水泳で挫折を経験。
東京2020パラリンピックの開催決定に思いを強くした
生まれつき左右の脚の長さが違う、先天性の左下肢形成不全。宮嶋選手は、物心つく前から左脚に義足を着けています。パラカヌーの種目・クラスはWKL2とWVL3。日本の女子選手のなかで唯一、カヤックとヴァーの2種目に取り組む選手ですが、実は社会人になるまではパラ水泳の選手でした。
「3歳でスイミングスクールに通い始めたのが最初のきっかけです。25mをなんとか泳げるくらいになったころ、9歳のときにシドニーオリンピックが開催されて、パラリンピックを知りました。それから中学に入って練習量を増やしたらタイムが伸びていき、高3でアジアユース(東京2009アジアユースパラゲームス)にも出させていただいて。10代のころは、もしかしたら水泳でパラリンピックを目指せるかもと思っていたんです」
大学でも水泳を続けた宮嶋選手。しかし、その後は思うようにタイムが伸びません。そして2013年、大学卒業と就職を控えていた彼女に転機が訪れました。
「2020年の東京オリンピックが決まったんです。やはり出てみたいという思いがあり、社会人になってからも水泳は続けていました。それからしばらくして、あらためてパラリンピックにどんな種目があるのかを見直してみたんです。そのとき目についたのが、ボート競技のパラローイング。まったく経験がありませんでしたが、まだ選手の数が少なかったことと、練習場が偶然にも家から近かったのがその理由です。水泳をやめ、2015年の年明けごろからボートに乗り始めて、3ヶ月後にはすでに日本国内の大会に出ていました」
なんという大胆な決断力と行動力。しかしそのわずか3年後、宮嶋選手はまたしても挫折を経験します。
「パラローイングは脚の力を使うスポーツで、練習後は痛みで歩けなくなったりしていました。もうパラリンピックは諦めようかと考え始めたとき、パラカヌーをやっていた友人から連絡をもらったんです。競技としてはもちろん気になっていたんですが、どこで練習できるのかがわからなくて二の足を踏んでいたんですよね。そこで思い切って、日本障害者カヌー協会(現在の日本パラカヌー連盟)にメールをしてみました。『日本中どこにでも行くので、練習をさせてください』と。これが2018年の年明けのことです」
2ヶ月後の春、香川県の府中湖で初めてパラカヌーを体験。同年夏には、すでに自前のカヌーまで購入していたそう。
すべての経験がプラスに。
そしてカヌーならではの魅力に気づけた
パラローイング時代は、男女のペアで漕いでいた宮嶋さん。たったひとりで水の上に立ち、スピードを追求するパラカヌーを始めた当初は少し戸惑いもあったとか。
「大きな湖にひとり漕ぎ出すと、最初はどこに行けばいいのかもよくわかりません(笑)。でも、ボートと違ってカヌーは小回りが効くから、行ってみたいと思った方向にスイスイ行ける楽しさがある。すべて自分の責任で決められるというのも、ある意味で気楽です。これがカヌーの面白さなんだなと思いました」
水泳をやってきたお陰か、落水の恐怖心もほとんどなかったそう。むしろボートの経験もあったせいか、6年間でまだ6回しか落ちていないとか。
「すべて、今までの経験がプラスになっていると思います。これはボートもカヌーも同じですが、水泳との違いは周りの景色を楽しめること。パラカヌーを始めて何度かヨーロッパへ行っていますが、コースにも個性があって面白いんです。ドイツのあるコースでは、川沿いに民家がありました。私たちが練習している目と鼻の先で、子供や犬が水遊びをしている光景には驚きましたね(笑)」
東京パラリンピック出場は叶わなかったものの、2021年から強化選手になり、2023年の世界選手権で準決勝へ進出。そして2024年5月にハンガリーで行われた世界選手権でパリ行きの切符を掴みました。
「5月の世界選手権は自分的にミスが多かったので、帰国して(パリ行きが)決まったときはホッとした気持ちが大きかったです。決定から本番まで約3ヶ月半ですから、もっと時間が欲しいという焦るような気持ちも湧いてきました」
そんな彼女の現在の課題と、パリ2024パラリンピックで目指すところを聞いてみました。
「日本国内の大会だと比較的落ち着いて競技できるのですが、海外に行くと強豪揃いですし、遠くまで来たからには、頑張ってより良い結果を持って帰りたいという気持ちがあり、どうしてもまだ緊張してしまいます。今回もそこでいかに落ち着いてコントロールできるかが課題ですね。もちろん大会では決勝まで残りたいと思っていますが、そこをあまり考えすぎないようにして、自分の全力を出せるようにしたい。日本代表チームとしては、鹿児島と石川で何度か合同練習をしてきました。それぞれに個人練習も積み重ねています」
今回は日本の女子選手としては初となるカヤックとヴァーの2種目で出場予定。
「通常はどちらかの種目に集中する選手が多いのですが、私は条件的にエントリーできる枠があったので挑戦してみようと。カヤックとヴァーでは漕ぎ方も使う筋肉も違いますから、そこのバランスを取りながら練習をする必要があります」
