リモートワークが推奨されたコロナ禍を経て、オフィス回帰をめざす企業、在宅勤務がそのまま定着した企業、週に数日出社するハイブリッド勤務など、さまざまな働き方が見られるようになりました。近年では、仕事の内容に合わせて働く場所を選択できる「アクティビティ・ベースド・ワーキング(ABW)」も広がりを見せています。
そこで今回は、ABWという新しい働き方と、「週5出社」「ハイブリッド」「フルリモート」を比較し、自分に合った働き方を見分ける方法について、社会心理学者の正木郁太郎先生にお話をうかがいました。
欧米を中心に広がる
「ABW」の考え方とは?
まず、「アクティビティ・ベースド・ワーキング(ABW)」とは、どのような働き方なのでしょうか?
「文字どおり『仕事内容やタスクに応じて、最も適した場所を使い分けて仕事をする』という働き方です。打ち合わせには会議室、チームで話し合うなら会話が弾む場所、一人で黙々と作業をしたいなら集中できる環境など、複数の選択肢から最適な場所を使い分ける働き方がABWになります」(社会心理学者・正木 郁太郎先生、以下同)
このABWという働き方は、そもそもいつからあるのでしょうか?
「1990年代、オランダのコンサルティング会社によって提唱され、ヨーロッパや北米で広がりました。日本では、建築・オフィス環境系のコンサルティング会社やオフィス家具メーカーが『働く人によりよい環境を』と、ABWを取り入れたのが始まりと考えられています」
「その後、新型コロナウイルスの流行をきっかけにリモートワークが推奨されると、『オフィスに行かない』という選択肢が生まれ、当たり前とされてきたオフィスに行くことの意味が再定義されるように。
人々が抱きはじめた『仕事をするために、どこへ行くのか』という問いが、ABWの考え方にしっくりはまったのです。そうした時代の要請もあり、日本でもABWを検討する組織が増えました」
リモートワークやフリーアドレスとは何が違うの?
“場所を使い分けて仕事をする”と聞くと、リモートワークやフリーアドレスもABWの一部に含まれるように感じます。いったい何が違うのでしょうか?
「ABWは『仕事内容に応じて場所を選ぶ』働き方です。そのため、リモートワークもABWにおける働く場所の選択肢のひとつといえます。ただし、フルリモートは会社の固定席を自宅に持ち込むような働き方で、さまざまな選択肢があるわけではないため、ABWには該当しません」
「また、フリーアドレスとABWの違いは、オフィス環境に多様性があるかどうかです。フリーアドレスでは、固定席としての自席を持たず、予約をしたり、その日の気分によって好きな席を選んだりします。
しかし席の選択肢こそあっても、画一的な働き方しかできなければ、ABWにはなりません。ABWは、会社側が活動に合わせた豊富な場所の選択肢を用意することを前提としており、目的やタスクに応じて最適な場所を選べる仕組みです」
正木先生によると、海外の研究では『フリーアドレスに豊富な選択肢を加えたものがABWであり、固定席が軸だったらABWではない』という考え方が一般的ですが、日本では従来の固定席に選択肢をプラスする形でABWが導入されるケースが多いそうです。
どのようにABWを導入している?
日本企業の事例
ABWをより理解するために、実際にABWを導入している企業を紹介しましょう。
事例1.共同作業スペース「BUSHITSU」で一体感を育む
「まず、私が共同研究しているオフィス家具メーカー、オカムラの事例を紹介します。オカムラでは、ABWを積極的に導入・推進しており、業務の内容や目的、人数に応じて使い分けられるスペースを複数設けています。
具体的には、速さや正確性が求められる作業に適した集中エリア、セミナーやイベント、グループワークなどで活用できる共創エリア、くつろいだ雰囲気での作業に適したカフェエリアなどがあります」
「同社のABWで特徴的なのは、BUSHITSU(部室)と呼ばれる部屋です。くわしくは後ほどご説明しますが、ABWにはチームの一体感が失われやすいというデメリットがあります。それを補うために、一定期間チームで占有し、共同作業に集中できるスペースがBUSHITSUです」
事例2.自然とコミュニケーションが生まれるキャンピングオフィス
「次に紹介するのは、コミュニケーションツールを開発するPHONE APPLIという企業の事例。同社は人のつながりを重視しているため、コミュニケーションが活性化するようなオフィスエリアを多様に整えています」
「たとえば、プロジェクトメンバーとモニターを見ながら共同作業ができるファミレスエリア、オープンな会議もできるラウンジエリア、ビーンバッグやアウトドアチェアなどに腰かけてリラックスしながら会話ができるフィールドエリアなど。ほかにも、1on1専用のブースなども設け、機密性が求められる仕事にも対応しています」
働き方は4タイプ
あなたに向いているのは?
