日本野球への影響は言わずもがな、今や“メジャー史上最高の選手”と謳われる大谷翔平選手。2024年は電撃結婚や二人三脚で歩んできたと思われた通訳者との決別など、野球以外の話題にも事欠きません。とはいっても、2024年最大のニュースはやはり「ドジャースへの移籍」でしょう。
ドジャースといえば、メジャーリーグで成功した初めての日本人・野茂英雄投手が最初に所属した球団であり、日本とは深い縁で結ばれています。ドジャースという球団や、大谷選手がドジャースで目指す新たな高みについてなど、ロサンゼルス在住のジャーナリスト・志村朋哉さんに、今後の“ドジャース大谷”を楽しむために知っておきたいポイントを解説していただきました。
日本と縁深い「ドジャース」とは
どんな球団なのか?
まず、アメリカ合衆国のプロ野球=「メジャーリーグベースボール」(MLB)の基本的な構成を簡単に紹介しましょう。
MLBは、アメリカンリーグ(ア・リーグ)とナショナルリーグ(ナ・リーグ)の2リーグ制。各リーグはそれぞれ東部・中部・西部の3つの地区に分かれており、各地区にはそれぞれ5球団が所属。合計30球団で優勝を競います。大谷選手が在籍する「ロサンゼルス・ドジャース」は、ナ・リーグ西地区の球団です。
アメリカ人にとって、ドジャースとは?
ロサンゼルス・ドジャースは、ニューヨーク・ヤンキースやボストン・レッドソックスに匹敵する、MLBでもっとも人気のある球団の一つです。人気の背景にはなにがあるのでしょうか?
「ドジャースを一言で表現するなら『エンターテインメントの都を拠点とする名門球団』。ロサンゼルスは世界中が憧れるきらびやかな街。そこでもっとも愛されているスポーツチームがドジャースです」
そんなドジャースですが、1883年の創設当初はニューヨークのブルックリンが拠点でした。
「ロサンゼルスに並ぶ大都市に誕生した球団ということで、最初から人気があったようです。その人気をさらに高みへ押し上げたのが、1947年に登場した伝説のMLB選手・ジャッキー・ロビンソン。彼は近代メジャーリーグ初のアフリカ系アメリカ人選手として大成功を収め、アメリカのスポーツ界における人種の壁を平和的な方法で打ち破りました。教科書にも載るような英雄が所属していた球団とあって、ドジャースは全米でも特別な球団になりました。
1958年にロサンゼルスへ移転した後も、ニューヨークには家族代々ドジャースファンだという人が多くいます。アメリカの2大都市にファンを持つ、数少ない球団でもあります」(ジャーナリスト・志村朋哉さん、以下同)
「アジア人でもMLBで活躍できる」
野茂英雄が見せた夢
日本とドジャースの縁はどこから始まるのか……「やはり野茂英雄選手でしょう」と、志村さんは答えます。野茂選手が日米野球界に与えた影響について伺いました。
「野茂選手が入団する直前、MLBではサラリーキャップ導入を巡る選手会とオーナー側の対立により史上最長のストライキが起きていました。1994年はシーズンが途中で終了し、ワールドシリーズも中止されるという異例の事態に。MLBの人気もこれまでかと思われた1995年に、野茂選手はドジャースでデビューしました。彼の独特なピッチングスタイル『トルネード投法』は、バッターだけでなく観客をも驚かせ、ルーキーイヤーにはナ・リーグの新人王を獲得。日米両方で『野茂フィーバー』を巻き起こし、アメリカ野球界の暗い雰囲気を一変させたのです」
ヒーローの登場、それは多くの人に誇りと勇気をもたらす瞬間でもあります。
「1980年にフェルナンド・バレンズエラというメキシコ系選手がデビューし、ルーキーイヤーに新人王とサイ・ヤング賞を同時受賞というMLB史上初の快挙を達成しました。このときもロサンゼルスがフィーバーになり、とくにヒスパニック系コミュニティが一気にドジャースの熱狂的なファンになるという出来事がありました。バレンズエラ選手がヒスパニック系のヒーローであったように、アジア人でもMLBで活躍できることを証明した野茂選手もまた、アジア系のヒーローになったのです。日本人選手やアジア人選手がドジャースに強い思いを抱くのも無理はありませんね。
