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横浜育ちの女性がなぜ
東北でワイナリーの社長になったのか?
人々が集い語らう
宮城のワイナリー「Fattoria AL FIORE」

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「3年前まで自分がワインを造るなんて、ましてや社長になるなんて、想像もしませんでした。もともと私、お酒弱いですし(笑)」と、はにかみながら話すのは、坂口礼奈さん、29歳。新しい令和の時代を担う、平成元年生まれの若き女性社長です。

坂口さんが社長を務めるワイナリーは、2018年7月、宮城県川崎町に醸造所をオープンした「Fattoria AL FIORE(ファットリア・アル・フィオーレ)」。ワインの醸造を他社に委託するワイナリーとしては2015年に、仙台でイタリアンの名店「AL FIORE(アル・フィオーレ)」を経営していた目黒浩敬さんによってスタートしました。

「一輪の花」を意味する「AL FIORE」とは、人々を魅了する一輪の花がやがて種をこぼし、いつか花畑のように多くの人々の幸せへと広がるように、と願いが込められた名でした。こだわりの食材と目黒さんの創り出す料理に魅了されるファンは後を絶たず、全国から予約が殺到する人気店となりました。その目黒さんに人生の転機が訪れたのは、2011年3月11日の東日本大震災だったといいます。

「仙台市内を一望できるところに立って見た風景から、しばらくはお店ができないことが一目瞭然でした」と、目黒さん。震災発生から半年もの間、約1万食もの炊き出しを続けた目黒さんは、「今振り返ると、料理人として一番やりがいのある出来事だった」と語るその経験を経て、2015年に「AL FIORE」を閉店。“みんなが対等に集える場所”を創造するという次なるステージへ向け、ワイナリーを中心とした壮大なコミュニティ構想が始動したのです。

それは店名を「AL FIORE」と名付けた時から思い描いていた願いの実現でもあったとか。一輪の花がやがて花畑になるように「農園」(=Fattoria)という冠をつけて、新たな“場所”に「Fattoria AL FIORE」と名付けました。

 

坂口さんの人生を変えた
目黒さんの挑戦との出合い

この震災から「Fattoria AL FIORE」誕生までの目黒さんの思いと信念を、目黒さんのブログを通じて知ったという坂口さん。何かに突き動かされるように、目黒さんと連絡を取ったそう。その根拠のない衝動が、その後の坂口さんの人生を大きく変えることになったのです。

ワイナリー「Fattoria AL FIORE」の社長を務める坂口礼奈さん。
ワイナリー「Fattoria AL FIORE」の社長を務める坂口礼奈さん。

神奈川県横浜市で育った坂口さんは、建築学科を卒業し、過疎化に悩む地方都市の建物の改修などに関わる仕事に携わっていました。ブログを通じて目黒さんと出会い、その信念に感銘を受けて2016年に宮城県川崎町へ移住、委託醸造という形で近隣のワイナリーでのワイン造りを経験しながら、2か年計画のワイナリー建設プロジェクトに参画しました。

そして2017年5月には早くも、目黒さんから社長就任の打診があったとか。突然のことに戸惑いはしたものの、同じ志を持つ仲間と歩むことができるならと、その素晴らしいチャンスに賭けてみることにしたといいます。経験不問の社長抜擢、“みんなが対等に集える場所”を創る目黒さんらしい決断のようにも思えます。

 

ワイナリーは小学校の体育館!?

「ワイナリーの場所はどこがいいか、検討しているときに浮上したのが、この旧支倉小学校の体育館でした。まさか体育館!?、と思いましたね」(坂口さん)

体育館は空間に無駄がなく、実はとても機能的なスペース。耐震性も高く、その広さはワイナリーに最適な規模でした。「普通に鉄骨の箱を作るのは面白くない」と、坂口さんは過去の経験を生かし、設計の段階からアイデアを積極的に出しました。

旧支倉小学校の全景。右手の箱状の建物が、ワイナリーとしてリノベーションした体育館。
旧支倉小学校の全景。右手の箱状の建物が、ワイナリーとしてリノベーションした体育館。

地元の宮大工と相談し、東北の材料だけを使って、釘を使わず柱、梁、筋交いなど木の軸を組み立てて建物を支える、日本の伝統的な“在来工法”を取り入れました。試飲カウンターや椅子なども宮大工による手作り。ひときわ目を引くワイナリー入り口の暖簾も、地元の職人さんの草木染めです。小さなことから地域を巻き込んでいき、地域の人が地域の人を支える。その循環は、「Fattoria AL FIORE」が目指す存在意義そのものです。

