デジタル全盛の現代に、シンプルな手帳が売れ続けています。日本最大規模の文具メーカー、コクヨの「測量野帳」。2019年に60周年を迎えた、年間100万冊以上を出荷する大ロングセラー商品です。凛とした風格を感じるいぶし銀の存在ながら、愛用者には女性も多く、「ヤチョラー」「ヤチョリスト」「ヤチョリアン」といわれる熱狂的なファンが存在するほど。“野帳”の歴史と、その人気の背景を、商品開発を担当する竹本裕実子さんに伺いました。
[目次]
1.「測量野帳」ってなんだ?
2.“測量法”の制定が「測量野帳」を誕生させた
3.“プロ用”がアマチュアへ広がり、“ヤチョラー”へ辿り着いた
4.「ヤチョラー」「ヤチョリスト」「ヤチョリアン」の正体とは……?
5.こんなにある!測量野帳ファミリーの家系図
6.頑固ものがちょっと打ち解けた⁉︎ 限定品や他ブランドへの水平展開も!
7.知ってた? ジブンヤチョーが作れるってこと
8.測量野帳の“セカンドキャリア”はどうなる?
「測量野帳」ってなんだ?
「測量野帳」とは文字通り、測量士のために生まれたノートです。作業着の胸ポケットにすっきり収まる、スリムでコンパクトなスタイルと、現場で立ったまま筆記できる、硬い表紙が特徴になっています。現在ではこの携行しやすいサイズ感やアウトドアでの筆記に使える堅牢さが注目され、測量・建設の現場にとどまらず、日常の持ち歩きや、フィールドワーク、旅の記録、日記などさまざまな用途で使われています。筆記のデジタル化をもろともせず、発売から60年を経てもなお新しい道を歩む、数ある文房具でも特別稀有な存在なのです。
コクヨ
測量野帳
LEVEL BOOK セ-Y1
TRANSIT BOOK セ-Y2
SKETCH BOOK セ-Y3
各210円(税別)
幅95×高さ165×厚み6mmと、作業着のポケットに入るサイズ。重さも約70gと軽量だ。
“測量法”の制定が「測量野帳」を誕生させた
開発のきっかけは、1949年に測量法が制定されたこと。10年後の1959年、「測量野帳」は誕生しました。社内では親しみを込めて“野帳”(ヤチョー)とも呼ばれています。
「測量士や建築関連の方が、測量したデータを測量法に沿って書き込むことのできる罫線が入っていることも、大きな特徴です。野帳が発売される以前、測量士の方は、ふつうのノートに罫線を引き、独自にノートを使っていたのではないでしょうか。屋外で片手に持って筆記しやすいよう、耐久性を持たせた硬い表紙を使い、作業着のポケットに入るようにサイズも工夫しました。この基本的な仕様は現在までずっと変わっていません」(竹本さん)
当時の開発経緯も気になるところですが、すでに60年以上も時が経過し、詳細な記録は残されていません。
「あくまで想像ですが、ユーザーの声を大事にするという姿勢は当時も今も変わっていませんから、実際に建設の現場からの『こういうノートがあったらいい』という声をもとに、コクヨからもアプローチをして、一緒に製品づくりを進めていったのではないかと思います」(竹本さん)
ここで、豆知識を一つ。測量野帳は誰もが“ノート”と認識していますが、製品の分類上はノートではなく、“製図用品”の品番がつけられています。
「コクヨでは、ノートは『ノ』で始まる品番、製図用品なら『セ』で始まる品番がつけられています。野帳の姿かたちはノートですが、『セ-Y1』などのように、いずれも製図用品の品番がついています」(竹本さん)
製図用品に区分された理由は不明ですが、文房具店では製図用品のコーナーに置かれていたそうです。
「野帳の発売後、製図用品のプロフェッショナル向けブランド『コクヨプロ』がスタートし、野帳も一時期はこのシリーズとして展開されていました。当初はあくまで専門的な商品としてとらえ、一般的なユーザーへの広がりは考えていなかったようです」(竹本さん)
実際に顧客も法人がメインで、主に建設会社に数十冊、数百冊単位で一括納入されていました。
発売時のラインナップは、「LEVEL BOOK(レベルブック) セ-Y1」「TRANSIT BOOK (トランシットブック)セ-Y2」「SKETCH BOOK(スケッチブック)」 セ-Y3」。そして「OFFSET BOOK(オフセットブック)セ-Y4」の4タイプ。表紙にある「LEVEL」(水準測量)「TRANSIT」(三角測量)というのは、測量方法の名前で、中紙は、それぞれの測量方法に適した罫線が引かれています。SKETCH BOOKは3mmの方眼罫を施したさまざまな目的で使える自由帳です。OFFSET BOOKは測量野帳のタテ開きタイプで、2002年に廃番となりましたが、60周年記念限定モデルとして、仕様を変更して復活しファンを喜ばせました。
「発売する年代によってコクヨのロゴが新しくなったり、表紙に使用するクロスのシボが、少しザラつきのある布っぽいものになったり、擦れに強いタイプになったりなど、細部は変化しています。中紙も10数年前からより筆記性のよいものに変更されていますが、こうした品質の仕様変更以外、60年間ほぼ何も変えていません。コクヨの中でも珍しい商品だと思います」(竹本さん)
さらに、60周年モデルが登場する以前は、年1回開催されていたコクヨ商品の展示即売会「コクヨハク」で、表紙の違う限定品をこぢんまりと発売したぐらいで、広く一般に向けた限定品がオフィシャルでつくられたことはなかったといいます。
「開発会議では、もっと小さいサイズにしようなど、いくつか案は出てくるんですが、結局『野帳はこのままがいいよね』っていう結論に落ち着きました。開発の共通認識として、野帳を大きく変えることは考えていないですね」(竹本さん)
“プロ用”がアマチュアへ広がり、“ヤチョラー”へ辿り着いた
このプロフェッショナル向けの“いぶし銀ノート“が一躍、メジャーとなったのは約10年前のこと。SNSが発端でした。
「今でこそ、一般の文具店のノート売り場で買えますが、当時はプロ用だったためお店のメモコーナーでひっそりと売られていて。それをたまたま見つけて使ってくださった方が、『こんなおもしろい商品を使っている』とか、『こんな商品を見つけたよ』と、シンプルに発信されたのがはじまりかと思います。コクヨから何かを”仕掛けた“というわけではなく、お客様がどんどん広めてくださった、という感じです。私たちもSNSで話題になった段階で、初めて野帳が盛り上がっていることを知り、2013年からは、ヤチョラーの方々から、いろいろな使い方の情報を集め、Webで『100人、100の野帳』というコンテンツを発信しています」(竹本さん)
「ヤチョラー」「ヤチョリスト」「ヤチョリアン」の正体とは……?
