11月17日は将棋の日。江戸中期ごろ、将軍の前で将棋を指す「御城将棋(おしろしょうぎ)」が旧暦の11月17日に行われていたことから制定されました。将棋は今、藤井聡太さんの活躍や「観る将」と呼ばれる新たなファン層の増加によって、世代を超えた盛り上がりを見せています。何百年もの間、人々を魅了してきた将棋。その魅力から、今の時代に合った楽しみ方まで、将棋女流棋士の中倉彰子さんにうかがいました。
将棋は歴史とともに進化した?
日本の将棋の始まりとは
そもそも将棋はいつ、どのように生まれたものなのでしょうか?
「将棋は日本独自の遊びですが、将棋と同じように、盤上の駒を動かして王様を取るゲームは世界各国にあります。代表的なものだと、世界中で楽しまれているチェス。ほかには中国のシャンチーや韓国のチャンギなどがあります。こうしたゲームの起源は、古代インドのチャトランガにあるといわれています」(将棋女流棋士・中倉彰子さん、以下同)
では、日本で将棋が遊ばれるようになったのは、いつごろからなのでしょうか?
「それも諸説あるのですが、すでに平安時代には将棋で遊んでいたことが文献に残されています。将棋の駒が1枚2枚と数えられるのは当時も今も同じですが、現代の将棋が9×9の81マスの将棋盤、40枚の駒を使って指すのに対し、かつては将棋盤のマス目も多く、駒ももっとたくさんあったといわれています。次第に使う駒が減ってサイズもどんどん小さくなり、今の形になったそうです」
「俳句や短歌といった短い言葉による表現が生まれたように、日本文化には減らすことで何かを洗練させるという特徴があります。将棋も同様に、マス目を狭く、そして駒の数も少なくする形で洗練されていきました。
その際、単に駒を取り合うだけでは勝負がつかなくなることが多かったため、相手の駒を取ったら『持ち駒』として再利用できるというルールができたのです。持ち駒の再利用は日本独自のルールであり、これにより将棋はさらに複雑で奥深いものとなりました」
長年親しまれてきた将棋の魅力とは?
千年以上前から将棋が存在することはわかりましたが、形を変えながらも現在まで長く楽しまれている理由はどんなところにあるのでしょうか。中倉さんが考える、将棋の面白さとは?
・戦略を試す時のドキドキ感
「どう攻めようかと戦略を考えながら対局を進めていき、自分が考えていた読み通りになったときはとてもうれしくなりますね。もちろんうまくいかないこともたくさんありますが、その予想通りにいかないときのドキドキ感も魅力。自分なりに工夫してみたり、こう指したら相手はどうなるかなと考えたりするところに面白さがあります」
・対局相手とのコミュニケーション
「対局後には、感想を話し合う『感想戦』があり、相手と対局について語り合えるのも将棋の魅力です。将棋という共通の話題でコミュニケーションを取れるので、初対面の人とも話が盛り上がりますよ」
・日常から離れて没頭できる時間
「大人になると日々の仕事や生活に追われてしまい、自分の時間がなかなかとれないという人も多いでしょう。ですが、対局中は将棋のことだけを考えられるので、日々の忙しさを忘れて自分の好きなことに没頭する時間を作れます」
・日本の伝統文化との接点
「将棋を通し、日本ならではの考え方や礼儀作法が身につくのも将棋のよさです。対局をする際は、初めに背筋を伸ばして正座をし、お願いしますと一礼。さらに対局後は、勝っても喜ばず、最後まで謙虚な姿勢で対局相手と向き合います。また、負けたら『負けました』といい、必ず負けた人から投了(対局を終了させる)するルールがあるのも、武士然とした日本ならではの考え方だと思います」
基本のルールとひとりで将棋を楽しむ方法
将棋の魅力がわかったところで、基本的なルールを学んでみましょう。女流棋士であるとともに、子ども向けの将棋教室も運営している中倉さんにわかりやすく教えていただきました。
・基本の遊び方
「将棋は8種類20枚の駒を使い、自陣の王様を取られる前に相手の王様を取りに行くゲームです。先手後手を最初に決め、交互に指していきます。
駒はそれぞれ動かせる位置が決まっています。さらに相手の陣地に進むと駒が裏返り、8種類のうち6種類の駒は『成駒(なりごま)』といって動かせる位置が変わります。最初は動かし方を覚えなければならないので、それによりハードルが高いと感じる人も多いかもしれません。
そういった人のために、いきなり20枚の駒を使うのではなく、駒の数を減らして行う方法もあります。まずは次の画像を参考に、駒の動かし方に慣れるところから始めてみましょう」
・対局する方法
ルールがわかったところで、いよいよ対局に挑戦してみましょう。といっても、身近に対局できる相手がいない場合はどうしたらよいでしょうか?
