テクノロジーが進化し、日進月歩で便利でスピーディーな時代となっても、人間の喜びや悲しみ、感動をはかることは難しいかもしれません。測れたところで、それは重さ、長さ、一体どんな単位になるのかわかりませんよね。
『神の聖所と祭壇と、そこで礼拝している人々とを、測りなさい。』
これは、『ヨハネの黙示録』の第11章にある一節です。ここに、「一人ひとりの心にある信心の深さや強さを注意しなさい」というメッセージが含まれているのではないかと感じ、一冊の絵本にまとめた人がいます。岡山県生まれで現在はイタリアに暮らしているアーティストの工藤あゆみさんです。この絵本『はかれないものをはかる』には49個のはかれないものが綴られており、今まで気がつかなかった日常に溢れる「はかれないもの」を通じ、自分自身と対話していくことで、心のドアをコンコンッとノックされたような気持ちにさせられます。
この絵本が大好きで、置き薬のように自分の心を癒してくれると語る“ブックセラピスト”の元木忍さんが、工藤あゆみさんの人生に触れながら、誕生秘話を聞いてきました。
『はかれないものをはかる』
工藤あゆみ/青幻舎
自分の心と対話するような49のことばとイラストが描かれている本作は、クスっと笑えたり、ずしんと心に響いたり、読む人・タイミングによって全く違う内容に思えてくる不思議な一冊。大切な人へのプレゼントにもオススメ。
日本から逃げたくてたどり着いた地で、運命の歯車が動き出す
元木 忍(以下、元木):この本に出逢って、どうしてもこの作家さんに会ってお話を伺いたいと思って出版社を訪ねたら、なんとイタリア在住と言われたのです。なぜイタリアにお住まいなのか、というところから、お話をお伺いしたいのですが?
工藤あゆみ(以下、工藤):2002年にイタリアへ渡ったんです。なんかこう、日本を脱出したくて、その時ちょっと抱えていた問題からも逃げたくて、環境を変えたくて。英語も苦手だったので、フランス・ドイツ・イタリアの中からどこがいいかな~と考えてて、旅行で行ったイタリアの印象がとても好きだったのとイタリア語の響きが気に入ったので、「イタリアにしよ!」と決めました。
元木:そんな感じでイタリアですか! でもその、ふら~っと決めたイタリアで今も暮らしているわけで、その先に何があったのでしょうか?
工藤:最初にフィレンツェの語学学校に入ったんですけど、1か月後くらいに今の主人が入学してきて。その時に「この人と生きていこう」って直感で感じたんです。彼の人柄に触れていくうちに、どうしたらいいかと考えて、イタリア国立カッラーラアカデミア美術大学に入学しました。彼も私も20歳くらいだったので、今思えば“若気の至り”の極みですよね(笑)。親にも「美術を勉強するから」ってイタリアへ行くことを説得したので、今思えば、よく許してくれたなと思います。
元木:若いとは言え、行動力が半端ないですね! きっとその彼やイタリアという開放的な街にとても素敵な出会いがあったんですね。特にイタリアに知り合いがいたわけでもないのに、そこまでできる行動力も素晴らしいですが、当初予定もしていなかった美大を卒業して「現代アーティスト」という肩書きがつくまでには、いったいどんな流れがあったのですか?
工藤:2010年秋に美大を卒業して、しばらくは彼の作品作りを手伝っていました。彼の大理石彫刻をシュコシュコ磨きながら「この先どうしようかな〜」なんて思っていた頃、2011年の東日本大震災が起きたんです。被災者を支援するために、イタリアに住んでいる2名の日本人女性が義援金展を企画してくれて。現地に住んでいる日本人と、イタリア人アーティストを50人くらい集めてチャリティーを行ったんですが、結果として1000万円くらい集まったんですよ。
元木:日本で起きた震災に、イタリア人アーティスト達が動いてくれていたんですね。それはすごい! そこに工藤さんの作品も出されたんですか?
工藤:はい。主催の人から「あゆみちゃんも出してね」って誘われて。そこで初めて「私って作家だったの!?」と思っちゃったんです。でもそれがうれしくて。私は3点出させてもらったんですが、展示と同時に買ってもらえて。1万円にも満たない作品でしたが、東北のためにやれることが何もないと思っていたのが、こういう風に社会と繋がれる、貢献できるんだっていうのがすごいうれしく感じたんです。その感動と喜びと、こういう生き方あるんだなってぼんやり思っていた1か月後くらいに、イタリアにある主人の知り合いの画廊から、「あゆみ展示しない?」と声をかけてもらったんです。
元木:イタリアのアーティスト達からも、このように復興支援を頂いていたことにも感謝ですが、工藤さんのアーティストデビューのきっかけがすごい! まるでシンデレラストーリーですよ!
工藤:画廊を運営している方と主人が仲が良かったので、よく泊めてもらったりしていて。お礼のお手紙を置いていったんです。それをみて、「あゆみ、これだって作品なんだよ。なんでもいいから発表してごらんよ。一部屋提供するから」って言ってくれたんです。
元木:導いてくれる人、背中を後押ししてくれる人、作品を見てくれる人が揃ったのですね。
工藤:そうですね。私自身は「作品」とは思っていなかったんですけど、だんだんと現代アートに足が向くようになって、周りのみんなも私の手紙の中に「オリジナリティ」を認めてくれて、やっぱりアートの根本って、「美」と「オリジナリティ」なんだっていうのを感じて、現代アーティストと言えるようになりましたね。
25メートルも連なった“世界旅行”ブック
元木:さて、『はかれないものをはかる』についてのお話しに入りますが、この本になる前は、自分でいくつか書籍を作っていたんですよね?
工藤:ミラノでヤングアーティスト向けのコンクールに参加したんですが、そのコンクールでは画廊から「旅」というテーマを与えられたんです。旅と聞いて思い浮かんだのは、うちの両親のことでした。その当時はイタリアに一度も来たことがなかったのに、「デパートでやっているイタリア展行ってきたよ」とか、「イタリア食材を買って美味しく食べたよ」、「テレビ番組録画したよ」とかをその都度報告してくれて。両親の心は完全にイタリアに来ていたんです(笑)。これってすごく幸せなことだなと思って。私も世界中に心を飛ばして、思ったことを描いてみるといいんじゃないかな? と思って『あゆみの世界一周ブック』を作ったんです。
元木:体は岡山に置いておきながら、心はイタリアにいるなんて、本当に素敵なご両親ですね! 今度ご両親にもお会いしたいです。この『あゆみの世界一周ブック』のレプリカを持ってきて下さったのですね。
工藤:はい。革で包んでいるものなんですが……。
元木:わお!(笑)。この厚さ、この絵の量すごいですね。わー、全部お伺いしたいですが、いくつか解説してもらってもいいですか?
工藤:これ蛇腹になっていて、全部を広げると25メートルくらいになっちゃうんですよね。。約200の国名や詳細な情報のすべては覚えてなくて(笑)
元木:そういう少し悪戯が入っていてチャーミングなところは、工藤さんらしくて、とても好きです(笑)
いよいよ、重版を重ねる絵本『はかれないものをはかる』について、話は及びます。