CULTURE 人・本・カルチャー

シェア

地域に眠る“薬草文化”を受け継ぐ。薬草調合師が語る、
「薬草のちから」

TAG

近年、自然由来のものの価値や、自然のままであることの大切さが再評価されるようになっています。それにともなって、私たちの身近に存在する植物の一種である“薬草”にも、あらためて注目が集まっていると話すのは、10年ほど前から薬草を研究している“薬草調合師”で『薬草のちから -野山に眠る、自然の癒し-』を出版した新田理恵さん。そこで、そもそも薬草とは何か? ハーブとは何が違う? など基本的な情報から、薬草がもたらす効果などを教えていただきました。

聞き手は、@Livingでもおなじみのブックセラピストで、キャンプやハイキングを楽しむうちに薬草にも興味をもつようになったという元木忍さんです。

『薬草のちから -野山に眠る、自然の癒し-』(晶文社)
ドクダミ、ヨモギ、ナツメ、葛(くず)、当帰など、海辺から山里まで最適な場所に根づいてきた薬草。古来、医食同源といわれもっとも身近で暮らしと健康を支えた植物の“ちから”を、薬草調合師であり食卓研究家である著者が自ら当地に足を運んで得た知見をもとに解き明かす。

身近なようで意外と知られていない
“薬草”という存在

元木忍さん(以下、元木):コロナ禍をきっかけとしたアウトドアブームやナチュラル思考の高まりによって、野に咲く薬草にあらためて注目が集まっているように感じます。そんななかで、新田さんが薬草に注目し、研究するようになったきっかけは何だったのですか?

新田理恵さん(以下、新田):私が薬草と出会ったのは、かれこれ10年以上前のことになります。家族の一人が糖尿病を患い、食生活の大切さを痛感したのがきっかけです。体に負担をかけずに、少量できちんと体をケアしてくれる“スーパーフード”のようなものがないかと薬膳の勉強をしているうちに、どうやら身近な薬草が近いのでは? と気づきました。

『薬草のちから -野山に眠る、自然の癒し-』の著者である新田理恵さん。

元木:薬草といえば、なんとなく口に苦いものというイメージがありますが、そもそも薬草とは何なのでしょう? ハーブとの違いも気になります。

新田:薬草は“薬用に用いる植物の総称”とされています。自分の体を整えるための“薬になる植物”ですね。草という漢字が使われていますが、葉っぱも枝も実も使います。主に草の部分のみを使うハーブと比べると、植物の使用する部位は多いかもしれません。

元木:なるほど。かなり広義に解釈していいわけですね。それにしても、薬膳のことならともかく薬草についての専門書も少なそうですし、どうやって学べばいいか想像がつきません。

新田:薬草の使い方は、民間療法の一種として口伝されていることが多いように思います。私の場合は全国各地に足を運び、その地域の薬草の使い手に手ほどきを受けました。

元木:おじいちゃんおばあちゃんの“生活の知恵”みたいな形で言い伝えられているわけですか?

新田:そうなんです。なかには生業としていらっしゃる方もいます。各地で学んだこと、経験したことを元に薬草を取り入れてみると、きちんと身体の変化を感じられて面白いですよ。

元木:例えばどのような変化を感じましたか?

新田:薬草をおすすめした友人によく言われるのは、肌荒れや関節痛が和らいだというものです。なかには不妊が改善したという声も……。薬草のちからってすごいなと思っています。

元木:口伝が多い薬草の知見をまとめたとなると、あらためて貴重な本ですね。

野山に生きる薬草は、
地域のアイデンティティそのもの

元木:新田さんは普段、薬草をどこで手に入れていますか?

新田:私は山野草を扱う園芸店か、インターネットで購入することが多いです。ただ、本来もっともおすすめなのは、野山に自生する薬草ですね。

元木:野山の薬草は、パワーが違う?

