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“読書”を豊かに、無防備に楽しむために。ブックカフェや図書館とは違う、
「本の読める店」という招待状

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家の中、通勤中の電車やベッドの上……どんな場所でも本を開けば、その世界へと入り込むことができる……はず。ところが、家にいれば宅急便が届いたり、電車の中では窮屈な姿勢になってしまったり、ベッドの上ではうっかり寝落ちしていたり。“読書に集中できない”ことも、多いのではないでしょうか?

読書に本当に没頭できる場所を探し求めた結果、本の読める店「fuzkue(フヅクエ)」をオープン。そして著書『本の読める場所を求めて』を上梓した、阿久津 隆さんを訪ねます。知人を通じ、阿久津さんの店と著書を知ったというブックセラピストの元木忍さんが、開店前のお店で読書について、本について、話を聞きました。

 

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阿久津 隆『本の読める場所を求めて』(朝日出版社)
読書好きなら「あるある!」と頷きながら、また時にクスリと笑いながら読み進められること必至の、阿久津さんの読書体験や本を読むことへの思い入れがたっぷりと詰まった同書。本を読むとは? 読書とは? どんな場所なら本に没頭できる? 阿久津さんが試行錯誤してきたことを追体験しながら、自分自身にとっての“本の読める場所”とはどんなところなのか、考えるきっかけをくれる。

 

映画館のような場所を目指して

元木忍さん(以下、元木):私も出版社の立場でブックカフェを見守って来ましたし、以前は青山でも本が読めるブックカフェの運営をしていました。でも、この『本の読める場所を求めて』を読んで、たくさんの共感と自分への反省と(笑)、いろいろな感情を持ちながらも凄く新しい発見がありました。まず、本日お邪魔している「fuzkue」は、“どういったお店”と呼んだらいいでしょうか?

阿久津 隆さん(以下、阿久津): ありがとうございます。このお店は「本の読める店」と呼んでいただければ。映画のために映画館が存在しているように、読書に没頭できるお店、読書をする人が主役になる、そんなお店が「fuzkue」です。

『本の読める場所を求めて』著者で、「fuzkue」店主の阿久津 隆さん。2016年から毎日綴られているブログ『読書日記』は、メールマガジン(月額880円)で読むことができます。
『本の読める場所を求めて』著者で、「fuzkue」店主の阿久津 隆さん。2016年から毎日綴られているブログ『読書日記』は、メールマガジン(月額880円)で読むことができます。

元木:本を読むって、ある種どこでもできてしまうように思いますが、没頭できる場所って実はあまりないですよね。阿久津さんはもともと「いつかこういうお店を開きたい!」と考えられていたのでしょうか?

阿久津:僕自身も本の読める場所を探していました。だから「fuzkue」は、個人的な欲求から始まった場所とも言えるかもしれませんね。それから、『本の読める場所を求めて』でもそのまま掲載しましたが、岡山でカフェをやっていた時に、「どれだけ長居してもらってもうれしいですよ」ということをブログで書いたんです。「限られた時間を僕たちの店で過ごすことに費やしてもらえるのはうれしいことです。遠慮せず長居していってください」と。その記事がやたらバズってしまって。

元木:注目を集めるのは良いことのように思いますが……。とおっしゃると、批判的なコメントが多かったのでしょうか?

阿久津:いえ、ほとんどは肯定的なリアクションだったのでいい宣伝になったと思ったのですが、「現実は甘くない」とか「キレイごとだ」とか、中には「勘違いした客を生むからそんなことを書かれると迷惑だ」とコメントを書いてくる同業の方もいて。別に「カフェはこうあるべき!」なんて書いていないんですけどね。そういう否定的な反応を見ていたら、「コーヒー1杯での長居を許容していたら店なんて成り立たない」というのはたしかにもっともらしい言い草だけど、本当はみんな真面目にその可能性を考えたこともないんじゃないかな、ただ思考停止しているだけなんじゃないかな、と思うようになって。

元木:なるほど。世論に対する挑戦状が、この「fuzkue」になったと?

