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2024年大会は記念すべき第100回!「箱根駅伝」が
選手にも視聴者にも特別な理由

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2024年で第100回大会を迎える箱根駅伝。これまでの長い歴史の中でさまざまなドラマが生まれ、多くの人々を魅了してきました。そこで箱根駅伝の魅力をあらためて探るべく、箱根駅伝の出場経験があり現在スポーツライターとして活躍する酒井政人さんにお話を伺いました。第100回大会の見どころや、現地観戦を楽しむポイントについても解説していただきます。

箱根駅伝はいつ、なぜ始まった?

そもそも箱根駅伝、正式名称「東京箱根間往復大学駅伝競走」が始まったのは1920年(大正9年)のこと。マラソンの父として知られる金栗四三らの「世界に通用するランナーを育成したい」という思いが、大会創設の発端になりました。途中、第二次世界大戦の影響による中止があったため、100周年だった2020年ではなく、2024年に第100回を迎えます。

現在、箱根駅伝の出場資格があるのは、関東学生陸上競技連盟に加盟している大学のうち、前年の大会でシード権を獲得した上位10校と、10月の予選会を通過した10校、そして関東学生連合(予選会を通過できなかった大学の記録上位者によるチーム)を加えた合計21チームです。この21チームが、東京の読売新聞社前から箱根の芦ノ湖までの往路5区間・復路5区間の合計10区間、合計271キロの距離を、襷をつなぎながら走り、競い合います。

箱根駅伝のコース。距離が長いだけでなく、アップダウンが顕著なことやロケーションが大きく異なるのも特徴。基本的に東海道を辿っていくコースのため、かつては蒲田と戸塚にも踏切が存在し時間のロスやアクシデントも生まれたが、現在は高架化のため姿を消している(箱根登山鉄道の踏切は存在するがレースに合わせて時間調整を行なっている)。

2024年の箱根駅伝は、
第100回大会にふさわしい華やかな大会に

2024年の箱根駅伝は、記念すべき第100回の大会。酒井さんも「節目の年にふさわしい、華やかな大会になると思います」と話します。今回の大会は、通常の大会と具体的にどのようなところが異なるのでしょうか?

「通常の大会と第100回大会との違いは、出場枠が21から23に増えることです。今大会は関東学生連合の編成がないため、実質的には参加できる大学がいつもより3校増えます。また今大会の10月の予選会は、関東地区以外の大学にも参加資格が与えられ、全国大会に近い形になっています。しかし残念ながら、予選会で関東勢以外のチームが出場権を獲得することはできませんでした。それでも、この第100回大会をチャンスと捉えて挑むチームが全国各地に見受けられ、予選会からすでに通常とは異なる特別な大会になっていると思います」(スポーツライター・酒井政人さん、以下同)

長距離選手にとって憧れの舞台
「箱根駅伝」の特徴や魅力とは?

今大会は全国大会に近い形とはいえ、通常は関東の大学しか出場することができない箱根駅伝。しかしながら全国の長距離選手が憧れる大会であり、全国的にも高い知名度を誇っています。箱根駅伝ならではの特徴や魅力はどのようなところにあるのでしょうか?

箱根駅伝は、出雲駅伝・全日本大学駅伝と並んで『大学三大駅伝』と呼ばれています。その中で箱根駅伝は、ほかの二つの大会と比べると距離が長いところが大きな特徴です。距離が長いと、“ブレーキ”(アクシデントなどにより、想定タイムを大きく下回ること)が起きやすくなります。例えば全日本大学駅伝なら1分の遅れで済むようなミスも、箱根駅伝では3分の遅れになるなど、一つのミスが響いて命取りになることもあるのです。そのため順位変動が起きやすく、誰も予想しない展開になることもあります

箱根駅伝(2024年)の各区の距離と高低差を示す図。大会のスタート/ゴール地点となる読売新聞社前がある東京・大手町は、海抜1〜6m程度。途中の何度か急坂を挟みながらも小田原中継所地点では10mにすぎないが、そこから1区間で国道1号線の最高標高地点874mを目指して一気に駆け上がることになる。

「そしてなんといっても、箱根駅伝はコースが特徴的です。ビルが立ち並ぶ都会のど真ん中からスタートし、海沿いを走り、最後は山を登っていく。復路は逆になりますが、ロケーションが大きく変わるのは魅力の一つです。テレビでずっと観戦していると旅をしているような気分が味わえると思います。また、開催日程も1月2~3日という、正月休みを取って暇な方にとっては絶妙なタイミング(笑)。たとえばサッカーなどのように劇的な変化がすぐに起きる競技ではないので、家でゆっくりしながら楽しく観戦できるところも、箱根駅伝がここまで知名度を誇る理由の一つかもしれません」