新田:そうですね。畑で栽培されている薬草よりも環境が過酷なぶん、含まれる有効成分が多かったり、密度も高いと感じます。水も雨に恵んでもらうしかないし、他にもライバルみたいな植物がたくさんいる中で育っているので。地域の特性が反映されるのも興味深いです。例えば、風が強く吹くところでは、根をしっかり張ることで栄養をたっぷり蓄えた薬草が育つとか。それぞれの地域の魅力をその身をもって表現してくれていると考えると尊い存在だなぁと思います。

元木:その土地でしか育たないわけだから、ある意味では繊細だし、とても貴重ですよね。

ブックセラピストの元木忍さん。

新田:はい。地域性が強く現れるので、その地域で暮らす人のアイデンティティともなり得るのではないでしょうか。野山の野草を特産品のように考えると、私たち外部の人間からすれば、旅をする理由にもなりますし。

元木:こんなに面白いものがこの地域にあったんだ! という発見に繋がりますね。

新田:地元ならではの薬草を知ることで、地元を、ひいては日本を好きになるきっかけになると思います。ただし、野外で薬草を採る際は、絶滅危惧種などの採取してはいけない植物や、どなたかの土地や国定公園など採ってはいけない場所を事前に調べておきましょう。

薬草文化を持続させるには、
消費者のニーズが必要不可欠

元木:地域の魅力が詰まった薬草ですが、西洋のハーブと比べると、まだまだ知られていない気がします。

新田:そうなんです。これには少なからず、歴史的な背景があると思います。明治政府の西洋化政策によって、鍼灸や漢方などの日本の伝統的な医学は隅に追いやられてしまったところがあるので。そういった歴史的ハンデを負いながらも、何とか受け継がれている状態です。

元木:さきほどもお話されていた、地方のおじいちゃんおばあちゃんの口伝だったり、生業として薬草づくりをしている人が頼みの綱ということですね。

新田:そうですね。飛騨に足を運んだ時に、アルコールの消化を助けてくれるという「葛の花の丸薬」づくりを見せてもらって、実際に飲ませてもらいました。手作業で正露丸サイズに丸めて固められたものをお酒の前に飲むと、いつもより多めに飲んでいるのに全然酔わないんです。材料が調達しやすく家庭でも作れて、体の調子を整えてくれる薬草は、家庭の知恵の結晶だと実感しています。

元木:今では、近代西洋医学と伝統医学を組み合わせて行う統合医療も注目されるようになってきましたから、薬草文化もこれから取り入れる人が増えてくるかもしれませんね。

新田:消費者のニーズが高まれば、文化として紡いでいける機運もあると考えています。そのためにも、各地の薬草づくりをお手伝いしたり、薬草づくりのワークショップを開催したり、薬草文化にふれられるような仕組みづくりが大切です。草の根的な活動を続けていけば、ゆっくりですが、着実に薬草を使用する人は増えていくと思いますし、使える人が周りの人を癒やすと、健やかな連鎖が生まれていいなと思います。

薬草を「楽しく、おいしく飲むこと」

元木:薬草を日常生活に取り入れるためには、どういった方法がありますか?

新田:私のおすすめは薬草茶です。薬草を乾燥させるだけで簡単に作れますよ。カップとお湯があれば手軽に淹れられますし、特別な道具も必要ありません。お食事と合わせたり、ちょっと一息をつく時の楽しみになります。

元木:生活習慣に取り入れやすく、朝昼晩問わず飲めるお茶はぴったりですね。まずは、気軽に市販の薬草茶から試そうと思った場合、どの薬草から選べばいいですか?

新田:薬効を調べて選んでいただいてもいいのですが、やはり、自分がおいしい! と思ったお茶を選ぶ方法をおすすめしています。ワークショップで名前や効能がわからない状態で、いくつかのお茶を飲み比べてみていただくこともあるのですが、 その中で一番しっくりくるものこそ、体が欲しているお茶です。これはブラインドテイスティングといって、体質に合うものは自分の直感が知っているという考え方を元にしています。

新田さんが経営するお茶ブランド「伝統茶{tabel}」がラインナップする薬草茶。

夏に蓄積した疲れを吹き飛ばすのにうってつけな薬草茶がグァバ茶。鹿児島県徳之島で栽培されるグァバの葉を使ったビタミンCたっぷりの茶葉で、夏の厳しい日差しを浴びた肌、お酒をたくさん飲んだ後にもおすすめだそう。糖質の吸収を抑えてくれるので、地元の人からはダイエットティーとして親しまれているといいます。

