旧ソビエト連邦が1957年10月4日に人類初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げてからおよそ70年。人工衛星のおかげで日々の暮らしは便利で豊かになり、今では私たちの経済活動に欠かせない存在となっています。ところが今、人工衛星の打ち上げによる“宇宙ゴミ”(スペースデブリ)の数が増加していることが、世界的に問題になっています。
この問題について、長年スペースデブリを回収する研究に取り組み、技術開発も務める東京理科大学 創域理工学部 電気電子情報工学科 教授で、東京理科大学 スペースシステム創造研究センター センター長の木村真一さんに、現状や課題、解決方法などを教えていただきました。
小さな破片も衛星に穴を開けるほどの威力!
宇宙ゴミ(スペースデブリ)とは?
「スペースデブリとは、役目を終えた衛星や故障した衛星、衛星を打ち上げるために使われたロケットやその部品、破片など、コントロールされずに地球の周りを周回し続けている、不要になった人工物を指します。数mm程度の小さな破片から大型バスほどの大きなものまであります」(木村真一教授、以下同)
スペースデブリはいったいどれくらいの数、浮遊しているのでしょうか?
「スペースデブリの数は、10cm以上のもので約2万個、1cm以上10cm未満は50〜70万個、1mm以上1cm未満は1億個を超えると言われ、宇宙空間を飛翔している人工物の約94%が、デブリです」
多くは1cm以下と微小ですが、その破壊力は凄まじいものです。
「広い宇宙、小さなデブリであれば問題ないだろうと思われるかもしれません。しかし、小さな破片でも致命的な打撃になる場合があります。
地球を周回するデブリは、秒速7〜8kmで飛翔しています。その速さは、ピストルの銃弾の約10倍。猛スピードで飛行する硬い塊が、もし稼働している衛星にぶつかってしまえば、太陽電池などの破損や、燃料タンクの爆発など、深刻な事態を引き起こす可能性があります。どんなに小さなデブリであっても、壊滅的なダメージをもたらす要因となってしまうのです」
衛星との衝突が原因?
スペースデブリが発生する原因
そもそもなぜ、デブリが発生するのでしょうか? その原因は主に2つあるといいます。
・衛星を打ち上げる一連の流れで発生するデブリ
「衛星を打ち上げるためのロケットが宇宙空間で分離されたものや、ミッション遂行中に捨てられた部品、また、燃料が切れたり故障したなどの理由で役目を終えた本体も含みます。
近年は、民間が人工衛星を打ち上げるなど、宇宙開発が以前よりも身近なものになり、スターリンクを代表とする多数の衛星を活用した“コンステレーション”と呼ばれるサービスのように、人工衛星の利用の仕方が多様になることで、打ち上げられる衛星の数も増えています。
衛星の寿命は、衛星の軌道や用途、設計などにより異なりますが、2年から10年ほどです。この寿命を終えた衛星は、近年では大気圏に突入させて軌道から取り除くように運用されていますが、不具合などで地球からのコントロールを失い、そのまま放置されるとスペースデブリと化します」
・衛星とスペースデブリの衝突
「この衝突によって新たにできるデブリの発生は、広い範囲で軌道環境を汚染するという意味で深刻です。衛星同士がぶつかり合い爆発すると、破片が勢い良く飛び散ります。初速が加わることで、発生したデブリが元の衛星の軌道から大きく広がることになります。破片が広がれば新たな衝突を生み、さらに破片が増えるという悪循環に陥ります。
2009年に、アメリカのイリジウム社の通信衛星イリジウム33号と、すでに使用されていなかったロシアの軍事用通信衛星コスモス2251号が衝突し問題になりました。この衝突によって、少なくとも数百個以上のスペースデブリが発生しました。
一方で、その衝突を故意に行う衛星破壊実験を中国が2007年に行い、飛躍的にデブリが増えた事例もあります」
もう衛星が打ち上げられない? 宇宙旅行も危険に?
スペースデブリが及ぼす影響
2021年には、実業家の前澤友作氏が日本の民間人で初めてISSに滞在するなど、一般人の“宇宙旅行”も夢ではなくなってきました。このままスペースデブリを放置するとどうなるでしょうか?
