日本の相対的貧困率は現在15%を超えており、先進国の中でも高い数字となっています。そうした貧困で栄養が十分に摂取できていない人もいる一方で、食品ロス(フードロス)も深刻な問題。こうした課題を解消する策の一つとして注目されているのが、「フードバンク」です。
そこで今回は、食品サプライチェーンや食品ロスを研究している日本女子大学家政学部家政経済学科の小林富雄教授に、日本と世界の食料事情やフードバンクの仕組みと現状、私たちにできることなどをうかがいました。
※相対的貧困率とは……その国や地域の水準の中で比較した時に、大多数の人と比べて収入などが少なく、生活が厳しい状態のこと。
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“国内の格差”が深刻になっている
フードバンクについて知る前に、まずは世界や日本の食糧問題の現状について教えていただきましょう。
「まず世界の食糧問題を考える上で知っておきたいのが、先進国と途上国の格差から生まれる“南北問題”です。途上国には、自国で消費する作物よりも、商品作物(市場で販売されるために作られる農作物)を作って輸出することで、経済を成り立たせている国が多くあります。そのため、ひとたび干ばつや戦争などが起こると、途端に国内が飢餓状態に陥ってしまうことが問題となっていました。 しかしここ最近、中国や韓国、タイ、マレーシア、インドといったアジアの国々が著しく発展してきたことで、世界を俯瞰して見てみると、南北問題は少しずつ解消する方向へむかっています。とはいえ、アフリカや南米ではまだまだ厳しい状況が続いているのが現状です」(日本女子大学家政学部家政経済学科教授・小林富雄さん、以下同)
アジアの発展により世界的に是正されつつある南北問題の傍らで、今大きな問題になっているのが“国内の格差”だと小林さんは言います。
「“国内の格差”は2000年代中盤から顕著になっており、その要因の一つは世界でIT化が進んだことだと考えられます。GAFA(Google・Apple・Facebook現Meta・Amazonの頭文字をとり、巨大IT企業4社を示す)のような“プラットフォーマー”と呼ばれる企業に多くの利益が集中するようになり、国内の経済格差が世界で広がり始めました。現在の食糧問題の背景には、こうした経済格差の影響が大きいと考えられます。
なかでも国内格差が深刻なのが、日本だといいます。 「日本の格差拡大のスピードは、ナンバーワンと言っていいと思います。日本は先進国にも関わらず相対的貧困率が高く、ひとり親世帯の貧困が深刻です。ここまで格差が広がった要因の一つには、日本の産業自体が立ち遅れてきていることがあります。日本では今、世界で戦える企業がそこまで多くありません。そもそも日本は人口が1.2億人いるため、国内でナンバーワンになるとそこそこ大きな規模の企業になってしまうのですが、何十億もの人を相手に戦うグローバル企業と比べると、売り上げは1桁も2桁も変わってきます。また、最近は大企業を中心に従業員の賃金は上昇傾向にありますが、中小企業ではなかなか賃上げがされていないのが現状です。その上、円安や戦争の影響による物価の上昇などもあり、今後は金利上昇による資産を持たない世帯の貧困化も懸念されています」
さらに少子高齢化が進むことで、食糧問題にもさまざまな影響が及ぶそう。 「たとえば地方のスーパーが廃業したり商店街が衰退したりしていて、高齢者を中心に食料品などを買いに行くのが難しくなる“食品アクセス”の問題があります。さらに農業の担い手が減っていることや高齢化が進んでいることも深刻な課題です。先行きが不透明ではありますが、今後も厳しい状況が続くことには変わりありません。そのため食糧問題を解消していくために、社会の基本的なシステムそのものを作り替えていくことが、待ったなしで求められています」
食糧問題を解消する手段の一つ
「フードバンク」とは?