野茂選手を皮切りに、ドジャースでは石井一久投手(2002-2004)、黒田博樹投手(2008-2011)、前田健太投手(2016-2019)、ダルビッシュ有投手(2017)など多くの日本人投手が活躍しました。そして、9人目の日本人選手としてやってきたのが大谷選手。現地の日系コミュニティはもちろん歓喜に沸いたのですが、アジア系コミュニティもみんな大谷選手を誇らしく歓迎しました」
「ドジャースと日本の縁といえば、デーブ・ロバーツ監督も日本にゆかりのある人物。沖縄生まれで、母親が日本人です。また、ロサンゼルスという街も日本と深いつながりがあり、全米最大級の日系コミュニティが存在します。約40の県人会や全米日系人博物館があり、多くの日系企業も進出。ドジャーススタジアムでは、スポンサーの多くが日系企業なんですよ! 大谷選手の移籍で、ドジャースと日本の関係はますます深まることでしょう」
2024年注目の記録!
“ドジャース大谷”の見どころ
そもそも、大谷選手がドジャースへの移籍を決意した理由はなんだったのでしょうか?
「優勝への執念、その一択でしょう。大谷選手はドジャースと10年契約を結びました。つまり、ドジャースは大谷選手の引退まで常に優勝を狙い続けられる球団だということです」
球団の強みとは?
「MLBで優勝するためには、スター選手をお金で買うだけでなく、若い選手を育成する下部組織(マイナーリーグ)の存在が不可欠だといわれています。ドジャースの下部組織の優秀さは30球団中でも5本指に入る評価を得ており、下部組織を通じて有望な若手選手を発掘し、MLBで活躍できるよう育成しているんですね。その結果、ドジャースは11年間連続でプレーオフ(レギュラーシーズン終了後に上位12チームで行われるトーナメント)に進出しています。
大谷選手も下部組織の重要性は理解していましたから、契約前の面談時には下部組織の現状や育成システムについて詳しく尋ねたそうです。スポーツ界における史上最高契約額7億ドル(約1015億円)のうち97%を後払いにしたのも、『今はこの資金をチームの補強に使い、10年間、ずっと優勝をねらい続けられるチームにしてほしい』という大谷選手の希望の表れ。優勝を長期的に見据えると、資金が潤沢で下部組織がしっかりしているドジャースへの移籍は、誰もが納得の選択だったと思います」
2024年は打者に専念!
バッターとして期待される記録は?
日本ではホームラン王や三冠王に注目が集まりますが、アメリカでファンが沸く記録は異なるといいます。アメリカ人が大谷選手に期待する記録とはなんでしょうか?
「『40本塁打40盗塁』をご存じですか? 選手が1シーズンで40本のホームラン(本塁打)を打ち、かつ40回の盗塁を成功させる記録のことで、達成したのはメジャー史上5人のみ。MLBでは、強打力と俊足を持ち合わせた選手としてMVP候補に挙がることも多く、ファンやメディアから大きく注目されます。この記録が大谷選手には期待されているというわけです。
大谷選手は例年6月頃から調子が上がってくる選手ですが、今シーズンは5月までの記録でも十分に好スタートを切っています。今後さらに調子を上げていけば、『50本塁打50盗塁』という史上初の大記録も夢ではないかもしれません!」
肉体的にもピークを迎えている大谷選手が、ベーブ・ルースやバリー・ボンズといったMLB史上最高バッターの全盛期に並ぶような打撃での活躍ができるかにも注目です。
「アメリカでは選手のバッティング能力をOPS(出塁率と長打率を足し合わせた指標)やwRC+(選手の得点貢献度をリーグ平均と比較した指標)で計測します。ベーブ・ルース、バリー・ボンズ、大谷選手の数値は以下の通り。
・ベーブ・ルース:OPS 1.382、wRC+ 234(1920年)
・バリー・ボンズ:OPS 1.381、wRC+ 244(2002年)
・大谷翔平:OPS 1.066、wRC+ 180(2023年)
wRC+は時代や球場の違いを考慮しているため、過去の名選手と現役選手を比較することも可能です。順調にいけば2025年には二刀流も復活します。ピッチングでは大谷選手が圧倒的なエースとして期待されることでしょう。大谷選手ほどの怪物だからこそ、伝説的な記録をも塗り替えてしまうのではないかと期待してしまいます」
ドジャースは大谷だけじゃない!
