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食とワインの“妙”の発信地「An Di」で味わう“モダンベトナム料理×ワイン”の未知なる組み合わせ

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「今夜は何が食べたい? フレンチ? イタリアン?」と、ふだん私たちが“食べたいもの”から店を決める、レストラン選びの思考回路を逆走するような店が、東京・外苑前にあります。料理のジャンルは“モダンベトナム料理”とでも言いましょうか、「An Di(アンディ)」という、オープン以来2年もの間、全営業日満席という人気レストランです。

それほどの人気店ですから、万人に愛される味を提供しているかと言えば、けっしてそうではありません。“モダンベトナム”と聞いても、具体的な料理のイメージは浮かばないし、店情報を事前に調べても、看板メニューは、茶葉を発酵した「ティーリーフサラダ」という想像もつかない一皿。

「何が食べたい。」の逆、「何を食べさせてくれるのだろう?」で選ばれる店。料理のイメージも湧かない、味わいの想像もつかないこの独特な世界観を放つレストランへ、多くの食通が足を運ぶ理由を取材しました。

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小ぢんまりとした店内の奥にはカウンター席が。何を食べさせてくれるんだろう?という期待をさらにあおる、調理の行く末を見守れる。

 

自分らしいアウトプットの場所を求めて

An Diのオーナーは、銀座にあるフレンチレストランで長年シェフソムリエを務め、現在はワインコンサルタント、ワインテイスターとして世界を股にかけて活躍する大越基裕さん。

「ソムリエという職業は、飲食業においてとても重要な仕事ですが、ソムリエはワインを扱う仕事だけができれば良いわけではないと感じていました。レストラン業務のすべてを、サービスマンとしてバランスよく仕事ができる人材が求められている。そう思った時に、いちレストランのソムリエとしてではなく、少し引いた目線でこれまでの経験を活かせればと、6年前に独立しました」(大越さん)

↑一見大層なもののようでいて、その実、肩の力が抜けたペアリングの妙味を説くAn Diの大越さん。その視線は真剣だ。
一見大層なもののようでいて、その実、肩の力が抜けたペアリングの妙味を説くAn Diの大越さん。その視線は真剣だ。

12年の現場経験を経て、たくさんのお客様から惜しまれつつ独立を果たした大越さんですが、当時は自身の店を持つため以外のソムリエの独立は大変珍しく、周囲から心配の声も上がったとか。海外には“ワインコンサルタント”や“セレクター”という職業のモデルがありましたが、日本ではまだ馴染みのない時代でした。

しかし、大越さんの豊富な現場経験とそこから生まれる的確なアドバイスを求める顧客は後を絶たず、順調にコンサルタントとしての経験も積み上げるなかで、なぜまたあらためて、いちレストランのオーナーになろうと思ったのでしょうか?

「もともとレストランをオープンしようなんて、これっぽっちも思っていなかったんです(笑) 海外にも頻繁に行き、世界のトレンドや最新情報をクライアントに向けてアウトプットするのが理想でした。ですがインプットの量が増えるにつれて、自分なりの世界観を表現する場所があっても良いかなと思い始めました」

“自分なりのアウトプットの場所”とはいえ、大越さんのレストランオープンまでのビジョンは明快でした。

「自分のパッションだけではビジネスになりません。表現するからには多くの人に知ってもらうことが目的。つまり、毎日満席になる店を作ろうと思いました。そう考えたらフレンチ、イタリアンのお店ではありません。それは、すでに名店が多すぎるから。また、自分たちのコンセプトをアウトプットするにはある程度許容のあるスタイルの料理ジャンルであること、さらにライト、ヘルシーなどの世界のトレンドを含んでいること、すべてを掛け合わせた結果、ベトナム料理にたどり着いたのです」

 

食とワインの、組み合わせの“妙”を表現

つまり、はじめからベトナム料理店オープンを目指して始動したわけではないということですね?

