2023年の大河ドラマは、徳川家康が主人公。戦国武将にしては異例の長寿ながら、死因は胃がんを“鯛の天ぷら”の食べ過ぎで悪化させたことが一説とされているように、食あたりはまさに命取りです。
なかでも“食べ合わせ”は、不調を招く原因となることもあり、現代人も気を付けたいところ。今回は、古くから言い伝えられている「ウナギと梅干し」「天ぷらとスイカ」などの合食禁や、実際体に良い・悪い食べ合わせについて、管理栄養士の森由香子さんに、現代の栄養学の視点から教えていただきました。
徳川家康の死因は
「鯛の天ぷら」の食べすぎって本当?
徳川家康の死因は諸説あり、現代においても定かではありません。有名なのは「鯛の天ぷらの食べ過ぎ」によるものです。
「天ぷらなどの揚げ物は消化に時間がかかるので、食べ過ぎると胃もたれや下痢を引き起こします。さらに、当時の衛生環境も現代とは異なりますので、揚げた天ぷらを食中毒菌のついた汚れた手で触ってしまう、酸化した油を使ってしまうなど、食中毒を引き起こす要因も多かったはずです。しかし、食べ過ぎや食中毒を直接の死因として結びつけるのは難しいのではないでしょうか」(管理栄養士・森由香子さん、以下同)
それもそのはず。徳川家康がこの世を去ったのは、食あたりの症状が出てから3ヶ月後。その事実から、鯛の天ぷらによる食中毒を直接的な死因としてこの説を唱える研究者は少なく、今ではもともと患っていた胃がんが死因であるという説が有力とされています。
実際の徳川家康は、健康にとても気を使っており、平均寿命が30代とされていた戦国時代に75歳まで生きた長寿の武将。江戸幕府が編纂した『徳川実記』にもその健康法が記されており、現代でも栄養価が高いとされている“麦飯”を好んで食べていたといいます。加えて、旬の野菜や魚などを中心とした食事を心掛けていたのだそう。家康の長寿は、このようなバランスのよい食事がもたらしたのかもしれません。
毒にも薬にもなる!
“食べ合わせ”の重要性
現代でも、徳川家康のようにバランスの良い食事を心掛けることはとても大切。加えて意識したいのが“食べ合わせ”です。
「体に必要な栄養素は、およそ50種類あるといわれています。ところが、ひとつの食品で50種類をまかなう食品は存在しないため、肉や魚、野菜などをバランス良く組み合わせて食べていくことが必要不可欠です。とはいえ、やみくもに食べればいいというわけではありません。それぞれの食品が持つ栄養素と栄養素の組み合わせにも、相性が良いものと悪いものがあります。欲しい栄養効果を逃すことなく、効率的に得ることができるようにするためには、食品の“食べ合わせ”を考えることが大切なのです。
たとえば、鉄分が豊富と言われるホウレンソウ。食品に含まれる鉄分には、レバーや魚の血合いなどに含まれるヘム鉄と、ホウレンソウや貝類などに含まれる非ヘム鉄の2種類があります。ホウレンソウの非ヘム鉄は、実は体内に吸収されにくい鉄分。ですので、鉄分の吸収を高めるビタミンCが豊富な食材と組み合わせるのがおすすめです。ホウレンソウ自体にもビタミンCは含まれていますが、食べ合わせの知識を知っていると、より効果的に栄養を摂取できるのです」
「ウナギと梅干し」に根拠はない⁉
実は気を付けたい、食べ合わせ
そんな食べ合わせにも、古くからの言い伝えで禁忌とされているものがいくつかあります。「ウナギと梅干し」「天ぷらとスイカ」と言った“合食禁”について、「迷信とされているものが多い」と森さん。実際にはどうなのか調べてみました。
消化不良を起こすとされている「ウナギと梅干」に科学的根拠はなく、逆に梅干しの酸が食欲を増進することがあるのだとか。「天ぷらとスイカ」も、スイカの水分が天ぷらの消化に支障をきたすと言われていましたが、相当量を食べなければ影響はないそうです。
こうした言い伝えではなく、栄養学的に気を付けたい食べ合わせは現代においてもあると、森さんは言います。その一例を教えていただきました。
「緑茶やコーヒー、紅茶を飲みながら食事をするのは、野菜の栄養を無駄にしてしまうことがあるため、あまりおすすめできません。前述のホウレンソウのように、野菜には吸収されにくい鉄分である『非ヘム鉄』が含まれています。鉄分は、緑茶やコーヒー、紅茶の苦み成分である『タンニン』と結合すると『タンニン鉄』という物質になるのですが、これは、鉄分の吸収を阻害してしまいます。数杯であれば問題ありませんが、何杯も飲む方は要注意。鉄分を無駄にしないためにも、食事の場で飲みすぎないように気をつけたいところです」
これは取り入れたい!