「今はスマホ用のアプリが充実しているので、アプリを使って対局してみるのがおすすめです。初心者向けのアプリには、どのマスに駒を動かせるかを伝えるガイドが表示されるものもあるので、最初はそれを頼りにAIと対局し、感覚を掴んでみてください」
アプリで対局し、もっとやってみたいと思ったら、実際に相手と向き合っての対局に挑戦してみましょう。
「対局ができる場所はさまざまありますが、昔からあるところでいうと、集まった人同士で対局ができる将棋道場ですね。初心者であれば初心者同士で組むなど、同じレベルの人同士で対局できるように振り分けてくれるんです。
もっと気軽に楽しみたいのであれば、将棋カフェや将棋バー、ボードゲームカフェなどがおすすめ。カフェやバーなのでコーヒーやお酒を飲みながら気楽に対局できます。
アプリでもオンラインで対局できますが、経験者が多くて少しレベルが高いかもしれないので、オンライン対局はある程度慣れてきてから挑戦してみるとよいと思います」
もっとうまくなりたいと思ったら?
上達のコツ
もっとうまく将棋が指せるようになりたいと思ったときに、上達するにはどのようなことが必要なのでしょうか?
「将棋教室に通ったり、オンライン教室を受講したりして、指導してもらうこともできますが、教室に通わなくても強くなることは可能です。おすすめは『詰将棋(つめしょうぎ)』。
詰将棋とは、相手の王将(玉)がどうやっても取られてしまう状況(詰み)にするには、どのような手を指せばいいのか考えるパズルのようなものです。詰将棋には何手で詰めるかが提示されているので、その手数で詰む方法を考えます。駒をうまく使えるようになることで将棋は上達していくので、駒の使い方を身につける練習になりますよ」
ほかにも、『棋譜並べ』をやってみるのもよいそうです。
「棋譜並べは、プロ棋士が指した将棋を自分で並べて再現する練習方法です。プロはどんな手筋で戦うのか、実際に並べてみることでプロの考え方を学ぶことができます」
そして「あとはやはり実戦あるのみですね」と中倉さん。さまざまな駒の使い方を学び、実戦を重ねていくことで上達を感じられるはずだといいます。
対局観戦を楽しむ「観る将」になろう!
最近はテレビだけでなく、YouTubeなどの配信を通してプロの対局を観ることができ、スポーツ観戦のように対局観戦を楽しむファン「観る将」も増えています。
「将棋の楽しみ方は多様化しています。将棋を指さないけれど、プロの対局は観るという人もけっこう多くいて、気軽に将棋を楽しむ人が増えてきた印象です。昔のテレビ番組ですと、プロ棋士が解説する『大盤解説』が主流でした。
ですが今は、どちらが優勢かパーセンテージで示す『評価値』と呼ばれるガイドや、次の候補手が表示されるなど、パッと見てもわかりやすいように番組の見せ方も変化しています。なので、家事や作業をしながら対局をラジオ感覚で流しているという人もいらっしゃいます。面白く解説するプロ棋士もいるので、耳を傾けるだけでも楽しめると思いますよ」
プロの対局中は、解説だけでなく、棋士が今日食べた「勝負飯」や「おやつ」の情報なども出るのだとか。そうした情報から棋士の人柄が見えてくるのもまた、プロの対局を観る理由になっているようです。
「とくにタイトル戦になると、開催地ではおやつコンテストが開かれます。コンテストでの協議を経て選ばれた8品程度のおやつが、プロ棋士に渡す『おやつ候補リスト』に載せられます。棋士はおやつ候補リストからその日のおやつを選ぶので、どれを食べるかというところにも注目が集まります。SNSでも毎回盛り上がっているんですよ」
タイトル戦や女流棋士の活躍に注目!
