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家でワインを楽しむための蘊蓄講座ワインの世界を旅する 第9回
―スイスと5つの産地―

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自宅でワインを楽しみたい、できれば産地や銘柄にもこだわりたい、ワインを開けて注ぎ、グラスを傾ける仕草もスマートにしたい……。そう思っても、基本はなかなか他人には聞きにくいもの。この連載では、そういったノウハウや、知っておくとグラスを交わす誰かと話が弾むかもしれない知識を、ソムリエを招いて教えていただきます。

「ワインの世界を旅する」と題し、世界各国の産地についてキーワード盛りだくさんで詳しく掘り下げていく当連載は、フランスをはじめとする古くから“ワイン大国”として名を馳せる国から、アメリカなどの“ワイン新興国”まで、さまざまな国と産地を取り上げてきました。今回は、希少でわたしたちにはちょっと馴染みの薄い「スイスワイン」。寄稿していただくのは引き続き、渋谷にワインレストランを構えるソムリエ、宮地英典さんです。

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第1回 :フランス 第2回:イタリア 第3回:ドイツ 第4回:オーストラリア 第5回:アメリカ
 第6回:ニュージーランド 第7回:日本 第8回:チリ

 

スイスワインを旅する

人口850万人ほどの小国スイス。他のヨーロッパの国々と同様に、長いワイン生産の歴史がありますが、今でも国外ではほとんど知られていません。なぜなら、その生産量のうち輸出されるのはわずか2%ほど、国内でそのほとんどが消費されてしまうからです。そんな希少なスイスワインの主な輸出先はドイツ、アメリカ、そして日本。世界中のワインを輸入しているわが国は、スイスワインを楽しむことができる数少ない国のひとつなのです。

実際に親しんだことのある人はまだまだ少数派かと思いますが、フランス、イタリア、ドイツといったワイン大国に囲まれたスイスは、それぞれの地方ごとに隣接する国の言語、文化に影響を受けており、西側のフランス語圏ではどこかフランス的なスマートな装いのワイン、イタリア語圏のティチーノでは品種こそメルローが主流ですが、イタリアのひとつの州のような趣を感じさせ、東部のドイツ語圏では品種的にもドイツ、オーストリアとの共通点を多く見出すことができます。そうしたさまざまな側面を持った産地に加え、200種以上といわれるワイン用ブドウ品種が、他の国にはない多彩なワインを生み出すことに成功しているのです。

そして、スイス人は大のワイン好きでもあり、一人当たりの年間消費量は30リットル以上。これはフランスやイタリアに次ぐ消費量で日本人のおおよそ10倍に当たります。そして国内で生産されたワインだけでは足りず、全消費量の60%をボルドー、ブルゴーニュやバローロといった近隣の銘醸ワインを中心とする輸入ワインにも頼っているのです。ワイン好きのスイス人がなかなか国外に輸出しない希少なスイスワイン、せっかく日本には届いているのですから、楽しまない手はありませんよね。

  1. ヴァレー州
  2. ヴォー州
  3. ジュネーブ州
  4. ティチーノ
  5. スイス東部

 

1. ヴァレー州
スイス最大のワイン産地 −

ヴァレー州は、国内生産の1/3を占めるスイス最大のワイン産地であり、ブドウ栽培農家は2万軒を超えるといわれていますが、小規模生産者主流スイスの中では珍しく協同組合を含む大手生産者が多く、ワイナリーそのものは500軒ほどです。

ブドウ畑はローヌ河最上流のブリーク近郊から、西はレマン湖の東端に注ぎ込むまでの100km以上に渡って両岸に広がっています。元々は河の北岸、南向き斜面が日照のよい優良な畑だとみなされてきましたが、地球温暖化はこのヴァレー州も例外ではなく、南岸北側斜面も見直され始めています。ローヌ河といえば、フランスの銘醸地を南北に貫くワインとの関わりの深い河川ですが、その最上流ではスイス最大のワイン産地を東西に流れ、スイスのフランス語圏のワイン産地にとっても重要な役割を果たしています。

歴史ある品種の宝庫で、黒ブドウではコルナラン、ユマーヌ・ルージュ、白ブドウではプティ・アルヴァンやハイダなど、聞きなれない名前のブドウから洗練された魅力的なワインが造られ、スイスを代表するシャスラはこの地では「ファンダン」と呼ばれ、柔らかなものから凝縮感のある骨太なタイプまで生み出されています。そしてピノ・ノワールとガメイをブレンドする「ドール」と呼ばれる軽やかな赤ワインはヴァレーの名産品、ローヌ河をさかのぼってきたシラーは近年、この地域でも定着するなど、新興品種もその多彩さに拍車をかけています。

そして、ヴァレー州のみならずスイスワインの代表的な生産者として、写真のマリー・テレーズ・シャパを紹介しましょう。スイスにおけるビオディナミ生産者の先駆けといえるマリー・テレーズは、ブルゴーニュの著名生産者との親交も深く、もっとも尊敬を集める造り手です。グラン・ナチュールは酸化防止剤を使わず、ヴァレー州のドールという名産ワインをこれ以上なくみずみずしく仕上げた名作ワイン。普段、フランスワインに親しんでいる人に味わっていただきたい、スイスワインのひとつです。


Marie Therese Chappaz(マリー・テレーズ・シャパ)
「Grain Nature2018(グラン・ナチュール2018)」
7000円