それは“事件”ともいえる出来事でした。
今年で7回目を迎えた「U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ」。「FCバルセロナ」のジュニアチームを筆頭に、欧州やアジア各国、さらに今回は初のアフリカからもチームを迎え入れ、予選を勝ち抜いたJクラブや街クラブが一堂に会して戦う、U-12ジュニアカテゴリーの国際大会です。
そしてこの大会の主役とも言うべき存在が、スペインのFCバルセロナです。誰もが知る強豪クラブの育成ノウハウは、サッカー指導者にとって手本のひとつであり、もちろんその実力も世界トップクラス。アジア各国から多くのチームがエントリーしているのも、バルサが出場するからこそと言えるでしょう。
2017・2018年大会の模様はこちら
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2014年に1度だけ準決勝で敗退した以外は5回も優勝してきた大会の顔、そのバルサが、決勝トーナメント1回戦(ベスト16)で、なんと敗退。しかも相手は、タイからやってきた「トヨタ・タイランド」という、タイサッカー協会のアカデミー所属選手による選抜チームです。
あのバルサが、アジアのサッカー新興国・タイのチームに無得点で敗れ去るとは……。大会始まって以来の早期敗戦は、詰めかけた観客だけでなく、大会運営スタッフにも衝撃をもって受け止められました。しかし同時に、誰もが「ついにやった! トヨタ・タイランドすごいじゃないか」と喝采。この結果は、もはやあり得ないものではなかったからです。
2013年の第1回大会、現日本代表の久保建英選手を擁した当時のバルサは、圧倒的な強さを披露し、優勝を遂げました。以来彼らの強さ・実力は常にトップレベルであり、今大会でもそれは変わりません。また、初来日となったドイツの名門クラブ、「FCバイエルン・ミュンヘン」も、欧州の一流選手を輩出する精鋭チーム。しかし、彼らも準々決勝でナイジェリア選抜チームに敗れました。
今大会の実行委員長として、第1回大会からU-12ジュニアサッカーワールドチャレンジをオーガナイズしてきた浜田満さんは、こう語ります。「明らかに全体のレベルが上がりました。その意味で“きっかけ”となる大会になったと思います」
ベスト4に残ったのは、日本の「JFAトレセン大阪U-12」、タイのトヨタ・タイランド、中国の「広州富力」、そしてナイジェリアのナイジェリア選抜、4か国4チーム。そのどのチームも、高いレベルのスキルと戦術を実践するチームでした。これは、サッカーが着実にその裾野を広げている証であり、本大会の価値が現実的かつ立体的に証明された、と言ってはいささかオーバーでしょうか。しかし、何年後になるかはわからないにしても、この4か国のチームが成人の国際大会でベスト4に残るということが、いつかは起こり得る。大会を見ていた多くの人たちも、そう実感したことでしょう。3位決定戦、そして決勝戦でも、彼らの演じた質の高いサッカーは、この結果が決して“まぐれ”ではないことを見せつけてくれました。
選手たちは大会を通じて成長を見せてくれた
なかでも、3位決定戦でJFAトレセン大阪U-12 を実に見事なプレッシングと連携で封じ込め、長短のパスを織り交ぜた自在な攻撃によって3位の成績を収めたトヨタ・タイランドの実力は、多くの観戦者を驚かせました。バルサに1-0で勝利したことも含め、スペイン人のオリオール・アルカサル・コンスエロ監督は、「大会を通じて成長を見せてくれた」と選手たちを称えます。「試合を重ねるごとに、サッカーがどんどん良くなっていきました。バルサ戦を除いて、自分たちでボールを保持して試合を進める、ポゼッションスタイルでゲームを支配することができていた。また、バルサ戦でこそそれはできていませんでしたが、それでも守備練習でやってきたことが有効であったことを証明できたと思います」(コンスエロ監督)