「ヤチョラー」「ヤチョリスト」「ヤチョリアン」をご存じでしょうか? いずれも野帳愛用者を指すもので、ファンの間から生まれた言葉です。
「コクヨから公式に発信したものではないのですが、“ヤチョラー”は野帳使い、“ヤチョリスト”は愛好家、“ヤチョリアン”は伝道者と認識しています。いずれにしても、みなさんが野帳をこんなに愛してくださっているのはありがたいですね。たとえば、何十年も使い続けている考古学者の方が、今までに使った何百冊もの野帳を並べて展示された時には、こんなに使われている方がいらっしゃるんだ! と感激しました」(竹本さん)
こんなにある!測量野帳ファミリーの家系図
野帳の基本は3タイプですが、その派生系として、ブラウンの表紙の耐水タイプ、表紙にブライトカラーを採用した耐水・PP表紙タイプ、再生紙を使ったタイプなどがラインナップしています。耐水タイプには、水に強くて破れにくいユポ紙を使い、雨の日でも筆記できる仕様に。また、野帳を汚れや傷みから守る透明カバーも用意しています。
「以前、野生動物の保護管理事業に携わっている方が、山中で調査中に大事な重要記録を失くし、なんと1年5か月後に発見されたという連絡をいただきました。表紙は動物の噛み跡だらけだったものの、中の記録は問題なく読み取れたとのこと。表紙をカラフルにしたブライトカラーの商品は、
野帳ファミリー直系3種
測量野帳(耐水タイプ)
470円(税別)
オレフィン系樹脂製カバーが付いたLEVEL BOOKの耐水タイプ。ブラウンの表紙が目印だ。中紙には水に強い合成紙「ユポ」を使っているので、測量の現場やアウトドアでも安心して使用できる。(カバーを除いた表紙は耐水ではない)
測量野帳<ブライトカラー>
各540円(税別)
落としても見つけやすいカラフルなタイプ。こちらも、中紙には水に強い合成紙「ユポ」を採用し、雨の日でも筆記が可能。カラフルな表紙には、厚さ0.75mmのPPを採用しており、水に強く頑丈で、表紙にはタイトルを書き込めるスペースを用意。中表紙にはポケットも付いている。
測量野帳(再生紙)
210円(税別)
中紙に、保存性も高い再生紙を採用したLEVEL BOOK。定番同様、測量データの書き込みに適した罫が施されている。
野帳の活躍の幅を広げる専用グッズ
ペンケース<クラシカルポーチ>
800円(税別)
測量野帳を、ペンや小物などといっしょに持ち運べるケース。サイズは野帳にぴったりだ。写真のクリアのほか、カラーはブルー、レッド、セピアの全4種。色合いはレトロで、デザインからも懐かしい“連絡袋”を思わせる。
測量野帳用クリアカバー
400円(税別)
野帳を汚れや傷みから守る透明のカバー。内側の折り返し部分は、カードや名刺が入れられる深めの設計になっている。カバーはコピーや印刷物のインクがうつりにくいオレフィン系樹脂製。内側に紙や写真をはさむことでカスタマイズも可能だ。
カウネット
ヤチョーカバー
296円(税別)
コクヨの通販「カウネット」がオリジナルで開発した、野帳専用の撮影用シート付きカバー。もともとは建設業の人に向け、持ち運びの大変な工事用黒板を携帯して使えるように、と開発。台紙を抜けば、通常のカバーとして使える。
60年間頑固なまでに初志を貫き、静かに何もせず様子を見ていたという様相の野帳ですが、SNSによってユーザーが一気に広がったことで、その展開に変化が訪れます。次のページでは、他ブランドへ水平展開された野帳の“分家”モデルもチェックしてみましょう。