生理が近づいてくると、なぜかイライラしたり、頭痛がしたり、気分が落ち込んだり……。月経の周期に伴って心身が不安定になる状態が続いていたら、もしかしたら「PMS」かもしれません。
近年、PMSの認知度は少しずつ高まっていますが、まだまだ知らない人も多いのが現状です。今回はレディースクリニック「Inaba Clinic」院長の産婦人科医、稲葉可奈子先生にお話を伺い、PMSが起こる原因や対処法について教えていただきました。
生理前はいつも憂鬱……
心身に不調をきたす「PMS」のメカニズム
PMSとは“Premenstrual Syndrome”の略称で、日本語で「月経前症候群」。読んで字のごとく、生理開始の3~10日ほど前から起こる心身のさまざまな不調のことを指します。
その原因には、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)という、卵巣から分泌される2つの女性ホルモンの変動が大きく関わっていると稲葉先生は話します。
「生理周期は、エストロゲンとプロゲステロンの分泌の増減によって生まれます。排卵後、黄体期と呼ばれる期間になると、プロゲステロンの分泌が高まり、妊娠しやすい状態にするために栄養や水分を貯めこもうとします。
妊娠しなかった場合は黄体期の後半、つまり生理の直前になると、エストロゲンとプロゲステロンの分泌が急激に低下します。それにより脳の神経伝達物質などに影響を及ぼすことで、さまざまな症状を引き起こすと言われています」(Inaba Clinic 院長・稲葉可奈子先生、以下同)
生理前に不快な症状を引き起こすPMSですが、生理が始まると症状が和らぐのもその特徴の一つです。症状は多種多様で、以下の症状例もあくまで一例です。複数の症状が同時に現れることもあり、症状の程度も軽いものから、日常生活に支障をきたす重いものまで個人差があります。
PMSの症状例
【精神的症状】
・イライラする
・怒りっぽくなる
・情緒不安定になる
・気分が落ち込む
・訳もなく涙が出る
【身体的症状】
・頭痛、頭が重い
・腹痛、お腹が張る
・腰痛
・下痢、便秘
・手足のむくみ
・食欲不振または過食
・眠くなる
「何もしていない」という人も多数
日本のPMS治療の現状と課題
日本医療政策機構「働く女性の健康増進に関する調査2018」によると、現在または過去にPMSの症状があったと回答した人は66%。半数以上の女性がPMSの諸症状を感じていることがわかっています。
女性なら誰でも経験する可能性があるPMSですが、日本ではまだまだPMSの認知度が低く、自分がPMSであると気づかないまま、一人で悩みを抱えているという人も多いようです。
「例えば生理痛であれば、生理中の症状なので、すぐに生理が原因だとわかりますよね。しかし、PMSは症状も程度も人それぞれで、また生理前に症状が出ることにも気づいていないパターンも多いため、自覚がないまま何年も悩み続けているという人も。近年はPMSの存在が少しずつ知られるようになってきたとはいえ、潜在的にはまだ自分でPMSとは気づいていない、多くのPMS患者さんがいると思われます」
PMSは精神面に影響を及ぼす症状も多く見られ、なかにはそれが原因で日常生活や仕事に支障をきたしてしまうこともあります。また、PMSの症状が現れる人のうち、強い精神不安や抑うつ状態、自殺願望を抱いてしまうなど、とくに精神的症状が重い場合は「PMDD(月経前不快気分障害)」と呼ばれる疾患の可能性もあります。
ところが、上記の調査によると、PMSに対する対処について「何もしていない」と回答した人が63%と半数を超えており、PMSを自覚していても対処していない、または対処方法がわからないという人が大半を占めているのがわかります。症状がつらくても我慢してしまい、産婦人科受診に至るケースはまだまだ少ないという現状があるようです。
こうした現状について、稲葉先生は「少しでもつらいと思ったら、我慢せず気軽に産婦人科を受診してほしい」と話します。
「PMSは女性ホルモンの乱高下によって引き起こされるので、自分で自分をコントロールすることができません。自制ができないイライラや激しい落ち込みによって、仕事のパフォーマンスなどに影響が出る方や、家庭や職場など周りに迷惑をかけてしまい、自己嫌悪に陥ってしまう方も多いです。
ですが、PMSはけっして、あなたのせいではありません。なかには『日頃のセルフケアが足りないから』『自分のメンタルが弱いから』と自分を責めてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、PMSの症状はすべて女性ホルモンの分泌によって起こるもので、本人の意志や努力では解決できない疾患です。適切な治療をすることで改善できるので、つらい症状を少しでも軽減したいと思ったら、産婦人科医に相談してください」
PMSはコントロールできる!