相性抜群の食べ合わせ 6選
では、逆に体に良い食べ合わせにはどのようなものがあるのか、聞いてみました。すると、意外にも何気なく食べているおかずや人気のメニューには、栄養素を効果的に摂取できる組み合わせのものが多いという発見がありました。栄養学的な視点で、森さんに解説していただきます。
1.アンチエイジングにも効果的!「トマト×オリーブオイル」
「トマトに含まれる『βカロテン』や『リコピン』という栄養素は、抗酸化物質といって病気や老化の原因になる活性酸素を消去してくれる働きがあります。これらの抗酸化物質は脂溶性なので、油と一緒に摂取することで、吸収が良くなると言われています。オリーブオイルにもβカロテンが含まれているので、一緒に食べるとより効果的に栄養を摂取できるのです」
2.尿路結石のリスクを減らす「ブラックコーヒー×牛乳」
「尿管などに石ができる尿路結石は、シュウ酸の摂り過ぎが大きく影響しています。シュウ酸が体内で尿に含まれるカルシウムと結合することで、結石ができるのです。このシュウ酸は、コーヒーや紅茶などに多く含まれているため、飲みすぎには要注意。もし、コーヒーをブラックで毎日何杯も飲むという人がいるのであれば、できれば牛乳を入れて飲むのがおすすめです。ブラックコーヒーのシュウ酸が牛乳のカルシウムと出合い、コーヒーカップの中でシュウ酸カルシウムが誕生します。シュウ酸カルシウムになれば、シュウ酸は消化管に吸収されることがなく尿と一緒に出て行くので、尿路結石のリスクを減らすことができるのです」
3.カルシウムを効果的に摂るなら肉より魚!「ホワイトシチュー×鮭」
「ホワイトシチューには、肉類を入れるよりも魚の方がより効果的にカルシウムを吸収できます。おすすめは鮭(サケ)。クリームシチューのような牛乳を使う料理なら、カルシウムの吸収アップさせるビタミンDが豊富な鮭を入れるといいでしょう」
4.亜鉛の吸収はビタミンCが助ける!「焼き魚×ポン酢やレモン汁」
「サンマにすだちをかけて食べるという人も多いと思いますが、実はそれも理にかなっています。焼き魚の皮には亜鉛というミネラルが多く含まれています。亜鉛は、不足すると皮膚炎や味覚障害など、さまざまな症状を引き起こすだけでなく、体内で作ることができないミネラルですので、食物から摂取する必要があるのです。効果的に亜鉛を取り入れたければ、吸収率を高めるビタミンCと一緒に摂取するのがベスト。焼き魚を食べる時は、ポン酢やレモン、すだちなどをかけて食べるといいですね」
5.エネルギー作りを活発にする「豚肉×にんにく」
「豚肉とニンニクの組み合わせもおすすめ。豚肉のビタミンB1とニンニクに豊富に含まれるアリシンは、結合するとアリチアミンという物質になり、ビタミンB1の吸収率がアップします。さらに水や熱に強く、栄養素が調理で失われにくくなるのです。豚肉の他にビタミンB1が多いのは、うなぎやかつおなど。アリシンとおなじ含硫化合物が含まれるのが、タマネギやネギです。豚肉とタマネギ、ニンニクを使った野菜炒めはもちろん、かつおのたたきをオニオンスライスやニンニクスライスと一緒に食べたり、うなぎのひつまぶしをお茶漬けのようにするときに、ネギを入れて食べたりするのもおすすめです」
6.完全食品・卵の足りない栄養素を補う「卵×野菜」
「卵は完全食品といわれますが、実はビタミンCと食物繊維が足りない食材。卵を食べる時は、ビタミンCや食物繊維が豊富な野菜と組み合わせるのがいいでしょう。さきほどお伝えしたように、体に必要な栄養素は約50種類。その食材の足りない栄養素を補うという意味で食べ合わせを考えてみることが大切です」
食事をバランス良く取るために
「かきくけこ、やまにさち」の法則
とはいえ、毎回の食事で食べ合わせを意識するのはなかなか難しいもの。森さんは「まずは基本として、1日3食、主食・主菜・副菜の組み合わせで、10品目食べることが大事」と話します。
「食べ合わせの考え方を知れば、栄養素を効果的に摂取することができます。しかし、まず大切なのは、50種の必要な栄養素をバランスよく摂取できているかを意識してみてください。私が提唱しているのは『かきくけこ、やまにさち』という合言葉。これは食材の頭文字なのですが、この10品目を主食・主菜・副菜に振り分けて食べてもらえれば50種の栄養素をバランス良く摂取することができます。そこにプラスして食べ合わせの考え方を取り入れれば、より効果的な食事になるのではないでしょうか」
「かきくけこ、やまにさち」
か=海藻類、き=キノコ類、く=果物類、け=鶏卵、こ=穀類・いも類、や=野菜、ま=豆類・種実類、に=肉類、さ=魚類、ち=チーズ(乳製品・乳)
「食生活をおろそかにしていると、骨粗しょう症や貧血、メタボリックシンドロームや生活習慣病などさまざまな症状が現れ、さらにそこから派生した病気を引き起こします。凝り固まった食習慣や嗜好は、50代、60代になってからではなかなか正すのが難しいものです。そうならないためにも、正しい食事習慣を早いうちに身につけることを意識してみてくださいね」
Profile
管理栄養士・日本抗加齢医学会指導士 / 森 由香子
東京農業大学農学部栄養学科卒業、大妻女子大学大学院(人間文化研究科 人間生活科学専攻)修士課程修了。医療機関をはじめ幅広い分野で活動中。管理栄養士・日本抗加齢医学会指導士の立場から食事からのアンチエイジングを提唱し、「かきくけこ、やまにさち」食事法の普及につとめている。クリニックで栄養指導、食事記録の栄養分析、フランス料理の三國清三シェフととともに病院食や院内レストランのメニュー開発、料理本制作の経験をもつ。
『毒になる食べ方 薬になる食べ方』(青春出版社)
取材・文=室井美優(Playce)