阿久津:そうですね。心のなかで中指を立てていた感覚がありましたね。

元木:さきほど申したように、私も青山でブックカフェを開いていたことがあったんです。個人としては「何時間でもゆっくりしてもらいたい」と思っていたけれど、経営者として考えたら客単価や回転率を上げなければという焦りもありました。でも「fuzkue」は7年も続いている、それがひとつの答えになっていると思います。本当に素晴らしい! あらためてお店の仕組みを教えてください。

ある日、自身の書店に来店した青年から「この本屋さんは『fuzkue』のようですね」と言われたことをきっかけに、「fuzkue」と阿久津さんの本に出会ったという元木さん。『本の読める場所を求めて』での最初の一節「本を読んでいる人の姿は美しい」には、鳥肌が立ったそう。
ある日、自身の書店に来店した青年から「この本屋さんは『fuzkue』のようですね」と言われたことをきっかけに、「fuzkue」と阿久津さんの本に出会ったという元木さん。『本の読める場所を求めて』での最初の一節「本を読んでいる人の姿は美しい」には、鳥肌が立ったそう。

阿久津:簡単にはお伝えしにくい部分もあるんですけれど(笑)、料金体系は、「ゆっくりゆっくり過ごす」と「1時間フヅクエを楽しむ」の2パターン準備しています。ゆっくりの方の予算は2000円前後。基本のお席料が設定されていて、オーダーに応じて席料が割引されていきます。それによって、コーヒー1杯の方も、食事とビールを頼んだ方も、どちらの場合も2000円前後に収まるようになっています。また4時間以上の場合には1時間あたりプラスの席料をいただいていて、例えば6時間いたら全部で3500〜4000円あたりに着地するようなイメージですね。もうひとつの1時間だけ読書したい方向けのパターンでは基準のお席料がぐっと小さくなっていて、大体1000円ちょっとになります。

元木:その“大体”が、すごく好きです(笑)。その対価は、お客様の価値ですから、その大体な考え方はとても新しく、そして気持ちがいいですね。

阿久津:ありがとうございます(笑)。

 

本を読む人にとって、最適な空間を増やしたい

元木:知らずに「カフェ」と思って入ってくるお客さんもいらっしゃったのではないですか?

阿久津:最初の頃はたくさんおられましたね。

元木:「あれ? 違うな〜」と帰ってしまう人もいませんでしたか?

阿久津:もちろんいますね。むしろ「違うな」と思ったらそこで帰っていただけるほうがホッとしますね。無理して過ごして嫌な印象を持たれても、互いにとっていいこともないので。「本読みたくなったときにまたぜひ」と言って明るく見送れますし。

本を読む、それだけのための空間が広がる店内。余計な装飾物やメニュー看板などはなく、「fuzkue」のルールに則った時間が流れていくようです。
本を読む、それだけのための空間が広がる店内。余計な装飾物やメニュー看板などはなく、「fuzkue」のルールに則った時間が流れていくようです。

元木:私が以前お邪魔した時には、美味しい定食のランチをいただいて。定食もコーヒーもとても美味しかったんです。食事やドリンクメニューでのこだわりはありますか?

阿久津:どのメニューもかなり真面目につくっているつもりですが、「これをぜひ食べてほしい」というのはまったくなくて。映画館でポップコーンを食べたりするじゃないですか。極端な言い方をすると、フヅクエにおける飲食物はそれと同じ感覚ですね。提供しているのは「気持ちよく本を読む時間」であって、飲食物はあくまでその時間を彩るためのひとつの手段です。そして大事な手段だと位置づけているから、真面目においしいものをお出しする、というだけですね。めったにおられないですが、最後までオーダーなしで過ごしてもらうことも大丈夫です。

元木:飲食を目的としたカフェや飲食店とは違うよ、と。

阿久津:「本の読める店」ですよ、と。ただ、「本の読める店」と言っても今はまだ「何それ?」というものなので、伝えるための言葉数は必要だなと考えています。だからメニュー表も冊子にして、どんな店で、どんな仕組みで、どんな考えでやっているのか、たくさん説明しています。映画館と言ったときに誰もがどういう過ごし方をすればいいのかわかるように、「本の読める店」もいつかそうなったら、役目のひとつを果たしたと言えるような気がします。

入店すると渡される「案内書きとメニュー」。2020年12月までに24刷りされており、「fuzkue」での過ごし方が丁寧に記載されています。『本の読める場所を求めて』にもありますが改訂箇所もあるため、最新版はこちらでチェックを。
入店すると渡される「案内書きとメニュー」。2020年12月までに24刷りされており、「fuzkue」での過ごし方が丁寧に記載されています。『本の読める場所を求めて』にもありますが改訂箇所もあるため、最新版はこちらでチェックを。

元木:このメニューですが、奥付(最後にある、制作スタッフや本の“スペック”をまとめたページ)をみたら何版も改訂しながら作られていますね。

阿久津:そうですね。少しずつブラッシュアップを繰り返しています。昨年末のバージョンから、これまでずっと後半に記載していたメニューを案内書きの前に持ってきました。「1時間フヅクエ」を導入したことが転機になったのですが、双方にとって不幸なミスマッチが起こる余地はもうあまりなくなったなと自分自身が感じられるようになったことが大きいかもしれません。すべて理解してもらえるように十分な説明は用意しているけれど、一方で、たとえ仕組みを理解されていなくても、本を読みたいと思って来てもらえさえしたらもう満足してもらえるんじゃないかな、という自信がやっとできたのかもしれません。

 

読書体験の楽しさを、たくさんの人に伝播させたい

元木:「案内書きとメニュー」は私も初めて来た時、じっくり読み込んでしまいました。阿久津さんにとっても居心地のよい場所になっているからこそ、ここまでのルールがしっかり記載されているのでしょうか?