女性染織家の手による草木染めの暖簾。この地域に生息する楮(コウゾ)と呼ばれるクワ科の草木や、ブドウ畑の隅で栽培されているサフランを染料として使用した。
女性染織家の手による草木染めの暖簾。この地域に生息する楮(コウゾ)と呼ばれるクワ科の草木や、ブドウ畑の隅で栽培されているサフランを染料として使用した。
地元川崎町の伊藤建築が在来工法によって施工。同社の代表兼棟梁である伊藤さんもまた、もとは埼玉から震災後石巻での復興支援住宅建設の経験を経て、宮城県へ移住した。地元に根付いたモノづくりへの思いを、坂口さんや目黒さんと共有する同志だ。
地元川崎町の伊藤建築が在来工法によって施工。同社の代表兼棟梁である伊藤さんもまた、もとは埼玉から震災後石巻での復興支援住宅建設の経験を経て、宮城県へ移住した。地元に根付いたモノづくりへの思いを、坂口さんや目黒さんと共有する同志だ。
醸造所を覗けるテイスティングルームの調度品は、ほとんどが友人の作家によって作られた工芸品。アンティーク家具は、川崎町の専門ショップから仕入れた。
醸造所を覗けるテイスティングルームの調度品は、ほとんどが友人の作家によって作られた工芸品。アンティーク家具は、川崎町の専門ショップから仕入れた。

醸造所は、2018年7月に無事完成。9月には醸造免許も下りて、念願の初仕込みがスタートしました。

 

経験ゼロの女性がなぜ
ワイナリーの社長になったのか?

ご両親揃ってワイン好きという家庭で育った坂口さんですが、その環境がむしろ彼女をワインから遠ざけていたそう。「家で飲まれていたワインは飲みにくいし、頭痛くなるし、美味しくないなーって思っていました(笑)」。2016年に料理人だった目黒さんと出会って初めて、ワインの楽しみ方を教わったと言います。料理とワインがあって、そうして広がる食の世界観に魅了されていきました。

また、2016年に委託醸造で目黒さんが造ったワインに衝撃を受けたのだとか。酵母や酸化防止剤などの添加が一切されていないワインの味わいは、アルコールなのになんて体に負担がないのだろう、こんなワインがあるんだ、と目から鱗の体験だったと言います。

現在坂口さんは、目黒さんと意見を交わしながらすべてのワインの醸造に携わっています。醸造家としての経験はまだスタートしたばかり。創業者である目黒さんの思いを、社長としてどう表現していくか、研鑽を積む日々です。

プレス機、発酵槽、樽など、ワイン造りに必要なものすべてが見通しの良い体育館内に並ぶ、清潔で機能的な醸造室。ちなみに社内では「喧嘩と言い争いは醸造室でするな。」という決まりがあるそう。常に笑い声と楽しさが溢れる空間にと、スタッフ全員が心がける。
プレス機、発酵槽、樽など、ワイン造りに必要なものすべてが見通しの良い体育館内に並ぶ、清潔で機能的な醸造室。ちなみに社内では「喧嘩と言い争いは醸造室でするな。」という決まりがあるそう。常に笑い声と楽しさが溢れる空間にと、スタッフ全員が心がける。
2階の窓から自然光が燦燦と差し込む体育館に、樽が整然と並ぶ様子はここだけの光景。
2階の窓から自然光が燦燦と差し込む体育館に、樽が整然と並ぶ様子はここだけの光景。
ワインを醸造・貯蔵する壺(アンフォラ)はスペインから買い付けた。
ワインを醸造・貯蔵する壺(アンフォラ)はスペインから買い付けた。

そのなかにあって何より大切にしていることは、“楽しくやること”。

Fattoria AL FIOREのワイン造りは本当に自由。今年は何本生産しなければ、何本販売しなければという制約は設けず、契約農家からその年に届いたブドウの表情を見ながら、そして醸造の途中の様子を見ながら、ワインの最終形を決めていきます。まさに元料理人の目黒さんらしい造り方と言えるかもしれません。

「最終的にそのワインがお客様に届いた時に美味しく、楽しく飲んでいただけるなら、私たちにルールは何もありません」。そう坂口さんは語ります。「契約している農家さんに楽しんでブドウを育てていただいて、1年かけてこんなブドウができたよ! と持ってきてもらい、そのブドウのポテンシャルを最大限に引き出すよう私たちが楽しく醸して、それを今度は私たちが酒屋さんにこんな良いワインできましたよ! って、”楽しさ”をバトンタッチしていく。“幸せのバトンタッチ”、それが何よりだと思うんです」。

「きちんと育てよう」(農家)→「きちんと造ろう」(ワイナリー)→「きちんと売ろう」(小売店)→「楽しく飲もう」(消費者)という、前の走者は次の走者を思い、次の走者は前の走者を思う。誠実にその思いと楽しさを受け継ぐバトンタッチこそが、ワイン市場のみならずすべての流通市場にあるべき本質的な姿と言えるでしょう。