産婦人科での治療の流れ
「もしかしてPMSかな?」と思ったら、まずは一度病院へ。産婦人科でのPMS治療について、稲葉先生に解説していただきます。
「まずは問診で、患者さんの症状を詳しくヒアリングします。PMSの症状は人によって異なりますので、症状によって治療方針も異なります。問診の際には、症状をできるだけ詳細に医師に伝えてください」
問診の結果によってPMSが疑われる場合は、症状やライフスタイルに合った治療方針を医師と相談します。PMS治療にはさまざまな方法があり、症状に合わせて低用量ピルなどのホルモン剤や漢方薬、鎮痛剤などが処方されます。
なかでも、PMS治療にとくに有効とされるのがホルモン療法です。
「PMSの治療には、低用量ピルやプロゲスチン製剤などを用いて排卵を抑制し、女性ホルモンの分泌の波をなだらかにするホルモン療法がもっとも効果的です。ホルモン剤にはさまざまな種類があるので、様子を見ながら一人ひとりに合った処方を行っていきます。
ホルモン分泌の変動を抑えることで、生理にまつわるさまざまな症状が改善されるほか、卵巣がんや子宮体がんを予防する効果などもあります。血栓症のリスクがわずかに高くなりますが、妊娠出産時の血栓症リスクの方が圧倒的に高いので、PMSの症状を改善するというメリットを上回るほどのリスクはないと考えてよいでしょう」
もし薬の効果が得られない場合は、症状に応じて薬を変更することもあります。
「ホルモン療法が体質に合わない場合は、漢方薬を使った治療への切り替えも検討します。また、むくみや頭痛などの身体症状が現れる場合は、その症状に合わせて利尿作用のある薬や鎮痛剤などを処方することもあります。どんな薬にも体質的に合う・合わないがありますので、処方された薬に疑問や不安があるときは、必ず医師に相談してください」
体の些細な変化も話してみて
かかりつけの産婦人科を持つメリット
これまで、PMS治療における産婦人科受診の重要性について紹介してきました。とはいえ。産婦人科に対して「抵抗感がある」「ハードルが高い」などのネガティブなイメージがあり、受診を避けてしまうという人も多いのではないでしょうか。
妊娠・出産に関する診療のみを行うイメージのある産婦人科ですが、生理の悩みや性感染症、がん治療など、女性特有のさまざまな疾患の診療も行っており、女性のライフステージに密接に関わっています。体の変化や不調など、家族や友人には相談しにくいデリケートな話題を相談できる診療科が産婦人科なのです。
稲葉先生は「かかりつけの産婦人科」を持ってほしいと話します。
「虫歯になったら歯医者さんに行くのが当たり前であるように、PMSや生理痛など女性の体に関する悩みを気軽に相談できる、かかりつけの産婦人科を持つのが日本でも当たり前になってほしいと思っています。相談した結果、もし産婦人科の診療範囲でなかったとしても、適切な診療科をお伝えします。不調を感じたときの窓口として産婦人科を利用してほしいです」
もし、産婦人科で嫌な思いしたときは……?
「無理して同じ病院に通い続ける必要はありません。そのときは、病院や先生を変えることも検討してみてください。ただし複数の病院を転々とする“ドクターショッピング”状態になるのはよくないので、受診前に病院の下調べをしましょう。最近はホームページに先生の顔写真が出ていることも多いです。『この先生だったら相談してみようかな』と思える先生がいる病院に行ってみて、相性のよい信頼できる先生を探してほしいと思います」
一人で耐えないで、まずは専門医に相談を
最後に、稲葉先生からメッセージをいただきました。
「これまで産婦人科医としてPMS治療に携わってきたなかで、症状が改善した患者さんから『もっと早く受診すればよかった』『悩み続けてきた10年、20年を返してほしい』などのお声をいただくことがあります。PMSは自分でなんとかできるものではないけれど、適切な治療でコントロールできるものなので、我慢する必要はまったくありません。治療をすれば、毎月しんどい思いをせずハッピーに過ごせるようになるので、もっと気軽に治療をしてほしいと思っています。
これまでPMSの存在を知らなかった方、PMSに気づいていたけど我慢していたという方にこそ、この機会に一歩踏み出して、産婦人科を受診していただきたいです。産婦人科は怖いところではないので、『少しでもこの症状が楽になるといいな』と思ったらぜひ相談しに来てください。きっと毎日をもっと快適に、元気に過ごすためのサポートができると思います」
Profile
「Inaba Clinic」院長 / 稲葉可奈子
産婦人科専門医。京都大学医学部卒業、東京大学大学院にて医学博士号を取得。双子含む四児の母。産婦人科診療の傍ら、病気予防や性教育、女性のヘルスケアなど生きていく上で必要な知識や正確な医療情報とリテラシー、育児情報などを、SNSやメディア、企業研修などを通して発信している。2024年7月に「Inaba Clinic」を開院。
Inaba Clinic HP
取材・文=粟屋芽衣(Playce)