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商売繁盛祈願の“熊手”はどう扱う?「酉の市」を
初心者が楽しむ方法

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毎年11月に関東を中心に開催される「酉の市」。大きく華やかな熊手を担ぎながら行き交う人たちや、熊手を買ったお客さんの福を願い三本締めをする光景を、ニュースなどで一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。江戸時代から受け継がれてきただけに、酉の市には活気があり、神社とその周辺をそぞろ歩くだけでも楽しめます。でも、年によって開催日が異なるため、チェックが必要です。

酉の市に初めて行く人が楽しむには? 「酉の市」の魅力や歴史を、和文化研究家の三浦康子さんに教えていただきました。

酉の市はいつ、どこで開催される?
2023年開催日と関東三大酉の市

まずは、2023年の開催日と、有名な酉の市を教えていただきました。

「古来より日本では日付を十二支で表してきました。酉の市は、基本的には11月の酉の日に開催されます。12日周期で回ってくるため、11月に2回ある年(一の酉、二の酉)と、3回ある年(三の酉)があるほか、神社やお寺によっては12月に執り行われるところもあります」(和文化研究家・三浦康子さん、以下同)

2023年の酉の市

一の酉……11月11日(土)
二の酉……11月23日(木)

「基本的には、この2日が酉の日になり主な開催日になりますが、各所で日程が異なるため、詳しい日程はあらかじめ調べておくと安心です。

また、『関東三大酉の市』として有名なのが、東京都台東区の鷲(おおとり)神社と長國寺、新宿区の花園神社、府中市の大國魂神社(おおくにたまじんじゃ)になります。土地柄によって雰囲気もまた違うので、そのエリアの良さを味わうことができます」

酉の市の由来と歴史

酉の市はどこでどのように始まったのでしょうか?

「大鷲神社(おおとりじんじゃ)や大鳥神社は各地に多く存在しますが、発祥は東京都足立区にある花畑大鷲神社です。

酉の市の由来は諸説あり、神社やお寺によってそれこそまちまちです。一般的な話としては、神道に基づく大鷲神社のお祭りが起源とされています。大鷲神社にて祀られている神様が、日本武尊(やまとたけるのみこと)であり、日本武尊にまつわる日が11月の酉の日になります。日本武尊の命日という説、日本武尊が戦に勝ってお礼のお参りをした日という説など、さまざまな言い伝えがあります。

これにより、室町時代から安土・桃山時代の応永年間(1394年〜1428年)より11月の酉の日を“感謝のお祭り”としました。その後、お祭りに人が集まるようになると出店が軒を連ねるようになり、『酉の市』として発展していきました。そこで物の行き交いが行われ、農耕具も売られるようになりました。これが、酉の市を代表する“熊手”の原型となっています」

酉の市発祥の地・花畑大鷲神社。

「花畑大鷲神社で催されていた酉の市は、江戸時代の中期になると大変賑わいを見せました。その理由のひとつとして、その場では博打(ばくち)が解禁されていたことが挙げられます。しかし、時代の流れとともに博打が禁じられるようになると、酉の市の賑わいも徐々に衰退していきました。

さらに、吉原遊廓にほど近く人が集まりやすい立地である、台東区千束にある鷲神社に盛況ぶりが移行していきました。そして、その人気は現在まで続くこととなります」

火事が起きやすい「三の酉」とは?

三の酉まである年は火事が多い、との言い伝えがあります。

「こちらにも諸説ありますが、火事への注意を呼びかける意味合いがたいへん大きいです。というのも、江戸では火事が頻繁に起こり、大衆の多くが恐れていた災害だったのです」

・『宵に鳴かぬ鶏が鳴くと火事がでる』という言い伝えが起因となる説
当時、「宵に鳴かぬ鶏が鳴くと火事が出る」という言い伝えがあり、これと重なったという説があります。酉の市は夜中に行われていたこともあり、その賑わいで鶏が夜中に鳴いてしまう。また、大鷲神社の祭りでは鶏を奉納していましたが、その鶏を放すことによって威勢よく鳴く光景なども、この言い伝えと重なりました。

・明暦(めいれき)の大火が起因となる説
明暦3年(1657)1月18日に江戸で大火災が起こりました。奇しくも、その前年に、翌年の祈願をする酉の市が三の酉まであったことで噂として広がりました。

「いずれにせよ、空気が乾燥し、冬の寒さで火を使うことも増え始めたこの時期に火事が頻発したので、それを恐れた大衆心理があったことに間違いありません」

伝統的な「酉の市」が
今もなお人気の理由とは?