パラカヌーの強豪国といえば、ハンガリーやイギリスといった本場ヨーロッパの国々。パラリンピック本番では各国の戦いぶりも見どころです。これに加えて、宮嶋選手が考える、パラカヌーの楽しみ方も教えていただきました。
「パラカヌーは足腰が不自由な選手が参加しているので、通常のカヌーと違って上半身の力を中心にコントロールしなければならない難しさがあります。私たち女子もそうですが、特に男子選手ともなると筋肉量が本当にすごい。ほかの競技ではちょっと見られないくらいの鍛え方をしているんです。タイムや結果だけでなく、そういったアスリートの肉体美や、躍動している姿もぜひ観ていただけたらと思います」
普段の素顔は、アニメやゲーム、舞台鑑賞などを愛する会社員。貴重な休日を利用して、電車でひとり練習場へ通い練習を積み重ねてきたという宮嶋選手。でも、そんな地道なプロセスさえ乗り越えてこられたのは、「スポーツを楽しみたい」という純粋な思いがあったからこそ。その思いの強さに、取材班も勇気をもらったような気持ちになりました。
パラカヌー日本代表選手から
パリ2024に向けてのメッセージ
宮嶋選手とともに日本代表としてパリ2024パラリンピックを戦う3選手に、本番直前の今の思いを聞きました。
Q1. パリ2024パラリンピックの開会まであとわずか。いまどのような気持ちですか?
Q2. ご自身にとって、パラカヌーの面白さ・魅力はどこにあると思いますか?
Q3. 応援するみなさんから、どこに注目してほしいですか? メッセージをお願いします。
小松沙季(こまつさき)選手
ヴァー/L2
A1.
今回はプレッシャーよりも楽しみな気持ちの方が大きいです。東京パラの時は自分の置かれた環境に心が追いつかず、楽しみよりもプレッシャーや苦しさの方が大きかったので、そういう意味では東京パラ以降の経験や時間とともに自信がついてきたのかなと思います。あとはこのパラリンピックイヤーという大きな節目で社会がどう変化するのか楽しみです。
A2.
パラカヌーが他のパラスポーツと比べて大きく違うのは、パラリンピックは別として、国内大会や国際大会が健常者の大会と同時に同会場で行われるというところです。さらに、カヌーに乗ってしまうと障がい者も健常者も何も見た目は変わりません。そういったところは、共生社会を体現しているように感じるのですごく魅力的です。
A3.
もちろんパラリンピックでのレースにも注目してほしいですが、選手1人1人のこれまでの背景や、これからやろうとしていることなどについても注目していただきたいです。それによって今回のパラリンピックの大会をより楽しめると思います。またこのパラリンピックをきっかけに、自分事として社会をよりよくするために行動する人が増えてくれることが私の1番の願いです!応援よろしくお願いします!
瀬立モニカ(せりゅうもにか)選手
カヤック/L1
A1.
現在はオリンピックでの日本選手の活躍に刺激をもらいつつ、粛々と日々やるべきことをこなしている状況です。ここから何かを上げるというより、怪我や体調に留意し、コンディショニングを維持することを大切にしています。
A2.
やはり健常者と同じレベルで出来るのが魅力です。競技としては自然を相手にその時折で変化する外的要因に対応しながら最速でパドルを回していくところに面白さを感じます。
A3.
純粋に競泳や陸上の短距離を観戦するような感覚で観ていただけたら・・またパラリンピックでは各国の選手が大会に合わせて自分のオリジナル艇を用意してきます。そのデザインは国をイメージしたものが多く、艇のデザインも合わせてみると選手の個性や国の文化が分かるかもしれません。
高木裕太(たかぎゆうた)選手
ヴァー/L1、カヤック/L1
A1.
楽しみという気持ちが1番大きいです。東京パラリンピックでは無観客での開催だったので観客が入り、歓声などが聞こえる状態でのレースにワクワクしています。
A2.
パラカヌーの魅力は自然を感じながら競技ができるところです。色んな場所で自然を感じることができ水面を艇で切っていく、この感覚がすごく楽しいです。1番のおすすめはフラットな水面に鏡面反射している時がすごく綺麗です。
A3.
スタートからの力強さを見ていただきたいです!スタートからゴールまで全力で漕ぎ切りますので応援よろしくお願いいたします!
人それぞれ、さまざまな人生を生きてきた個性豊かなアスリートたちが集うパラリンピック。その中でもまだまだマイナーなスポーツといえるパラカヌーですが、選手たちの美しくも豪快なパドル捌き、0.1秒を争うゴール前の接戦など、見どころはいくつもあります。まずは決勝進出に向けて、日本から世界に漕ぎ出す4選手。白熱のレースは見逃せません。
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取材・文=小堀真子 撮影=真名子