音楽は今や、SpotifyやApple Musicといったサブスクリプション型のストリーミング(配信)サービスで楽しむのが一般的。その一方で、意外にも世界的にアナログレコードが復活の兆しを見せ、新たなブームとなっているのをご存知でしょうか?
CDの普及にともなって一時は“絶滅”の危機に瀕していたアナログレコードですが、ここ数年の間に販売枚数は急激に上昇。幅広い世代のさまざまなアーティストがアナログレコードで新作をリリースしている上、CDすら買ったことのないような若い世代の音楽ファンまでもがアナログレコードに注目し、さらに昔の音楽を求めて中古レコードの人気も高まっています。
なぜ人々が再びアナログレコードに惹かれているのか? 長年アナログレコードを愛聴し続け、今も自宅に数千枚のレコードを所有するという音楽ライターの大前 至(おおまえ・きわむ)さんに、アナログレコードブームの理由、そして改めてレコードの魅力について解説していただきました。
特徴から再ブームの理由まで。
アナログレコード基礎知識
そもそもレコードは、ほかの音楽記録媒体とどのような違いがあるのでしょうか。その違いや魅力、そしていまブームが再燃している理由について、Q&A形式でお届けします。
Q. ストリーミング・レコード・CD・カセットテープ、それぞれどんなメリットがある?
「アナログレコードがブームとはいえ、今現在、音楽マーケットにて圧倒的なシェアを誇っているのはやはりストリーミングです。ストリーミングのメリットはスマホやパソコン、そしてインターネットさえあれば、場所や時間を問わず最新の曲から古い曲まで膨大な数の楽曲を聴けること。しかも利用料金が月額1000円程度というコスパの良さも大きな魅力です。また、音質面も有料プランであれば今はCDなどにも引けを取らないクオリティになっています。
ストリーミングとそれ以外のメディアを比較すると、これはメリットでもデメリットでもあるのですが、レコード、CD、カセットテープはそれぞれ再生するための専用のオーディオ機器が必要になります。ストリーミングと比べて機材の初期投資がそれなりに必要ですし、当然、レコード、CD、カセットテープ、それぞれの購入費用もばかになりません。そのぶん、音楽を物理的に所有するという喜びがレコード、CD、カセットテープにはあると思います。
もうひとつ付け加えておきたいのは、ストリーミングは必ずしもすべての楽曲が聴けるわけではないということです。アーティストの意向であったり、楽曲の権利関係の問題などで聴くことができない作品は実は少なくなく、たとえば、後でご紹介する山下達郎の作品はストリーミングではいっさい聴けないというのはけっこう有名な話。つまり彼の楽曲は、レコードやCDでしか聴くことができません」」(音楽ライター・大前 至さん、以下同)
Q. 「アナログ」と「デジタル」で音に違いがある?
「音質に関しては、まず大前提としてレコードはアナログ方式、CDはデジタル方式で音が記録されているという違いがあり、一般的にはCDよりもレコードのほうが音に温かみや厚みがあると言われています。また、レコードは盤面の傷が音質に大きく影響し、最悪、まったく曲が聴けないということもあります。しかし、『プチプチ』と鳴るような軽少なノイズ(雑音)はストリーミングでは決して味わうことのできないレコードならではの、まさにアナログな魅力です。
また、カセットテープもレコードと同じくアナログ方式で音が記録されていますが、音質的にはレコードより悪く、構造上、何度も再生すると音が劣化していきます。ですが、逆にチープな音がカセットテープの魅力でもあり、実はカセットテープも一部の音楽ファンの間で静かなブームを起こしています」
Q. どうして音が出るの? アナログレコードの仕組みと起源
「19世紀にエジソンが発明した円筒形の『フォノグラム』をもとに、その後、円盤形に改良された『グラムフォン』が今のレコードの原型となっています。主に塩化ビニールを原材料に作られていて、盤上に掘られている溝に音楽を記録(=レコード)し、レコード針が回転するレコードの溝に触れることで音楽が再生させるというのが基本的な仕組みです。
大きさ(7インチ、10インチ、12インチ)や、回転数(33回転、45回転、78回転)などで種類が分けられますが、現在流通しているレコードのほとんどはアルバムに使用されるLP盤(12インチ & 33回転)、あるいはシングルに使用されるEP盤(7インチ & 45回転、通称:ドーナツ盤)のどちらかで、ほかには、主にDJが使用する12インチシングル(12インチ & 33/45回転)などもあります。
ちなみに、もともとは『レコード』という呼称が一般的でしたが、CDの出現以降、デジタルメディアと区別するために『アナログレコード』と呼ばれるようになりました。また、原材料名から『バイナル』(=ビニール)という呼び方をされることもあります」