注目のスター選手は?
最強打線と呼び声高いドジャースの野手陣。ドジャース観戦ではどの選手に注目すればいいでしょうか?
「必ず見てほしいのは、MVP受賞歴があり、大谷選手の前後を打つムーキー・ベッツ選手とフレディ・フリーマン選手です。とくにベッツ選手は、大谷選手と並んでもっとも才能のあるアスリートの一人。卓越したバッティング能力と、どのポジションでも守れる一流の守備力を武器としています。
さらに、野球だけでなく、ボウリングやルービックキューブ、バスケットボールでもその才能を発揮。最近では、トークが上手いことからポッドキャストやYouTubeで司会を務めたりと、なんでも器用にこなすマルチタレントとして活躍しています。多才なベッツ選手はファンの間で圧倒的な人気を誇り、子どもたちもみんなベッツ選手の背番号50のユニフォームを着たがるんです」
「フレディ・フリーマン選手は、安定した打撃の要としてドジャース打線になくてはならない存在です。打率も高くてホームランも打てる、一塁手としてゴールドグラブ賞も受賞しているという才能の持ち主。おまけに家族思いの紳士としても知られています。フリーマン選手は息子のチャーリーくんをよく練習場に連れて行くのですが、チャーリーくんと大谷選手が仲良くしている姿は、日本でも放送されているようです」
「もう一人、ぜひ紹介したいのがプエルトリコ出身のエンリケ・ヘルナンデス選手。“キケ”の愛称で親しまれています。ユーモラスで明るく気取らない性格や、パートナーを大切にする姿が、多くのファンを引きつけてやみません。
また、大谷選手がドジャースに移籍してから新しいポーズを披露するようになりましたよね。両手を上げて上体を傾けながら左足を上げる、あのポーズの由来は、ヘルナンデス選手がヒットを打ったときなどにやっていたポーズなんです。通称“キケポーズ”は、今や同僚たちにも大人気で、みんなが楽しんでポーズを取っています。チームメイトやファンにも愛されるムードメーカーなのです」
ズバリ!今シーズン必見のポイントは?
「優勝できるかどうか、それがすべて! 野手として勝利に貢献し、7億ドルという莫大な契約金のプレッシャーを跳ね返し、2023年のWBC優勝で見せたドラマを再び全米に見せることができるのか! 期待に応えられなければ容赦ないバッシングが待っているのがアメリカ。しかし、優勝すれば野球界は確実に盛り上がり、大谷選手のステータスはさらに一段上がるでしょう。こんなにエキサイティングな夢を見せてくれる選手は滅多に現れませんよ。まずは10月から開催されるプレーオフへ進出できるよう、応援していきましょう!」
Profile
ジャーナリスト / 志村朋哉
5千人以上のアメリカ人への取材と世論調査、報道分析をもとに情報を発信する、米国内事情に精通するジャーナリスト。米新聞社で唯一の日本人記者として働き、現地報道賞を受賞。英語と日本語で執筆する傍ら、テレビなどでニュース解説を行う。ヤフーニュース総合アクセスランキング第1位も獲得。著書に『ルポ 大谷翔平』『米番記者が見た大谷翔平』(ともに朝日新聞出版)がある。
HP
取材・文=中牟田洋子(Playce)