国内の格差が広がる中、食糧問題を解消する手段の一つとして注目を集めているのがフードバンクです。ここ最近、耳にする機会が増えた方も多いのではないでしょうか? フードバンクの仕組みや、取り組みの現状について教えていただきました。
「フードバンク活動とは、企業などから寄付された食品を集めて、必要な施設や団体に提供する取り組みのことです。1967年にアメリカでスタートした活動で、日本では2000年頃から始まりました。 国内の提供先として多いのは、こども食堂や福祉団体。寄付されるのは、箱がつぶれたり印字ミスがあったりするものや、在庫の入れ替えで不要になったものなど、『まだ食べられるのに本来は捨てられてしまう食品』が中心です。当時の日本はゴミの増加が社会問題になっていたことに加え、今ほど国内の格差が深刻でなかったこともあり、どちらかというと『もったいない』という観点で注目されていました。そして、メディアで取り上げられたことなどをきっかけに、人々へ少しずつ認知されるようになりました」
日本におけるフードバンク活動には、その後、2度のターニングポイントがあったそう。
「その後、国内でフードバンク活動がさらに注目されるターニングポイントになったのが、2011年の東日本大震災です。日本で最初にフードバンク活動を始めたセカンドハーベスト・ジャパンが、被災地での炊き出しや食料支援などをいち早く行いました。これにより食品の寄付が増えただけでなく、お金の寄付やボランティアをする人たちも増加し、さらなる普及が進みました。
そして2019年に食品ロス削減推進法が成立したことで、国としてフードバンク活動をもっと推進していこうという動きが出てきました。今まさに、その法律に基づいた政策パッケージにより仕組みづくりが行われているところです。現在、農林水産省のサイトに掲載されているフードバンクの活動団体数は252にものぼり、全国各地で活動が行われています」
日本のフードバンク活動が直面する課題
国としても力を入れ始めているフードバンク活動ですが、小林さんによると、まだまだ課題はあるそう。
「まずは食品の十分な量の寄付が集まっていないことが課題の一つ。海外と比べると、日本は食品ロス対策が中心であることから、寄付に対しては受け身である企業がまだまだ多いと感じます。そして昨今の物価高で、食品の余剰が減っている状況も要因の一つです。一般に価格が上がると食品ロスは出にくくなるため、寄付は集まりづらくなってしまいます」
また、集まる食品にも偏りがあるとか。
「食品の中でもお菓子やジュース、インスタント食品は比較的集まりやすいのですが、米、野菜、肉、魚、卵などといった食品は不足しがちです。嗜好品だけになると栄養が偏ってしまうため、フランスなどでは寄付されたお金で食品を買って提供するケースも多くあります。日本にも、市場で流通しなかった規格外の生鮮品を提供したり、それを調理して食堂で提供したりするフードバンク団体もありますが、数はそこまで多くありません。生鮮食品は足が速いため、扱うには素早く荷捌きしたり運んだりするロジスティクス(物流を一元管理し、最適化を図る仕組み・システムのこと)を整備する必要があります。
ほかに生鮮食品を提供するときのアイデアとして、イギリスでは、スーパーで売れ残った肉を冷凍して賞味期限が延長されたシールに張り替えてフードバンクに寄付することが認められています。こうしたことが日本で理解を得られれば、生鮮食品を寄付するハードルはグッと下がるのではないでしょうか」
アジアのフードバンク活動先進国は韓国
海外のフードバンク活動を視察する機会も多い小林さんが、フードバンク活動が進んでいる国として挙げたのが韓国です。どのようなところが日本と異なるのでしょうか?
