世界で脚光を浴びる“SAKE”。そんな日本酒の魅力を、独自の視点で伝える人たちも増えてきています。今回訪ねたのは、日本酒ファンはもちろん、蔵元もこぞって訪れる恵比寿の人気店「GEM by moto」店主の千葉麻里絵さん。メディア露出の多い彼女が「今までとは違った切り口で日本酒を語りたい」と対談相手に指名したのは、なんとワインのスペシャリスト! そのお相手は、今年4月に惜しまれつつ閉店した青山の名店「Felicita」の支配人として、イタリアワインの魅力を情熱的に伝えてきた永島 農(あつし)さんです。業界屈指のプロフェッショナルを迎え、日本酒の楽しさ・面白さ・奥深さとは何かをテーマに、お酒を飲み交わしながらクロストークを展開。ワインと比較することで、日本酒のポテンシャルの高さ、そして日本酒の今と未来が見えてきました。
お酒のストーリーを伝えることで
飲み手の感じ方はがらっと変わります
千葉麻里絵さん(以下、千葉):日本酒には「山田錦」だったり「雄町」だったり、さまざまな酒米品種がありますけど、ワインの葡萄品種ほど味に直結していないと思うんです。ワインの場合は、品種ごとの味わいが日本酒よりも明確ですよね?
永島 農さん(以下、永島):ワインは、葡萄の果汁がそのままお酒になっているからだと思います。だから、葡萄を収穫した年による差異があって当然なんです。でも、1980年代~’90年代後半は、安定した品質で造ることに注力し過ぎた時代でした。そのため、発酵を含めたいろいろなことを人間がコントロールして醸したワインが、世の中を席巻するんです。もちろんそういった造りもひとつの考え方ですが、個人的にはあんまり面白くないなぁって思うんですよね。
千葉:近代における、醸造期間が短く、なおかつ安定的な量のお酒を造る技術を得た一方で、蔵独自の個性が見えづらくなってしまったということは、日本酒にも言えるかもしれません。
永島:日本酒には、国税局が主導してきた歴史がありますからね。日清・日露戦争は酒税で戦ったと言われるくらいですし、そうなるとアナログなテクニックよりも、ハイテクで画一で安定した量を造ることに注力してしまうと思うんです。少ない労力で量を上げられる技術が浸透すれば、結果的に税収も上がるわけですから、仕方がなかったところもあると思うんです。でも、僕らの世代になって、そういった考え方、造り方は、あんまり肌に合わなくなってきたと感じている人も増えていると思います。
千葉:日本酒業界も少し動きが変わってきていて、昔ながらの生酛造り(きもとづくり)を復活させる蔵も増えています。生酛造りとは、酵母の超自然的純粋培養法です。日本では明治以降に医学細菌学の分野から科学的な視点で研究が進められるんですが、生酛造りはその合理性が解明される前から添加物なしでも雑菌汚染せずに酵母を育てられるという、発酵文化の中でもけっこうイカれた造り方だと思うんです。もちろん褒め言葉です。
永島:ロマンチックですよね。画一化された何かではなく、自然というものに敬意を払い、継続的に続けられる農業と酒造りのバトンを繋いでいくことができる醸造家こそが、人を感動させられるお酒を造れるんじゃないかなと、僕は思います。
千葉:菌を無理にコントロールするのではなく、菌の面倒をみてあげて自然に出来上がったお酒のほうが、例え不細工であっても魅力的なのかなって思うんです。飲んでザワザワってするお酒というか。
永島:お酒って、もともとは神様からの授かり物だったわけですが、そこに人間が介入して授かり物が授かり物でなくなってしまったという歴史が、ワインにも日本酒にもあったのではないでしょうか。だから僕は、ワインにおける“あたり年”とか“はずれ年”という表現に対して、そんなこと言う前に今年もいただけるってことに感謝しましょうと思うんです。
千葉:日本酒にもありますね。今年のお酒はちょっと甘すぎた、オフフレーバーが気になる、とか。それはそれで個性だと思うんですけどね。以前、そんな指摘をされたお客さんがいらしたので、「蔵人が結婚間近で、ちょっと浮かれて櫂入れをし過ぎてしまって、お米が溶け過ぎちゃったんですって。去年より甘く感じるのは、このお酒に愛が詰まっているからなんですよ」とお答えしたんですね。半分冗談みたいな話であっても、そのお酒のストーリーを伝えることで、飲み手の感じ方はがらっと変わります。しっかりと知識を持っていることは前提ですが、そういう伝え方を提供者として続けていきたいですね。
永島:飲み手側の僕らって、勘違いしてしまうことがあると思うんです。自分はあたかもブレがなくて、いつもフラットな状態でそのお酒を味わっている、と。だから去年はおいしかった、今年はおいしくなかった、という判断をしてしまう。でも、どちらかと言うと、ブレているのは僕らのほうだと思うんですよね。
———何を食べたかでも味覚は変わりますし、前日に飲み過ぎたときなんて、もはや……って感じですもんね。
永島:逆に禁酒あけで飲んだときのお酒は、おいしく感じますしね。あとは、隣に誰がいるのかでも変わってきますよね。お酒が持っている力って、人と人を繋ぐ力だと思います。それがお酒っていうものが、世の中に存在する理由なんだと僕は思います。なんか話題が壮大になってきちゃいましたが(笑)
———永島さんが、そういった価値観を持つようになったキッカケのような出来事はあったのでしょうか?
