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安倍晴明の意外な実像も。「陰陽師」とは
いったい何者なのか?

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シニア世代のヒーロー⁉
日本一有名な陰陽師・安倍晴明

平安時代を生きた実在の陰陽師・安倍晴明。その知名度は高く、日本で一番有名な陰陽師といっても過言ではありません。安倍晴明は、日本で陰陽道を継承し続けてきた安倍氏の事実上の始祖とされている人物です。式神を連れて悪霊を退治するといったミステリアスなイメージを持つ安倍晴明ですが、実際はどのような人物だったのでしょうか?

「安倍晴明公御神像」室町時代中期 晴明神社所蔵(京都国立博物館寄託)※11月7日(火)~12月10日(日)はパネル展示。

「実は、安倍晴明が活躍したのは歳をとってからなのです。小説や漫画では若くてかっこいい安倍晴明像が描かれていますが、あれはフィクション。実際の晴明は、歳をとってもしっかり仕事をしていた、シニア世代のヒーローだったのです」

歳をとってからもなお、藤原道長などの権力者に重用されていた晴明。実際に当時の日記の中には「安倍晴明が遅れてやってきた」といったような内容も残っています。そうした活躍が後年子孫によって語り継がれ、日本一有名な陰陽師として名を馳せるようになっていきます。

「泣不動縁起絵巻(不動利益縁起)」 室町時代 重要文化財 清浄華院所蔵(京都国立博物館寄託)黒い装束を身にまとい、祈祷を行っている人物が安倍晴明。背後に控える式神や、病をもたらしたであろう外道たちなど、実際には目に見えないはずの存在も描かれている。※11月7日(火)~11月12日(日)はパネル展示、11月14日(火)~12月10日(日)は同名の別所属資料を展示。

本企画展示では、そうした史実に基づいた実際の晴明像はもちろん、フィクションの中の晴明についても深く掘り下げています。

「中世以降、『安倍晴明は狐の母親から生まれた』という伝説が語り継がれていきます。室町時代の禅宗の僧が残した『臥雲日件録抜尤』という日記には『安倍晴明は父母がおらず怪しい者であるが、陰陽師としては優れていた』といった旨がつづられており、晴明の伝説上のイメージが広がっていく過程を示す貴重な資料です。そこから時代を経て、晴明の物語はどんどん変転していきます。つまり、現代で描かれるような晴明のイメージが生まれたルーツは、実は室町時代頃からあったということなのです」

現代にいたるまでさまざまな描かれ方をしてきた安倍晴明。2024年の紫式部を主人公とする大河ドラマ『光る君へ』にも登場することが発表されています。劇中で晴明がどのような人物として描かれていくのか、そこに注目しながら視聴すると新たな発見があるかもしれません。

会場には、「泣不動縁起絵巻」に登場する式神や外道たちと一緒に写真を撮れるスポットも。

2023年は明治の改暦から150年
陰陽師がつくり続けてきた「暦」

2023年は、日本が太陽暦を採用してから150年というアニバーサリーイヤー。最後は、陰陽師がつくり続けてきた「暦」に焦点を当てます。

陰陽師は、古来より暦づくりの担い手として活躍していましたが、近世になると、各地でつくられていた暦づくりに幕府が関与するようになっていきます。江戸時代前期には、天才的な天文学者であった渋川春海を中心に、日本独自の新しい暦『貞享暦』がつくられました。渋川春海は、貞享暦を完成させた功績により『天文方』という役職を命じられます。以後、陰陽師と幕府の天文方が協力して暦をつくっていくという体制に代わっていきました。

「天文図・世界図屏風」 元禄15年以前 個人蔵(大阪歴史博物館寄託)渋川春海の見た世界と星図の様子が見て取れる屏風。

そこから時は流れ、明治3年。陰陽師たちが所属していた陰陽寮が廃止となります。陰陽師のなかにはその後も暦師として活動する人たちもいましたが、明治6年の太陽暦への改暦を機にその役目も終わりを迎えます。その後、暦づくりは国が管理するようになり、事実上陰陽師は歴史の舞台から姿を消すこととなりました。

暦という時間、月や星、季節の移り変わりをとらえて未来を見据えてきた陰陽師たち。式神を用いて悪霊を成敗する、そんな現代の陰陽師のイメージとはまた違う姿を知ることができたのではないでしょうか。

「陰陽師の魅力は、未来を予測しようとする尽きることのない営みをしていた、というところにあると思います。暦づくりのために天体観測をするだけでなく、仏教や神道の知識や、キリスト教と一緒に入ってきたヨーロッパの天文の知識を得るためにキリシタンになる陰陽師もいたほどです。渋川春海のような天才が出てきた時も、仕事を奪う存在として敵視せず、一緒にやりましょうと研究をしていた人たちです。未来のため、暦のため、天体観測のためにと努力を重ねてきた存在であり、そこに惹かれるものがあるのだと思います」

陰陽師という存在は役目を終えたかもしれませんが、彼らが残したものは今もなお私たちの意識の中に根付いているはずです。例えば、良い方角や悪い日など、そうした伝統的な空間や時間の感覚は、陰陽道の考え方があったからこそ。日常的に意識することはあまりないかもしれませんが、カレンダーや日記帳を見る際などには、ぜひ古代から陰陽師たちが続けてきた営みに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

Profile

国立歴史民俗博物館 研究部 教授 / 小池淳一

1963年長野県生まれ。筑波大学大学院博士課程単位取得。博士(文学)。1992年、弘前大学講師。同助教授、愛知県立大学助教授を経て2003年に国立歴史民俗博物館助教授に就任、現在は同教授。専門は民俗学、伝承史。主な研究テーマは、民俗における文字文化の研究、陰陽道の展開過程の研究、地域史における民俗の研究など。著書に『陰陽道の歴史民俗学的研究』(角川学芸出版、2011年)、『季節のなかの神々―歳時民俗考―』(春秋社、2015年)などがある。

企画展示「陰陽師とは何者かーうらない、まじない、こよみをつくるー」

会場=国立歴史民俗博物館 企画展示室A・B
所在地=千葉県佐倉市城内町117
会期=2023年12月10日(日)まで
休館日=月曜
料金=一般1000円、大学生500円、高校生以下無料
HP

取材・文=室井美優(Playce) 撮影=鈴木謙介