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社会や人間の隠された本質に切り込む!生誕100周年を迎えた
漫画家・水木しげるから学ぶ「人生観」

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『ゲゲゲの鬼太郎』や『悪魔くん』などの妖怪漫画で知られる漫画家・水木しげる氏(2015年没)が、2022年3月で生誕から100年を迎えました。記念イベントやタイアップ企画が次々と発表され、水木しげる氏にさらなる注目が集まっています。

数多くの名作を生み出し、惜しくも2015年にこの世を去った水木氏。根強い人気を誇る水木しげる作品の魅力とは、どんなところにあるのでしょうか。今回は、水木氏の大ファンでもあり、生前の水木氏とも親交があった医師で作家の久坂部羊さんにお話を伺いました。

 

“カッコイイ正義の味方”ではない、
漫画の中に描かれたリアルな現実に惹かれた

久坂部さんが水木しげる作品に出会ったのは、小学校4年生の時。別冊少年マガジンに載っていた『テレビくん』という短編作品を読んで、衝撃を受けたといいます。

「『テレビくん』の舞台は小学校。テレビの中に入ることができる不思議な少年・テレビくんが、転校生としてやってくるお話です。当時の漫画は、“ハンサムで強い正義の味方が悪者を倒す”という、別世界のヒーロー漫画が多かったと思います。ヒーローが活躍する漫画は、それはそれでワクワクするんですけれど、水木先生の漫画はそうじゃなかった。

『テレビくん』では、転校生が孤立している状況や、転校生にどういうふうに接していいかわからない生徒たちの様子など、自分が通う学校の空気感が、そのままリアルに漫画に描かれていたんです。さらに、登場するのはハンサムな二枚目ではなく、ジャガイモのような顔の主人公。他の漫画とは明らかに違う世界観に、子どもながらショックを受けたのを覚えています」(医師/作家・久坂部羊さん、以下同)

水木氏は、雑誌デビュー作である『テレビくん』で講談社児童まんが賞を受賞。同作は『水木しげる漫画大全集 第58巻』(講談社)などに収録されている。
水木氏は、雑誌デビュー作である『テレビくん』で講談社児童まんが賞を受賞。同作は『水木しげる漫画大全集 第58巻』(講談社)などに収録されている。

 

誰も気づかない人間の本質を見抜いた
水木しげる漫画の魅力

その後、『ゲゲゲの鬼太郎』につながる『墓場の鬼太郎』シリーズの連載開始や、『悪魔くん』の実写化などを経て、国民的漫画家となった水木しげる氏。世間では妖怪や怪奇を描いた漫画が有名ですが、「それは水木さんの魅力を語る上での、一側面にすぎない」と久坂部さんは語ります。久坂部さんの考える「水木しげる氏の魅力」とは、どんなところにあるのでしょうか?

「水木しげる作品一番の魅力は、隠された人間の本質や社会の側面を直感的に見抜いているところにあると思います。誰も気づかなかった物の見方が、漫画のあちこちにさりげなく出てくるんです。

例えば、『街の詩人たち』という自伝的な短編作品に、『詩と称してウドンのような字を書いていれば世間は通るんだ』というセリフが出てきます。これはエセ芸術家が放つセリフです。書道など、プロが見たら素晴らしい字でも、素人が見たら『ウドンのような文字』にしか見えないと感じる人もいますよね。美術でも文学でも同じです。高尚になればなるほど世間一般からはわからないのに、そこにエセ芸術家やエセ評論家が紛れ込んで『これはすごい! 素晴らしい!』というと、なんでも素晴らしいものに見えてしまう。そういった現実を見事に言い表したセリフです。

水木さんは、現実にはびこる綺麗ゴトや欺瞞といった”嘘“を見抜く力が非常に強かったのだと思います。このような味わいのあるセリフが、太文字になるわけでもなく、色がついているわけでもなく紛れ込んでいるのが、水木しげる作品の醍醐味です。読み返す度に発見と快感を得られると思います」(引用:『街の詩人たち』 水木しげる漫画大全集第74巻収録)

『街の詩人たち』は、『水木しげる漫画大全集第74巻』(講談社)だけでなく、自伝的作品を集めた『ビビビの貧乏時代 いつもお腹をすかせてた!』 (ホーム社漫画文庫/発行=ホーム社、発売=集英社)などにも収録されている。
『街の詩人たち』は、『水木しげる漫画大全集第74巻』(講談社)だけでなく、自伝的作品を集めた『ビビビの貧乏時代 いつもお腹をすかせてた!』 (ホーム社漫画文庫/発行=ホーム社、発売=集英社)などにも収録されている。

現実に鋭く切り込む表現や一言にあふれた水木氏の漫画作品。思わずハッとさせられるような経験が、久坂部さんにもあったといいます。

「私は高校生まで、一生懸命勉強して、伝記に残っている偉人のように偉くなりたい、有名になりたいと思っていたんです。

でも、そんなとき『偶然の神秘』という漫画に出てくる『名まえなんて1万年もすれば、だいたい消えてしまうものだ』というセリフを読んで、頭を殴られたような衝撃を受けました。だって、1万年前の人で名前が残っている人なんていないでしょ? エジプトのファラオは約5~6千年前、釈迦や老子もせいぜい2500年前くらいです。

一生懸命頑張って有名になっても、1万年経てば消えてしまうのであれば、偉くなるとか有名になるとか、そんなこと大事なことでも何でもないとわかったんです。だからといって勉強をやめたわけではありませんが、有名になるために猪突猛進で努力していた自分の考えが、180度変わった瞬間でしたね。頑張っている人からしたら、非常に冷たい言葉のように感じるだろうし、認めるのはつらいかもしれません。でも、この一言で私は目が開かれたし、その後の人生が変わったと感じています。

将来幸せになりたいと思って努力している人は多いはず。ですが、そこに水木さんの視点を取り入れることで、考え方がよりフラットになると思います。新しい目標や、新たな努力の方向性を見つけられるかもしれません」(引用:『偶然の神秘』 水木しげる漫画大全集 第79巻収録)

 

世間や人間の本質に誰も気づかないような側面からアプローチし、読者に新たな気付きを与えてくれる水木しげる作品。次のページでは、数多くの作品のなかから、そのエッセンスを存分に感じることができる作品を、おすすめしていただきます。