商売繁盛祈願のイメージの強い酉の市ですが、近年では広く親しまれるようになっています。

「実際に酉の市に行ってみると、若い人が増えてきていると感じます。以前であれば街にポスターが貼ってあり、その近隣の方や商売をされている方が来ている印象がありました。しかし、今ではネットやSNS、レジャー関連のメディアの発信によって広く取り上げられるようになり、これまで縁がなかった世代の方も多く訪れるようになりました。熊手を買うだけではなく、屋台もたくさん出ていて、お祭りに行く感覚でデートに来る人も多く見かけます。

また、商売繁盛祈願だけではなく恋愛成就や家内安全、学業、健康祈願などさまざまな願い事に対応した熊手もあり、ニーズの裾野を広げています。主催者側も若い人たちの参加を積極的に呼びかけており、若い人向けの縁起物を用意し、熊手の意味や買い方などをわかりやすく説明してくれるなど、ずいぶんとハードルが下がってきた印象です。昔は、一種独特の雰囲気がありましたが、今はみんなが集まれる市へと進化してきており、そこが人気の理由ではないでしょうか」

“熊手”の意味とは?

酉の市おなじみの熊手。そもそも、なぜ熊手が選ばれたのでしょうか?

「もともとは農耕具を売り買いしているなかに、熊手がありました。いつの頃からか、そこにお札や稲穂がつくようになり、『かっこめ』と呼ばれる熊手守りになりました。『かっこめ』には、運をかき込むといった意味合いがあります。また、大鷲神社の大鷲はワシのことを指すので、「わし掴み」にも由来しています。言うなれば、『運を掴む』ということになります。熊手の縁起の良さを理解することができますね」

粋な熊手の買い方から、
部屋での飾り方まで

熊手の買いかたには粋(いき)な作法があり、そこが酉の市のハイライトであると三浦さんは話します。買い方から、飾り方まで熊手にまつわるお話を伺いました。

「酉の市の見どころとして一番にお伝えしたいのが、熊手を買い求める時の粋なやりとりです。売り手、買い手の本人たちだけではなく周りの人も一緒に楽しめるのが特徴です」

・熊手の買い方

「熊手は値切れば値切るほど縁起が良いとされています。熊手には値札がついていません。そのため、お目当ての熊手が見つかったら、まずは値段を聞きます。そこから値引き交渉のスタートです。値引きの掛け合いをし、ほどよい頃合いの値が決まります。例えば、1万円とされていた熊手が、7000円まで値引きされたとしましょう。そこで、面白いのが、客は1万円を出し、『お釣りはご祝儀として取っといて』と言って渡します。慣れた客はこのやりとりを気風(きっぷ)よくやってのけるのです。

こうして商談が成立すると手締めをします。店により掛け声や、手を打つ回数に違いがあります。買った熊手を客は体の中心に高く持ち上げ、その周りに店の人が集まり、口上を述べた後で『みなさん、ご一緒に!』と観衆を巻き込んで手締めを行います。その場にいるみんなで行う一体感が何とも魅力的で、手締めに参加するだけでも心が躍ります。これぞ、酉の市でしか味わえない粋な楽しみ方です」

・熊手を毎年購入する場合

「熊手は毎年ひと回り大きなものにすると良いと言われています。そのため、毎年買いに来る人も多くいます。2年か3年、同じ店で買って馴染み客になると、あらかじめ店側が名前を入れた木札を用意してくれるといった、うれしい対応もしてくれます」