永島:イタリアのワイン畑を見てまわっていると、断崖絶壁みたいなところで葡萄を育てている生産者もいるんですね。そういった畑を見たときに、これは完全に、酔っ払いのために造っているお酒ではないと思ったんです。先人たちがそんな断崖絶壁に葡萄の木を植えたのは、必要だったからですよね。必要なお酒って、今の僕らにはあまりピンとこない。なぜなら、すでにマーケットが確立して、嗜好性をベースに値段が決められているから。でも、生きていくために必要なお酒ってあるんだよなって思ったんです。宗教戒律で禁じられている国や地域を除けば、必ずお酒は存在するんですね。これはすごく面白いことだと僕は思います。
———さきほど「生酛造り」の話題が挙がりましたが、生酛造りの特徴である米をすりつぶすという発想は、どこから来たのでしょうか?
永島:一説によると、阿波番茶が関係しているようですね。阿波番茶は最古の自然発酵茶なんですけど、茶葉をすって空気中の乳酸を取り込んで発酵させるお茶なんです。物事がドラスティックに変化するためには、異業種交流がないと実現できないと言われていますしね。
千葉:生酛造りの前は、「菩提酛」という、生米を水に漬けて乳酸菌を発生させて醸していたわけですからね。そこから米をつぶすという技術が確立されたのは、かなりの技術革新ですよね。
ワインは燗をつけるなら
ゆっくり温度を上げたほうがおいしい
———そもそもの話になりますが、おふたりが出会うキッカケは、どんな場面だったのでしょうか?
永島:日本酒以外のお酒をお燗にしてみようという勉強会がありまして、そこに麻里絵さんがお燗をつけに来てくださったんです。
千葉:ワインを持って来る方が多かったですが、永島さんはビールを持ってきて。
永島:少しアルコール度の高いスイスのサワーエールと、バーレーワインと言われるイタリアのビールを持っていきました。ビールのお燗も、ことのほか面白くてね。
千葉:そうそう。ワインよりもビールのほうが、日本酒をお燗する感覚に似ていましたね。
———それは、なぜでしょう?
千葉:酸度の違いですね。ワインは酸度が高いので、日本酒と同じように“ちろり”で急速に温度を上げていくと、酸が浮いてしまうんですね。その点、ビールは酸度が低いので、日本酒をお燗する感覚でつけられたんだと思います。結論から言うと、ワインはちろりではなく、徳利でつけたり瓶ごと燗つけたり、ゆっくり温度を上げていくほうがおいしかったですね。
永島:僕も自宅でよくワインのお燗を試すんですが、合う銘柄と合わない銘柄があるんですよね。ホットワインというものもありますが、それにはシナモンを入れたり砂糖を入れたりするので、お酒単体の温度を上げて楽しむ日本酒の燗とは違います。
千葉:ホットワインにシナモンや砂糖を入れる理由は、温めて酸が浮いてしまうのをマスキングするためなんです。
永島:ワイン単体の温度を上げておいしい燗をつけるのは、かなり難しいというのが僕の見解ですね。
———お燗に向くのは、どんなワインなのでしょうか?
永島:理論上で言えば、乳酸を感じるワインでしょうね。
千葉:マロラクティック発酵のワインとか。
———ワインを燗にして楽しんでいる人は、まだまだ、ごくわずかですよね?
