家族や友だち、会社の同僚や上司など、日々の幸福感を大きく左右する人付き合い。多様な考え方、生き方がある今の社会では、自分と異なる価値観の人とどううまく付き合っていくかが課題となるシーンが多々あります。
スタンフォード大学のオンラインハイスクールで校長を務める日本人、星 友啓先生の『スタンフォード式 生き抜く力』(ダイヤモンド社)に学ぶシリーズ第2回は、これからの社会を生き抜くために必要な「共感力」を深掘り。
ブックセラピストの元木忍さんが聞き手となって、他者を適切に理解し、スムーズな人間関係を築くためのテクニックを教えていただきました。

『スタンフォード式 生き抜く力』(ダイヤモンド社)
世界中の天才が集まるスタンフォード大学でオンラインハイスクール校長を務める著者が、競争の激しいシリコンバレーで実践されてきた最先端科学に基づくグローバルスキル「生き抜く力」を説く。現代の成功者たちが結果を出すためにやっていること、彼らの円滑なコミュニケーションの秘訣や本当の幸せのつかみ方、未来を担う子どもたちの教育法までを、一人でも実践できるエクササイズとともに紹介している。
わかっているようで実はわからない。
「多様性を認める」ってどういうこと?

元木 忍さん(以下、元木):前回は、「生き抜く力」の大前提として、「内発的」な動機付けの源泉となる「心の三大欲求」についておうかがいしました。
人の心は根本的に「つながり」「有能性」「自発性」を欲しています。その欲求を効果的に満たせるのが、「思いやり」や「利他的マインドセット」から生まれる行動だというお話でしたね。
星 友啓さん(以下、星):はい、その通りです。

元木:では、これも利他的マインドに通じると思うのですが、最近は日本でも「共感力が大事」とか、「多様性を認める」といったフレーズをよく耳にするようになりました。
人間関係をスムーズにするために、共感力ってとくに大切な要素だと思うのですが、一方で先日、ある若者から質問されて少し戸惑う場面があったんです。「他者の多様性を認めることと、その相手に共感することは両立できないのではないか?」と。
自分と異なる考えや習慣、文化を認めつつも相手の気持ちに寄り添うことは、たしかに難しいコミュニケーションのように思います。これって具体的にどうすればいいと思われますか?

星:ご質問ありがとうございます。それは、子育てのコンテクストで考えてみましょう。
たとえば宿題をやらないとか、子どもが「嫌だ」と拒否していることに親が共感してしまったら、「それは甘やかしではないのか?」。こういった質問が私の元にもよく寄せられます。
この場合は「同感」と「共感」の差を考えましょう。「同感」は相手と同じように感じるという意味です。そして「そうだね。嫌ならやらなくていいよね」と「同感」で終わってしまうと、それは単なる甘やかしになってしまいます。
元木:子どもの「嫌だ」をそのままの形で「OK」としてしまうのは、「共感」ではないというわけですね。
星:はい、おっしゃる通りです。一方の「共感」は、とくにこの場合は「認知的共感」といいますが、相手に対して「あなたの気持ちはわかりましたよ」と表現することなんです。共感するときは、相手の思いや意見は理解するけれど、自分は同じように感じていなくてもいい。
同時に、「あなたはそう思っているんだね」と共感することで、「宿題はやりたくないからしない」という相手の考え、つまり「多様性」を認めることもできます。
元木:あぁ、ちょっと腑に落ちた気がします。共感が与える力って、やはり大きいのでしょうか?
星:そうですね。共感は前回お話しした「心の三大欲求」でいう、「つながり」を満たす行動になります。

相手の内発的な動機付けを引き出す!
「共感」から始める対話の3ステップ

元木:「あなたはそうなんですね」と共感できても、実際には相手が間違っていることもありますし、こちらの要求を聞いてほしいときもあると思います。こちらが望む結果を得るためには、どのようにコミュニーケーションを続ければいいのでしょう?
星:ここで思い出していただきたいのが、前回お話しした「内発的」な動機付けが大切という「自己決定理論」です。
先の例なら、子供に宿題をやってほしい。それも「やれ」と外側から押し付けるのではなく、子どもが自ら、つまり「内発的」な動機に基づいて宿題に取り掛かるという結果を導けたらいいですよね。「自己決定理論」においては、このとき3つのステップを踏みます。

