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連載開始から50年。手塚プロ社長が語る
『ブラック・ジャック』の魅力と誕生秘話

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言わずと知れた、手塚治虫氏による医療マンガの金字塔『ブラック・ジャック』。週刊少年チャンピオンで1973年に連載を開始してから、2023年で50周年となります。これに合わせ、10月6日(金)から11月6日(月)まで、六本木ヒルズ森タワー52階・東京シティビューで史上最大規模の展覧会「手塚治虫 ブラック・ジャック展」が開催中です。

原作の魅力をたっぷり感じることができる展覧会の開催を機に、名作『ブラック・ジャック』の魅力について、手塚プロダクション社長の松谷孝征さんにインタビュー。手塚治虫氏のマネージャーを務めていた当時の裏話や同氏が作品に込める思いなどを伺いました。

※手塚治虫の「塚」は旧字体。

5回の連載から代表作に。
『ブラック・ジャック』誕生の背景

『ブラック・ジャック』は、無免許の天才外科医ブラック・ジャックを主人公に繰り広げられる医療ドラマです。医療を軸に、生と死、命の尊さについて考えさせられる多種多様なストーリーが1話完結型(一部例外あり)で描かれ、今なお多くの医療関係者からリスペクトされています。

そんな同作品が連載を開始したのは、今から50年前の1973年。当初は長期連載ではなく、短期間の読み切り作品として終了する予定だったそうです。松谷さんが手塚プロダクションに入社したのも1973年のこと。連載当初の裏話を語っていただきました。

©Tezuka Productions

「連載が始まった1973年は、アニメーション制作会社の『株式会社虫プロダクション』と、版権や出版関係を扱っていた『虫プロ商事株式会社」の2つ会社が倒産した、手塚治虫にとって大変な時期でした。ちょうど会社のごたごたが収まりかけた秋口に、『週刊少年チャンピオン』の編集長から連載のオファーが来ました。それが、『ブラック・ジャック』の始まりです。最初は長期連載ではなく、1話完結型の話を5週やってみませんかという依頼で始まった作品でした。しかし、2~3週もすると、人気が跳ね上がっていったんです。結局その後も連載が続き、『ブラック・ジャック』は手塚治虫の代表作のひとつとなりました」(手塚プロダクション社長・松谷孝征さん、以下同)

経営破綻を報じる当時の新聞記事。展覧会では、漫画家・手塚治虫氏が逆境のなかにあった姿も伝えている。※展覧会の展示物より

借金を抱え、大変な時期でもあった手塚氏。しかし、落ち込む様子も見せず、漫画に打ち込む氏の姿がそこにあったといいます。

「2つの会社が倒産した後だったこともあり、先生にとっては逆にすっきりしたのかもしれませんね。とくに1972年~1973年頃は、以前より漫画を描いていない時期でもあったので、『漫画を書きたい』という思いがとりわけ強かったのだと思います」

東京・高田馬場にある、現在の手塚プロダクション本社。アトムの看板が出迎えてくれる。

約20ページで、
命の尊さ、医療の意義を問うストーリー

5回の短期連載で始まった『ブラック・ジャック』は、その後5年間にわたって連載が続き、連載終了後も14話の読み切り作品が発表されています。同作の魅力を、松谷さんに伺いました。

「絵柄も魅力ですが、なによりストーリーが素晴らしいと思います。週刊誌で約20ページの1話読み切りだから読みやすいんです。時として次の週まで続く話もありましたが、基本的には1話で終わるので前の号を読まなくてもストーリーに入り込める、というのは人気のひとつだと思いますね」

『ブラック・ジャック』第1話「医者はどこだ!」から、読者の前に初めて姿を現したシーン。※展覧会の展示物より
©Tezuka Productions

200話以上もあるエピソードには、どれも「命の尊さ」や「医療とはなにか」といったテーマが盛り込まれ、今なお私たちの心を揺さぶるものばかりです。なかでも松谷さんが印象に残っている話として挙げるのは、ブラック・ジャックが人も動物も、命は平等であるという問いを投げかけた『オペの順番』というエピソードです。