千葉:そうだと思います。専用の道具もありませんしね。でも、個人的には可能性を感じています。ワインを温めることで、温かいお料理との接着剤になりますし、冷たい状態の酸と温かくしたときの酸はまた違うので。
0から1を生み出すことは
人の人生を変えるということ
永島:日本酒は個人的に大好きなので、もっともっと飲む人が増えないといけないと思いますね。結婚式で燗酒を頼むと「えっ?」って顔をされたりしますが、日本人の結婚式なのにワインはOKで燗酒がダメっておかしいですよ。この状況は変えたいですよね。僕は日本酒のサービスマンではありませんが、世界に誇れる技術で造った日本酒のすばらしさを、日本人が知らな過ぎるのは悲しいことだと思っています。急に変えることは難しいけれど、麻里絵さんはそこにアプローチしている方なので、すごく応援していますしファンですね。
千葉:ありがとうございます! 日本酒に対してネガティヴな印象を持っている人って、圧倒的においしいと思う日本酒と出会えていないだけだと思うんです。すでに日本酒にハマっている人たちは、乱暴な言い方ですが放っておいても大丈夫。だから私は、まだ日本酒のおいしさ、面白さ、奥深さに気付いていない人に向けて勝負していきたいと思っていて。漫画に出るなど、積極的に異業種コラボしているのも、そんな想いからなんです。
———日本酒に対してネガティヴな印象を持っている人に対しては、どういう提案をしているんですか?
千葉:肝心なのは、はじめの一杯。日本酒が好きな人であろうが嫌いな人であろうが、一杯目と二杯目をいかに満足させられるかが大事。そこで満足してもらえれば、信用を得た上での三杯目はもう私の領域です(笑)。一番やっちゃいけないのは、苦手のお酒を出してしまうこと。だから日本酒に対してネガティヴな印象を持っているお客さんに対しては、なぜ日本酒が嫌いなのか、普段どんなお酒を飲んでいるかなどをヒアリングして、日本酒のイメージが劇的に変わるような一杯を出すように、頭をフル回転させます。そういうお客さんが一番大変ですけど、そんなときこそ腕の見せ所ですよね。
永島:リピーターになってくれる確率も高くなりますしね。
千葉:ほかのお店に行って、また日本酒が嫌いになりそうだから来たとおっしゃる方もいらっしゃいますね。そう考えると、我々がやっていることって、人の人生を変えることなんだなぁって思うんです。日本酒にハマって職業にしてしまう人だっているわけですから。やっぱり“一杯の責任”は強く感じていますね。
———さきほど永島さんは「もっともっと日本酒を飲む人が増えないといけない」とおっしゃっていましたが、増やすにはどうすればいいと思いますか?
永島:僕らのような日本酒を専門としていない人間たちが、図々しくも日本酒をサジェスチョンしていくことも必要なのかなと思いますね。とはいえ専門ではないので、専門でやっている方に対するリスペクトがある提案をしなきゃいけません。僕はことあるごとに、日本酒のすばらしさをお伝えするようにしています。こういう仕事をしていると、家では何を飲んでいるんですか? ってよく聞かれるんですけど、そういうときはいつも「日本酒です」と答えています。僕は燗酒が好きなので、夏でも燗酒を飲んでいますしね。専門ではないので、ただファンでいれる日本酒は本当に楽しいですよ。
千葉:フレンチやイタリアンのお店のメニューに、一本でもいいので日本酒が入ってくれれば、それだけで飲む機会は増えますよね。私が自分のお店を出てペアリングイベントをしている理由には、そんな狙いもあります。
永島:僕たちがやっていることって、0を1にする作業じゃないですか。そこに対して、具体的にアクションを起こすことはとても重要だと思うんですよね。
千葉:とても大変ですけど、やりがいあります!
永島:0から1を生み出すことは、その人の人生を変えるってことですからね。
千葉:場合によっては、マイナス1をプラス1にしていることもありますし。エネルギー注ぎまくりですよ。
永島:マイナスの世界からプラスの世界に価値観を変えられた人は、とても幸せですよ。結局は、どれだけお酒に愛情を込められるかってことなんでしょうね。
Shop Data
GEM by moto
住所:東京都渋谷区恵比寿1-30-9
電話番号:03-6455-6998
営業時間:平日17:00~24:00(LO 23:30)、土日祝13:00~21:00(LO 20:30)
定休日:月曜
取材・文=馬渕信彦 撮影=梅澤豪