「スペースデブリが飛んでいる主な2つの軌道があります。『低軌道』と『静止軌道』です」
・低軌道
「地上から200kmから1000kmの範囲の軌道で、ISS(国際宇宙ステーション)や、インターネットを通信するための衛星コンステレーション、地球をさまざまな角度で観測する地球観測衛星などが打ち上げられる、もっとも多く使われている軌道です。
先ほど説明したように、低軌道には1億個以上ものデブリが周回しています。衛星とデブリが1km以内に接近するニアミスは、一日に数百回起きており、デブリを避けるための衛星の軌道修正も日に何度も行われている状態です。放置すれば猛スピードで周回するデブリの衝突により、さらにデブリが増え、地球を覆い、衛星の打ち上げもままならなくなるでしょう。持続的に宇宙開発を続けることが難しくなります」
・静止軌道
「これは地球から36,000km付近の軌道で、気象衛星や放送衛星などに使われています。地球の自転と同じ周期で公転する軌道です。同じスピードで動いているため衛星が止まっているように見えることから静止軌道と呼ばれます。広範囲で地球を定点観測でき、常に通信や放送を提供できることから、極めて有用性の高い軌道ですが、原理的静止軌道はたった1本しか存在しないので、このたった1本の“紐”を世界中で分け合って使っており、専門家の間ではすでにこの静止軌道の混雑も懸念されています。この静止軌道の近くで事故が起きると非常に深刻な事態が懸念されます。
また、低軌道であれば、デブリを大気圏に再突入させることで消滅させられますが、静止軌道から大気圏まで衛星を落下させるためには非常に大量の燃料が必要になるので、実際は困難です。そのため、役目を終えた衛星は、活動している衛星の邪魔にならないように静止軌道の外のいわゆる“墓場軌道”に移動させます。移動するだけなので処分されることなく、どんどんデブリが溜まっていきます。問題を先送りにしている状態のため、いずれは除去が必要になるでしょう」
宇宙旅行が現実化すれば、デブリ被害も増加?
最近ではアメリカの民家にデブリが直撃し、あと少しで人命に関わる事故になるところだった、というニュースが話題になりました。
「一般的に知られていないだけで、実はかなりの数のスペースデブリが落下しています。スペースデブリのほとんどは、大気圏に落ち燃え尽きるように設計されています。また近年では、運用されている衛星は、太平洋の真ん中など危険性の少ない場所に、軌道を制御することで落下させています。
ただ、衛星によっては、一部燃えにくい部品を使用している場合もあり、また衛星が不具合などで制御を失うと、このように安全な場所に落下させることができなくなります。このように安全・確実に落下させることも、衛星の利用が盛んになるにつれて重要になってきます。これまでも、燃え残った衛星の残骸等が落下して損害を与えたという事故も発生しています」
宇宙旅行が実現する未来で、その影響に変化はあるでしょうか?
「人が搭乗する有人の宇宙船に対しても、デブリは人命に関わる深刻な問題です。すでにISSには小さなデブリが日々衝突し、機体にはでこぼこと穴が開いています。ISSは防護板で何重にも守られているため多少の穴は影響ありませんし、大きなデブリは追跡しているので事前に避けることもできます。しかし、数が増え制御できないほどになってしまえば、ISSで働く方々の命に関わってくるのです」
衛星の破壊によってインターネット通信が遮断?
デブリによって衛星が破壊されると、どんな影響があるでしょうか?
「今や世界の経済は衛星によって支えられていると言っても過言ではありません。世界の大規模災害の予測や状況の把握にも衛星が使われています。通信や放送にも衛星が活用されています。それらの衛星がデブリによって次々と壊れることがあったらどうでしょうか。通信や気象、災害の監視など、さまざまな面で日常生活に関わっている宇宙技術が使用できなくなる可能性もあります。
最近では、静止軌道に設置されている衛星の太陽電池パネルの出力が突然落ちたという事例も報告されています。詳細はわかっていませんが、恐らくデブリが衝突することによる影響ではないかと考えられています」
デブリを増やさず減らすために
世界と日本の取り組みとは?