ここからは、オフィスワーカーが自分に合った働き方を見つけるために、4つの働き方のメリット・デメリットを比較し、それぞれの働き方に向いている人の特徴を詳しくみていきましょう。
働き方1.週5出社
まず、従来の働き方の代表である週5出社で固定席がある場合のメリットを確認していきます。
「メリットは主に3つ。1つめは、会社に『自分の砦』ができること。自席で週5日も仕事をするわけですから、居心地がよくなり、自然と愛着が湧きやすくなります」
「2つめは、余計なことを考えず、ただ出社すればいい点。ABWのように、働く場所を考えて選ぶのが面倒・負担だと感じる人にとっては、週5出社で固定席がある働き方は理想的です。
3つめは、同僚や先輩とのコミュニケーションがラクに取れること。特に、入社して間もない社員など、周囲を見て学び、フォローを受ける必要がある人にとっては、全員が出社している環境は安心感があるはずです」
では反対に、どのようなデメリットがあるのでしょうか?
「私が思う一番のデメリットは、通勤時間がかかることです。特に都心での通勤時間は長くなる傾向にあり、ワークライフバランスにマイナスの影響が出る可能性があります」
「そして育児や介護といった事情を抱えている人にとって、働きにくい可能性がある点もデメリット。育児では、会社に託児所がない場合、保育園や学童保育の送迎時間に間に合わないことや、子どもの急な体調不良に対応しづらいといった課題があります。
また、介護では通勤時間が家族のお世話に割く時間を圧迫したり、突発的なトラブルへの迅速な対応が難しいといった問題が挙げられます」
メリット・デメリットを踏まえたうえで、どのような人が週5出社に向いているのでしょうか ?
「仕事において、コミュニケーションが大きな割合を占めている人には、週5出社という働き方が向いています。また、周囲と連携しながら、空気を読み合って仕事をする必要がある人にもおすすめです。
あとは、とにかく余計なことに時間を割きたくないという人。選択や工夫を誰もが楽しいと感じるわけではありません。『仕事なんだから』とドライに割り切って、タスクに集中したい人もいるでしょう。そういう人に、週5出社はぴったりです」
働き方2.ハイブリッド
次に、出社とリモートワークを組み合わせたハイブリッドな働き方をみていきましょう。
「ハイブリッドのメリットは、オフィスとリモートのいいとこ取りができる点です。業務には、コミュニケーションが必要なときと、集中して作業すべきときがあるため、オフィスと自宅を使い分けられるハイブリッドワークは効率的といえます」
「デメリットとしては、オフィスのどこに誰がいるのか、そもそもオフィスにいるのか自宅にいるのかが、わからなくなる点です。『あの人と少し話したい』と思っても、いちいち予定を調整する手間が発生します。
ただし、ある研究によると、この問題は自分たちなりの工夫である程度解決できることがわかっています。たとえば、チーム内の調整コストを下げるために、同じチームのメンバーは同じ日に出社し、その日はコミュニケーションを集中的に取ることにあてるといった方法です」
「もっといえば、コミュニケーションを円滑に取れるよう、近況報告や雑談を交える、お茶やお菓子などを持ち込んでみるなど、簡単な困りごとの相談がしやすい和やかな雰囲気づくりに向けて工夫する例もありました」
では、ハイブリッドワークが向いているのはどのような人なのでしょうか?
「自分で工夫しながら働くことに抵抗がない人ですね。また、コミュニケーションと集中の両方が求められる仕事をしている人です。他者とすり合わせを行いながら仕事を進め、集中して報告書や書類を作成するような人には、ハイブリッドワークが向いているでしょう」
働き方3.フルリモート
フルリモートのメリット・デメリットは、「週5出社とは正反対になる」と正木先生は言います。
「通勤する必要がなく、子育てや介護といった事情に左右されにくい点がメリットとして挙げられます。業務上、他者とのコミュニケーションが少ない人にとっては、最適な働き方といえるでしょう。
コンサルティング企業などでよく見られる例として、論文などから情報を収集し、上司などの指示に基づいて調査を行い、その結果をレポートにまとめて提出する業務があります。このような仕事は調査や資料作成が中心で、フリーランスのような働き方に近く、フルリモートに適しています」
しかしその反面、自分で自分を律しなければならないというデメリットもあるそうです。
「サボろうと思えばいくらでもサボれてしまうのですが、それでは会社のためにも、自身のスキルアップやキャリアップのためにもなりません。セルフコントロールが重要になる働き方といえるでしょう。
また、住環境に左右されるところもデメリットです。自宅に仕事に適したデスクやイスがあるか、静かで集中しやすい環境が整っているかなどの条件が満たされていない場合、オフィスに行ったほうが仕事がはかどるという可能性もあります」
「そしてもうひとつ見逃せないのが、コミュニケーションが生まれづらいというデメリットです。オフィスにいれば、『このお菓子あげる』『最近、元気?』と気軽に話しかけられますが、リモートワークで突然『元気?』と話しかけたら、相手は何ごとかと驚いてしまうでしょう。
人と話すのにも理由が必要なリモートワークでは、雑談や何気ない会話が生まれにくくなり、業務上の会話さえ億劫になってくるという傾向がみられます」
雑談や何気ない会話にも、組織を維持するうえで重要な役割があると、正木先生は続けます。
「最近の研究でわかったのは、リモートワークでは『ありがとう』を言う機会が大幅に減るという事実です。わざわざ感謝を伝えるためにミーティングはしませんよね。
いままで人と人をつなぐために必要だったコミュニケーションがごそっと抜け落ち、その結果、とくに入社したての人たちがやりにくさを感じ、人脈を広げられないといった問題が生じています」
たとえば、頻繁にオンライン会議を行い、個人チャットで積極的にコミュニケーションを図っていたとしても、オフィスで顔を合わせて働くのとはやはり違うものなのでしょうか?
