五感で感じられるものを“うれしさ”まで昇華しないと、
お客さんの心には残らないと思うんです
——バルミューダの最新作として、2017年末に「BALMUDA The Range」が発売されました。この商品も、「ものより体験」をコンセプトに開発されたわけですよね?
寺尾:「BALMUDA The Toaster」で「ものより体験」というコンセプトを打ち出してから、おいしさに関係する商品を発売してきました。でも、おいしさイコール素晴らしい体験ではないんです。
——違うんですか?
寺尾:はい。「おいしい」が、本当うれしさに直結して選ばれるものなのでしょうか。例えば、仕事の会食で行った星付きレストランと、子供と山登りした帰りに腹ペコで立ち寄ったチェーン店の牛丼屋。味の上質さでは星付きレストランのほうが上でしょう。でも、どっちを体験したいかと聞かれたら、私は後者を選びます。つまり、ものを食べるときは、おいしさよりも大事なものがあると思うんです。それが“うれしさ”。おいしい、美しい、気持ちいいといった五感で感じられるものを、うれしさまで昇華しないと、お客さんの心には残らないと思うんです。
「BALMUDA The Range」の話に戻りますが、電子レンジって便利の象徴ですよね。火を使わず、お湯も沸かさずに、あんなに短時間で簡単に温かい食べ物が出来上がってくる。そんな魔法のような製品は、マイクロウェーブの発明以前は存在しませんでした。もう、そもそも電子レンジというもの自体が素晴らしいですよね。でも、電子レンジが当たり前の家電になって、そのことを忘れてしまっている。箱の中で何かが起きている、そのワクワク。それをどう表現するかが、「BALMUDA The Range」の企画の始まりでした。
https://www.balmuda.com/jp/range/
寺尾:ここでもっとも重要視したのが、“簡単さ”です。レンジはキッチンの行動を簡単にするために生まれたのに、操作が複雑すぎると感じていました。これをあるべき姿にしようとしたのが企画の始まりです。それに加えて“ちょっとうれしい”という感覚を、機械で表現できないかと試行錯誤して作り上げた商品なんです。この商品がお客様のご家庭に入って、ちょっとうれしいなって思わせることができるかは、まだわかりません。これからです。ベストは尽くしました。
——バルミューダはものをつくりながら、その先に人を見ているわけですね?
寺尾:そうです。結局、全人類が欲しがるものは、素晴らしい人生なんだと思います。人生は体験の積み上げなので、そのひとつひとつの体験を少しでも素晴らしいものにすることが、メーカーができる最大の社会貢献だと思うんです。私が「ものよりこと」ではなく「ものより体験」と言っている理由は、“時間”という概念にあります。デザイン家電には美しさという“こと”が含まれていますが、その喜びは一瞬で、使ったときにどれだけうれしいか、驚くか。それには、時間が必要なんです。その時間軸の考え方が、私が「ものより体験」と言っている理由なんです。
人生は短い。だから
やりたいことをやれるのが幸せなんだと思います
——では、寺尾さんが想う、素晴らしい人生とは?
寺尾:人それぞれだと思いますけど、自分にとっては持てるエネルギーをすべて使って完全燃焼することですね。やりきるということが、私にとっての素晴らしい人生。とにかく燃え尽きたい。
——ミュージシャンとして活動していた頃は、燃え尽きることができなかったのでしょうか?
寺尾:燃え尽きるために必要なのは、やっぱり夢なんですね。やりたいことしか夢中になれないですし、夢中にならないと燃え尽きることはできないですよね。私は最後のバンドが解散したときに、もう自分にできることが残っていないと思ってしまった。つまり、その時点でやりきっていたんですね。夢が終わったと実感したんです。
——もう音楽への未練はないですか?
寺尾:自分がロックスターになろうとは、もうまったく思いません。今は、この会社こそがバンドであり、ひとつひとつの商品が歌なので。つまり、バルミューダがロックスターになればいいんです。世界中の人が、この会社が提供する商品に驚き、喜んでくださるというのが、私が目指しているバルミューダ像です。それは家電メーカーというよりも、ロックスターのイメージですね。
——創業当時はおもしろい商品を作っていたのに、企業規模が大きくなると身軽ではなくなり、迷走してしまう企業も少なくありません。バルミューダは現在社員90名の会社で、今後もますます成長していくことと思います。常におもしろい商品を開発していける企業であるためには、何が大切だと思いますか?
寺尾:今おっしゃった“迷走してしまった企業”とは、大きくなったからという理由だけではないと思います。創業者がいなくなったということも大きな要因じゃないでしょうか。例えば創業者は、会社がまだなかった時期を知っています。2代目や3代目、はたまた6代目の社長は、先代からバトンを引き継いだ時期から社長業が始まる。このバトンだけは死守しなければ、と思うのではないでしょうか。
それに創業者は、わざわざ創業しているので、何か理由があるわけですよね。他の人を喜ばせようという想いから起業に繋がっていくんだと思います。人の役に立ちたいと思って仕事をしている人と、会社を守っていくために仕事をしている人では、目的が違います。人間は人間のことが好き、それが社会基盤です。だから、人の役に立とうという魂が欠如したら、その会社は活躍することができなくなるかもしれません。
——バルミューダにはどんな未来が待っていると思いますか?
寺尾:100年後にはなくなっているかもしれません。繰り返しになりますが、会社は人の役に立つためにあり、続けるためにあるものではないと思います。すべてのものは有限です。永遠のものなんてないんだから、その事実をはっきりと認めたほうがいいと思います。どうやって終わるかわかりませんけれど、この会社はいつか必ず終わります。我が命もまたそう。それがわかっているから、存分に働けるうちに働き、世の中と驚かせる商品を開発していきます。
——最後に、今日もどこかで働いている読者にメッセージをお願いします。
寺尾:自分はやりたいことをやっているか?と自問自答することが大切だと思います。人生は短いです。もたもたしているうちに、引き返せない場所まで行ってしまうかもしれない。だから、やりたいことをやれるのが幸せなんだと思います。やりたいことじゃないと、夢中になって頑張ることはできませんから。
Profile
バルミューダ 代表取締役 / 寺尾 玄
1973年生まれ。高校中退後、ヨーロッパを放浪。ブルース・スプリングスティーンに憧れ、帰国後に音楽活動を開始する。2001年のバンド解散後、ものづくりの道へ。下町の工場へ飛び込み、設計や製造に関するノウハウを頭と体に叩き込む。2003年、有限会社バルミューダデザイン設立。2011年4月に社名をバルミューダ株式会社へと変更する。近著「行こう、どこにもなかった方法で」(新潮社)
『行こう、どこにもなかった方法で』
1728円/新潮社
取材・文=馬渕信彦、@Living編集部 撮影=真名子