それはきれいごとだと、笑う人がいるかもしれません。経営を続け規模が拡大すれば、そう簡単にはいかない現実にぶつかることもまた事実でしょう。しかし、あらゆる可能性を秘めた未来へ向けて、理想を語らずしてどんな新しい文化も生まれることはないのではないでしょうか。

坂口さんの口から語られる言葉は、それがうわべの理想であるようにも、飾られた言葉のようにも聞こえません。それは坂口さん本来の人柄でもありますが、むしろ経験ゼロからのスタートである純粋さから生まれる独特の空気感であり、そこに、坂口さんが社長に抜擢された理由を垣間見た気がしました。

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坂口さんが
東北とともに抱く夢とは

2019年2月、坂口さんはオーストラリアのワイナリーに6週間の研修旅行に出かけました。「ワインのある文化を見て来なさい」、そう醸造家仲間からのアドバイスがあったと言います。

「まさに“井の中の蛙、大海を知らず”ということを実感しました。オーストラリアではやはり、ワインの文化が人々の生活に深く浸透していて、ワインが当たり前に日常にあります。自然との触れ合い方、彼らのライフスタイルに、とても刺激を受けました。実は、ワイン造りとはただの生活の一部であって、そこに無理があってはいけないのだと、学びの多い経験になりました」(坂口さん)

坂口さんと、「Fattoria AL FIORE」代表の目黒さん。
坂口さんと、「Fattoria AL FIORE」代表の目黒さん。

これからのFattoria AL FIOREの夢と、坂口礼奈さん個人としての夢をそれぞれ伺いました。

「ふたつはほとんど同じなんですが……」と前置きをする坂口さん。すでにワイン造りは坂口さんの生活の一部、人生の大半とともにあることを表しているようです。

「生命力に溢れる、人の心が温まるようなワインを造り続けたいです。そして、人にも地球にもよりサスティナブルな方法で、私たちを受け入れてくださった川崎町でのブドウ栽培を成功させること。このエリアで栽培家やワイナリーが少しずつ増え、皆が調和の取れた環境でそれぞれが誇りを持って仕事に向き合える環境を整えること。さらに、ワイン造りを通じて、持続可能な農業や食文化を伝え続けることが、私たちFattoria AL FIOREの、そして私個人の夢です」。

 

最後に、Fattoria AL FIOREが造るワインを紹介しましょう。


Fattoria AL FIOREの人気ワイン
「NECO」シリーズ

NECOとは、イタリア語で、「新しく実験的な試み」を意味するNuova Esperimentoと、「協力」を意味するCooperazioneの頭文字、また代表の目黒さんが猫(NECO)と一緒に住んでいたことから、それらを組み合わせた造語。猫の個性と7種のワインの特徴を重ね合わせ、日本の生食用ブドウの魅力をそれぞれの猫のネーミングとエチケットによって表現しています。このデザインも、毎年変えていくつもりだとか。「普通はあまり変えませんよね。でも飽きちゃうし(笑)、毎年同じワインは造らないので」(坂口さん)。2018年ヴィンテージから、坂口礼奈さん主導で醸造しました。

 


Fattoria AL FIOREを代表するフラッグシップ
「Fattoria AL FIORE」シリーズ

その年に実ったブドウから、手間暇をかけて納得のいく味わいを引き出し、とくに全ラインナップから「これはとてもよく出来た!」と感じたワインだけを詰めたもの。「NECO」シリーズが気軽に飲めるフレッシュな味わいなのに対して、こちらは大切な日に飲みたいスペシャルな味わい。数年先の熟成ポテンシャルにも期待したくなります。

 


今しか手に入らないレアなワイン
「LIMITED EDITION」

この2種は、醸造の途中段階まで同じもの。タンク内に入れたブドウが数日後、自重で潰れたフリーランジュースが「ピアチェーレ!」の原料で、スパークリングワインとなります。それを抜き取った後の、残りの果皮多めの果汁が醸された赤ワインが「かもしかわいん」。

左:Anniversary wine Piacere!(アニバーサリーワイン ピアチェーレ)
「Piacere!」とは、イタリア語で「はじめまして!」という意味。2018年夏にオープンしたワイナリーの、アニバーサリーワインです。原料となるブドウは、青森産の「スチューベン」。

右:かもしかわいん
地元の宮城県川崎町に対するリスペクトを込めたワイン。カモシカは、町のシンボル的な動物であるとともに、「(ワインを)醸す」にもかけているそう。

Winery

Fattoria AL FIORE(ファットリア・アル・フィオーレ)

所在地:宮城県柴田郡川崎町支倉塩沢9
電話番号:0224-87-6896
営業日:土曜・日曜、祝日
営業時間:未定
定休日:平日
https://www.fattoriaalfiore.com/

 

取材・文=山田マミ 撮影=泉山 美代子