「私は明確に違うと考えています。苦節20年、ともに仕事をしてきたような人たちであれば、オフィスで会わなくても意思疎通は可能でしょう。しかし、新入社員や異動してきたばかりの人がいるチームでは、文章やオンラインでのやり取りだけでは理解しきれない部分が多々あります。
とくに、『この仕事ではどのポイントに気をつけるべきか』『どの優先順位で進めるべきか』といった仕事の進め方に関する知識は、言語化して伝えるには非常に労力がかかります。オフィスで会話を交わしながら仕事を進め、実際に目で盗んでもらったほうが圧倒的に効率的なのです」
それでは、フルリモートに向いているのは、どのような人でしょうか?
「お互いをよく理解し合っているベテランチームで働く人や、専門性の高い仕事をしている人、雑音のない環境で集中したほうが成果を出しやすい人に適しています。また、依頼を受けて成果物を納品するような自己完結性が高い職種の人にも、フルリモートは合っています」
働き方4.ABW
ABWのメリット・デメリットは、ハイブリッドと似ていますが、より選択肢が増えるのが特徴です。
「ハイブリッド以上に深いコミュニケーションを取れる場所、集中力を高められる空間を選択できることがABWのいいところです」
「もし会社が多様なスペースを用意してくれるなら、たとえば、オフィスに出社しつつ、一定時間は個室にこもり集中するなどの選択が可能になります。また、ゆったりした雰囲気でアイデア出しをしたければ、『お茶でも飲みながら話そう』と場所を変えることもできるでしょう。
反対に、意思決定をしたり重要な話をする際には、フォーマルな会議室にこもることもできます。このように、『よりよい環境を自分で選べる』ところがABWの魅力です」
その一方で、自分で考えることの面倒くささを負わなければならないというデメリットもあるそうです。
「ABWを導入した企業を調査したある研究では、実は、期待したよりも人が移動していないことがわかりました。いつも同じ席に座るほうがいいと感じる人は一定数いるようです」
「もうひとつのデメリットは、『フリーアドレス+ABW』の組み合わせを導入した場合、自分の砦がなくなる問題です。同時に、チームの居場所もなくなるため、チームとしての一体感が失われます。『私は誰と一緒に仕事をしているんだろう』という気持ちは、チームワークの低下や、メンバー同士の支え合いの減少などを通じて、仕事にもネガティブな影響を及ぼす可能性があります。
結局人間なので、心理的なつながりは重要なんです。先ほどご紹介した オカムラのBUSHITSUのように、チームの一体感を維持する工夫を取り入れながら、ABWを活用できるのが理想的ですね」
では、ABWが向いている人とは?
「選択や工夫が苦ではない人。業務内容が多岐に渡り、コミュニケーションと集中の両方が業務に含まれている人。そして、業務内容に応じてよりよい環境を選択することで、効率よく仕事ができる人ですね」
働き方には向き不向きがあるため、自分の性格と業務内容をしっかり把握し、模索しつづけることが、自分にとっての働き方の正解を見つけるプロセスになるということです。
働き方は与えられるものではなく、
自分でつくるもの
「最終的には、働き方は与えられるものではなく、『自分でつくる』くらいの気持ちでいたほうがいいでしょう」と、正木先生。
「かつての週5出社・固定席という働き方では、たとえば、自席で集中するために書籍で壁をつくってみたり、観葉植物や写真を置いてリラックスできる空間にしてみたりと、個々が工夫して居心地のよい環境をつくっていました。そんな小さな工夫を積み重ねて、働きやすい環境はできていくのだと思います。
そして自分の働く環境が整ったら、次は個人の幸福や効率を超えて、周囲の人の心地よい働き方にも配慮できるといいですね。会議の緊張感をやわらげるためにお菓子を用意したり、オンライン会議では必ず雑談を挟んでみたり。一人ひとりの工夫がチーム全体の働く環境を、よりよいものに変えられるはずです」
Profile
社会心理学者 / 正木 郁太郎
東京女子大学 現代教養学部 心理・コミュニケーション学科 准教授。東京大学大学院人文社会系研究科博士後期課程修了。博士(社会心理学)。主たる研究領域は社会心理学および産業・組織心理学。現在は、組織のダイバーシティ&インクルージョンに関する研究や、オフィス環境・働き方が働き手の心理や行動に与える効果の研究を中心に行っている。また、人事や組織領域における企業の研究アドバイザーも複数兼務。主な著書に『感謝と称賛――人と組織をつなぐ関係性の科学』(東京大学出版会、2024年)などがある。
HP
取材・文=中牟田洋子(Playce)