将棋のニュースが面白くなるポイント
タイトル戦の時期になると、勝敗などがニュースでも報道されています。そもそも、タイトル戦とはどのような試合なのでしょうか?
「プロ棋士が参加する大会には8つのタイトル戦とトーナメントがあります。上位タイトルである竜王戦や、名人戦はよく話題になりますよね。とくに名人戦の歴史は古く、江戸時代から続いています。初代は大橋宗桂名人で、そこから2代、3代と続き、現代に受け継がれている歴史あるタイトルです」
竜王戦は例年10月から12月にかけて行われ、もっとも注目される大会です。今まさに、藤井聡太竜王と挑戦者の佐々木勇気八段の勝負が報道されています。
そして名人戦は、例年春から初夏にかけて行われる大会。藤井聡太竜王は2023年の名人戦で勝利し、その後行われた王座戦にも勝利したことで、史上最年少で八冠達成を成し遂げ話題になりました。
現在は叡王以外のタイトルを藤井聡太竜王が保持しているので、今後のタイトルの行方に注目してみると面白いはず。
「タイトル戦だけでなく、女流棋士の活躍も目が離せません。現在は、西山朋佳女流三冠がプロ棋士になるために挑戦していて、女性初のプロ棋士誕生が期待されています。
なぜ女性のプロ棋士が今までいなかったかというと、そもそもプロ棋士は年に4名しか誕生しない狭き門。奨励会というプロ棋士養成機関に入会し、リーグ戦を勝ち抜いて一番上位の四段に昇段することでプロ棋士になれるのですが、そこは全国から強者が集う奨励会。そう簡単には勝ち進めません。また、26歳までに三段リーグに進まなければならないという年齢制限もあります。
西山朋佳女流三冠は、奨励会在籍中にプロになれなかったものの、公式戦で10勝以上し、よい成績を収めていたことから棋士編入試験受験資格を獲得しました。藤井聡太竜王のニュースはもちろんですが、厳しい将棋の世界で戦い続ける女流棋士にも、ぜひ注目してみてください」(2024年11月時点)
聖地巡礼から推し活まで!
広がる現在の将棋の楽しみ方
将棋を指したり対局を観たりする以外にも、将棋の楽しみ方は広がっていると中倉さんは話します。
「将棋にまつわる場所を『聖地巡礼』して楽しむ、という人も増えています。東京の聖地ですと、東京将棋会館のある千駄ヶ谷。将棋会館が2024年10月にリニューアルし、将棋カフェも併設されました。境内に将棋堂がある鳩森神社を参拝したり、将棋漫画『3月のライオン』のマンホールを探したりするのも楽しいですよ。
関西将棋会館も2024年11月17日に新しくなりました。大阪府高槻市に移転オープンするということで、高槻市を将棋の街にしていこうと盛り上がりを見せています。
あとは、将棋駒の生産高日本一である山形県天童市も将棋の聖地として知られています。春に行われるイベント『人間将棋』が有名ですね。天童駅前には詰将棋が描かれた歩道があり、解きながら歩けるのもユニーク。将棋の聖地を目的に旅してみるのもよいかもしれません」
イベント会場などを見ると女性の来場者が少しずつ増えているといいます。
「女性ファンのなかには、プロ棋士の推し活をされている人もいて、好きな棋士を観にイベントに参加しているという人も。推し活まではいかなくても、自分の好きな棋士の対局や勝敗をチェックしてみるだけでも楽しいかもしれません。さまざまな楽しみ方があるので、将棋を難しく捉えずに、自分の入りやすいところから将棋に親しみを持っていただけたらうれしいですね」
Profile
将棋女流棋士 / 中倉彰子
1991年・1992年女流アマ名人戦を連覇後、堀口弘治七段門下へ入門。1994年には高校3年生で女流棋士としてデビュー。2015年に株式会社いつつを設立し、代表取締役に就任。将棋グッズの制作や子ども向け将棋教室のプロデュースなどを行っている。著書に絵本『しょうぎのくにのだいぼうけん』(講談社)などがある。
株式会社いつつ HP
取材・文=清水由香利(Playce) 画像提供=株式会社いつつ