「韓国では1990年代からフードバンク活動の検討が始まりましたが、当初は食品廃棄物を減らすための施策として考えられていました。しかし1997年のアジア通貨危機をきっかけに、社会福祉政策に転換して本格的に普及が進みました。国の政策として取り組まれているため、設備が整っていたり、『どこに貧困層がいるのか』などの情報が一元化されていたりと、しっかりとした仕組みづくりがなされています。そのかいあって、一時期深刻だった高齢者の貧困も今ではかなり改善されています。韓国のほか、ヨーロッパなどもEUの法律でフードバンク活動は福祉活動の一つとして位置付けられています。この点は、いまだ食品ロス削減の取り組みの一つとして捉えられている日本とは異なるところです」
とはいえ日本では今、福祉政策の予算をフードバンク活動に回すことはなかなか難しいのが現状だといいます。
「そのため私は、フードバンク活動をより普及・促進するには、災害や社会的な困難が起こった時の危機対策としての側面も強化していくことが重要だと考えています。そもそも、日本でフードバンク活動が普及したのは東日本大震災が大きなきっかけでした。海外でも、災害などの危機に直面したときに普及してきた背景があります。フードバンク団体が危機対策の体制も整えていくことは、国の安全保障上も重要な取り組みにもつながり、財政支援を伴ってでも、フードバンク活動を強化すべきではないかと考えています」
私たちにできる、食糧問題の解消につながるアクション 3
最後に、フードバンク活動や、食糧問題の解消のために、私たち生活者にできることは何かを教えていただきました。
1.「フードドライブ」で食品を寄付する
「『フードドライブ』とは、個人が家庭で余った食品などを寄付する活動のことです。買いすぎてしまったものや、買ったのに食べる人がいなかったものなど、賞味期限に余裕がある食品を、行政の施設などに設置されている専用ボックスに入れたりするだけで簡単に寄付ができます。集まった食品はフードバンクの団体などに一度集められてから、施設などに提供されます。 近年ボックスの設置場所は増えており、コンビニやスーパー、学校といった身近な場所にもあるはずなので、ぜひ探してみてください。またフードドライブでは、家庭で余った食品だけではなく、スーパーで買った食品などを寄付するのもOKです。例えばお気に入りの『ぜひ食べてほしい!』と思う食品を買って寄付するのも良いと思います」
2.ボランティアに参加する
「フードバンクの団体やパントリー(寄付された食品などを無償で提供する場所)、提供先として多いこども食堂などでボランティアを募集している場合があるので、参加してみるのもおすすめ。フードバンク団体は慢性的な人手不足であり、加えて参加者は食品の受け渡しなどを通じてさまざまな学びが得られるはずです。
私も過去にニュージーランドでボランティアに参加し、寄付を受け取りに来た方に規格外のリンゴを直接手渡したことがあります。『こんなに多くの食べ物が本来は捨てられてしまうのか』という気づきがありましたし、感謝されると『人の役に立てている』という実感が沸いてきました。お子さんがいる方は、親子で参加してみるのもとても良いと思います。また、一つのフードバンク団体にコミットして、食品やお金の寄付、ボランティアをすべてやってみるのもマネジメントを学ぶきっかけになります。フードバンク団体は、農林水産省のサイトなどにも掲載されているので、お住いの地域にある団体を探してみてください」
3.寄付つき商品を購入する
「商品を買うことでその売り上げが寄付される『寄付つき商品』を購入するのも気軽にできるアクションの一つ。例えば、フードバンク団体が設置する寄付つき商品の自動販売機などがあります。日本は海外と比べて寄付文化が深く根付いているわけではなく、ハードルが高いと感じる方もいるかもしれませんが、これはカジュアルに寄付できる方法の一つではないでしょうか」
さらに小林さんは、「寄付に対する考え方をすぐに変えることは難しくても、食糧問題の解消や貧困問題の解決に向けて何かしたいと思っている人は絶対にいるはず」と話します。 「今後は、どういう形であれば寄付をしやすくなるのか、アクションを起こしやすくなるのか、といった方法も考えていく必要があると思います。例えば、良いコンテンツを作ってそれに対してスポンサーを集めるなど、寄付集めは営利団体のマーケティングと共通する点が多くあります。こうしたことを広い視野で考え実践していくことで、フードバンク活動の明るい展望につなげていけるといいですよね」
私たちが生きていく上で、誰もが考えなければならない食糧問題。まずは現状を知り、自分にできることからアクションを起こしていきましょう。
Profile
日本女子大学 家政学部家政経済学科 教授 / 小林富雄
生鮮農産物商社、民間シンクタンクを経て、2022年から同大教授として、食品サプライチェーンや食品ロスを専門に研究。ドギーバッグ普及委員会委員長、日本非常食推進機構顧問、2019年からは内閣府の食品ロス削減推進会議委員なども務めている。
取材・文=土居りさ子(Playce)