準決勝では広州富力の序盤の速攻にしてやられたかっこうで惜しくも敗れ、3位決定戦に回ったトヨタ・タイランドでしたが、中盤の底でゲームをコントロールするカンタタキット・セナノライト選手(背番号6番)を中心とする洗練されたサッカーには、目を見張るものがありました。東南アジアの雄として急成長を遂げているタイの底力は、明らかにアジアの勢力図を塗り替えようとしている……関西地区のサッカーエリートによって構成されたJFAトレセン大阪U-12がほとんど成す術なく支配されていた試合に、そんな言葉が思い浮かびました。
ナイジェリア選抜が攻守に渡って圧倒
そして決勝は、今大会の象徴となったナイジェリア選抜が、その強さを存分に発揮。得点こそ1-0ながら、ほぼワンサイドゲームと言っていいほどに広州富力を圧倒し、優勝を飾りました。アフリカのサッカーと言えば、まずは選手のスピードや身体能力の高さが目を引きますが、加えて組織だった攻撃と守備を備え、なによりキャプテンの10番、オボンナヤ・サンデー・エジケ選手を中心としたチームの団結力もありました。
ちなみに、アフリカでも最大都市のひとつ、ラゴスを中心に国内の優秀な選手たちで構成されたナイジェリア選抜ですが、「パスポートを取るのも容易ではなく、取得できたのが出発の1週間前だった」(浜田さん)と言うほど、さまざまな困難を乗り越えて来日を果たしたそうです。そのチームが非常にレベルの高いサッカーを見せつけて優勝を勝ち取ったわけですから、運営サイドも苦労が報われた形となりました。
一方の広州富力は、組織だった守備からの素早い攻撃を得意とするチームで、試合では虎視眈々とカウンターの機会を狙っていました。ところが、通算7ゴールで得点王に輝いた杨 展鹏(ヤン・ジャンペン)選手に対するナイジェリア選抜の執拗なマークで封じこまれ、そもそもボールを供給させないという積極的な守備の前に、思うようなサッカーをさせてもらえませんでした。それでも初参加となった2017年大会の10位から今回の準優勝ですから、大きな飛躍と言えます。広州富力は日本人スタッフが育成を担当しているクラブチームで、チームを率いた元ガンバ大阪コーチの足高裕司監督も「良い経験ができました」と選手の成長を賞賛していました。
挑戦する大会から世界中の強豪が集う大会へ
バルサがベスト16で敗れ、ベスト4にはアジアとアフリカのチームが残った、2019年のU-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ。浜田さんが「きっかけになる」と語ったように、当初は欧州の強豪と日本のチームとの対戦という構図が、世界中の強豪が相まみえる大会へと変わってきたことを強く印象付ける結果となりました。今後はさらに国際色豊かな、しかもトップオブトップだけではなく街クラブの参加枠を増やすなど、とてもユニークな立ち位置の大会として継続していくことでしょう。
なによりも、サッカーを媒介に子どもたちがお互いをリスペクトしつつ、人種の壁を楽々と乗り越えて楽しげに交流している姿は、今大会のもうひとつの風物詩とも言える光景です。ナイジェリア選抜の優勝を、まるで自分のことのように喜びメンバーの健闘を讃える、オーストラリアからやってきたモンゴ・フットボールの子どもたち。またバルサやバイエルンも、大会前に日本のチームと独自に交流戦を実施していたそうです。
参加していた子どもたちが将来サッカー選手にはならなかったとしても、この大会を通じて日本、そして異国の子どもたちと接した経験は、何かのきっかけとなるのではないか。表彰式で素直に喜びを爆発させ、しまいには陽気に踊り出していたナイジェリア選抜の様子と、それを見守る他チームの姿に、あらためてスポーツの楽しさ、サッカーの奥深さを感じずにはいられません。
なお、大会MVPはナイジェリア選抜の10番、オボンナヤ・サンデー・エジケ選手が選出されました。ドリブル良し、パス良し、判断良しの非常に優れた選手であると同時に、そのキャプテンシ―も素晴らしい選手です。数年後、彼の名前が欧州のビッグクラブやワールドカップで聞かれるかもしれない。そんな楽しみ方ができるのも、U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジの面白さのひとつでしょう。
また来年、今度はどんな国の選手やチームが来日し、どんな戦いが繰り広げられるのでしょうか。各国のレベルが急接近しつつあるだけに、今年以上の「
取材・文=石川弘毅 撮影=真名子