Q. ストリーミングが主流の今、再ブレイクしているのはなぜ?
「レコードの音の良さにみんなが気づいて……と言いたいところですが、実際はレコードの『モノ』としての魅力が一番の理由だと思います。『音楽を物理的に所有したい』という理由でレコードを購入している人たちは多く、なかにはレコードプレイヤーを持っていないのにレコードを買っているという人も多数いるようです。『好きなアーティストの作品であれば、聴くことはできなくてもモノとして所有したい』という彼らの気持ちは、個人的にも分からなくはないですね。
それから、ストリーミングで音楽を手軽に聴けることによる反動で、逆に手間をかけて音楽を聴くという行為そのものに価値を求める人が、レコードに飛びついたのではとも思います。ストリーミングであればアプリの画面をポチッと押して簡単に曲が聴けますが、わざわざオーディオセットの電源を入れて、レコードを慎重にプレイヤーにセットしてレコード針を落として好きな曲を聴く。この一連の行為が、初めて経験する人にはどこか神聖な行為に思えるのかもしれませんし、その魅力に取り憑かれる人も少なくないでしょう。
もちろん、サブスクの利用料が月額1000円の時代に、アルバム一枚に数千円払うという行為をまったく理解できないという人も多いとは思います。 ブームとなったことで、レコードを買ったり所有するということ自体がファッション化しているのは否めませんが、そこからレコードや音楽自体の新たな価値に気づく人が少しでも出てくることは、音楽ファンの一人として嬉しいです」
初めてのレコード体験。
初心者におすすめの楽しみ方
レコードの魅力がわかったところで、レコードデビューをするためには、どのような準備をすればよいでしょうか。大前さんにガイドしていただきました。
Q. レコードはどこで手に入る?
「オンラインでもレコードを買うことは可能ですが、まずはどんなレコードがあるかを知るためにもレコードショップに行くのをおすすめします。
ちなみにレコードショップというと、音楽マニアが集まる敷居の高いところというイメージを持たれている方も多いと思います。しかし、今のブームによって初心者が入りやすいお店も確実に増えています。たとえば、90年代から世界有数のレコードの聖地として知られてきた渋谷には、現在も多数のレコードショップが存在していて、今回、撮影に協力いただいた『Face Records MIYASHITA PARK』(2020年オープン)もそのひとつです」
「まずは単純に自分の好きなアーティストであったり、好きなアルバムを買えばいいと思いますが、昔から『ジャケ買い』という言葉があるように、詳しくは知らなくてもジャケットを見て直感的に『これ!』っていうレコードを買うのもおすすめです。直径30cmというジャケットのサイズ感もレコードならではの魅力のひとつですし、単純に部屋に飾ってみたいレコードという基準で選ぶのもありでしょう」
Q. 買ったレコードを聴くには何が必要?
「購入したレコードを聴くためにはレコードプレイヤーが必要ですが、今は低価格なものからハイエンドなものまでさまざまな商品が出ています。まず個人的にイチオシなのが、オーディオテクニカの『サウンドバーガー』(AT-SB727)です」
オーディオテクニカ「サウンドバーガー」
2万3980円(税込)
※「Face Records MIYASHITA PARK」では、イエローは展示用サンプルで販売していません
「これは80年代に販売されていた商品の復刻版なのですが、レトロなデザインは当時のまま、今の時代に合った仕様にアップデートされています。Bluetooth対応ですので、たとえばマーシャルのスピーカーなどと一緒に使えばケーブルの接続も不要で、簡単にレコードのサウンドを楽しめます」
「もうひとつおすすめしたいのは、IONの『Vinyl Transport』。スピーカーを内蔵しているので、これ一台でレコードのプレイが可能です。トランク型のクラシックなスタイルはインテリアの一部としても部屋にマッチすると思います」
ION「Vinyl Transport」
9400円(税込)
ジャンル別おすすめトラックリスト
東京・渋谷にあるレコードショップ「Face Records MIYASHITA PARK」の品揃えのなかから、新譜、中古盤を織り交ぜながら、ジャンル別にビギナーにおすすめのレコードを6枚セレクトしていただきました。
J-POP/シティポップ
J-POP/小沢健二『LIFE』
「『ラブリー』、『今夜はブギー・バック』といった小沢健二の代表曲を収録する、90年代のJ-POPを象徴する名作です。こちらはオリジナル盤のリリースからちょうど30年目となる今年、リリースされたばかりの再発盤で、往年のファンはもちろんのこと、今まで小沢健二を聴いたことのない人にも、ぜひアナログレコードで味わってほしい作品です」
