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家でワインを楽しむための蘊蓄講座ワインの世界を旅する 第4回
―オーストラリアと5つの産地―

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自宅でワインを楽しみたい、できれば産地や銘柄にもこだわりたい、ワインを開けて注ぎ、グラスを傾ける仕草もスマートにしたい……。そう思っても、基本はなかなか他人には聞きにくいもの。この連載では、そういったノウハウや、知っておくとグラスを交わす誰かと話が弾むかもしれない知識を、ソムリエを招いて教えていただきます。

「ワインの世界を旅する」と題し、世界各国の産地についてキーワード盛りだくさんで詳しく掘り下げていく、このシリーズのフランス、イタリア、ドイツに続く今回は、ワインの“新世界”オーストラリア。寄稿していただくのは引き続き、渋谷にワインレストランを構えるソムリエ、宮地英典さんです。

【関連記事】
ワインの世界を旅する 第1回 ―フランスと5つの産地―
ワインの世界を旅する 第2回―イタリアと5つの産地―
ワインの世界を旅する 第3回―ドイツと5つの産地―

 

オーストラリアワインを旅する

オーストラリアにおけるワインの歴史を紐解くと、入植初期の二人のイギリス人の名前が挙がります。

一人目は、イギリスから8か月の航海の末、1788年初頭にシドニー湾にたどり着いたアーサー・フィリップ。ニューサウスウェールズ最初の統治者となる彼が、湾内のファーム・コーブに記念碑的に植えたブドウが、オーストラリア最初のブドウ樹でした。それまで、オーストラリアにはブドウは自生しておらず、一説には南アフリカのケープタウンで積み込んだ挿し木を植樹したと伝えられているため、ボルドー系品種だったのではないかと、私は想像しています。

ただ、シドニーは降水量が多くワイン生産に不向きだったため、徐々にブドウ畑は内陸に移り、フィリップ総督の帰国後、1795年にオーストラリアで初めてワインが生産されました。それから、ワイン生産が本格化するまでには、1820年代にイギリスからオーストラリアに渡った“オーストラリアワインの父”ジェームズ・バズビーの登場を待たなければなりません。ハンター・ヴァレーを初めてのワイン産地として確立し、1830年代には650品種をオーストラリア行きの船に積み込み、そのうちの362品種が長旅に耐え現地に持ち込まれたといわれています。

その後、ヨーロッパから栽培、醸造の経験のある入植者によって、広大なオーストラリア大陸のブドウ栽培に適した南側沿岸部に、ワイン産地が広がっていきます。東のシドニーから西のパースまでの距離は、モスクワからロンドンまでの距離よりも長いと聞けば、その広大さを理解いただけるかもしれませんね。

 

オーストラリアワインの200年ほどに及ぶ歴史のなかで、20世紀半ばまでは、輸出用の酒精強化ワイン(ポートワインなど)が主流でした。国内の一般消費者にとっても、ワインはそれほど身近ではなかったと聞くと意外に思えますが、日本でもほんの50年ほど前まで“ワインを飲む”という人が少数派だったことを考えると、腑に落ちる気がします。

現在では、その広大な土地の多様な気候風土から幅広い高品質ワインが造られ、ワインツーリズムやワインイベントも盛んな環境も、洗練され近代化されたのは、ほんのつい最近のことなのです。

[目次]
1. 南オーストラリア州バロッサ・ヴァレー
2. 南オーストラリア州クナワラ
3. 南オーストラリア州クレア・ヴァレー
4. ヴィクトリア州ヤラ・ヴァレー
5. 西オーストラリア州マーガレット・リヴァー

 

1. 南オーストラリア州バロッサ・ヴァレー 〜オーストラリアのナパ・ヴァレー〜

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アデレードを州都とする南オーストラリア州は、オーストラリア全体のワイン生産の48%を占め、アメリカにとってのカリフォルニアのような“ワイン州”。そのなかでも、バロッサ・ヴァレーは、まるでカリフォルニアにおけるナパ・ヴァレーのような中心的な存在です。

それぞれの国で、早くから産地としての評価を高めたこともあり、セラードアでのテイスティングや、現地のワインを楽しめる数々のレストランと併せて、観光客はワインツーリズムを楽しめるという点でも、このふたつの産地には似たところがあります。ただ、カリフォルニアワインと比べた時に、バロッサ・ヴァレーの銘醸ワインとしてのイメージは、日本人にとって見劣りするように私は思っています。

実際は、素晴らしい品質のワインを産み出し、大きな可能性をもった産地なのですが、オーストラリアワインの魅力を伝えるレストランやワインショップは日本ではまだまだ数少なく、もったいないと個人的には感じています。2019年の輸入量では、アメリカに次いで6位3.5%ですが、アメリカワインの方が金額ベースでは高価格が多い傾向にあります。

ノース・パラ川沿い30kmに渡って広がるブドウ産地、バロッサ・ヴァレーと、東隣のイーデン・ヴァレー(やや標高が高く、バロッサ・ヴァレーが拡張した産地)は兄弟のような産地で、「バロッサ・ゾーン」というふたつの地域を包括する呼称として「バロッサ」が用いられており、エチケットに「バロッサ・シラーズ」と表記されているワインはおおむね、この2地域のブドウをブレンドして造られています。

これまで、バロッサ・ヴァレーのシラーズは凝縮度の高いチョコレートのような濃密さとスパイシーさ、アルコール感も含め、主張の多い個性的なスタイルで知られてきましたが、「バロッサ・グラウンズ・プロジェクト」(バロッサ区域の土壌の差異を分析する試み)により、小区画ごとの個性が徐々に明らかになってきており、また意欲ある小規模生産者の手によって、よりエレガントなスタイルでのテロワール表現に挑戦したワインが、続々と産み出されています。

これから、そういった区画ごとのラベル表記がされ、それぞれの区画の味わいのスタイルが知られていったなら、シラーズを中心としたバロッサのワインは、より広がりのある世界観を感じさせてくれるのではないでしょうか?

元々、ジェームズ・バズビーがエルミタージュから持ち込んだブドウ樹が、オーストラリアのシラーズの始祖にあたるといわれているのですが、19世紀当時、シラー(Syrah)はシラース(Scyras)とも呼ばれていたそうで、シラーの名称の起源のひとつであるペルシアの都市シラーズ(Shiraz)に由来。19世紀に持ち込まれたシラーは、当初からイギリス人入植者の間でシラーズと呼ばれ、200年に渡って、ローヌ地方よりも温暖で乾燥したバロッサに適応したブドウ品種になっていきました。

エレガントなテロワール表現は、世界中で同時進行するトレンドでもあり、シラーズ(=シラー)の魅力をより広げる可能性がバロッサにはあると思うのです。写真はイーデン・ヴァレーのシラーズも使用した広域バロッサのワイン、入門編的なワインとして紹介させていただきます。


Elderton(エルダトン)
「Barossa Shiraz2017(バロッサ・シラーズ2017)」
3500円
輸入元=ヴィレッジ・セラーズ

 

次のページでは、オーストラリアのカベルネ・ソーヴィニヨンを象徴する産地、南オーストラリア州クナワラについて。