いつでもどこでも、好きなコンテンツに気兼ねなく浸れるヘッドホンやイヤホン。ワイヤレス化によってさらに利便性が高まり、より身近になりました。ところが今、「ヘッドホン難聴(イヤホン難聴)」が増加傾向にある、と世界保健機構(WHO)が警鐘を鳴らしています。かつて「難聴」は高齢者の病気というイメージがありましたが、最近ではヘッドホンやイヤホンを愛用する若年層にも症状が出ているといいます。
一度悪化すると二度と回復しないのが、この病気の怖いところ。川越耳科学クリニック院長の坂田英明先生に、このヘッドホン難聴について、日常的なNG習慣や兆候、実践すべき対策を教えていただきました。
CONTENTS
世界11億人の若者にリスクがある!
ヘッドホン難聴(イヤホン難聴)とは?
「2015年に世界保健機構(WHO)は、『世界の12歳〜35歳の若い世代の半数近い11億人が、スマートフォンや携帯型オーディオプレーヤーをヘッドホンやイヤホンを使って大音量で聞くことによる騒音性難聴が起こるリスクがある』と発表しました。これがいわゆる“ヘッドホン難聴”といわれるものです。大音量のみならず、常識的な音量でさえも使用時間が長いと、音がかすんだり、耳が詰まったような聞こえ方になります」(川越耳科学クリニック院長坂田英明先生、以下同)
日本の耳鼻科学会では、その発表以前より警鐘を鳴らしていたといいます。
「難聴は、昔であれば、パチンコ店、工場、自衛隊の演習場など、音の大きな環境で働く人の職業病でしたが、ポータブルオーディオプレーヤーなど、音楽を持ち歩くことが一般的になった1990年代頃から若い世代に広がっていきました。病院を受診する患者さんにも若い方が多くなり、中学生までもが症状に悩んでいるのが現実です」
音はどのように私たちに伝わっている?
耳の仕組みを解説
そもそも、私たちの耳の構造はどうなっているのでしょうか?
「耳は外耳、中耳、内耳の3つの部分に分類されます。外耳により集められた音の振動エネルギーは、中耳の中の鼓膜が振動することで増幅されます。そして内耳にあるカタツムリのような形状をした蝸牛(かぎゅう)で音を作り出します。蝸牛の中にはリンパ液という液体と、有毛細胞があり、リンパ液が揺れる動きと有毛細胞が膜とすり合わさることにより電気信号に変換されます。そして、蝸牛神経を通って脳の中の扁桃体(へんとうたい)で情報交換をし、側頭葉である聴皮質(ちょうひしつ)に到達します。耳から聴皮質に届くことにより私たちは音を聞くことを認知できるのです。
ヘッドホン難聴は、この蝸牛の中にある有毛細胞がへたって変性することにより発症します。そして、一度へたってしまった有毛細胞は再生することができません。だからこそ、事前に知識を得て予防対策をすることが必要不可欠です」
“治る難聴”と“治らない難聴”がある!?
知っておくべき難聴の種類
難聴の種類についても解説いただきました。
「難聴には、伝音難聴と感音難聴があります。ヘッドホン難聴は音響外傷や騒音性難聴に該当し、これらは『感音難聴』に分類されます」
1.伝音難聴(でんおんなんちょう)
「外耳と中耳までに起こる難聴を『伝音難聴』と言います。伝音難聴は、耳垢が詰まったり、中耳炎、または奇形などにより起こる難聴であり、これらは治療により改善することができます」
2.感音難聴(かんおんなんちょう)
「内耳から先の『感音難聴』になると完治しません。感音難聴には、生まれつきに起こる先天性難聴、ヘッドホン難聴のように急に発症する突発性難聴、加齢に伴う老人性難聴などが挙げられます。そのほか、伝音難聴と感音難聴を合わせた混合性難聴や、聴覚中枢の障害により生じる中枢性難聴があります」
違和感を感じたらすぐに耳鼻科を受診!