・熊手の持ち帰り方

「帰る時も熊手を高々と持ち上げて帰るのがならわしです。買って出ていく客は、顔より高い位置に熊手をかかげて神社を出ます。この時期になると、電車の中でも熊手をかかげている人を見かけます」

・熊手を飾る場所

「神棚があるうちは神棚に置くのがもっとも良いでしょう。神棚がない場合には、玄関に向けて飾ることで、家に福や富をかきこむと言われています。玄関付近の目線よりも高い位置に、熊手が北に向かないようにして飾ってください」

・ミニ熊手と熊手守りとは

「熊手を手軽に楽しみたい人には、ミニ熊手や、社務所で授与していただける“熊手守り”がおすすめです。お札が中心のシンプルなデザインで、インテリアとしても馴染みやすいのが特徴です。このように、好みや、願い事にまつわる縁起物のついている熊手を選ぶなど、飾るスペースも考えながら選んでもらえたらと思います」

商売をされている方が大きな熊手を買うときは、その場がたいへん盛り上がります。その瞬間に立ち合えるのも酉の市の見どころです。

見て回るだけでも発見がある!
酉の市の楽しみ方や盛り上がる時間帯

熊手のほかにも、酉の市ならではの楽しみ方があると三浦さんは話します。

「よくお祭りで見かける、たこ焼きや綿菓子などの出店もたくさんありますが、酉の市ならではの出店が出るのも面白さの一つ。見かけたらぜひ立ち寄っていただきたいですね」

・八頭(やつがしら)
「八頭を昔は頭芋(かしらいも)と呼んでおり、人のトップに立てるようにと願う縁起物とされていました。また、八頭は小芋がたくさんつくので、子孫繁栄の意味合いもありました。残念ながら最近では、八頭を売っている出店を見かけることは少なくなりました」

・黄金餅(こがねもち)
「もち米と粟(あわ)で作った黄色い餅で、黄金色の小判に似ていることから金持ちになると縁起を担ぎました。こちらも最近では少なくなってきていますね」

・切山椒(きりさんしょう)

「正月の餅菓子として有名な切山椒。酉の市でも名物の一つです。山椒の粉やすり潰して出た汁を練り込んだ餅をのばして細くきったものです。山椒は、葉、花、実、幹すべて捨てることなく利用することができることから、『有益』の象徴として縁起の良い植物です。正月に向けた縁起物としていただく切山椒は格別です」

御朱印も人気

そのほかに、こんな楽しみ方も。

「酉の市限定の御朱印も人気があります。酉の市限定の文字が追加されていたり、オリジナルの判が押されていたりします。ただ、たいへん人気がありとても混んでいますので、ご希望の方は、早めに行かれたり、事前確認をしてから臨むと良いでしょう」

盛り上がりを見せる時間帯

どの時間帯に行くのがおすすめでしょうか?

「午後7時から9時頃に人が多く集まり、雰囲気も良いですね。提灯の明かりが灯って風情があり素敵です。神社によっては、お酒を飲めたり、お食事をとれるスペースが設けられています。
威勢の良い掛け声と、手締め。それを同じ空間にいるみんなで行っているのを見ているだけで心浮き立つというか、一緒に福をいただいた気持ちになりますよ」

見物する楽しさから、参加する楽しさ、お祭りとしての楽しさ、また日本の粋なやり取りを目の当たりにできるという楽しさは、他のお祭りにはない醍醐味です。ぜひ今年の酉の市に行ってみてはいかがでしょうか。

Profile

和文化研究家 / 三浦康子

和文化研究家 / 三浦康子

古を紐解きながら今の暮らしを楽しむ方法をテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、Web、講演などで提案しており、「行事育」提唱者としても注目されている。連載、レギュラー多数。All About「暮らしの歳時記」、私の根っこプロジェクト「暮らし歳時記」などを立ち上げ、大学で教鞭もとる。著書『子どもに伝えたい 春夏秋冬 和の行事を楽しむ絵本』(永岡書店)、監修書『季節を愉しむ366日』(朝日新聞出版)ほか多数。
HP https://wa-bunka.com/

取材・文=癸生川美絵(Neem Tree)