2024年7月3日から、いよいよ発行がはじまる新紙幣。渋沢栄一(一万円札)・津田梅子(五千円札)・北里柴三郎(千円札)といった偉人の肖像や、3Dホログラムをはじめとした高度な技術が採用されたことで、大きな話題を呼んでいます。
今回のように紙幣のデザインや仕様などが切り替わることを「改刷」といい、主に紙幣の偽造防止を目的として行われます。国内の紙幣に施された偽造防止技術は、1871年の印刷局創設以降、150年以上にわたる偽造との戦いと、製造技術の試行錯誤の歴史から生まれたもの。
この機会に、新紙幣に込められた技術と紙幣改刷の歴史について、確認してみましょう。紙幣の印刷を行う国立印刷局による「お札と切手の博物館」学芸員の方に、解説していただきました。
※トップの写真は国立印刷局ホームページから画像提供
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技術と素材が鍵!
偽造されにくい“日本銀行券”の特徴
日本国内で流通している紙幣は「日本銀行券」と呼びます。製造枚数は財務省の「日本銀行券製造計画」により定められており、令和6年度は29.5億枚、金額にすると20.26兆円分の紙幣が製造される計画になっています。毎年大量の紙幣が製造されている一方で、国内で発見された偽造紙幣の枚数は、警察庁の発表によるとわずか681枚(令和5年度実績)なのだそう。
日本の偽造紙幣の発見確率を1としたとき、ユーロ券で137倍、ドル券で275倍もの偽札が発見された時期があったことを考えると、日本の紙幣が非常に偽造されにくいことがうかがえます。日本の紙幣ならではの特徴について、大きく3つのポイントを教えていただきました。
・和紙の素材“みつまた”を紙幣に採用
「日本の紙幣に用いられている用紙は、“みつまた”という植物を原料の一部として製造されています。“みつまた”は古くから和紙の原料として用いられた植物で、1877年に発行された紙幣から現在の紙幣に至るまで使われ続けています」
「海外の紙幣は、木綿やポリマー(プラスチック)を主な素材に採用しています。“みつまた”を紙幣の素材として用いている国は、日本だけ。日本の紙幣独特の色味や手触りなどは“みつまた”の特性を生かしたことによるものなので、素材の選択も偽造防止に役立っていると言えますね」(お札と切手の博物館・学芸員、以下同)
・クラシカルな色合いのインキも偽造防止のポイント
「海外の紙幣は青・赤・黄……と鮮やかな色味のものが多い一方、日本の紙幣はくすんだ中間色を多用しているところが特徴です。このインキはすべて印刷局内で特別な配合で調合しているので、簡単に複製はできません」
「また、中間色の画線が重なると、印刷時に複雑な色味になります。カラープリンターなどでは再現できない色味が出るところもまた、日本のインキの強みです」
・国立印刷局から門外不出! 精巧な“白黒すかし”技術
「日本の紙幣は、図柄の濃淡を紙の厚さを調整して表す“白黒すかし”という技術を取り入れています。とくに“黒すかし”は偽造防止技術のなかでも非常に重要な技術なので、1887年以降、法律により政府や印刷局、政府の特別な許可を受けた者以外の製造は禁止されています。また、この“白黒すかし”技術を取り扱えるのは、印刷局の中でもごく限られた職員のみです。1871年から続く印刷局の歴史の中で、門外不出の技術として継承されています」
「なお、海外の紙幣にもすかし技術は使われていますが、日本の鮮明なすかしの技術は世界トップクラスと言われています。これは、日本の“白黒すかし”技術の高さはもちろん、繊細なすき入れに適した用紙を開発したからこそできる技術なのです」
私たちが日々安心して紙幣を使えるのは、高度な偽造防止技術によって紙幣が守られてきたおかげ。次のページでは、印刷局創設当初までさかのぼり、日本の紙幣に込められた偽造防止技術の変遷を見ていきましょう。