地球環境の課題がなかなか解決しないように、国によってさまざまな考え方があるので、国際的な共通ルールを作ることは長い間、難しいと考えられていたといいます。
「しかし、2007年には、国際機関間スペースデブリ調整委員会(IADC)の提案に基づき、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)スペースデブリ低減のガイドラインが作成されました。運用中に放出されるデブリの制限や意図的破壊活動の回避、ミッション終了後に低軌道域に長期的に留まることの制限など、SDGsの目標のひとつである『つくる責任、つかう責任』が宇宙にも適用され、自主的に取り組むことが望ましい対策について制定されました。
また、2023年に広島で開催されたG7では、宇宙空間の安全で持続可能な利用を促進することについて首脳レベルでのコミットメントが表明されました。
スペースデブリの問題が世界共通の重要課題であると取り上げられることが増え、課題への意識が高まり、宇宙環境を改善する国際ルールが徐々に整いつつあります」
デブリを増やさない活動とは、具体的にどんなものなのでしょうか?
「デブリ対策には、これ以上数を増やさない取り組みと、現在あるデブリを減らす取り組みの2つの取り組みがあります」
・これ以上増やさない取り組み
「衛星打ち上げによるデブリ発生を減らすこと、また役目を終えた衛星をコントロールし、能動的に大気圏に落下させ消滅させる方法があります。
さらに、今ある衛星の寿命を伸ばしリユースする方法もあります。例えば、燃料が尽きデブリ化する衛星は、燃料がないだけで機体自体は問題なく使えることが多いです。ここで燃料をあらためて給油できるとしたらどうでしょう? 衛星の寿命を伸ばせます。打ち上げっぱなしだった衛星をメンテナンスし、再生できれば廃棄になる衛星の数も減ります」
・今あるデブリを除去する取り組み
「低軌道であれば、除去する方法は、デブリを大気圏で消滅させる方法でしょう。2021年に、日本の民間企業であるアストロスケールのデブリ除去技術実証衛星『ELSA-d』が、世界で初めて、デブリ除去の技術実証に成功しました。除去の際に必要となる高度な技術を実際に使って、デモンストレーションを行うもので、これまで世界に前例はありませんでした。
現在、同社は、商業デブリ除去実証衛星『ADRAS-J』のミッションを実施しており、デブリへの接近や周回観測等に成功しています」
もっと知っておくべき
スペースデブリのこと
ちなみに、私たち一般人でもスペースデブリ対策にできることはあるのでしょうか?
「ぜひ興味関心を持っていただきたいです。私がスペースデブリの研究を始めた20数年前は、まさか19時台のニュースで、スペースデブリ問題が取り上げられるとは思ってもいませんでした。しかし現在では宇宙の技術発展とともに、一般の方々の関心も高まりつつあります。
アストロスケール社を創業した岡田光信さんは、宇宙のホットトピックを調べているときにスペースデブリ問題を知り、軌道環境を保全していくことを決意し、現在の会社を立ち上げられました。そのとき、宇宙に関する知識も人脈もほとんどない状態だったそうです。今では、世界初の実証に成功し、除去分野での第一人者となっています。」
最初は自分には関係ないと考えていたスペースデブリのことも、何かのきっかけで急に関心が高まるかもしれません。皆さんが興味を持つことで、スペースデブリ問題を考えるきっかけになれば、同じように解決しようと思う方が増えるかもしれませんし、除去する支援をしてくださるかもしれません。ぜひみなさんには、宇宙をよりよい環境にしていくためにも興味関心を持って話題にしていただきたいと思います」
取材では、木村真一教授を初め、同席の関係者から口々に「スペースデブリについて興味を持っていただきありがとうございます」と、挨拶いただいたことが印象的でした。多くの人々に興味関心を持っていただくことが、将来の宇宙環境改善につながると話してくださった木村教授。わたしたちも、夜空の星を見上げながら「地球の外にはどんな世界が広がっているのかな?」を想像し、宇宙に考えをめぐらせてみませんか?
Profile
東京理科大学教授・東京理科大学 スペースシステム創造研究センター センター長 / 木村真一
1993 年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了、博士(薬学)。旧郵政省通信総合研究所(国立研究開発法人情報通信研究機構)をへて、2007 年から東京理科大学に勤務。スペースデブリの除去を実現する技術の研究にも従事し、技術試験衛星 VII 型や Manipulator Flight Demonstrationなどの多くの宇宙ロボット・小型衛星ミッションに参加するとともに、「IKAROS」や「はやぶさ 2」の監視カメラシステムなど様々な宇宙機器を開発。現在、宇宙居住について、地上技術と連携して進める、地上−宇宙 Dual 開発というコンセプトのもと、研究を展開している。
東京理科大学 スペースシステム創造研究センター
取材・文=加賀美明子(Neem Tree)