シティポップ/山下達郎『FOR YOU』
「世界的にもブームとなっている日本のシティポップを代表するアーティストとして真っ先に名前があがるのは、はやり山下達郎でしょう。このアルバムはそんな山下達郎作品のなかでも最高傑作のひとつに数えられ、1曲目の『Sparkle』から鳥肌が立ちます。イラストレーターの鈴木英人氏が手がけたアルバムカバーもぜひレコードサイズで堪能してください」
ジャズ/ソウル・ファンク
ジャズ/John Coltrane『A Love Supreme』
「アナログレコードが似合うジャンルと聞いて古いジャズサウンドが思い浮かぶ人は多いでしょう。ジョン・コルトレーンは、数々の作品を残している名サックスプレイヤーですが、その代表作とも言えるのがこのアルバム。モダンジャズの最高傑作のひとつとも言われています。また、この時代のジャズ作品はジャケットデザインがめちゃくちゃかっこいいのも大きな魅力です」
ソウル・ファンク/Curtis Mayfield『Curtis』
「オリジナル盤は1970年のリリースですが、このアルバムに収録されている『Move On UP』はテレビ番組のBGMなどで聴いたことがある人も多いのではないでしょうか。ちなみに写真のレコードは90年代に日本盤としてリリースされたものですが、日本盤特有の『帯』は海外のレコード愛好家にも『Obi』と呼ばれ親しまれていて、帯付き盤は非常に人気が高いです」
ヒップホップ/フュージョン
ヒップホップ/Q-Tip『Amplified』
「90年代のヒップホップシーンを代表する伝説的なグループ、トライブ・コールド・クウェストの中心的な存在であったQティップの1stソロアルアバムです。1999年リリースの作品ですが今聴いても古さを感じさせないダンサブルなサウンドで、ホームパーティのBGMなんかにもめちゃくちゃフィットすると思います」
フュージョン/Thundercat『Apocalypse』
「便宜上フュージョンとしましたが、ジャズ、ソウル、ファンク、エレクトロニカなどさまざまなジャンルの要素が盛り込まれたベースプレイヤー、サンダーキャットの2ndアルバムです。2013年リリースの作品なので、サウンド的には現代的な作りではありますが、こういった作品こそ、あえてアナログレコードでじっくりと聴き込んでみるのも面白いです」
音楽ライターが選ぶ人生を変えた名盤
せっかくの機会なので最後に、音楽ライターとして30年近く音楽の世界に身を置く大前さんにとっての“名盤”も教えていただきました。
Yellow Magic Orchestra『Yellow Magic Orchestra』
「小学校高学年の頃にお小遣いを貯めて買った思い出のレコードで、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の1stアルバムです。YMOの存在によって『世の中にはこんなにいろんな種類の音楽があるんだ!?』ということに子どもながら気づかされて、そのときに生まれた音楽に対する好奇心や探究心が、その後、自分が音楽ライターへ進むきっかけになったのは間違いないです。そういう意味では自分の人生を方向づけてくれたレコードとも言えますね」
ストリーミングの時代だからこその、あえてのアナログレコードという選択。それがたとえファッションから入ったとしても、音楽に対する意識を大きく変えるきっかけになるかもしれません。休日にふらっとレコードショップに足を運んで、ぜひあなたの人生にとっての初めてのレコードを手にしてみてください。
Profile
音楽ライター / 大前 至(おおまえ・きわむ)
1996年よりライターとしての活動をスタートし、ヒップホップ専門誌などを中心に執筆。2003年よりアメリカ・ロサンゼルスへ拠点を移し、音楽、ファッション、アートなどさまざまな分野の記事を手がける。2015年に日本へ帰国し、引き続き雑誌、ウェブメディアにてライター活動を行う。2023年よりシンガポール在住。
Instagram
[取材協力]
Face Records MIYASHITA PARK(フェイスレコード ミヤシタパーク店)
東京都渋谷区神宮前6-20 MIYASHITA PARK 南街区 3F
tel. 03-6712-5645
創業30年を迎えた中古アナログレコード専門店。そのなかでも、渋谷を象徴する商業施設「MIYASHITA PARK」に位置するFace Records MIYASHITA PARKでは、和モノや新譜を豊富に取り揃えています。開放的で立ち寄りやすい雰囲気のお店で、レコード初心者の方でも楽しめること間違いなし。わからないことがあれば、スタッフが丁寧にサポートしてくれます。(Face Recordsその他の店舗)
文=大前 至 構成=鈴木まゆ 撮影=鈴木謙介