スペックですら表せない、まるで「ホンダ スーパーカブ」のように
言ってくれたことが、ものすごくうれしかったんです
―そういえば、最近はスペックについてあまり説明されていませんね。
糸井:東日本大震災で被災された方々が、後で一番探したのがアルバムと手帳っていうのを聞いて、あらためて、手帳ってすごいなって思ったんです。そういうことがヒントになって『LIFEのBOOK』とか、『This is my LIFE.』という言葉とともに伝えるようになりました。その頃から、スペックについてあまり言わなくなったんですよね。「ほぼ日手帳」を“LIFEのBOOK”って表現できるようになった理由は、お客さんがすでにそう思ってくれているから。すでに信頼してもらって、自分の分身みたいに思ってくれているからなんです。その信用ができたというのは喜びですよね。
―でもその根底には、糸かがり製本を採用しているから手で押さえなくても180度フラットに開く、とか、採用している紙「トモエリバー」がインクが乗りやすくて書き心地もいい、とか仕様にも信頼があるからなんでしょうね。
糸井:「ほぼ日手帳はなぜ続くんですか?」と、ミーティングイベントでもいつも問いかけるんですが、さっき話した“LIFEのBOOK”ってずっと言っていてそれが慣れっこになった時に、なんと「丈夫だからじゃないですか?」って答えたツワモノがいたんです。これがショックでね! でも「いや、その通りかもしれない」と。いくら大事にしようとしても擦り切れたら使わなくなるわけだし、ただでさえ「ほぼ日手帳」は、とんでもない使い方をしている人が山ほどいるわけですよ。だからそう言われた時に、スペックですら表せない、まるで「ホンダ スーパーカブ」のように言ってくれたことが、ものすごくうれしかったんです。「そういうことを、僕ら忘れててごめんね」と。そんな部分も全部混ぜこぜにしているのも、続いてきた理由なんだと思います。
―ブランディングをしてきたわけではないですよね。
糸井:そういうことをしなくてもできちゃうのが、“ブランディング”なんじゃないでしょうか。でもブランドの定義はいっぱいあって、例えば「お値段以上のものを提供する」というのもブランドとしての考え方だと思うし、僕たちもそういうことはしようとしてきました。とはいえ、50円値上げしたから怒るとか、50円値下げしたから喜ぶとか、そういうことを真剣にミーティングしなくてよかったのは助かりました。似ているものがある商品は大変ですよね。値段で勝負をしなくてはいけないから。「ほぼ日手帳」も安く売れるならそうしますけど。似ているものがないので、より“健康的”に提供できるんだと思います。
―ものづくりで、これはしちゃいけないというルールみたいなものはありますか?
糸井:友だちにできないことはしちゃダメですね。車に例えるとわかりやすいんですが、手抜きをしたり、安全よりコストカットを重視した車を、友だちに売れるかどうかですよね。基準はすごく簡単だと思うんです。それは大企業も小さな会社も同じ。街のお弁当屋さんも、友だちに「それ食わないほうがいいよ」っていうものを売っちゃいけない。なぜ友だちかっていうと、人って自分には甘いから。つまり自分が自分のために作るものは、心の中で「ちょっとぐらい手を抜いてもいいよ」って、なっちゃうんですよね。うん、やっぱり基準は友だちがいいかな。
重いという声が一番ピークに達した時に
一番重いのを出したんですよ(笑)
―手帳本体であるリフィルに関しては、「オリジナル」を軸として、「weeks」「カズン」「weeks MEGA」など、徐々にラインナップを増やしています。愛用者の声なども、参考にされるんですか?
糸井:使っている方の声は、「ほぼ日手帳」を始めた時からずっと聞いています。ただ、それを作るかは、僕らが責任を持って判断しなくてはいけないんですね。例えば、最初の「ほぼ日手帳」が出た時から「ふつうサイズの手帳が欲しい」と言われましたし、「重い」という声も、ずっとありました。ただ、すぐには出さずに、「重い」という声が一番ピークに達した時に、一番重いのを出したんですよ(笑)
―(笑)それはあえて期待を裏切ろうと……?
糸井:いや、どんなに軽くしても「重い」とは言われるだろうし、軽くした分だけ「不便になりました」とも絶対に言われるから、何も考えずに軽くしたものを出すのなく、“重い”というのはどんな意味なのか、問いかけてもみたかったんです。その発売後に、それまでのものを「重い」と言っていた人たちを一堂に集めて座談会を開いたら、みんな「そんなでもないですね」って言うんですよ(笑)。だからわかんないんですよ。もう一度問いかけ合いをしないとね。
―問いかけというのはいいですね。消費者は気まぐれですから。
糸井:「weeks」を出した時もそうです。週間手帳である「weeks」の欠点は、「オリジナル」や「カズン」の1日1ページのタイプに比べて、書けるスペースが圧倒的に少ないことなんですが、ふつうの週間スケジュール帳を使っている人にとっては、逆に書ける文量が多すぎるぐらい多い。これを問いかけたらどうなるだろうと思ったわけです。ところが、最初はそっちの人は振り向いてくれなくて、手帳もこれなら使ってもいいかなという新しい人や、すでに「ほぼ日手帳」を使っている人がスケジュール用に買い足すというケースが多かったんです。でも、徐々にふつうの手帳を使っている人もこっちを向いてくれて、「これの方がのびのび書けていいな」と買ってくれるようになりました。だから問いかけても1、2年じゃダメで、5年ぐらいしないとハッキリした川の流れみたいなのが見えてこないんだとは思いましたね。
―ひとつの商品が生まれるまでに、どのぐらいかかるものなんですか?
糸井:発売前にテストをする期間がけっこうあるので、大抵は2年ぐらいですね。だから、次に出すものはいつも用意しています。ただ、急いで作ったものもありますよ。今後発売する「ほぼ日5年手帳」は、今年の6月ぐらいに考えて12月には売り出されるので、今までの最速記録です。自分が欲しいからがんばっちゃった(笑)
―10年ではなくて5年ですか。
糸井:手に取った時に「これならできるかな」って思うものを作りたかったんです。たとえば高級な鹿革の表紙を使って、閉じると“パタン”って音を立てるような、重々しいものじゃなくてね。
―重厚すぎると、書く時に尻込みしちゃいますよね。
糸井:そう。それと同じような発想で作ったのが「ほぼ日のアースボール」(地球儀)です。世界一精密で、情報量も豊富なんだけど“風船”なんです。子供がビーチボールとして遊んでもいいんですよ。