第241話『オペの順番』は、船の上で同時に怪我をしたヤマネコ、赤ん坊、代議士の誰からオペをすべきかをブラック・ジャックが判断するというストーリー。お金を持っている代議士は、『多額の謝礼金を支払うから優先的に手術しろ』と要求するのですが、ブラック・ジャックは症状の重い順に、ヤマネコ、赤ん坊、代議士の順にオペを行います。

「この話では、権力に対する忖度やお金があるから優先ということではなく、何より『命を助ける』ということが重要だと伝えたかったのだと思います。また、戦争を経験した手塚先生は、『ブラック・ジャック』以外の作品でも戦争の悲惨さや命、平和の大切さを訴えていました。人も動物も植物も、すべて命ある尊い生き物であると考えていたからこそのエピソードだと感じます」

『ブラック・ジャック』第241話「オペの順番」より。動物も人も同じ命であると考え、ヤマネコを懸命に治療するブラック・ジャックの姿が見受けられる。※展覧会の展示物より
©Tezuka Productions

他にも、「せっかく治療したのにその患者がそのあとすぐに死刑になってしまうエピソード(『ブラック・ジャック』第5話「二度死んだ少年」)や、『医者は何のためにあるんだ』(『ブラック・ジャック』第51話「ちぢむ!!」)という有名なシーンも印象に残っています」と松谷さん。こうした医療や医師の意義を問うエピソードも多い『ブラック・ジャック』。作品を通してあらためて“医療とは何か”という根本的な問いに向き合い、考えるきっかけにもなるはずです。

『ブラック・ジャック』第18話「二度死んだ少年」より。瀕死の殺人犯をブラック・ジャックが助けるも、その後死刑宣告をされてしまうというエピソード。「死刑にするために助けたんじゃない」という悲痛な叫びから、医療のあり方を考えさせられる。 ※展覧会の展示物より。 ©Tezuka Productions

作品を盛り上げる、魅力あふれるキャラクター

主人公の天才外科医ブラック・ジャックはもちろん、ブラック・ジャックの奥さん兼助手を務める自称18歳の女の子ピノコや、安楽死を専門とするドクター・キリコなど、『ブラック・ジャック』には魅力あふれるキャラクターが登場します。そうしたキャラクター達も作品の魅力だと、松谷さんは語ります。

©Tezuka Productions

「私が一番好きなキャラクターは、やはりピノコです。かわいらしくて、息抜きにもなりますよね。とあるエピソードで、ブラック・ジャックが寝ているピノコを起こさないように家を出ようとするのですが、扉を開けたらピノコがカバンを『はい』と渡すシーンがありまして。かわいらしさだけでなく、ピノコの献身的なやさしさにはとても惹かれます」

『ブラック・ジャック』第13話「ピノコ愛してる」より。ピノコのひたむきな愛情と、ブラック・ジャックとの絆を感じるエピソードだ。 ※展覧会の展示物より。
©Tezuka Productions

主人公ブラック・ジャックについても聞いてみたところ、連載当初松谷さんは、大人の「医者」が主人公ということに驚いたそうです。

「ブラック・ジャックは、莫大な手術費用を請求するというようなダークな一面も持っていますが、きちんと自分の正義を根底に持っていて、かっこいい主人公だなと思います。しかし、それまで少年誌といえば、格闘技や柔道などの熱血物が人気なイメージでしたので、主人公が大人の医者ということに当初は驚きました。自身が医学博士だったこともあると思いますが、先生が作品を通して子どもたちに『命の尊さ』を伝えるには、医者がぴったりだと考えたんでしょうね」

「自分が納得いかないものは、描き直す」
手塚治虫の漫画に向き合う姿勢

ストーリーやキャラクター以外で『ブラック・ジャック』を読む際に注目してほしい点について聞いてみたところ、「手塚治虫がこの話を通して何を子どもたちに伝えたかったのか、その裏側に込めた思いに注目してほしい」と、松谷さん。その熱意を感じる手塚氏のエピソードを語ってくださいました。

「ある時、あと1ページで完成するという状況で、手塚先生がアシスタントに『今回の話どうでしたか?』と問いかけたことがあります。アシスタントの1人が『イマイチですね』と答えると、『8時間ください』と言い残し、自分の部屋にこもってしまったんです。それが夜の12時。担当の編集者、印刷会社、写植屋を待たせている状況だったのですが、そこから8時間で20ページすべてを描き直したというエピソードが残っています。

