リメイクって既製品の引用ではあるけれど、その人の
プライベートな部分が必ずどこかに出てくるんです
——手作りやD.I.Y.で自分の世界観を表現している若い女性も、色んな分野で増えていますよね。
三原:「ユザワヤ」とか浅草橋の生地屋さんなんかに行くと、圧倒的に女の子が多いよね。そういうのを僕はすごくいいことだなと思ってる。最新型のiPhoneをいじったり、ゲームやSNSやったりして時間をつぶすことって、何となくクリエイティブなことをやっているように錯覚しやすいじゃない? でも実質はモノや情報、他人に踊らされてる時間に過ぎなかったりするんですよね。でも自分で何かを作るっていう作業は違うんです。自分の頭で色々なことを思いついたり考えたりするし、何より時間に振り回されなくなる。『クックパッド』があれだけ流行るのも、同じような理屈だと思います。自分でやれることの幅が広がるって、どんなことであれ単純に快感だから。それでいてやりっぱなしでいいし、責任を問われる心配もない。中毒性があるんですよ。
——三原さんにとっての「モディファイド」は、そういった手作業の面白さを再確認するような仕事でもあるのでしょうか。
三原:突き詰めていうと、リメイクって人間っぽさがすごく出てくる。既製品の引用ではあるけれど、その人のプライベートな部分が必ずどこかに出てくるんです。生地に穴が空いちゃったけど、手持ちに赤い糸しかなかったのか、なぜかそこだけ赤いステッチになってる……みたいな古着ってよくあるでしょう? そういうものを僕は可愛いと思う。逆にミリタリーのおたくが知識としての“正しさ”にこだわって視野を狭くしてしまうような現象と、インスタで見つけた何となくカッコいい写真を、さも自分で撮ったモノのように引用してしまうような行為って、どこか本質的に似てませんか? 知識や情報に振り回されてると、いつしかそこに自分がいなくなってしまう。自分の人生じゃなくなっていくんです。
——確かにそうですね。
三原:クリエイションの本質って、独自の哲学とかそれを持ち続ける時間の長さのことだと僕は思っているんだけど、既製品の手軽なリメイクであっても、やり続けてるとその人の世界が自然とできあがっていく。日常の中にある小さな手作業には、そうやって自分のクリエイティビティを育てていく確かな力があると思うんですよ。


Profile
デザイナー / 三原康裕
1972年長崎県生まれ。小学生の頃からファッションにこだわりを見せると同時に、画家の母の薫陶を受け芸術への感性も磨かれたことで多摩美術大学へ進学。在学中に靴職人の工房へ通い詰め、独学で靴を作り始めた。1996年に独自のブランドを立ち上げ、それがのちに自らの名を冠した「MIHARAYASUHIRO」となる。靴を機軸にアパレルも含めてコレクションを展開、PUMAとのコラボスニーカーで一躍世界に名を知られることとなる。現在、毎シーズンのコレクションはロンドン、ミラノ、パリなどで披露している。
MIHARAYASUHIRO http://www.miharayasuhiro.jp/
取材・文=小堀真子、@Living編集部 撮影=真名子