、こういった習慣で友人たちと気軽に、心地よくワインを楽しむ文化が、日本の10倍以上というワインの消費量に反映されているといえます。
フランス人は流行にとらわれない
高瀬さんに、フランスで今流行っているワインの消費傾向がありますか? と、聞きました。
「難しい質問ですね(笑)。なぜなら、フランス人は流行にとらわれないので、大きな流行や肌で感じるような、わかりやすいブームがありません。
例えば、ビオワインに対する意識ですが、日常の食材でビオに対する意識は高いものの、ワインでそれを選ぶのは少数派です。ビオワインを好む層は、普段から環境問題への意識などが高い人たちはもちろんですが、美味しいお料理やワインを嗜む“ボン・ヴィヴァン”(よく飲みよく食べ、人生を楽しむ人)にも多いように思います。彼らはマルシェや農家などで食材を選び、ワインは近所のお気に入りのショップや、自分の好みのワイナリーを直接訪問して購入しています。流行でビオワインやビオ食材だけにこだわるというより、普段から“こだわりのある食材や造り手”を好む結果、その商品の多くがオーガニック農法やビオディナミのワインであることが多い、ということなんです」
ちょっとマニアックなナチュラルワインのボトルが並ぶ、お洒落なワインバー。日本でこんな店を訪れると、どこでも雰囲気の似た客層が集っているという傾向があります。でも、パリのこういった店を数軒はしごすると気付くのは、店それぞれの客層が多彩だということ。杖をついた老夫婦、60歳くらいの仲良しマダムグループ、スーツがキマっている男性ビジネスマン、そして若い男女カップル。ナチュラルワインにこだわって入店したというより、美味しいものが飲みたくて。そんな性別・世代を選ばない動機で集っているように見受けられるのです。ワイナリーを訪問する客層もしかり。
日本でも、コレクターや熱烈な愛好家だけでなく、ボン・ヴィヴァンな人々が自分のお気に入りのワイナリーにフラッと訪問するワインライフが、日常化したら素敵ですよね。
「パリにいれば色々なお店がありますが、フランスのワイン産地に住んでいると、その土地の人が他国のワインを飲むというのは非常に珍しいことです。友人たちの旅行のお土産で飲むことはありますが、私の住んでいる南ローヌ地域出身の友人たちとはシャンパーニュ以外、フランスの他地域のワインを飲むことさえ珍しいですよ!それは昔も今も変わりません」(高瀬さん)
フランスで日常化したワインライフは、地産地消という強固な土台の上でさらに成熟し、流行に左右されず人生を謳歌する気質と、人の繋がりという大きな要素が折り重なって、多種多様な彩りを放っているかのよう。高瀬さんの言葉を借りれば、ワインは、皆で食事をする=おしゃべりをする=楽しい時間を過ごす=皆で分かち合うという、フランス人の典型的な人生の楽しみが詰まった世界の、欠かせない一部なのです。
※1 https://www.telegraph.co.uk/
https://www.wineinstitute.org/files/World_Wine_Consumption_by_Country_Revised_Nov_2015.pdf
※2 http://www.oenologie.fr/consommation-du-vin
※3 http://www.franceshoku.com/mailmagazine/2014/mm0410.html
※4 http://www.lefigaro.fr/flash-eco/2017/06/16/97002-20170616FILWWW00221-baisse-de-la-consommation-de-vin-prevue-en-france-d-ici-2020.php
※5 http://www.oenologie.fr/consommation-du-vin
取材・文・撮影/山田マミ