「そうですね(笑) しかも食材の90%以上が国産なので、よくこれはベトナムで食べられている料理なのですか?と聞かれるのですが、『いえ、もちろんベトナムから多くのインスピレーションは受けていますが、日本でしか作れない料理です』と答えるしかありません(笑)」

そんな私たちの想像もつかない料理をいくつか、大越さんおすすめのワインペアリングとともにご紹介いただきました。

シグネチャーディッシュの「ティーリーフサラダ」。
シグネチャーディッシュの「ティーリーフサラダ」。

最初の一皿は、シグネチャーディッシュ(看板メニュー)である「ティーリーフサラダ」。福岡の八女茶をAn Diで独自に発酵させた茶葉がメインのサラダです。

皿の中央に盛られたその発酵茶葉を囲むように、さまざまな食材が並べられていますが、その数なんと10種類以上。ココナッツ、フライドオニオン、胡麻、もち麦、トマト、パイナップル、桜エビ、甘納豆、きゅうり、ディル、タイバジル……。それらをすべて混ぜ合わせ、季節のソース(取材時は梅ソース)をかけて、全部一緒に口に入れて楽しんでください、というのがAn Diスタイル。これまで一度も体験したことのない風味が、口いっぱいに広がります。

 

そして、そこに合わせるワインは、フランス・サヴォワ地方の少し甘さのあるロゼスパークリングワイン。

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アラン・ルナルダ・ファシュ「ビュジェ・セルドン 2018」

これだけ多くの食材を凝縮した一皿に合わせるペアリングワインを、大越さんはどのようなプロセスで選ぶのでしょうか?

「食材とワインを、同時には口に入れませんよね? 料理とワインのペアリングを考えるときには『食材が口のなかからなくなった後、何が必要か?』という発想を大切にしています。また、例えば仔羊だからカベルネ、というように“素材”だけでワインを選ぶこともしません。皿の上の、すべての要素を口に含んだ後、どういった方向性へ持っていくべきかを考えます」

 

では、このティーリーフサラダになぜ甘さのあるロゼワインを選んだのか、その理由を尋ねました。

「まず、梅ソースに感じる淡いベリーの風味と、ガメイという品種のアロマの特徴は相性が良いんです。またこの料理は、茶葉にある少しの苦味、他の食材から旨味、酸味が感じられますが、甘さの要素の主張が控えめですので、最後に軽く残糖分を感じさせるワインを口に入れることによって、“五味のバランス”を整えるのです」

ソースは料理とワインをつなぐ架け橋。季節によってソースが変わるたびに、ペアリングのワインも変わるそう。
ソースは料理とワインをつなぐ架け橋。季節によってソースが変わるたびに、ペアリングのワインも変わるそう。

ペアリングの発想としては、この組み合わせのように“五味を整える”ほか、足りない味わいを補う“味の補完”や、酸味の効いた料理には酸味のあるワインという“味わいのベクトルを合わせる”、また軽めの料理には軽やかなワインという“ウエイトを合わせる”など、さまざまなパターンがあり、それはすべて“料理を食べたあと”にペアリングの方向性が浮かぶのだとか。そしてこれらのパターンは、一つのペアリングに複数存在し調和を図っているそう。またレストランである以上、けっしてワインから料理を決めることはしないのだと言います。

「僕がアウトプットしたいのは、ワインだけじゃないんです。表現したいのは食とワインの“妙”。ずっとワインを伝えることを仕事にしてきたけれど、むしろそれを支点に、おいしい食との関係をどう築けるか? ワイン単体も大事ですが、今の僕の仕事は、その先の世界観を提案することに重点が置かれています」

食とワインの“妙”。大越さんの発したその言葉が心に残り、あらためて辞書を引いてみました。妙とは、①いうにいわれぬほど、すぐれていること。甚だ巧みなこと。美しいこと。②不思議なこと。普通でないこと。(広辞苑)

「不思議で普通でないこと」と「すぐれていて美しいこと」が同じ言葉、イコールの意味で表現されることもある。そうあらためて知ると、料理のイメージも湧かない、味わいの想像もつかない独特の世界観を放つAn Diに多くの人が魅了される、ひとつの理由が見えた気がしました。