スタート地点は日本の金融の中心地、大手町。※写真は2022年10月より以前のもの。

東京→横浜と街を過ぎて、3区は湘南の海沿いを通る国道134号線へ。正面に富士山、左に相模湾と大会一の景勝地だが、時に気温の上昇や強い向かい風が選手の敵に。

往路のゴールであり復路のスタート地点が、箱根・芦ノ湖畔。5区の山上りは最大の難所とされる。

復路の10区は日本橋を迂回するコースのため、1区より距離が長くなる。沿道には大勢の観客がつめかけ鈴なりに。

さらに、箱根駅伝の長い歴史の中で変化してきたことや、最近の傾向についても教えていただきました。

箱根駅伝のルートは基本的にずっと変わっていません。しかし2006年から2016年まで、主に中継所付近の工事の影響で5区が今より2.5キロほど長い時期がありました。5区はもともと800メートル超の標高差がある過酷なコースですが、今より距離が長かった時期には『山の神』と呼ばれる名選手も生まれました」

2018年第94回大会の往路を首位から第3位までにゴールした5区の選手たち。同大会は、復路6区で東洋大学を逆転した青山学院大学が総合優勝を飾った。

「また、最近の傾向として挙げられるのは厚底シューズの登場です。シューズの性能がアップしたことで一気に高速化が進みました。これは近年で一番大きく変化したところだと言えるのではないでしょうか」

注目のチームや選手は?
第100回箱根駅伝の見どころ

来たる第100回大会に向けてチェックしておきたいのが、注目のチームや選手。今大会も箱根駅伝を取材されるという酒井さんに、見どころを教えていただきました。

・前代未聞の「2年連続3大会制覇」なるか⁉ 圧倒的な強さを誇る駒澤大学

前回大会で優勝した駒澤大学。長年指揮をとってきた大八木弘明監督は昨年度で勇退し、現在は総監督に。選手たちへの接し方の変化も話題を呼んだ。写真提供=月刊陸上競技

「なんといっても今大会で注目のチームは、連覇のかかる駒澤大学。駒澤大学は3人のエースを擁する選手層の厚さに加え、長年培ってきた指導力、箱根駅伝での戦い方、『世界を目指す』という意識の高さなど、あらゆる面で強さをもっているチームです。

そして駒澤大学は昨年度、出雲駅伝・全日本大学駅伝・箱根駅伝の3大会制覇を成し遂げました。3大会制覇は史上5校目で、駒澤大学史上初のこと。そして今年度に入ってからも、出雲駅伝・全日本大学駅伝で圧倒的な強さを見せ、優勝しています。まだどこの大学も成し遂げたことのない『2年連続3大会連覇』という偉業を達成できるのか。今大会における大きな注目ポイントです」

・第100回大会に照準を合わせ、28年ぶりの優勝を目指す中央大学

「駒沢大学を追いかけるチームとして有力なのが、前回大会2位の中央大学。前回の2区、3区で区間賞を獲った選手が残っていて、ほかにも良い選手が揃っています。中央大学は出場回数も優勝回数も最も多い大学ですが、この28年間は優勝していません。特に吉居大和選手ら強力選手が最終学年を迎える第100回大会に照準を合わせ、これまで取り組んできたようなので、このチャンスを絶対に逃すまいと『打倒駒澤』で挑んでくるはずです」

・スーパールーキーの走りに期待! 10年ぶりの出場となる東京農業大学

「今大会、10年ぶり70回目の出場権を手に入れたのが東京農業大学です。実は僕の母校でもあります。なかでも1年生の前田和摩選手は、10月の予選会では日本人トップの記録を叩き出し、全日本大学駅伝でも2区で区間新記録の快走を見せました。後輩だからという贔屓目ではなく(笑)、スーパールーキーとして注目すべき選手の一人だと思っています」

各チームが試行錯誤する
“チームで勝つための戦略”も見どころ

箱根駅伝は、選手たちの走りはもちろんですが、各チームの戦略や駆け引きも大きな見どころです。そこで酒井さんに、チームとしての戦い方や戦略を考えるときのポイントについて教えてもらいました。知っておくと、より深く箱根駅伝を楽しめるはず。

「最近の戦略として多いのが、エース級の選手がどの区間を走るのかを当日までわからないようにすることです。箱根駅伝では毎年12月10日頃に各校16人の登録選手が発表され、29日頃に登録選手の中から1~10区間を走る選手が発表されます。残りの6人は補員(控え選手)になりますが、当日変更で最大4人までメンバーを入れ替えることが可能です。ただし入れ替えられるのは、1~10区間の選手と補員の選手のみ。例えば2区と3区の選手を入れ替えるなど、すでに区間が決まっている選手同士をチェンジすることはできません。そのため、エース級の選手をあえて補員メンバーに入れて、どの区間に入れるかを当日まで隠しておくチームが多くあります。