私たちが気づく異変とその段階ですべきこととは
早めに受診するためにも、自覚症状が出たら難聴を疑うことが重要です。最初に気づく異変には、どのような症状があるのでしょうか?
「下図のイメージの通り、『伝音難聴』は音が小さくなるのに対し、ヘッドホン難聴である『感音難聴』では小さくなるとともに、かすんできたり不明瞭になっていきます」
・音がなんとなく響く
・詰まったような閉塞感がある
・耳鳴りがする
「これらが初期症状としてあり、悪化すると聞こえが悪くなっていきます。ヘッドホン難聴などの突発性難聴の場合、72時間以内であれば回復する可能性があります。有毛細胞がへたってしまった場合、早く戻してあげるように対策をすることが重要です。そのまま有毛細胞がへたった状態が72時間続くと戻らなくなるリスクが極めて高くなり、2週間以上そのままであれば、元の状態には戻らないでしょう。
異変に気がついたらまずは耳を休めることを優先してください。ヘッドホンやイヤホンを外し、耳の休息をとるのです。その際にはイヤーマフを着けることをおすすめします。耳栓は音を遮断してくれますが、耳の中を圧迫してしまうので避けた方がいいでしょう。症状がない状態になるまではなるべくヘッドホンやイヤホンの使用は控えた方がいいですし、症状が続くようでしたら迷わず耳鼻科を受診しましょう」
暮らしのなかの音の許容基準
実際にはどのくらいの音量だと人体に影響があるのでしょうか? 普段数値として目に見えない音量を生活音に例えて基準を教えてください。
「人体に与える影響は、音の大きさだけではなく、聞き続ける時間の長さにも影響があります。下の図は、世界保健機構(WHO)が定めている1日中の音圧レベルの許容基準になります」
「dB(デシベル)とは、ある特定の基準に対しての大きさ(相対値)を表す単位であり、音圧などの物理量をレベル表現を用いて表すときに使われます。人間の聴力の限界を0dBとすると、我々の通常の会話は60〜70dB、地下鉄内の騒音は100dBです。普段ヘッドホンやイヤホンで周りの音を気にせずに音楽を楽しんでいるとしたら、音漏れの有無にかかわらず、その音量は100dBを超えている可能性が極めて高いと言えます。このように、普通に生活音として聞いている音ですら、許容基準を超えていることがあります」
ヘッドホン・イヤホンのNGな使い方とは?
大音量はもちろんのこと、継続使用も耳にダメージを与える、と坂田先生。
「患者さんの中には学生の方もいて、通学中にイヤホンで英語などを勉強しているケースも多くあります。勉強の音であればそれほど大音量で聞くことはないから大丈夫と思われがちですが、毎日繰り返されることにより有毛細胞がへたってきてしまうのです。このように知らず知らずに進行してしまうのが騒音性難聴の怖いところです。症状がある場合は使用をやめるように患者さんにお伝えしていますが、どうしても使わなければいけない場合は、何分と区切って使うことを推奨しています。1時間以上続けて使用することは絶対にしないようにと伝えています」
ヘッドホンやイヤホンには、近年「ノイズキャンセリング機能」が搭載されるモデルが増えています。ノイズキャンセリング機能とは、周囲の騒音を集音し逆位相の音を出すことで騒音を消す仕組みのこと。
「周囲の騒音を抑えることで、音楽の音量を過度に上げる必要がなくなり、耳への負担が軽減されるかと思います。とはいえ、それで逆に使用時間が伸びたりしたら本末転倒でしょう。適切な音量での適切な使用時間に留意するようにしてください」
ちなみに、イヤホンとヘッドホンでは、どちらがよりダメージを与えやすいのでしょうか?