元木:自分に必要なものを認識していなくても、本能的に選びとれるのは、面白いですね。

新田:また、もう少しスケールを広げて、自然界の理(ことわり)を人間の体に結びつけてお茶を選んでみてください。薬膳の基礎にあたる中医学では、木、火、土、金、水といった自然界のエレメンツを“五行”と呼び、人間の五つの臓器(肝臓、心臓、脾臓、肺、腎臓)に当てはめて働きを捉えます。不調の出やすい体の部位や臓器に対して必要な食材は何なのか、その時の感情から季節までまとめた表が「五行色体表」です。

五行色体表(書籍『薬草のちから -野山に眠る、自然の癒し-』より)

新田:表には、パッと見て症状が現れやすい部分、つまり五行の不調が出る部分をまとめてあります。自分の姿や状態と照らし合わせながら薬草を選ぶと効果的です。 

■ 目、爪のトラブル
爪に縦の線が入ったり脆かったり、目が疲れやすいなど。もしくは、涙もろい、怒りっぽいなどの時は、トマトやニラなどの肝に良い食材、薬草をとるのがおすすめ。ストレスが溜まってないかも一緒にチェックしましょう。

■ 顔色
ほんのり赤みがかった健康的な顔色をしているか? 顔色が悪いなと感じたら、心に良いとされる食材(小麦やゴーヤなど)、薬草をとる。気になるなら、貧血になっていないかもチェック。目の下を指で引き下げ、下まぶたの裏が赤くなっているかを見ます。白っぽかったりしたら血液が少なめになっている証拠。
山芋類は、おなかが疲れている時の特効薬。とくに大和芋(生薬名は山薬)は、胃腸系の漢方薬の材料になるほど。日持ちもするので、冷蔵庫にストックしておくと便利です。

■ 唇のトラブル
唇が乾燥している時は、体温が上がっているか、疲れているケースが多いもの。脾に良いものをとり、お粥などの消化にやさしい料理で働きっぱなしのお腹を少し休めましょう。

■ 肌のトラブル
乾燥しがちな肌や皮膚の代謝がうまくいかずフケなどが出やすい時、肺が潤う食材(大根や梨など)を積極的に取るのがおすすめ。肺は唯一外気に触れている五臓なので、肌と同じグループに分類。肺を潤すことで肌の力を引き出すことができます。

■ 髪のトラブル
毛先が裂ける、白髪が増える、抜け毛が増えたなどの髪のトラブルは、腎臓が疲れている可能性が。もしかして、睡眠不足になっていませんか? 睡眠によってしか回復できないからだのエネルギー(後天の気)もあり、腎臓も影響を受けるので、睡眠はきちんととれるように。薬膳の世界では黒い食べ物が良いとされ、黒胡麻、黒豆、黒きくらげがおすすめ。クコの実も手軽に腎の元気を補給できます。

元木:ブラインドテイスティングがある一方で、そういった五行をベースにして自分の体にあった薬草を選び取る方法も、おぼえておきたいですね。

新田:人間も自然の一部として考えれば、自然界で起こりうることは、応用できるということですね。こういった考え方を「天人相応」といいます。効能から選ぶにせよ、ブラインドテイスティングや五行を活用するにせよ、楽しく選ぶのが一番! 習慣として定着するのも早い気がします。これからも、薬草の魅力をもっと多くの人へ届けられるように、そして作り手と買い手の懸け橋になれるように、薬草茶の商品化やワークショップなど、双方の拠り所を作っていきたいです。

元木:期待しています! 今日はありがとうございました。

Profile

薬草調合師 / 新田理恵

TABEL株式会社代表。管理栄養士と国際中医薬膳調理師の資格を持ち、古今東西のハーブやスパイスを研究しながら“日本の食卓のアップデート”を目指す。近年はとくに薬草に注目し、日本各地からときに海外まで足をのばしてリサーチを行ってはワークショップを開いている。
tabel HP
Instagram

ブックセラピスト / 元木 忍

学研ホールディングス、楽天ブックス、カルチュア・コンビニエンス・クラブに在籍し、常に本と向き合ってきたが、2011年3月11日の東日本大震災を契機に「ココロとカラダを整えることが今の自分がやりたいことだ」と一念発起。退社してLIBRERIA(リブレリア)代表となり、企業コンサルティングやブックセラピストとしてのほか、食やマインドに関するアドバイスなども届けている。本の選書は主に、ココロに訊く本や知の基盤になる本がモットー。

文=染谷遥 撮影=鈴木謙介