手塚先生は、よく、『漫画は子どもたちが見るものだからこそ、自分で満足いかないようなものを出すわけにはいかない』と語っていました。だからこそ、あと1ページで仕上がるという状況であっても、誠心誠意漫画に向き合う姿勢を崩さなかったのだと思います」

手塚治虫作品が時代を超えて愛される理由

『ブラック・ジャック』はもちろん、手塚治虫の作品は今なお多くの人々に愛され、読み継がれています。長く親しまれる理由を、松谷さんも身をもって実感したことがあるのだとか。

「手塚プロダクションに入社する前、私は出版社で漫画雑誌のグラビアや読み物ページを担当していました。そんななか、1972年にとあるきかっけで手塚治虫の担当になってしまったんです。子どものころは『鉄腕アトム』や『ジャングル大帝』といった作品を親しんでいたのですが、担当になったころはほとんど手塚先生の作品を読んでいませんでしたね。

担当として2ヵ月半ほど手塚先生の仕事場に泊まり込むようになったころ、手塚作品を読み直してみたんです。その時、子どもたちに伝えたかった強いメッセージに気づき、あらためて手塚治虫のすごさを実感しました。手塚治虫作品は、戦争の悲惨さ、命の尊さ、平和の大切さといった、いつの時代にも通ずる普遍のテーマが込められており、手塚先生はそれらを子どもたちへ伝えなくてはならないという使命感を持っていたのでしょうね。どんな時代にも変わらない良さがあり、読み返す度に新しい発見や感動を得ることができる。それが手塚治虫作品の魅力だと思います。

手塚プロダクションはこれからも、手塚先生が生涯をかけて訴え続けてきたメッセージを世界中の子どもたちへ届けていきたいと考えています」

500点を超える原画が登場する
『手塚治虫 ブラック・ジャック展』

©Tezuka Productions

10月6日(金)から11月6日(月)まで、六本木ヒルズ森タワー52階・東京シティビューで開催されている『手塚治虫 ブラック・ジャック展』は、松谷さんが語る『ブラック・ジャック』の作品の魅力だけでなく、手塚氏が子どもたちへ伝えたかった思いを存分に感じることができる貴重な展覧会です。

展示される原画は531点。200以上のエピソードを取り上げ、多種多様なストーリーの世界を余すことなく体感しながら、『ブラック・ジャック』のあらたな魅力を発見できる内容となっています。

ブラック・ジャックとピノコが過ごした家を再現したフォトスポットや豪華ラインナップのグッズなど、ファンにはたまらない要素も盛りだくさん。50周年というこの機会に、『ブラック・ジャック』の魅力に浸ってみてはいかがでしょうか。

©Tezuka Productions

『手塚治虫 ブラック・ジャック展』

・会期:2023年10月6日(金)~2023年11月6日(月)
・開館時間:10:00-22:00(最終入館21:00)
・会場:東京シティビュー(東京都港区六本木 6-10-1 六本木ヒルズ森タワー52階)
・入館料:一般<平日 2,300円・土日祝 2,500円> 
 学生(高校・大学生)<平日 1,700円・土日祝 1,800円>
 子ども(4歳~中学生)<平日 900円・土日祝 1,000円>
 シニア(65歳以上)<平日 2,000円・土日祝 2,200円>
※料金はすべて税込です。
※障がい者手帳をお持ちの方(介助者1名まで)は無料です。
※本展は事前予約制(日時指定券)を導入しています。

Profile

手塚プロダクション 社長 / 松谷孝征

1944年横浜生まれ。実業之日本社で手塚治虫の担当編集者を務めた後、マネージャーとしてスカウトされ、1973年に株式会社手塚プロダクション入社。1985年4月に、同社代表取締役社長に就任。『火の鳥』『ジャングル大帝』等、プロデューサーとして数多くの手塚治虫原作アニメーション制作に携わり、現在に至る。

取材・執筆=室井美優(Playce) 撮影=三木匡宏[手塚プロダクション内]、@Living編集部[展覧会] 取材協力=手塚プロダクション ©Tezuka Productions