もちろんチームによっては、最初に発表した1~10区までのメンバーを変えないところもあるのですが、直前に選手が体調不良になるなど、不測のトラブルが起こることも考えられます。最近は特に、そうしたリスク管理の意味も含めて、エース級の選手を補員にしておくチームが多い印象です」

距離が長く、区間によって特徴も大きく異なる箱根駅伝は、誰がどの区間を走るかなど「チームとしてどう戦うか」という戦略を立てることも重要です。

「例えば2区は『花の2区』とも呼ばれるように、各校のエース級選手たちが走ることの多い区間です。2区は距離が長い上に、途中に激しいアップダウンもあり、難しいコースと言われています。さらに1区から2区は僅差で襷を渡されることが多いので、最初の順位が決まる重要な区間です。さらに5区や6区も山登り・下りがある特徴的なコース。この辺りは特に差が付きやすいので、だいたい2区と5区を走る選手を決めてから、他の区間を走る選手を決めていくことが多いのではないかと思います。

例えば、山登りが苦手なチームは5区で差を付けられやすいので、2区だけでなく、3、4区にも速い選手を配置したり、ずば抜けて速い選手がいないチームは、2区で差を付けられすぎないよう、他の区間でカバーして少しずつ順位を上げていける配置にしたり……。区間の特徴と自分たちのチームの特徴をあわせて考えながら、いかに短所を補い、長所で攻めていけるかを考えていく必要があります。こうしたチームプレーは駅伝の魅力だと思います」

箱根駅伝を現地で楽しむ際のポイント

10区。写真提供=月刊陸上競技

家でゆっくり箱根駅伝を観戦するのも良いですが、現地で観戦するとまた違った楽しみがあります。現地で観戦する時の注意点やおすすめの観戦方法をうかがいました。

「現地観戦をするときに留意しておきたいのが、中継所はとにかく人が多いということ。特にゴール付近は身動きが取れなくなるほど人がいるので、覚悟が必要です。個人的には、中継所やゴール以外の、沿道から走っている選手を見るのがおすすめ。早朝で現地へ行くのは大変かもしれませんが、6区の箱根山中は比較的人が少なめだと思います。

また意外と穴場なのが、選手たちが来る1時間前くらいの中継所です。選手が走る姿は見られませんが、ウォーミングアップ中の選手たちを見たり、緊張感ある雰囲気を感じたりすることができると思います。テレビで見るのとはまた違った箱根駅伝の一場面を見られるのも、現地観戦ならではの楽しみ方ではないでしょうか」

101回目以降の箱根駅伝はどうなる?

最後に、長い歴史をもつ箱根駅伝の「これから」について、酒井さんにうかがいました。

「箱根駅伝はもともと、世界に通じる選手を育成しようという目的で始まった大会です。今大会は全国大会に近い形になりましたが、個人的には今後も箱根駅伝を一部全国化にするのも良いのではと思っています。例えば、全日本大学駅伝では8位までに入った大学が翌年のシード権を獲得できるのですが、その中で地方トップのチームを箱根駅伝に招待するなど、強いチームが関東の大学に挑むような形でやるのは一つの方法かなと考えています。
というのも、地方にはすでにそれぞれ駅伝の大会がありますし、関東まで来るのにはお金もかかってしまうため、あまり現実的とは言えないからです。それでも、全国の選手たちが切磋琢磨して高め合えるような方法を模索していけると良いですよね」

近年は、早稲田大学出身の大迫傑(おおさこすぐる)選手のように、箱根駅伝よりも自分の目標を優先する選手も出てきたといいます。

「トップ選手の中には、箱根駅伝も大切にしながらさらにその先の“世界”を見据えている選手もいる一方で、大学卒業後は競技を辞めるつもりで、箱根駅伝に全てを賭ける選手も当然います。そうやっていろんな考え方の選手がいるところも、箱根駅伝の面白いところです。そして何より学生たちが懸命に走る姿は、見ていて自然と元気をもらえると思います。ぜひ第100回の記念すべき大会を、それぞれの視点で楽しんでもらいたいと思います」

Profile

スポーツライター / 酒井政人

東京農業大学1年時に箱根駅伝10区出場。故障で競技の夢をあきらめ、大学卒業後からライター活動を開始。現在は雑誌、WEBを含めさまざまな媒体で執筆している。著書に『箱根駅伝は誰のものか』(平凡社)、『ナイキシューズ革命 “厚底”が世界にかけた魔法』(ポプラ社)など。

取材・文=土居りさ子(Playce) イラスト=小柳英隆 写真協力=月刊陸上競技編集部