阿久津:僕自身がというより、「本を読むぞ!」って楽しみに来てくれた人たちにとって、最高というか安心していられる環境を考えていった結果が、この案内書きとメニューです。最初は、継続的なおしゃべりはやめてね、というくらいしか書いていませんでしたが、少しずつ会話や仕事、勉強をNGにしていく形になりました。本を読みたくて来てくれたお客さんにとってカチカチとしたペンの音が耳障りにならないか、タイピングの音が本に没頭するのを妨げないか、猛スピードで勉強している人が隣にいたらどうかなど、気になることがあったらお帰りの際に外でヒアリングさせていただくことも何度もありました。とにかく本を読みたい人を守ること、本を読みたい人を脅かす要素をなくしていくこと、そのためにルールを整えること、その作業の繰り返しですね。

元木:守り人のようですね。

阿久津:そうかもしれないですね。守り人だし、サッカーの審判のような。ゲームがフェアに進むようにコントロールする感じでしょうか。

来店客は自身が読みたい本を持ち込んで読み耽っていいのですが、店内にもさまざまなジャンルの本が並んでいます。
来店客は自身が読みたい本を持ち込んで読み耽っていいのですが、店内にもさまざまなジャンルの本が並んでいます。

元木:なるほど。2020年4月には下北沢に、2021年6月には西荻窪に新しい「fuzkue」もできましたね。これから取り組んでみたいことはありますか?

阿久津:実は先日、お店のウェブサイトをリニューアルしました。モノトーンで文字びっしりで、緊張感のある感じというか、「本を読みたい人以外はやめたほうがいいですよ」という感じを出していたのですが、今回はデザイナーさんに入っていただいて、写真やイラストもふんだんに使ったカラフルなサイトにしました。

元木:「fuzkue」の根本は変わらないけれど、少し門戸が広がったような印象がありますね!

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https://fuzkue.com/

阿久津:現在僕たちが持っている、「より軽やかに外に開く」という意識を表現してもらったのが今回のリニューアルだったので、そう言っていただけてうれしいです。本を読む人を守るための根幹はがっちり作り込むことができたので、次のフェーズとして、ある種の事故を起こしていきたいという感覚があります。「あれ? 本読む時間、思ってたよりも楽しいじゃん」みたいな。

元木:本を読む体験やきっかけを作りたい?

阿久津:そうですね。今までは「がっつりゆっくり読みたい人たちに応える」という、すごく小さな的に向かってボールを投げていたわけですが、今はそこに「読書の時間に手招きをする」ということを加えた感じですね。これからはより多くの人に「本の読める場所」を味わってもらって、その結果として読書の文化の裾野を広げていくことに与(くみ)することができたらなと思っています。

元木:ありがとうございました! また本を読みに、お店にお邪魔させてください。

Shop Data

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fuzkue(フヅクエ) 初台店

所在地=東京都渋谷区初台1-38-10 二名ビル2F
営業時間=12:00~24:00
定休日=無休

ほかに、下北沢店、西荻窪店がある。

Profile

「fuzkue」店主 / 阿久津 隆

1985年、栃木県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、金融機関に入社。3年間営業として働いた後、2011年に岡山にてカフェを立ち上げ、3年間店主として一生懸命働く。2014年10月、東京・初台に「fuzkue(フヅクエ)」をオープン。2020年4月には2号店を下北沢にオープン。著書に『読書の日記』『読書の日記 本づくり/スープとパン/重力の虹』(ともにNUMABOOKS)。

ブックセラピスト / 元木 忍

学研ホールディングス、楽天ブックス、カルチュア・コンビニエンス・クラブに在籍し、常に本と向き合ってきたが、2011年3月11日の東日本大震災を契機に「ココロとカラダを整えることが今の自分がやりたいことだ」と一念発起。退社してLIBRERIA(リブレリア)代表となり、企業コンサルティングやブックセラピストとしてのほか、食やマインドに関するアドバイスなども届けている。本の選書は主に、ココロに訊く本や知の基盤になる本がモットー。

 

取材・文=つるたちかこ 撮影=泉山 美代子