星:まず1つ目のステップは、宿題を嫌がる子どもに対して認知的共感を示すこと。「そうか、嫌なんだね」、「疲れているから仕方ないよね」などの言葉で理解を示し、子どもの心と「つながる」わけです。
相手とつながれたら、2つ目のステップとして自分の意見や要望を伝えます。「習ったことをしっかり覚えるために、宿題はやったほうがいいんだよ」とか、そういうことですね。
そして重要なのが最後の3ステップ目で、相手に「自己決定」の余地を与えることです。最終的にやるか、やらないかは自分で決めさせる。何でもいいから、自分の意思でやったという部分を作ってあげることが、「有能感」や「自発性」を満たすことにつながるからです。
先の宿題の例でいうと、勉強場所やどの科目から取り掛かるか、何時から始めるかといった要素を子どもに選ばせる、というのもいいですね。

元木:とてもわかりやすいです! 今のお話は、夫婦関係や上司と部下の関係にも応用できそうですね。
星:はい。子どもも大人も「心の三大欲求」の仕組みは同じです。人の心は根本的に、何かを自分の意思でやったり決めたりしたい。
たとえば私が自分の部屋を掃除しようとしているとき、ちょうど妻が通りかかって「たまには自分で掃除してよ」なんて言ってきたら、急にやる気が薄れます(笑)。それと同じことなんです。
元木:会社で部下が明らかに間違った意見を主張してきたときも、頭ごなしに否定するのと、今の理論を使って伝えるのとでは、その後の関係性がまったく変わってきそうです。
星:「心の三大欲求」でいう「つながり」を最初に促してから、コミュニケーションを続けることが大事です。
最初に「ダメだ」と全否定してしまうと、もうその時点で部下は「やりたくない仕事をやらされる」というマインドになります。それが、外発的な動機付けを与えてしまうということです。
「共感」を示すアクティブ・リスニングで、
相手の「つながりたい」欲求を満たす

元木:本のなかでは、相手と「つながる」ために有効な聞き方のテクニック「アクティブ・リスニング」が紹介されています。
相手への「共感」を示すための質問の仕方と、相手と「つながる」ために避けるべき会話の例は、すぐにでも実践できそうな内容なので、ここでぜひ紹介させていただきたいと思いました。
星:はい、ぜひ日常の対話で役立てていただきたいです。


元木:「相手を決めつけない」、「話の腰を折らない」などは、人付き合いが上手な人なら誰しも自然にやっている、いわばコミュニケーションの基本。著書のなかで、結婚を破局に導く「離婚の四騎士」というコラムがありましたが、そこで挙げられていた要素にも通じる部分がありますね。
星:はい。まさにそうだと思います。

元木:日本の夫婦関係や上司と部下の関係などにおいては、こういったコミュニケーションや心理の重要性がいまだ理解されていないケースが多いと感じます。社員がいいたいことを何もいえない、そんな職場もめずらしくありません。
星:たしかに、日本社会はアメリカに比べるとジェンダーバイアスなども非常に強いですし、社会があまりにも変わらなすぎて、問題を見て見ぬふりをし、諦めているような風潮さえあると思います。
国際経営開発研究所(IMD)が2024年に発表した「世界競争力年鑑」によると、日本の国際競争力の総合順位は過去最低の38位でした。
バブル期に1位になって以降、ずっと下がり続けているんです。これは、主に男性の力でリードしてきた従来の日本社会が、グローバルの視点から見ればすでに崩壊しつつあることを示唆しています。
元木:はい。星さんが説く「生き抜く力」は、これから変化の時代を迎える可能性がある日本社会を生きるうえで、必要なスキルだと思っています。働き盛りの@Living世代のために、次回はそのあたりのお話を深掘りさせてください。
星:はい、ありがとうございます。とても良い視点だと思います。
元木:こちらこそ、今回も興味深いお話をありがとうございました。
Profile
スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長 / 星 友啓
1977年東京生まれ。哲学博士、EdTechコンサルタント。東京大学文学部思想文化学科哲学専修課程を卒業して渡米、テキサスA&M大学哲学修士、スタンフォード大学哲学博士を修了。その後スタンフォード大学講師を経て、同大学内にオンラインハイスクールを立ち上げるプロジェクトに参加し、2016年より校長に就任。2020年には同校を全米の大学進学校1位にまで押し上げた。現在は各地での講義活動、米国やアジアに向けた教育・教育関連テクノロジーのコンサルティングにも精力的に取り組む。
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ブックセラピスト / 元木 忍
学研ホールディングス、楽天ブックス、カルチュア・コンビニエンス・クラブに在籍し、常に本と向き合ってきたが、2011年3月11日の東日本大震災を契機に「ココロとカラダを整えることが今の自分がやりたいことだ」と一念発起。退社してLIBRERIA(リブレリア)代表となり、企業コンサルティングやブックセラピストとしてのほか、食やマインドに関するアドバイスなども届けている。本の選書は主に、ココロに訊く本や知の基盤になる本がモットー。
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取材・文=小堀真子 撮影=泉山美代子、鈴木謙介