「イヤホンとヘッドホンでは、直接耳の中に入れるイヤホンの方が振動が強くなるので影響が大きいですね。しかしながら、どちらとも過度な使用は“騒音”に違いありません」
また難聴には、音量と許容時間以外にも要因があるとのこと。
「コンサート会場にいたすべての方が音響外傷を受けると言ったら、そんなことはありませんよね。症状が出るには、複合的な背景があります。その要因は、遺伝や年齢、騒音曝露時間、動脈硬化、糖尿病・循環器疾患などの合併、生活習慣やストレスなどさまざまです。音を聞く環境とその時の体調などが組み合わさることによって発症します」
ヘッドホン難聴にならないために
日頃の生活習慣で気をつけたいこと
ヘッドホン難聴は生活習慣により、悪化することもあれば改善できもすると坂田先生は話します。
1.食生活を見直す
「ビタミンB12と亜鉛を意識的に摂りましょう。ビタミンB12には正常な血液を作ってくれたり、傷ついた神経を修復してくれる作用があります。レバーや貝類、チーズなどに多く含まれています。亜鉛には、ミネラルを多く含み炎症を抑えるのに効果を発揮します。牡蠣、擦った黒ごま、貝類やナッツ類に多く含まれています」
・カフェインを多く含む飲み物は控えめに
「緑茶・コーヒー・紅茶などのカフェインを含むものは、神経を興奮させる作用があります。有毛細胞が過敏に感知してしまい、耳鳴りの原因になることも」
2.ヘアカラーやヘアマニキュアは注意が必要
「化学物質を含んだ染毛剤には『アニリン色素の誘導体』を含むものも多く、これらは頭皮から脳に染み込みます。蓄積されると神経障害が起こることがわかっています。回数を減らすか、自然成分のヘナや海藻を使った染料に変えることをおすすめします」
3.騒音にさらされる環境を避ける
「ヘッドホンやイヤホンのみならず、テレビやオーディオの音量にも気をつけて。そのほかうるさいなと不快に感じるところは往々にして音量が大きいため意識的に避けるようにしましょう」
4.睡眠をしっかりととる
「睡眠の時間以上に睡眠の質を高めてもらいたいと思います。就寝前にスマホを見ない、毎日決められた時間に起きるなどできることから始めてください。睡眠サイクルが整うことで質の良い睡眠をとることができるようになります」
5.耳のマッサージとツボ押しをする
「内耳の血行を良くすることは、難聴の改善予防に役立ちます。とくに寝ているときに歯ぎしりをしている人は下顎で内耳を圧迫しています。緊張状態にある内耳は感度が高くなり、騒音として認識しやすくなるリスクもあるため、顎関節を緩めるように日ごろから心がけることが大切です」
・耳介マッサージ
「右手で右耳、左手で左耳の穴付近を人差し指と親指で押さえ、上から下、下から上へと痛気持ちいいほどの力でマッサージしましょう。一日に一回を毎日すると効果があります」
・聴宮(ちょうきゅう)のツボを押す
「耳の手前、口を開いたときに凹む場所があります。そこが聴宮のツボです。ここを30秒ほど、痛気持ち良いくらいの強さで押しましょう。一日何度してもかまいません」
私たちは音を聞かずに生活することはできません。音楽を聞くことは、私たちによろこびをもたらし、暮らしを豊かにしてくれます。だからこそ、適度な音量と時間を守って耳を労わりながら音楽を楽しみたいもの。そして耳に異変を感じた際には、まず耳を休め、早めに受診することが何よりも大切です。
Profile
川越耳科学クリニック 院長 / 坂田英明
1988年、埼玉医科大学を卒業。1991年に帝京大学医学部附属病院耳鼻咽喉科助手。ドイツ・マグデブルグ大学耳鼻咽喉科研究員、埼玉県立小児医療センター耳鼻咽喉科副部長、目白大学保険医療学部言語聴覚学科教授、目白大学耳科学研究所クリニック院長を経て、2015年に川越耳科学クリニックを開設する。
取材・文=癸生川美絵(Neem Tree)